6 / 18
第1章
4
しおりを挟む—―婚約面談の1週間前。
リアムの執務室に控えめなノックの音が響く。
顔を上げたリアムはノックの主に入室を許可する声を掛けた。
「リアム様、例のものをお持ちしました」
「ご苦労さま」
しばらく誰も自分の部屋に通さないようにと言いおいてリアムは届けられた封書を一瞥した。
その封書を開封して目を通し、机の上に置く。
ロカリエ・フェリス・ジェラードについての調査報告書がその封書の中身だ。
リアムはロカリエ本人だけにとどまらず、彼女の親戚、そして友人までもが綿密に調べさせ、逐一報告させていた。
「ロカリエ・フェリス・ジェラード……」
このままことが進めば弟の婚約者になる少女の名前をリアムは苦い表情で呟いた。
間違っても好感を持ってはいないことがその表情と口ぶりからよくわかる。
ロカリエの生家は宗教国ガハペスネの影響を強く受けており、聖なる魔法が使える魔法貴族だった。
国の中でも、かなり名が知られる名門家系だ。しかし、彼女本人の魔法の力は、お世辞にも突出したものだとはいえない。
だが、今回の婚約において肝心なのは聖なる魔法を使えることと、王家に嫁ぐに相応しい身分であるということ。
そしてライカーと年の釣り合いがある程度取れる女性であること。
それだけであり、政略結婚の多い王家や、ロカリエの実家のように身分の高い貴族の親にとっては婚約するライカーとロカリエの気持ちなど二の次なのだ。
光魔法をつかえる人間は、ガハペスネに多い。それもあって、光魔法には聖なる魔法のイメージがあるのだ。
そのイメージを利用するというのが、今回の政略結婚の目的ともいえた。呪を払うことができる聖なる力。
その力をロカリエちゃんが持っていて、年回りもいい。
ただそれだけの名目で王家に嫁がせられるという、本人の意思とは関係のない貴族のやり方に、彼女自身が納得していないことは優に想像できた。
まるで生贄ではないか、と憤慨しているかもしれないがリアムはこの婚約には反対だった。
それに、リアムの事情はさておき、ロカリエは気位の高い女性である。
ライカーが混血であることに対し嫌悪を示さないわけがなく、ましてや黒いエルフの特徴をもつ呪われている皇子との婚約など、心底嫌だろうことはたやすく予想できた。
心を開かない婚約者にライカーが傷つくことになるだろう。
王家と貴族の政略結婚に愛情は必要ないが、すぐさま離婚になっては外聞が悪い。
ハーフエルフを嫌悪するロカリエと、ロカリエに出自だけで嫌悪されるライカーでは幸せになれるはずもなく、それは不憫なことだとリアムは考えるのだった。
それに、ロカリエが向ける心の先にあるのは決して口に出したくはないが……そうリアムが無意識にため息をついたとき、扉がノックされて従者が入室してきた。
「どうした、浮かない顔をして。誰も通さないように言いつけたはずだが……なにか急を要する題ごとでも起きたのか?」
「リアム様……問題事ではないのですが、その……ロカリエ嬢が、またリアム様にとこちらを。ライカー様に見られる前にと思いお届けに上がりました。言いつけを破り申し訳ありません」
従者がおずおずと手渡してきた白い封筒には、ジェラード家の家紋が刻まれている。ナイフで開封しながらも、リアムの内心は自然と暗く苦いもので満たされる思いだった。
ロカリエから届けられた手紙の内容は他愛の無いものだったが、そこから透けて見える彼女の気持ちには嫌気がさしていた。正直、この手の手紙はもううんざりだ。
首脳会議で初めて会った時から、彼女のリアムに対する想いは透けて見えていた。彼女は婚約者となるライカーにではなく、その兄であるリアムのことを、まるで愛しい者を想うかのような眼差しで、じっと見つめていたのだ。
こうして届けられる手紙もリアムに対してばかりで、ライカー手紙が届いたことは一度もない。
それがライカーを傷つけていることに思い至らないほどロカリエは愚かなのか、それとも混血のライカーがいくら傷つこうと知ったことではないという冷酷さなのか。
――短期間のうちに誰かに好感を抱くことは珍しくないし、苦手意識が芽生えるのも当たり前だ。
生まれや育ちによって培われた価値観を即座に変えることだって難しいのは分かっているのだが。
リアムは内心でため息をつく。
自分に恋をしたなら、自分が大切に思っている相手を大切にしている気遣いを、せめて振りだけでも見せてくれればまだ救いがあったものを。
ロカリエがライカーの婚約者として家柄や有する力だけでなく本当にふさわしい存在なのか。
難癖ではなく正当な理由をもって婚約を解消できる手がかりはないか。
それがリアムが彼女の素性を調べさせるきっかけであり理由だった。
調査報告書には、いくつもの不可解な点が見受けられたこともあり、すぐさま、王であり、父であるカルロ王に抗議した。
「父上、ライカーの婚約について、どうにかなりませんか」
「すまないがそれはできん。国民の不安を解消するにはこれしか……」
「でしたら、せめてロカリエ嬢ではなく他の女性にすべきです。彼女は怪しいところがいくつもあります」
「ロカリエ嬢は宗教国の大貴族――それも長女だ。我が国の貴族を納得させるには、彼女がライカーの妻になるしかないのだ。それに、お前は他に聖なる魔法が使える人を見たことがあるか?」
「……っ 」
「貴族と国民……彼らの不安を取り除くのが我ら王族の役目だろう、リアムよ。お前が反対してもどうにもならないのだ。諦めろ」
「しかし..…」
「応答無用。今後一切、このことに口を出してはならない」
リアムが書斎に戻っても、父の声はまるでこだまのように頭に響き続けていた。
一国の王子であるというのに、自分はなんと無力なのだろう。力のなさを感じて拳をギュッと握った。
このままだとライカーを守れなくなる。
第一王子として、兄として、将来の王として..…成さなければならないことは山ほどあるというのに。なぜこんなにも不甲斐ないのだろう。
中途半端な同情はかえって本人を苦しめることになる。ロカリエについての報告書を机の上に投げ捨てた。
このままだとライカーを守れなくなる……ということは、あの方との約束も守れなくなるということだ。それだけは避けたい。願うようにリアムは頭を伏せた。
机に散らばったロカリエ・フェリス・ジェラードの調査書類の下に、まだ目を通していない資料を見つけた。リアム本人が頼んだ、とある薬草の資料だ。
「ほう.….なるほど、宗教国カハペスネにあるか..…これは直接見に行かないといけないな.……」と誰も聞こえない声で呟いた。
とりあえずロカリエ嬢と会うまでに出発の準備を整えよう。
――僕は、僕のできることをしよう。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
悪役令嬢に転生しましたが、全部諦めて弟を愛でることにしました
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したものの、知識チートとかないし回避方法も思いつかないため全部諦めて弟を愛でることにしたら…何故か教養を身につけてしまったお話。
なお理由は悪役令嬢の「脳」と「身体」のスペックが前世と違いめちゃくちゃ高いため。
超ご都合主義のハッピーエンド。
誰も不幸にならない大団円です。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
小説家になろう様でも投稿しています。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる