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第玖話-オニ

オニ-17

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 とある夜、変蛇内高校から部活帰りの一人の男子高校生が正門から歩いて出て来た。
 男子高校生は、駅に早く行くため人気の少ない路地裏を通って駅に向かう。
「弥里杉秀作だな」ボイスチェンジャーで、声を変えたフードを目深に被った人間が声を掛ける。
「はい、そうですけど」弥里杉は突然の事に怯えたような顔をする。
「私と来てもらおうか?」
「はい?」
 戸惑い気味に返事をすると身体中に一瞬、強い衝撃が走りその場に卒倒する。
 気づいたら、見知らぬ倉庫のような場所でパイプ椅子に座らされていた。
「えっ! えっ!!」
 驚きの声を上げながら椅子から立とうとするが、縛り付けられている為そのまま、すっ転んでしまう。
「お目覚めかな」
 ボイスチェンジャーで再生された声が響き渡る。
「あ、あんたは!!」
「私は執行人だ」
 暗闇の中から執行人を名乗るフード人間が姿を現す。
「執行人? 何のだ?」
「そうだな。弱者を守るための執行人かな」
「という事は、俺は弱者ではないという事か?」
「その通りだ」
「じゃあ、今まで殺した相手も俺と同様なのか?」
「そこまで調べているのか。君には驚かされるな」
「それはどうも」
「君の言う通りだ。彼らも強者だったから殺したんだ」
「今までの被害者は、弱者をいじめるような事があったのか?」
「全員というわけではないが、一部の人間ではいたなぁ」
「何とも身勝手な理由で人を殺すんだな」
「身勝手とは失敬な」
「身勝手だろ」
「私が行っているのは循環ゲームだよ」
「循環?」
「そう。循環だ。強者をくじくことで、弱者が強者の座に着ける。私はその手助けをしているんだ」
「じゃあ、並外商事の平凡さんが居なくなって、どうなった? 誰か得したのか?」
「それはこれから楽しむんだよ。誰が彼の座に着くのかをね」
「ふっ、そうか」
「何がおかしい?」先程から怯える様子を見せない弥里杉に違和感を覚え始めるフード人間。
「おかしいったら、ありゃしない」
「何だと!」少し語気が強まる。
「そんなに怒るなよ。折角の美貌が台無しだぞ、川尻珠美さん」
「ふっ、もう誤魔化す必要はなさそうね」そう言い、目深に被ったフードを下げて顔を晒す珠美。
「もう一人いるだろう。川尻吉影さん」
「参ったなぁー」
 川尻もまたフードを下げて顔を晒しながら、弥里杉の前に姿を現す。
「やっと、ご尊顔が拝めたな」
「ご尊顔って。いつから私が犯罪者だと気づいた?」
「そうだな。最初の社会科見学であんたから血生臭い匂いがしたからって言ったら信じるか?」
「そんな、勘みたいなもので私の犯罪を立証しようとしたのか。面白い」川尻の口元が綻ぶ。
「あなた、これから自分が殺されるというのに。どうして、落ち着いていられるの?」
「それはだなぁ、It’s Show Time.」
 弥里杉は大声でそう叫ぶが、その声だけが木霊し何も起きなかった。
「あり? It’s Show Time!!」もう一度叫ぶが、何も起きない。
「マジかよぉ~」弥里杉は情けない声を出して凹む。
「お仲間でも来るのかな。でも、無駄だよ。君のスマホはここへ来る途中で処分したからね」
「そんな・・・・・・」弥里杉の顔が絶望一色に染まっていく。
「ひゃっ、ひゃはははっははは」
 弥里杉の顔を見て、珠美が突如笑い始めた。
「いいねぇーその顔が、見たかった」川尻も顔をニタつかせながら、サバイバルナイフを取り出す。
「マジかよ・・・・・・」ナイフを見て、覚悟を決める弥里杉は川尻にこう言った。
「あの最後にお願いがあるんですけど」
「何だ?」サバイバルナイフを長四郎の喉元に突きつけながら川尻は返事する。
「僕の死体なんですけど、警視庁本部の前に遺棄してくれませんか?」
「なんで?」不思議そうに珠美が質問する。
「いや、警察が無能なんでその見せしめというか。何というか。お願いします。あ、後、被害者の声として「許ざん!」の文字を僕の血を使って体に書いて下さい」
「良いわよ。それにしても君、変わっているね」
「よく言われます。では、お願いします」
 弥里杉は覚悟し、目を閉じて殺されるまでの静かな時を待つ。
 その時、倉庫のドアが開いた。
「長さん、お待っとさん」一川警部が入って来るなり、長四郎にそう告げた。
 そう川尻夫妻が拉致をしたのは、弥里杉秀作ではなく熱海長四郎だったのだ。
「川尻吉影、川尻珠美。平凡協さん殺害の容疑で逮捕する!」齋藤刑事が令状を見せながら珠美を拘束しようとすると川尻は珠美を助けるようにしてナイフで齋藤刑事を切りつける。
 ナイフの先が齋藤刑事の頬をかすめただけで、大事に至らずに済んだ。
「てめぇ!!」齋藤刑事は激昂し令状を投げ捨て、川尻に殴りかかろうとする。
「齋藤君! 相手は刃物持っとうけん。気をつけてな」
 そう言いながら、長四郎の拘束を解く一川警部。
 一方、珠美は絢巡査長と格闘戦を繰り広げていた。
 柔術に長けている絢巡査長ですら、手こずるほどの格闘術を持ち合わせていた。
「大人しくしなさい!」絢巡査長の警告なぞ聞く耳を持たんと言った感じで、ひたすら拳を叩きつけてくる。
 珠美は隙を見せる様子もなく防戦一方の絢巡査長。
 すると「たりゃぁーーーーーーー」という掛け声と共に、珠美に飛び蹴りを浴びせる燐。
 珠美は予想外の攻撃に、受け身を取ることが出来ず派手に床に転がる。
「ラモちゃんっ!」そう言う絢巡査長にサムズアップし、燐は珠美に立ち向かいに行く。
「クソっ!!」
 齋藤刑事はナイフを華麗に振り回す川尻に一歩も近づくことが出来ずにいた。
「どうした? 俺を捕まえてみろよ」
「んだと!」川尻の挑発に乗り、やみくもにツッコもむ齋藤刑事だったが、長四郎に思い切り蹴飛ばされる。
「ふぅー」
 長四郎は息を吐きながら手首をグルグルと回し、臨戦態勢に入る。
「あの時の探偵か?」
「ご名答」顔の皮膚を掴みべりべりっと剥いで、特殊マスクを川尻に投げつける。
 川尻はそのマスクを素早いナイフ裁きで、真っ二つに切り裂く。
「やる。やるぅー」感心する長四郎に「それはどうも」と返答し、ナイフを胸元めがけて突き出す。
 長四郎は間一髪の所で躱し、川尻の肘に掌底を叩きこむ。
「ぐっ」痛みと共に、川尻はナイフを床に落とす。
 その隙を狙ったかのように、齋藤刑事は川尻にタックルし床になぎ倒す。
 ジタバタと暴れ抵抗する川尻に「大人しくしろっ」と齋藤刑事は必死に押さえつけようと藻掻く。
「変わるよ」長四郎は齋藤刑事を川尻から引き離し、エルボーを鳩尾に叩き込み戦闘不能にした。
「あ、ありがとうございます」
 齋藤刑事は息を切らしながら、失神している川尻に手錠をかける。
「あなた!!」
 珠美は川尻に駆け寄ろうとすると、燐がその前に立ちはだかり盛大にビンタする。
「いい加減に目を覚ましなさいよ!! あんた達、夫婦のくだらないゲームは終わったのよ!」
 燐のその言葉が珠美に心を正気にさせたのか。珠美は自分の両手をそっと差し出す。
「川尻珠美。平凡協さん殺害容疑で21時23分逮捕します」
 絢巡査長はそう宣告し、手錠をかけた。
 そして、川尻夫婦は応援に来た捜査員に連行された。
 それを見送る長四郎達五人。
「にしても、遅かった。危うく、殺される所だった」
「ごめん。ごめん」一川警部は平謝りする。
「あんたさ、自分の死体を警視庁本部前に遺棄させようとしたでしょ」
「そら、するよ。俺が拉致られてすぐ乗り込むはずが全然来やしないんだもん」
「すいません!!」齋藤刑事が突如、謝る。
「モブ刑事。さては、尾行中に巻かれたな」
「はい。その通りです」長四郎の推理を認め項垂れる齋藤刑事。
「斎藤さんでしたっけ? 落ち込まなくて良いですよ。こいつには良いお灸ですから」
「お前は俺の保護者か何かか?」
 長四郎がそう言うと「そ、お母さん」と答える燐。
「随分と若いお母さんですね。長さん」絢巡査長にそう言われ長四郎はガクッと肩を落し「勘弁してください」と項垂れるのを見て、一川警部は大笑いするのだった。
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