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卒業から一か月ほど経った頃――テリーベ侯爵家に、一本の知らせが届いた。
「ルドルフが、亡くなったそうだ」
父であるレオポルトの静かな声に、ヒルデガルドはそっと目を伏せた。
驚きはあったが、胸の奥は不思議と静かだった。
クサール伯爵家のことは、ヒルデガルドの中で、もう遠い出来事になっていたのかもしれない。
「お葬式には、我が家とペース家で参列することになった。ヒルデガルド、カーチスくんと一緒に行こう」
「はい、お父様」
ヒルデガルドは静かに頷いた。
葬儀の日、テリーベ家とペース家は同じ馬車で会場へ向かった。
会場は重い空気に包まれ、参列者たちのざわめきが遠くに聞こえる。
その中で、ヒルデガルドは見覚えのある青年の姿を見つけた。
「ダミアン……」
ルドルフの墓の前で涙するダミアンの隣には、見知らぬ女性が寄り添っていた。
喪服を着ているのに、場にそぐわないほどの濃い香水の匂い……。
ヒルデガルドは、彼女のことを苦手だと思う。
「あの女……」
ダミアンの隣にいる女性を見て、レオポルトとペース伯爵が、驚いたように目を見開いた。
二人は互いに視線を交わして、何かを悟ったように表情を曇らせたが、ヒルデガルドはそれを問う気持ちにはなれず、ただ静かに頭を下げてその場を離れた。
カーチスは心配そうにヒルデガルドを見つめ、彼女の手を握り、そっと寄り添ってくれた。
ヒルデガルドはカーチスの大きな手を握り返し、彼と共に未来へ向かうことを、改めて心に誓った。
ルドルフの葬儀から三日後、カーチスは父であるペース伯爵に、執務室へと呼び出された。
ペース伯爵の執務室には先客が――ヒルデガルドの父であるレオポルトが居た。
「何か、あったんですか?」
カーチスが尋ねると、レオポルトとペース伯爵は、深く頷いた。
「……カーチス。お前には話しておくべきだろうということになった。これは、ヒルデガルドには秘密の話だ……」
「は、はい……」
カーチスが姿勢を正す。
これから聞かされる話を前に、カーチスは緊張した。
「ルドルフの……ダミアンの父親の葬儀で、ダミアンの隣にいたあの女のことなんだが……あの女は昔、ルドルフ様と関係があった女だ」
「え?」
カーチスは驚いて目を見開いた。
「昔から良くない噂の多い女でな……。ルドルフは彼女と別れたが、 まさか息子の恋人として戻ってくるとは思わなかっただろう。どれほどショックを受けたことか……」
レオポルトの声には、静かな哀しみが滲んでいた。
「ルドルフ様……」
カーチスは拳を握りしめ、二人の父の話を聞いていた。
「カーチス……君とダミアンは友人同士だったかもしれないが、もうダミアンには近づかないでほしいんだ……。あの女は、危険だ……。いつ、ダミアンから標的を変えるかはわからない。ヒルデガルドを守るためにも、君たち二人の幸せのためにも……どうか、何があってもダミアンには近づかないでくれ」
そう言ったレオポルトの声は、少し震えていた。
その震えが、友人を失ったことのショックなのか、女に対する恐怖なのかはわからない。
だけど二人の父がこれだけ心配しているのだ。
カーチスは、その願いを受け止めた。
二人の父を心配させないために。
そして、愛するヒルデガルドとの未来のために。
「わかりました。僕はもう、ダミアンには近づきません。ヒルデガルドのことは、僕が必ず守ります……」
カーチスがそう答えると、二人の父は涙ぐみながらカーチスに礼を言った。
それから半年後――。
ダミアンの恋人だった女は、新しい男と共に姿を消した。
残されたダミアンの元に残ったのは、女が好きなだけドレスや宝石を買った借金だけだった。
ダミアンは借金を返せずに夜逃げしたという噂が広がったが、ヒルデガルドの心はもう揺れなかった。
何故なら彼女の隣には、いつも優しく手を差し伸べてくれる青年―― カーチスがいたからだった。
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読んでくださり、ありがとうございました。