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第1章

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エミリアが丁寧な所作で机に包みと手紙を置く。
ロカリエはそれにお礼をいったあと実家から何が届いたのかと首を傾げて包みを開いた。

「ありがとうございます」

 小包の包装を剥がし、中の箱を開けてみると石が入っていた。

「中身は何が入っていたのですか?」

「石、みたいだけれど……これはなにかしら、エミリア?」

 手紙の封は開けないままで箱から石を摘んでエミリアに見せると彼女は胡乱げに眉を寄せた。

「ロカリエ嬢、この石は魔石ですよ」

 魔石とは魔力が宿っている石のことだ。なぜ実家からそんなものが?とロカリエはもう一度首を傾げた。
そのまま手紙を手に取る。
宛名にはロカリエ・フェリス・ジェラードと書かれており、送り主の達筆さも相まって今の自分の名前ではあるが随分畏まって見えるな、とロカリエは他人事のように思った。


 エミリアはまだ部屋に居たが、彼女への気安さと実家からならばどんな生活を送っているか確認の手紙だろう、くらいに考えてロカリエは封を開く。
手紙の内容にざっと目を通し、予想外の事態に絶句した。

――これ、何だか嫌な予感がするわ。……見られてはまずい気が。


 黙って手紙を見つめるロカリエの態度をエミリアは不思議に思い、近づいて問い掛けてくる。ロカリエは直感を信じて手紙をドレスのポケットに無造作に隠し、誤魔化そうとした。


「ロカリエ嬢、どうかなさいましたか?……まさか、お身内に不幸でも……?」

「……」

「ロカリエ嬢?」

「あっ、何でもないの。大した内容じゃなかったわ。身内に不幸があったわけでもないから安心して。……手紙の返事を書くから少し一人にして貰えるかしら?」

「畏まりました。魔石はアクセサリーにも加工できますので、そうなさりたい場合は宮廷魔術師にご相談くださいね。それでは失礼致します」


エミリアがメイドの手本のような仕草で一礼し部屋から下がったのを確認して、ロカリエは急いで手紙を読み返す。




『雨降れば真実あり』 



 暗号だとしか思えない一言に頭を悩ませながら、ひとまず文節ごとに区切って考えてみることにした。

 雨降れば、の雨は水天が落ちていることだろう。
 真実あり、は本当のメッセージは別にある、だろうか。

そう推察したロカリエは、この手紙を水に濡らせば文字が浮かび上がるものかもしれない、と当たりをつけた。

――転生前に推理小説を沢山読んでいてよかった。ダイニングメッセージとか謎解きの知識が役に立ったわね。


 一度頷くとロカリエは皿を用意して水を溜め、手紙を水に浸した。

「……わぁ!!」 

 白紙の部分に次々に文字が浮び上がるのをみて声を漏らすロカリエ。濡れた手紙が破れないように気をつけながら、そっと手に取って読み上げる。


「今こそベーロンモマ帝国の弱体化のために動く時。まずは防御用魔法陣を弱体せよ……念の為に魔石を送っておく」

どうやら嫌な予感ほど的中するものらしい。
ロカリエは迂闊にこの手紙をエミリアに見せなかったことが正解だったと悟る。

 ――この内容って、帝国を乗っ取る気!?

 おもわず宛名と差出人名を二度見したのは、この手紙の送り主か受取人が別人かもしれないと信じたかったからだ。

 しかし、現実は無情で「ロカリエ・フェリス・ジェラード」という名とジェラード家の紋章は、確かに記載されていて、ロカリエの実家が国家転覆を目論んでいることは間違いなさそうだ。


「見間違いなんかじゃなかった……私のことだわ」


 ベーロンモマ帝国には防御用魔法陣があることは授業で教わっていた。
その効果は災害やら魔力の攻撃から範囲内全てを守ってくれる最強の魔法陣だという話だ。


 ――でも一体なぜ?ジェラード家は普通の貴族じゃなかったのかしら……。

 ロカリエが頭を捻って小説の内容を思い返してもジェラード家が帝国を裏切るような貴族ではなかったはず、という記憶以外は出てこない。
そもそもロカリエがライカーの元から逃げて以降は家の名前は登場すらしてなかった。



「ライカー……!」


 ロカリエはライカーを幸せにすると決意したのに、これじゃあライカーを不幸にしてしまうことになる。
遅まきながらにその事実に気づき、ロカリエは悲鳴のようにライカーの名を呼んだ。

――ベーロンモマ帝国の滅亡に加担するなんて、私そんなことしたくない。



 ロカリエの心にはたった一つの考えがのこった。
彼を、ライカーを守りたい。そんな強く、純粋な思いが。



 手紙が窓から入ってくる風に煽られてロカリエの足元にひらりと舞い落ちる。
ロカリエは落ちた手紙を拾い上げると、そのまま机に向かいノートを取り出した。
そして、羽根ペンの近くに石を置き、ノートのページを捲る。



「ジェラード家の事を探る必要があるわね」


 この件については一人で調べて真相を確かめなくてはいけない、とロカリエはまず簡単な事実から整理し始める。
誰かに話してその人を巻き込んでしまったり、主犯と思われて身動きが取れなくなることでライカーを守れないのは困るからだ。

「よしっ!できることから、一つずつ、ね」

ロカリエは両頬をパシっと叩いて気を入れた。

 実家のことを怪しまれないように調べたり、結界を弱体化させ、国家を転覆させたあと何を企んでいるのかを探るのは雲を掴むようなはなしだった。
それには多くの時間と集中力が必要で、ロカリエは毎日の週間だっただったライカーの剣術の稽古を見逃していたことにあとから気づく。

 カーテンを閉めていなかった窓から差し込む光も、太陽から月のそれへと変わっていた。
活字を読み過ぎたせいか、それとも集中しすぎたせいだろうか。急に睡魔が襲ってくる。

――資料だけじゃ、情報が足りないわ……今度現地に行って確認しないと……。




 そううつらうつらしながら考え、ロカリエは大きなクローゼットの中から今日のパジャマを取り出して、結んでいた髪ゴムを外す。
そしてベッドに倒れるように寝っ転がり、布団を被ってあっという間に眠りの国へ旅立ったのだった。




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スパークノークス

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