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第1章

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ロカリエは鳥のさえずりで目を覚ます。
服装は白いワンピースのような、ドレスよりは気軽なものだったが生地は上等なものだった。


「ロカリエ嬢!ロカリエ嬢!!」

「はーい」

「お召かえでしたら私がお手伝い致しましたのに……これでは職務怠慢で責められてしまいますわ」

やってきたエミリアが一人で着替えを済ませていたロカリエをみて目を見張る。ついでかすかに表情を曇らせたのは専属の召使いとして職務を果たせなかったことを悔やんでだろうか?

「ごめんなさい、ついいつもの癖で……」

「いつもの癖、って……ロカリエ嬢のご身分では考えにくいと思うんですけど」

エミリアに不思議そうに突っ込まれてそういえば今の自分は貴族の令嬢だった、と思い至るロカリエ。

「じ、自分のことは自分でする苦労を知ってこそ上に立つものとしてすべきことが見えてくるというか……そんな感じです」

「まぁ……その心がけはご立派ですけど、私の仕事もある程度残しておいてくださるのもロカリエ嬢のなすべきことですよ」

そうしないとエミリアは上の役職のものから叱責されるのだろう。
そこまで考えが思い至らなかった事とつい今までの一般庶民感覚が抜けないことへの自戒にロカリエはエミリアに深く頭を下げた。

「ごめんなさい、エミリアさん、あなたの立場を危うくしたいわけではなかったの」

「あ、謝らないでください!あと、私のことは呼び捨てで構いませんから。ロカリエ嬢はなんだか貴族のご令嬢なのに親しみやすいですね。私、きちんとお仕えできるか不安だったのですけど人柄に触れて安心しました」

小さな失敗は思いがけずいい方向に進んだらしい。
ロカリエも正直で働き者のエミリアに好感を抱いていたのでその言葉は素直に嬉しかった。
自然と顔に浮かんだ笑顔にエミリアが小さくなにか呟く。

「え?なぁに?」

「いえ、なんでもありません!」

慌てて首を振るエミリアに首を傾げる思いのロカリエだったが朝食の用意が出来ていると言われエミリアに案内されて部屋を後にする。


朝食を取り終わり、ロカリエは部屋に戻った。
そして椅子に腰かけ、現在の状況を整理しようと羽根ペンとノートを手に取る。



「ロカリエはどういう人物だったかしら……正直、はっきり覚えていないわ」
    

 前世のロカリエはベーロンモマ帝国についたあと、ライカ―の呪いに恐れ、逃げた、その後彼女は物語に登場しなかった、ということは記憶に残っていた。


 その他に覚えているのは、城に召使いが少ないことを常に怒っていたことだ。
あまり記憶に残っていないほど、原作のロカリエは描写も少なく、その行動の全てが共感しがたいものだった。

「悪役令嬢……みたいな感じの役割よね。多分」

 原作の小説では初めこそロカリエと分かり合えると思い好意的であったライカーだが、ロカリエが常に怒っていたこと、そしてライカーへの拒絶的な態度に傷つき、距離を取るようになった。

――ロカリエ…….なんてひどい人なの。
こんなに可愛いライカーを拒絶するなんて。

 しかし今のロカリエは外見こそロカリエのままだが、中身はライカーを大切に大切に思っている人格と入れ替わっている。

――大丈夫よ、ライカー。私はあなたを傷つけないしライカーの味方で居続けるわ。だって私、本当にライカーが魅力的な人だって思ってるもの。ライカーの力になりたい。

辛い時はいつも、ライカーの物語を読んで心を落ち着かせた。そして物語と、その中で困難に立ち向かうライカーの姿はいつも傷ついた心を癒してくれた。
今度は絶対にライカーから逃げたりしないとロカリエは強く誓う。

――私は、私が大好きだったライカーを守ってみせる。
でも私……もしかして物語を変えてしまっているのかしら。

ロカリエは必死に物語の序盤から順番に小説の内容を思い出して時系列順に書き留めていく。

「今から半年後に建国記念日があったはず……そう、その記念すべき日に街に魔獣が現れる事件が起きるんだったわよね、たしか」

不幸中の幸いなのは、リアムが城に帰ってきている途中だったこと。

「その事件自体は無事に収まった気がするわ。でも……事件自体は大きな時間ではないけど、魔獣の影響で帝国をまもるバリアが弱まって、そこから歯車が狂っていくんだったかしら」

そしてその2年後の事件にライカーは父と、兄であるリアムを失うのだとロカリエは思い出して眉をひそめた。
あんなにリアムに懐いているライカーを直に見たあとでは物語を読んでいただけの時より胸に迫るものがあったのだ。

そこまでは思い出すことが出来たロカリエだが、リアムが亡くなる直前に発した言葉が思い出せなかった。
覚えてるのが国王が最後にいってた宗教国についてのこと。
しかし、ロカリエが忘れてしまっているのか作者がわざとぼかしたのか、宗教国という国が何をしようとしているのか何一つとして記憶になかった。


「はぁ~……やるべきことはたくさんありそうなのに情報が足りないわね……読み返すことも出来ないし、困ったな。かなり読み込んでるつもりだったんだけど」


自分は、ライカーのために何ができるのだろうと弱気を振り払ってロカリエは記憶を頼りに、再びノートに状況を整理した。
リアムは婚約のあと、用があると言って外国に行ってしまったが、ライカーはリアムの不在と婚約者のことで悲しんでいた描写は覚えている。
その婚約者が今、自分が中に入っているロカリエなわけだが、今のところ困惑はさせても悲しませてはいないと思いたいロカリエだ。
ライカーは子供の頃、リアムにお伽話を読んでもらいたかったのだが、多忙を理由にして、リアムはライカーの願いを断ってばかりだった。
そんな回想シーンを思い出してロカリエは僅かに気持ちが浮上するのを感じた。
やはりロカリエにとってライカーは元気の素のようだ。  
  

――そういえばあのシーンは本当に可愛かったなぁ。あれはたしか、「呪いによって化け物になった王子と美女」を読んでいた時だったかしら。

そのシーンが書かれているのはライカーがロカリエと婚約を結ぶ前の時系列だ。
長い間留守にしていたリアムが久々に城に戻り、ライカーはどうしてもリアムに読んでほしい本があるとねだって、リアムがそれに応えて本を読んであげた時のライカーは本当に可愛らしかった、とこんな時なのに口元が緩む。


――あの時、ライカーはたしかにリアムにこういった。

「美女は呪われた王子の姿を見ても逃げなかったの?」

「そうだよ。見た目は恐ろしくても、王子は優しい心を持っていたからね。美女は彼の優しい心に惹かれたんだよ」

「ぼくも優しく接したら、婚約者、そして側近たちも兄上みたいに傍にずっといてくれるかな」

 リアムは一瞬、ライカーの発言にどう答えようか迷った。

「そうだね。すぐには難しいけれど、優しい心で接していたらみんな心を開いてくれるよ」

ライカーはリアムのその言葉を信じて、ロカリエと側近たちにも親切に接するよう心掛けた。


――それなのに!! ロカリエ!!
もう、あなたはなんてひどい人なの!?
ライカーの内面を何も見ないまま嫌って、傷つけて、姿を消すなんて!!
 
ロカリエはライカーのひたむきな姿に思い焦がれると同時に、今自分がいるこの体の持ち主に対して強い怒りの感情を抱く。


――どうしたら子供のライカーに幸せを感じてもらえるのだろう。

 そう悩んでいたロカリエの頭に、あるアイデアが思い浮かんた。


「そうだ!ライカーと本を読もう!!」

紅茶をいれて戻ってきたエミリアはその発言に出迎えられる形になり思わず何度か瞬きしたあとおずおず口を開いた。

「ロカリエ嬢、どうしてそんな発想に思い至ったんです?挙式の前から育児の予行練習ですか?」

産まれてくる子供に本を読み聞かせて情操教育をするのはこの世界でも同じらしいが時系列の整理と、ライカーに喜んでもらう方法を考えていたロカリエは思わずその言葉に飛び上がるようにして振り返った。

「そ、そ、そんな気の早いこと考えてないわ!打ち解けるにはなにをしたらいいか考えていただけで、こ、こ、こ、子育てなんて!もう、エミリアったらなにを言い出すの!?」

「いえ、すみません。随分真剣にノートに書いてましたし幸せな未来予想図でも考案してるのかとばかり」

私はロカリエ嬢を応援してますよ、という言葉に反応に困りつつも、ロカリエは味方がいることを頼もしく思うのだった。
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