この小説の運命、変えてみせます。

こふこふ

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第1章

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—―婚約面談の1週間前。
リアムの執務室に控えめなノックの音が響く。
顔を上げたリアムはノックの主に入室を許可する声を掛けた。

「リアム様、例のものをお持ちしました」

「ご苦労さま」

しばらく誰も自分の部屋に通さないようにと言いおいてリアムは届けられた封書を一瞥した。
 その封書を開封して目を通し、机の上に置く。
ロカリエ・フェリス・ジェラードについての調査報告書がその封書の中身だ。
リアムはロカリエ本人だけにとどまらず、彼女の親戚、そして友人までもが綿密に調べさせ、逐一報告させていた。

「ロカリエ・フェリス・ジェラード……」

このままことが進めば弟の婚約者になる少女の名前をリアムは苦い表情で呟いた。
間違っても好感を持ってはいないことがその表情と口ぶりからよくわかる。

 ロカリエの生家は宗教国ガハペスネの影響を強く受けており、聖なる魔法が使える魔法貴族だった。
国の中でも、かなり名が知られる名門家系だ。しかし、彼女本人の魔法の力は、お世辞にも突出したものだとはいえない。
だが、今回の婚約において肝心なのは聖なる魔法を使えることと、王家に嫁ぐに相応しい身分であるということ。
そしてライカーと年の釣り合いがある程度取れる女性であること。
それだけであり、政略結婚の多い王家や、ロカリエの実家のように身分の高い貴族の親にとっては婚約するライカーとロカリエの気持ちなど二の次なのだ。

 光魔法をつかえる人間は、ガハペスネに多い。それもあって、光魔法には聖なる魔法のイメージがあるのだ。
そのイメージを利用するというのが、今回の政略結婚の目的ともいえた。呪を払うことができる聖なる力。
その力をロカリエちゃんが持っていて、年回りもいい。
ただそれだけの名目で王家に嫁がせられるという、本人の意思とは関係のない貴族のやり方に、彼女自身が納得していないことは優に想像できた。
まるで生贄ではないか、と憤慨しているかもしれないがリアムはこの婚約には反対だった。

 それに、リアムの事情はさておき、ロカリエは気位の高い女性である。
ライカーが混血であることに対し嫌悪を示さないわけがなく、ましてや黒いエルフの特徴をもつ呪われている皇子との婚約など、心底嫌だろうことはたやすく予想できた。
心を開かない婚約者にライカーが傷つくことになるだろう。
王家と貴族の政略結婚に愛情は必要ないが、すぐさま離婚になっては外聞が悪い。
ハーフエルフを嫌悪するロカリエと、ロカリエに出自だけで嫌悪されるライカーでは幸せになれるはずもなく、それは不憫なことだとリアムは考えるのだった。 

それに、ロカリエが向ける心の先にあるのは決して口に出したくはないが……そうリアムが無意識にため息をついたとき、扉がノックされて従者が入室してきた。

「どうした、浮かない顔をして。誰も通さないように言いつけたはずだが……なにか急を要する題ごとでも起きたのか?」

「リアム様……問題事ではないのですが、その……ロカリエ嬢が、またリアム様にとこちらを。ライカー様に見られる前にと思いお届けに上がりました。言いつけを破り申し訳ありません」

 従者がおずおずと手渡してきた白い封筒には、ジェラード家の家紋が刻まれている。ナイフで開封しながらも、リアムの内心は自然と暗く苦いもので満たされる思いだった。

 ロカリエから届けられた手紙の内容は他愛の無いものだったが、そこから透けて見える彼女の気持ちには嫌気がさしていた。正直、この手の手紙はもううんざりだ。

 首脳会議で初めて会った時から、彼女のリアムに対する想いは透けて見えていた。彼女は婚約者となるライカーにではなく、その兄であるリアムのことを、まるで愛しい者を想うかのような眼差しで、じっと見つめていたのだ。
こうして届けられる手紙もリアムに対してばかりで、ライカー手紙が届いたことは一度もない。
それがライカーを傷つけていることに思い至らないほどロカリエは愚かなのか、それとも混血のライカーがいくら傷つこうと知ったことではないという冷酷さなのか。

――短期間のうちに誰かに好感を抱くことは珍しくないし、苦手意識が芽生えるのも当たり前だ。
生まれや育ちによって培われた価値観を即座に変えることだって難しいのは分かっているのだが。

リアムは内心でため息をつく。
自分に恋をしたなら、自分が大切に思っている相手を大切にしている気遣いを、せめて振りだけでも見せてくれればまだ救いがあったものを。

ロカリエがライカーの婚約者として家柄や有する力だけでなく本当にふさわしい存在なのか。
難癖ではなく正当な理由をもって婚約を解消できる手がかりはないか。
 それがリアムが彼女の素性を調べさせるきっかけであり理由だった。

 調査報告書には、いくつもの不可解な点が見受けられたこともあり、すぐさま、王であり、父であるカルロ王に抗議した。

「父上、ライカーの婚約について、どうにかなりませんか」

「すまないがそれはできん。国民の不安を解消するにはこれしか……」

「でしたら、せめてロカリエ嬢ではなく他の女性にすべきです。彼女は怪しいところがいくつもあります」

「ロカリエ嬢は宗教国の大貴族――それも長女だ。我が国の貴族を納得させるには、彼女がライカーの妻になるしかないのだ。それに、お前は他に聖なる魔法が使える人を見たことがあるか?」

「……っ 」

「貴族と国民……彼らの不安を取り除くのが我ら王族の役目だろう、リアムよ。お前が反対してもどうにもならないのだ。諦めろ」

「しかし..…」

「応答無用。今後一切、このことに口を出してはならない」

 リアムが書斎に戻っても、父の声はまるでこだまのように頭に響き続けていた。

 一国の王子であるというのに、自分はなんと無力なのだろう。力のなさを感じて拳をギュッと握った。

 このままだとライカーを守れなくなる。
 第一王子として、兄として、将来の王として..…成さなければならないことは山ほどあるというのに。なぜこんなにも不甲斐ないのだろう。

 中途半端な同情はかえって本人を苦しめることになる。ロカリエについての報告書を机の上に投げ捨てた。

 このままだとライカーを守れなくなる……ということは、あの方との約束も守れなくなるということだ。それだけは避けたい。願うようにリアムは頭を伏せた。

 机に散らばったロカリエ・フェリス・ジェラードの調査書類の下に、まだ目を通していない資料を見つけた。リアム本人が頼んだ、とある薬草の資料だ。

「ほう.….なるほど、宗教国カハペスネにあるか..…これは直接見に行かないといけないな.……」と誰も聞こえない声で呟いた。

 とりあえずロカリエ嬢と会うまでに出発の準備を整えよう。

 ――僕は、僕のできることをしよう。
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