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第1章

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ロカリエが異世界転生を果たしてから約二ヶ月が過ぎた。
最初は戸惑うことの多かった異世界での生活や、原作で読んだ時のライカーと直に対面した時の彼の印象の違いにもだいぶ慣れて、執事やエミリアを筆頭とする使用人たちとも仲良くやれているとロカリエは思っていた。

使用人たちも、最初のうちは気位が高いはずのロカリエが妙に庶民的だったりすることに驚いたり慌てたりしていたが、決して悪い印象では無かったため自然とその人柄に惹かれていった。

純血であることに絶対的な誇りを持っているはずのロカリエが、以前は好意を寄せていたはずのリアムより混血のライカーに明らかに好意的なのも様々な憶測を主に本人たちとその側近ともいう存在たちに抱かせ、密かに警戒されてもいたのだがロカリエはその事にまったく気づいていなかった。

この世界や城での生活にも馴染んで、勉強も少しずつ成果は出ているものの教師役の話は長くてロカリエにとっては退屈なため途中で寝てしまったりボイコットしたりするのは今までどおり変わっていない。

ライカーの剣の稽古を見た時密かに自分も彼を守るために剣術を身につけたいな、と思ったロカリエはエミリアに誰にも内緒で木剣を手配できないかと持ちかけてみた。

「木剣、ですか?一体なにに使われるんです?ロカリエ嬢」

「ずっと持っていることが難しいなら借りるだけでもいいの。最近ちょっと太ったから……ライカー殿には内緒でダイエットをしたくて」

男の人ってこういうことにあまり理解を示してくれないじゃない?とロカリエが内緒話するように持ちかけるとエミリアも理解出来る乙女心だったらしくさもりなんと頷く。

「そうですね。確かに女性に比べて殿方はそういったことに無頓着ですけど……でもライカー様には相談された方がいいのでは?木剣を振り回すだなんてもし怪我でもしたら危ないですよ。使うなら専門の方に教えて頂いた方が……」

「違うの、体操に使おうと思って。木の棒よりは木剣の方が手のひらに刺さらないし。だからライカー殿には内緒にしてくれないかしら」

本当は体を鍛えるために剣道の型をさらうつもりで木剣を求めているのだが、驚いているエミリアをみてロカリエは方向性を変えた。
ストレッチや柔軟体操に使うのだと身振り手振りを交えて説明するとエミリアは驚きながらも納得してくれたのでロカリエは胸を撫で下ろす。


エミリアが部屋を出たあと、ライカーの部屋に出向かった。彼女はロカリエの専属メイドであるとはいえ、ライカーに従う身でもあるので、何かあった際はライカーに報告し、指示を仰がなくてはならない。


「……というやりとりでした」

「なるほど。他に何かあった?」

「私の反応を見て、剣術ではなく体操に使うのだと付け加えるように弁明しておいででした」

「報告ありがとう。……ひとまずは経過を観察して、また何かあれば報告して欲しい」

苦労をかけるけど、というライカーの言葉にエミリアはとんでもない、と首を振ってライカーの部屋を後にした。

(僕に内緒にして欲しいと強く願っているようだけど……ロカリエ嬢は何を企んでいるんだ?まさか黒幕の一人、なのか?)

ライカーはしばらく書き物の手を止めて今まで感じていた違和感を一つ一つ思い出しながらロカリエへの疑惑がまた少し深まったのを感じていた。

木剣をエミリアに入手してもらってからも、ロカリエは急に素振りを始めたりはしなかった。
まずは今の体でできることの把握から始めないと思わぬ怪我をするかもしれない。
そのことは武道を嗜んでいるから知っていたし、元の体とは体格も随分違う。
体の硬さも把握していなかったし、体力の限界を知らずにメニューを組むのは非効率だ。

「それに、素振りをするのに良さそうな場所を探しておかないといけないし、ね……」

誰かに見つかったら大騒ぎになりかねないのでそこはロカリエも慎重に行くつもりだった。
ドレスのままでは運動しにくいので用意してもらった運動着で朝と夕方にランニングを始めたときは周りも驚いたが「健全な精神は健康な肉体にやどる」と押し切り、ランニングの途中で人があまり来ない広場を見つけてからは素振りもメニューに組み込んだ。

ロカリエは体を鍛えながら、家庭教師とでも呼ぶべき相手からこの世界の知識を吸収していった。
相変わらず退屈で寝てしまいそうになることは多かったが、それでも知識は時として武力以上に頼もしい武器となる、と自分に言い聞かせて特訓と勉学に励む。

そんなロカリエを応援するように厨房の使用人が気を利かせて、運動の後やテストでいい点数をとった時などに労いの意味を込めて繊細で美しく、美味しいデザートをロカリエのために用意するようになったのはそれからしばらくしてのこと。

ライカーは自分へ対する恐れに似た遠巻きな応対とはまるで違うロカリエへの使用人の態度にすこし呆気に取られつつもその独断行動を黙認した。

そこにはロカリエの天真爛漫さを信じたいという純粋な思いと、ロカリエを甘やかす使用人たちの態度に彼女が油断して尻尾を見せるかとしれないという策略が複雑に絡み合った思いがあった。
そして、ロカリエの真意はともかく彼女がきてから周りが明るい表情を見せることが増えてそれを取り上げたくないという、本来のライカーらしい優しさも本人は気づいていなかったが確かにあったのだった。

ロカリエが城にやって来てから三ヶ月後のある日のことだった。

「よし、今日の分のノルマは終わりっと!はぁ、疲れた。今日のデザートは何かしら?」

一日の勉強や体力トレーニングを終えたロカリエは汗を拭いながら今日の成果に満足気に笑みを浮かべる。
そして、今日のデザートを楽しみにしつつ部屋の方に向かった。

「失礼いたします。ロカリエ嬢。」

エミリアはロカリエと以前より親しくなったこともあり、ロカリエが入室の許可を出さなくてもノックをしたあと入室するようになっていた。

そんなエミリアが今日、持ってきたのは、いつものデザートではなかった。
ロカリエがそれを不思議に思いながらよく見てみると、見覚えのある紋章が刻まれている包みだった。

「ロカリエ嬢、宗教国にいらっしゃるお父上からのお手紙をお持ちしました」

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