許嫁が「愛する人ができた」と告白してきたのでお別れします~そのあと元許嫁の家が没落したようですが関係ありません~

明衣令央

文字の大きさ
8 / 8

8


 卒業から一か月ほど経った頃――テリーベ侯爵家に、一本の知らせが届いた。

「ルドルフが、亡くなったそうだ」

 父であるレオポルトの静かな声に、ヒルデガルドはそっと目を伏せた。
 驚きはあったが、胸の奥は不思議と静かだった。
 クサール伯爵家のことは、ヒルデガルドの中で、もう遠い出来事になっていたのかもしれない。

「お葬式には、我が家とペース家で参列することになった。ヒルデガルド、カーチスくんと一緒に行こう」

「はい、お父様」

 ヒルデガルドは静かに頷いた。



 葬儀の日、テリーベ家とペース家は同じ馬車で会場へ向かった。
 会場は重い空気に包まれ、参列者たちのざわめきが遠くに聞こえる。
 その中で、ヒルデガルドは見覚えのある青年の姿を見つけた。

「ダミアン……」

 ルドルフの墓の前で涙するダミアンの隣には、見知らぬ女性が寄り添っていた。
 喪服を着ているのに、場にそぐわないほどの濃い香水の匂い……。
 ヒルデガルドは、彼女のことを苦手だと思う。

「あの女……」

 ダミアンの隣にいる女性を見て、レオポルトとペース伯爵が、驚いたように目を見開いた。
 二人は互いに視線を交わして、何かを悟ったように表情を曇らせたが、ヒルデガルドはそれを問う気持ちにはなれず、ただ静かに頭を下げてその場を離れた。
 カーチスは心配そうにヒルデガルドを見つめ、彼女の手を握り、そっと寄り添ってくれた。
 ヒルデガルドはカーチスの大きな手を握り返し、彼と共に未来へ向かうことを、改めて心に誓った。



 ルドルフの葬儀から三日後、カーチスは父であるペース伯爵に、執務室へと呼び出された。
 ペース伯爵の執務室には先客が――ヒルデガルドの父であるレオポルトが居た。

「何か、あったんですか?」

 カーチスが尋ねると、レオポルトとペース伯爵は、深く頷いた。

「……カーチス。お前には話しておくべきだろうということになった。これは、ヒルデガルドには秘密の話だ……」

「は、はい……」

 カーチスが姿勢を正す。
 これから聞かされる話を前に、カーチスは緊張した。

「ルドルフの……ダミアンの父親の葬儀で、ダミアンの隣にいたあの女のことなんだが……あの女は昔、ルドルフ様と関係があった女だ」

「え?」

 カーチスは驚いて目を見開いた。

「昔から良くない噂の多い女でな……。ルドルフは彼女と別れたが、  まさか息子の恋人として戻ってくるとは思わなかっただろう。どれほどショックを受けたことか……」

 レオポルトの声には、静かな哀しみが滲んでいた。

「ルドルフ様……」

 カーチスは拳を握りしめ、二人の父の話を聞いていた。

「カーチス……君とダミアンは友人同士だったかもしれないが、もうダミアンには近づかないでほしいんだ……。あの女は、危険だ……。いつ、ダミアンから標的を変えるかはわからない。ヒルデガルドを守るためにも、君たち二人の幸せのためにも……どうか、何があってもダミアンには近づかないでくれ」

 そう言ったレオポルトの声は、少し震えていた。
 その震えが、友人を失ったことのショックなのか、女に対する恐怖なのかはわからない。
 だけど二人の父がこれだけ心配しているのだ。
 カーチスは、その願いを受け止めた。
 二人の父を心配させないために。
 そして、愛するヒルデガルドとの未来のために。

「わかりました。僕はもう、ダミアンには近づきません。ヒルデガルドのことは、僕が必ず守ります……」

 カーチスがそう答えると、二人の父は涙ぐみながらカーチスに礼を言った。



それから半年後――。
 ダミアンの恋人だった女は、新しい男と共に姿を消した。
 残されたダミアンの元に残ったのは、女が好きなだけドレスや宝石を買った借金だけだった。
 ダミアンは借金を返せずに夜逃げしたという噂が広がったが、ヒルデガルドの心はもう揺れなかった。

 何故なら彼女の隣には、いつも優しく手を差し伸べてくれる青年――  カーチスがいたからだった。


感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

naho
2026.04.18 naho

2話、侯爵家、伯爵家が逆になってる箇所がいくつかあります。

2026.04.18 明衣令央

ご指摘ありがとうございます。
該当箇所を確認したところ、クサール伯爵家が一部「侯爵」と誤って表記されておりました。
教えていただき助かりました。
修正させていただきます。
読んでくださり、ありがとうございました。

解除

あなたにおすすめの小説

遊び人の令嬢が目を付けたのは、私の真面目な婚約者でした

おいどん
恋愛
子爵家の令嬢エリーネと伯爵家の次男のノルトが婚約を結んだのは、半年前だった。 真面目で優秀なノルトに相応しい婚約者であろうとするものの、エリーネには自信がなかった。 ある日、遊び人と噂の令嬢べルティーナとノルトが共にいるところを見てしまう。 「真面目クンは壁さえ破っちゃえばこっちのもんだからね〜」 「きっと、彼女の美しさに嫉妬しているのだわ…」 「…今度は、ちゃんと言葉にするから」

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

結婚から数ヶ月が経った頃、夫が裏でこそこそ女性と会っていることを知りました。その話はどうやら事実のようなので、離婚します。

四季
恋愛
結婚から数ヶ月が経った頃、夫が裏でこそこそ女性と会っていることを知りました。その話はどうやら事実のようなので、離婚します。

【完結】元サヤに戻りましたが、それが何か?

ノエル
恋愛
王太子の婚約者エレーヌは、完璧な令嬢として誰もが認める存在。 だが、王太子は子爵令嬢マリアンヌと親交を深め、エレーヌを蔑ろにし始める。 自分は不要になったのかもしれないと悩みつつも、エレーヌは誇りを捨てずに、婚約者としての矜持を守り続けた。 やがて起きた事件をきっかけに、王太子は失脚。二人の婚約は解消された。

私の婚約者とキスする妹を見た時、婚約破棄されるのだと分かっていました

あねもね
恋愛
妹は私と違って美貌の持ち主で、親の愛情をふんだんに受けて育った結果、傲慢になりました。 自分には手に入らないものは何もないくせに、私のものを欲しがり、果てには私の婚約者まで奪いました。 その時分かりました。婚約破棄されるのだと……。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

貴方でなくても良いのです。

豆狸
恋愛
彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。