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第1章
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ロカリエがライカーに積極的に話しかけることや、気位の高い貴族の令嬢の割に親しみやすい性格であることに当初周りは困惑したが、多くのものは受け入れ、歓迎した。
その筆頭が執事である。
「ライカー様はロカリエ嬢と話すうちにすこしお変わりになりましたね」
「そうだろうか……自分ではよく分からないが」
「ロカリエ嬢がいらっしゃる前より、いくらか印象が柔らかくおなりです」
ロカリエが自分を差別しないことや使用人へも分け隔てなく笑顔を見せることに正直なところライカーはまだ戸惑っているし、なにか計略あっての事かと疑いももっている。
しかし、ロカリエは表情に全てでるので隠し事や謀にはあきらかに向いていないのも確かで。
そんな屈託ないロカリエの笑顔や、ライカーと仲良くなりたいとあれこれ話題を探す様子はライカーが知るロカリエとは全く違っていたが冷徹に拒否することはライカーには出来なかった。
結果的にぎこちないながらもライカーの側からもロカリエを気にかける様子が生まれて、まだ幼いといってもいい婚約者同士の二人は初対面の頃よりはだいぶ打ち解けたことを執事は見守りながら安堵していた。
ロカリエはライカーがリアムに本を読んでもらうことが好きだったことから、一緒に絵本を読もうと誘ったり、一緒に食事にしよう、と少しずつライカー仲良くなる作戦に励んでいた。
最初のうちは用事があるから、などと口実をつけて断っていたライカーだが、ロカリエがめげずに声をかけ続けた結果、今では剣術の稽古の間や食後のティータイムのときなどに付き合ってくれるようになっていた。
執事が安心したのは最初は渋っていたライカーが歩み寄ったこともあったが、歩み寄るまでロカリエがめげなかったことに対する安堵もあった。
ロカリエのお付のエミリアもまた、ライカーのこの変化とロカリエの笑顔が増えたことを嬉しく思っていた筆頭の一人である。
「ライカー! 今日はこれを読みましょう」
「ロカリエ、また授業抜け出してきたんですか?」
ロカリエは一応字は読めるものの書きなれていないために字体が崩れることが多く、婚約者として相応しい教養を身につけて頂かなくては、と家庭教師を付けられていた。
けれど彼女はその授業をさぼることもしばしばで、ライカーは最近ではロカリエに会うとまず授業はどうしたのか聞くのが日課になっている。
それはそれで二人の距離が縮まったというかライカーが遠慮をしなくなったのだともとれるが、授業をサボるのはもちろん褒められたことではないのでロカリエは目を逸らした。
「(……ギクッ)」
「ロカリエはそんな事しないですよね」
「も、もちろんよ!」
目を逸らしあからさまに不審な態度をとるロカリエにライカーはそんな事しないですよね、ときちんと授業にでるように暗に促すのもここ最近ではよく見られる光景のひとつだ。
ロカリエがライカーと一緒に読んだ何冊、何十冊という本の中には、ベーロンモア帝国の歴史についてのものもある。
その中でも、表紙は至ってシンプルでベーロンモア帝国の国旗と刻印のマークが描かれているだけの絵本が印象的だった。
「今日は、図書館でこれを見つけたので一緒に読みませんか?」
ロカリエはそういってなんの本か分かりやすいように表紙をライカーに見せた。
「その表紙……『ベーロンモマ建国記録」ですか?」
ライカーはその表紙見た瞬間、この物語の題名が分かったようだ。
対してロカリエは原作小説に描写された事柄以外は全く知らないのでこてんと首を傾げる。
――どうしよう、一度読んだことのある本だと楽しめないかしら?
「あら、ライカー殿はもうこの本を読まれたんですか? 他の本にしますか?」
「大丈夫ですよ。わざわざ持ってきて下さったのでこれを読みましょう」
「はい!」
内容はベーロンモア領主の第二息子の話だった。
現在は黒いエルフは呪われた子だといわれているが、この物語はそんな黒いエルフが世間に尊重されていた時の話。
ライカーがソファに寄りかかり、ロカリエは彼の隣に座って本を捲った。
「昔まだかなり小さかったベーロンモマ領は、魔族からの襲撃で領主や領民、そしてその他種は苦しんでいた。魔族から逃げられた領主の、ベーロンモマは平和の生活を取り戻すために、魔力が優れているエルフ族に支援を求めた」
左一ページに今より何倍も小さいベーロンモア帝国の地図と、魔族から逃げ怯える人間たちの絵が描かれているのをロカリエは興味深く見つめる。
「当時のエルフ族の長はオギューストという人で、エルフの中にも戦闘力と魔力が優れていた黒いエルフだった。……ねえ、ライカー殿、今のベーロンモアにエルフはどのくらいいるの?」
「今はそう多くはなく少数民族です。そして黒いエルフも昔はその他種族から尊重され、強い存在だったので、支援を求められる事も多かったみたいですよ」
「そうだったんだ……ライカー殿は博識ですね」
「ありがとうございます、ロカリエ」
小さくお辞儀をするライカーの顔が、陽の光によってさらに端整に映った。
ライカーの澄んだ青い瞳は水分を多く含んでいるように潤んでいて、ロカリエは上目遣いで見られるたびに可愛さに悶絶しそうになるのが常だが実際に悶絶しては完全に変な人なので必死にこらえている。
ライカーの可愛さにロカリエの表情筋は緩くなりかけ、それを隠すように視線を本に戻し読み上げた。
「黒いエルフの協力のもとで、ベーロンモマは魔族に勝利した。そしてベーロンモマは幸せに生きましたとさ」
本をパタンと閉じて芝生の上に置いたロカリエはライカーに笑顔を向けた。
「ベーロンモア良かったね」
「自分の親族が全て亡くなったのに、幸せに暮らせるわけがない」
だが、予想に反して声は少し固く、俯いて話すライカーの表情は見えない。
「それにしてもどうして黒いエルフはみんなから恐れられるようになったの?」
「実はこの本の最後に続きがあるんです」
ライカーはロカリエが隣に置いた絵本を手に取ると、あとがきが書かれているページの次のページを捲った。
そこには「後日談」と書かれていて、話の続きがあった。
「平和に暮らしていた、とある日の午後、突然空が赤くなり、謎の理由で黒いエルフの魔力が暴走した。そして、人々を次々に殺したことで黒いエルフは呪われていると後世に伝わった。ベーロンモマは最後、支援してくれた黒エルフを殺して平和を取り戻した」
――これが黒いエルフは呪われているなんて言われる根源になった出来事なのね……。
私の記憶が正しければ、ライカーはお伽話の中に出ていた黒いエルフに憧れていたと思う。
ロカリエも黒いエルフは大好きだった。
違う種族なのにベーロンモアを助けてくれたからだ。
「黒いエルフは何で暴走してしまったのかしら」
「原因は未だに分かっていないみたいです、学者によれば大量の魔力を持っていることが暴走の要因らしいのですが引き金は解明されていません。」
「そうなんだ…」
――魔力を持っていることで頼られて、危害を与えてしまったらすぐに迫害されてしまう。
黒いエルフがいつか再びみんなから尊敬される存在になりますように。
ロカリエは心の中で真摯に祈った。
ライカーとロカリエの沈黙を遮ったのは、ライカーの側近である女性だった。メイド服の裾を持ち上げて駆け寄ってくる。
「ライカー王子、そろそろ剣術のお稽古ですよー!」
その筆頭が執事である。
「ライカー様はロカリエ嬢と話すうちにすこしお変わりになりましたね」
「そうだろうか……自分ではよく分からないが」
「ロカリエ嬢がいらっしゃる前より、いくらか印象が柔らかくおなりです」
ロカリエが自分を差別しないことや使用人へも分け隔てなく笑顔を見せることに正直なところライカーはまだ戸惑っているし、なにか計略あっての事かと疑いももっている。
しかし、ロカリエは表情に全てでるので隠し事や謀にはあきらかに向いていないのも確かで。
そんな屈託ないロカリエの笑顔や、ライカーと仲良くなりたいとあれこれ話題を探す様子はライカーが知るロカリエとは全く違っていたが冷徹に拒否することはライカーには出来なかった。
結果的にぎこちないながらもライカーの側からもロカリエを気にかける様子が生まれて、まだ幼いといってもいい婚約者同士の二人は初対面の頃よりはだいぶ打ち解けたことを執事は見守りながら安堵していた。
ロカリエはライカーがリアムに本を読んでもらうことが好きだったことから、一緒に絵本を読もうと誘ったり、一緒に食事にしよう、と少しずつライカー仲良くなる作戦に励んでいた。
最初のうちは用事があるから、などと口実をつけて断っていたライカーだが、ロカリエがめげずに声をかけ続けた結果、今では剣術の稽古の間や食後のティータイムのときなどに付き合ってくれるようになっていた。
執事が安心したのは最初は渋っていたライカーが歩み寄ったこともあったが、歩み寄るまでロカリエがめげなかったことに対する安堵もあった。
ロカリエのお付のエミリアもまた、ライカーのこの変化とロカリエの笑顔が増えたことを嬉しく思っていた筆頭の一人である。
「ライカー! 今日はこれを読みましょう」
「ロカリエ、また授業抜け出してきたんですか?」
ロカリエは一応字は読めるものの書きなれていないために字体が崩れることが多く、婚約者として相応しい教養を身につけて頂かなくては、と家庭教師を付けられていた。
けれど彼女はその授業をさぼることもしばしばで、ライカーは最近ではロカリエに会うとまず授業はどうしたのか聞くのが日課になっている。
それはそれで二人の距離が縮まったというかライカーが遠慮をしなくなったのだともとれるが、授業をサボるのはもちろん褒められたことではないのでロカリエは目を逸らした。
「(……ギクッ)」
「ロカリエはそんな事しないですよね」
「も、もちろんよ!」
目を逸らしあからさまに不審な態度をとるロカリエにライカーはそんな事しないですよね、ときちんと授業にでるように暗に促すのもここ最近ではよく見られる光景のひとつだ。
ロカリエがライカーと一緒に読んだ何冊、何十冊という本の中には、ベーロンモア帝国の歴史についてのものもある。
その中でも、表紙は至ってシンプルでベーロンモア帝国の国旗と刻印のマークが描かれているだけの絵本が印象的だった。
「今日は、図書館でこれを見つけたので一緒に読みませんか?」
ロカリエはそういってなんの本か分かりやすいように表紙をライカーに見せた。
「その表紙……『ベーロンモマ建国記録」ですか?」
ライカーはその表紙見た瞬間、この物語の題名が分かったようだ。
対してロカリエは原作小説に描写された事柄以外は全く知らないのでこてんと首を傾げる。
――どうしよう、一度読んだことのある本だと楽しめないかしら?
「あら、ライカー殿はもうこの本を読まれたんですか? 他の本にしますか?」
「大丈夫ですよ。わざわざ持ってきて下さったのでこれを読みましょう」
「はい!」
内容はベーロンモア領主の第二息子の話だった。
現在は黒いエルフは呪われた子だといわれているが、この物語はそんな黒いエルフが世間に尊重されていた時の話。
ライカーがソファに寄りかかり、ロカリエは彼の隣に座って本を捲った。
「昔まだかなり小さかったベーロンモマ領は、魔族からの襲撃で領主や領民、そしてその他種は苦しんでいた。魔族から逃げられた領主の、ベーロンモマは平和の生活を取り戻すために、魔力が優れているエルフ族に支援を求めた」
左一ページに今より何倍も小さいベーロンモア帝国の地図と、魔族から逃げ怯える人間たちの絵が描かれているのをロカリエは興味深く見つめる。
「当時のエルフ族の長はオギューストという人で、エルフの中にも戦闘力と魔力が優れていた黒いエルフだった。……ねえ、ライカー殿、今のベーロンモアにエルフはどのくらいいるの?」
「今はそう多くはなく少数民族です。そして黒いエルフも昔はその他種族から尊重され、強い存在だったので、支援を求められる事も多かったみたいですよ」
「そうだったんだ……ライカー殿は博識ですね」
「ありがとうございます、ロカリエ」
小さくお辞儀をするライカーの顔が、陽の光によってさらに端整に映った。
ライカーの澄んだ青い瞳は水分を多く含んでいるように潤んでいて、ロカリエは上目遣いで見られるたびに可愛さに悶絶しそうになるのが常だが実際に悶絶しては完全に変な人なので必死にこらえている。
ライカーの可愛さにロカリエの表情筋は緩くなりかけ、それを隠すように視線を本に戻し読み上げた。
「黒いエルフの協力のもとで、ベーロンモマは魔族に勝利した。そしてベーロンモマは幸せに生きましたとさ」
本をパタンと閉じて芝生の上に置いたロカリエはライカーに笑顔を向けた。
「ベーロンモア良かったね」
「自分の親族が全て亡くなったのに、幸せに暮らせるわけがない」
だが、予想に反して声は少し固く、俯いて話すライカーの表情は見えない。
「それにしてもどうして黒いエルフはみんなから恐れられるようになったの?」
「実はこの本の最後に続きがあるんです」
ライカーはロカリエが隣に置いた絵本を手に取ると、あとがきが書かれているページの次のページを捲った。
そこには「後日談」と書かれていて、話の続きがあった。
「平和に暮らしていた、とある日の午後、突然空が赤くなり、謎の理由で黒いエルフの魔力が暴走した。そして、人々を次々に殺したことで黒いエルフは呪われていると後世に伝わった。ベーロンモマは最後、支援してくれた黒エルフを殺して平和を取り戻した」
――これが黒いエルフは呪われているなんて言われる根源になった出来事なのね……。
私の記憶が正しければ、ライカーはお伽話の中に出ていた黒いエルフに憧れていたと思う。
ロカリエも黒いエルフは大好きだった。
違う種族なのにベーロンモアを助けてくれたからだ。
「黒いエルフは何で暴走してしまったのかしら」
「原因は未だに分かっていないみたいです、学者によれば大量の魔力を持っていることが暴走の要因らしいのですが引き金は解明されていません。」
「そうなんだ…」
――魔力を持っていることで頼られて、危害を与えてしまったらすぐに迫害されてしまう。
黒いエルフがいつか再びみんなから尊敬される存在になりますように。
ロカリエは心の中で真摯に祈った。
ライカーとロカリエの沈黙を遮ったのは、ライカーの側近である女性だった。メイド服の裾を持ち上げて駆け寄ってくる。
「ライカー王子、そろそろ剣術のお稽古ですよー!」
応援ありがとうございます!
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