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第1章
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本屋に出かけることは伝えてあったので二人は用意されていた馬車のもとへ向かう。
その道中、正門を潜ろうとした時に門番から声をかけられた。
「ライカー様、お出かけになられるのですか?」
「あぁ、うん。ロカリエ嬢を本屋までお連れしようかと思って」
「最近二人でよく御伽噺を読んでいると使用人が話していましたよ」
門番の表情は仲睦まじくてなによりですと言わんばかりの笑みを浮かべたもので、ライカーは居心地悪げに身じろぐとロカリエを連れて馬車の元へすこしペースを早めて歩いていった。
「最初はどうなることかと思った縁談だが、上手くまとまりそうでよかった。ロカリエ嬢も話に聞く限り気立ての良さそうなお方だし、それはお世辞じゃなさそうだったな」
門番は遠ざかっていく小さな背中を見ながらライカーとの会話を邪魔しないように控えめな会釈をしてくれたロカリエに好感を持った様子で呟いた。
ロカリエはこちらの世界にくるまで間近で馬を見ることがなかったので珍しさからじっと馬車を引く馬を見つめる。
「ロカリエ嬢は馬がお好きですか?」
「え?どうして?」
「熱心に見つめていたのでそうなのかな、と。嫌いならもっと顔に出そうですし、苦手ならあまりまじまじとは見ないでしょう?それとも馬車に酔う方ですか?」
ライカーが自分に注目したり気遣ったりしてくれることにロカリエは喜びを感じずにはいられなかった。
「今まであまり意識して見たことがなかったけど、馬車を引いて走るだけあって馬って大きいなって思って」
「そうですね。大きいだけでなく力も強いので落馬したり後ろ足に蹴られたりすると大怪我ではすみませんから、ロカリエ嬢も気をつけてください」
ライカーの注意にロカリエは神妙な顔で頷きながら手を借りて馬車に乗り込んだ。
二人で向き合って座ると、御者台の御者が一声かけてから馬車を走らせ始めた。
ゆっくりめの速度で城下へ向かう馬車の中、ロカリエは物珍しそうに窓の外を眺めていた。
車とはまた違う振動を感じながらこれから向かう街へと胸を高鳴らせる。
やがて馬車を降りて少し歩いた二人がやってきた本屋の前でロカリエは首を傾げた。
看板には現代日本ではもうみることもなくなったといっても過言ではない貸本屋としての文字と、貸本を入れ替える際に無駄をなくすための古本屋としての文字、そして新しい本を流通させるための新書屋としての文字を持ち合わせていた。
つまり一軒で貸本、古本、新書を取り扱っているということだ。
「貸本と古本と真新しい本と、全部取り扱ってるのは、やっぱり本がとても貴重なものだから?」
「それもありますし、一つの店で流れを管理した方がどんな本をどの状態で仕入れるか決めやすいんだと思いますよ」
この世界の識字率まではロカリエは知らなかったが、本は嗜好品に近い扱いだったりすることは家庭教師役や執事たちから聞かされていた。
庶民はどちらかといえば両親や祖父母、親類から口伝で御伽噺を聞いて育ったり、商家など字を早くに覚えるべき家柄の者たちは図書館を利用したりしているらしい。
「不思議な匂いがする……」
「真新しい本からは微かに糊の匂いや表紙に使われている革などの匂いがしますし、経年変化したものと入り交じっているんでしょう」
貴族の令嬢はあまり自由に外出できる立場ではなく、必要なものは使用人が用意するためロカリエが物珍しそうに店を見回すことをライカーは取り立てて怪しまなかったようだ。
「花にまつわる御伽噺が今回のお目当てですか?」
「それが一番気にはなるんですけど……他にもライカー殿と一緒に楽しめる本があったらなって思ってます」
――なんだってロカリエ嬢は僕をこんなに読書に誘いたがるんだ?
そりゃ、読書は嫌いじゃないし外見は子供に戻ってるけどいい歳して御伽噺ばかり読むのも恥ずかしいんだけどな……。
男の子が好きそうな本を真剣に吟味するロカリエの様子に戸惑いながらもライカーはそういえば、と自分が本当に今くらいの年齢だった頃のことを思い出す。
「ロカリエ嬢は、僕が以前は兄上に本を読んで欲しいとねだっていたことがあるのをどこかでお聞きになったのですか?」
ロカリエはここで下手に肯定して誰が漏らしたのか特定できなかったら変に思われるかもしれない、と慎重に考えながら答えた。
「いいえ。初耳です。ただ、よくライカー殿は私に勉強をサボるなというでしょう?勉強の一環で情操教育として本を読む時間を共有できたら、と思ったんです」
「そうですか……兄上は忙しい方なので、なかなか本を読んでもらう時間は取れなかったのですがこうして本を選んでいるともし兄上に読んで貰えるなら、と選んでいた頃を思い出します」
ライカーにとってリアムと過ごす余暇の時間はかけがえのないもので、心穏やかに過ごせる数少ない相手でもあった。
あの頃の時分は何も知らない、本当の子供で甘えていたな、とライカーは過去を省みて懐かしい気分に浸る。
「私が気になる本だけを買っては不公平ですから、ライカー殿の読みたい本も買っていきましょう。それでお互いの好きなところを読み終わったあと話したりとかしませんか?着眼点が違う感想を聞いた後に読み返すと面白いと思うんです」
「ロカリエ嬢がそう望むなら、僕らしい本を選ばなくてはいけませんね。それとも意外性があった方が面白いのかな……」
楽しそうに目を輝かせ、胸の前で両手を組んで提案するロカリエにライカーは知らず知らずのうちに彼女のペースに乗せられてしまう。
二人で自分らしいけれどちょっと意外性もある御伽噺、を選ぶのはまるで宝探しをしているようで楽しかった。
図書館では見ない本もたくさんあり、ロカリエはもちろんライカーも気分が浮き立つ時間は思いのほかあっという間に過ぎていき、そろそろ帰る時間だ、とライカーがロカリエに告げるとロカリエは思わず「時間泥棒が出た……」と大真面目に呟いてライカーを微笑ませた。
「確かに、あっという間に時間が過ぎてしまいましたね。僕個人の用事は次に街に来た時に済ませることにします」
元々街に興味を持ったロカリエを連れ出すのと、執事やエミリアが二人でのデートを勧めてきたために勝手にお膳立てされる前にと用事がある振りをしていたので、ライカーはそんなことを嘯いたのだった。
その道中、正門を潜ろうとした時に門番から声をかけられた。
「ライカー様、お出かけになられるのですか?」
「あぁ、うん。ロカリエ嬢を本屋までお連れしようかと思って」
「最近二人でよく御伽噺を読んでいると使用人が話していましたよ」
門番の表情は仲睦まじくてなによりですと言わんばかりの笑みを浮かべたもので、ライカーは居心地悪げに身じろぐとロカリエを連れて馬車の元へすこしペースを早めて歩いていった。
「最初はどうなることかと思った縁談だが、上手くまとまりそうでよかった。ロカリエ嬢も話に聞く限り気立ての良さそうなお方だし、それはお世辞じゃなさそうだったな」
門番は遠ざかっていく小さな背中を見ながらライカーとの会話を邪魔しないように控えめな会釈をしてくれたロカリエに好感を持った様子で呟いた。
ロカリエはこちらの世界にくるまで間近で馬を見ることがなかったので珍しさからじっと馬車を引く馬を見つめる。
「ロカリエ嬢は馬がお好きですか?」
「え?どうして?」
「熱心に見つめていたのでそうなのかな、と。嫌いならもっと顔に出そうですし、苦手ならあまりまじまじとは見ないでしょう?それとも馬車に酔う方ですか?」
ライカーが自分に注目したり気遣ったりしてくれることにロカリエは喜びを感じずにはいられなかった。
「今まであまり意識して見たことがなかったけど、馬車を引いて走るだけあって馬って大きいなって思って」
「そうですね。大きいだけでなく力も強いので落馬したり後ろ足に蹴られたりすると大怪我ではすみませんから、ロカリエ嬢も気をつけてください」
ライカーの注意にロカリエは神妙な顔で頷きながら手を借りて馬車に乗り込んだ。
二人で向き合って座ると、御者台の御者が一声かけてから馬車を走らせ始めた。
ゆっくりめの速度で城下へ向かう馬車の中、ロカリエは物珍しそうに窓の外を眺めていた。
車とはまた違う振動を感じながらこれから向かう街へと胸を高鳴らせる。
やがて馬車を降りて少し歩いた二人がやってきた本屋の前でロカリエは首を傾げた。
看板には現代日本ではもうみることもなくなったといっても過言ではない貸本屋としての文字と、貸本を入れ替える際に無駄をなくすための古本屋としての文字、そして新しい本を流通させるための新書屋としての文字を持ち合わせていた。
つまり一軒で貸本、古本、新書を取り扱っているということだ。
「貸本と古本と真新しい本と、全部取り扱ってるのは、やっぱり本がとても貴重なものだから?」
「それもありますし、一つの店で流れを管理した方がどんな本をどの状態で仕入れるか決めやすいんだと思いますよ」
この世界の識字率まではロカリエは知らなかったが、本は嗜好品に近い扱いだったりすることは家庭教師役や執事たちから聞かされていた。
庶民はどちらかといえば両親や祖父母、親類から口伝で御伽噺を聞いて育ったり、商家など字を早くに覚えるべき家柄の者たちは図書館を利用したりしているらしい。
「不思議な匂いがする……」
「真新しい本からは微かに糊の匂いや表紙に使われている革などの匂いがしますし、経年変化したものと入り交じっているんでしょう」
貴族の令嬢はあまり自由に外出できる立場ではなく、必要なものは使用人が用意するためロカリエが物珍しそうに店を見回すことをライカーは取り立てて怪しまなかったようだ。
「花にまつわる御伽噺が今回のお目当てですか?」
「それが一番気にはなるんですけど……他にもライカー殿と一緒に楽しめる本があったらなって思ってます」
――なんだってロカリエ嬢は僕をこんなに読書に誘いたがるんだ?
そりゃ、読書は嫌いじゃないし外見は子供に戻ってるけどいい歳して御伽噺ばかり読むのも恥ずかしいんだけどな……。
男の子が好きそうな本を真剣に吟味するロカリエの様子に戸惑いながらもライカーはそういえば、と自分が本当に今くらいの年齢だった頃のことを思い出す。
「ロカリエ嬢は、僕が以前は兄上に本を読んで欲しいとねだっていたことがあるのをどこかでお聞きになったのですか?」
ロカリエはここで下手に肯定して誰が漏らしたのか特定できなかったら変に思われるかもしれない、と慎重に考えながら答えた。
「いいえ。初耳です。ただ、よくライカー殿は私に勉強をサボるなというでしょう?勉強の一環で情操教育として本を読む時間を共有できたら、と思ったんです」
「そうですか……兄上は忙しい方なので、なかなか本を読んでもらう時間は取れなかったのですがこうして本を選んでいるともし兄上に読んで貰えるなら、と選んでいた頃を思い出します」
ライカーにとってリアムと過ごす余暇の時間はかけがえのないもので、心穏やかに過ごせる数少ない相手でもあった。
あの頃の時分は何も知らない、本当の子供で甘えていたな、とライカーは過去を省みて懐かしい気分に浸る。
「私が気になる本だけを買っては不公平ですから、ライカー殿の読みたい本も買っていきましょう。それでお互いの好きなところを読み終わったあと話したりとかしませんか?着眼点が違う感想を聞いた後に読み返すと面白いと思うんです」
「ロカリエ嬢がそう望むなら、僕らしい本を選ばなくてはいけませんね。それとも意外性があった方が面白いのかな……」
楽しそうに目を輝かせ、胸の前で両手を組んで提案するロカリエにライカーは知らず知らずのうちに彼女のペースに乗せられてしまう。
二人で自分らしいけれどちょっと意外性もある御伽噺、を選ぶのはまるで宝探しをしているようで楽しかった。
図書館では見ない本もたくさんあり、ロカリエはもちろんライカーも気分が浮き立つ時間は思いのほかあっという間に過ぎていき、そろそろ帰る時間だ、とライカーがロカリエに告げるとロカリエは思わず「時間泥棒が出た……」と大真面目に呟いてライカーを微笑ませた。
「確かに、あっという間に時間が過ぎてしまいましたね。僕個人の用事は次に街に来た時に済ませることにします」
元々街に興味を持ったロカリエを連れ出すのと、執事やエミリアが二人でのデートを勧めてきたために勝手にお膳立てされる前にと用事がある振りをしていたので、ライカーはそんなことを嘯いたのだった。
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