その大魔法使いは美しい髪を切り落とす

しもたんでんがな

文字の大きさ
1 / 46

プロローグ

しおりを挟む

かつて未曾有の大災害から王国を救い、英雄と呼ばれた大魔法使いがいた。




大魔法使いは種族を超え、数多あまたの生物を救い続け世界の平穏を乞い願った。それは慈愛からか、はたまた使命感からか。今となっては誰にも分からない。

大魔法使いは方々から英雄と称賛され、敬われてきた。久方訪れた癒しを伴う時の流れは、ゆっくりとそして確実に人々の笑顔を取り戻し、大魔法使いを神にも並ぶ存在へとのし上げた。

しかし、いつの日か気付く。自身が使える魔法が指折り減っていっているという事に。突如、呼吸を忘れてしまう程の恐怖が大魔法使いを襲った。魔法が使えなくなってしまった魔法使いは何になってしまうのだろう。求められている自身の姿が重りのように伸し掛かり、抗う間も無く心が擦り切れていく。

くうを掬い上げた掌を見るも、そこには何もない。今まで成してきた事が泡のように消えていく。涙が止まらなかった。その大事にすら気付けない自身の無力さに耐える日々。そして知ってしまったのだ。消えているのは魔法だけではない事を。『はやく、早く去ってくれ』ひとり肩を振るわせ、時が流れるのをただ耐えた。全てが去った後の己はきっと安らかでいられるだろう。そう信じて。

最早、何故泣いているのかも分からない。

泣き叫び救いを求めるも、手を差し伸べてくれる者は誰一人としていなかった。

大魔法使いは、忘れてしまったその日から絵日記を付けることとした。

絵日記を見返せば見返すほどに新しい事を知っていく。それは自身の心を弾ませる程にキラキラと眩い色を放ち、魅了する。そして必ず最後に出逢った。決して戻れない数刻前の自身に。その見えない壁は厚く、次元さえも歪ませ大魔法使いを嘲笑う。

一ページ前の自身にさえ歩み寄れない。たちまち途方もない恐怖に襲われた。緩やかに、しかしそれは着実に音もなく自身を浸食しているのだ。赤子のように真っ新になっていく己は大魔法使いにとって、死よりも恐ろしいものだった。

そして最後の瞬間、大魔法使いは最初で最後の欲を零す。

「あたたかさを知りたい」

慣れ親しんだ小屋の中、大魔法使いは一人静かに瞳を閉じ、深く深くへと沈み込んでいった。




前世の記憶を取り戻したのは、厄災が討ち滅ぼされ世界が平和になり数年が経った後だった。

元会社員、副島日晴そえじまはるばる(23)は考える。この転生に果たして意味はあるのかと。人々は微笑み、植物は瑞々しく繁っている。何かを討ち滅ぼす訳でも、癒す訳でもない。外に出て讃えられるも、それは自分ではないのだ。

得体の知れない人間の身体を動かす自分は何者になってしまったのだろうか。

そして街に出て日晴は震え上がる。前世の広場恐怖症がこの世界の身体でも引き継がれてしまったのだ。それは、日晴が前世でどうにかして逃れようとした核そのものだった。

この身体での知識も記憶もない。言葉も分からない。魔法だっててんで使えない。震え上がってまともに外にも出られない。

それは絶望以外の何ものでもなかった。




数年が経つ

かつて大魔法使いと呼ばれた男は今やひとつの魔術しか使えなくなっていた。その唯一も数年がかりで再現させた幻を魅せる奇術のみ。

人は男をペテンと呼んだ。

以前の悠々とした姿は見る影もなく変わり果て、やっとの思いで見つけた過去の産物であろうポーションを薄め、せこせことその日を生きるのにやっとな日銭を稼ぐ日々。あまりにも惨めな自分を呪った。楽になりたかった。

全てを拒絶し悶々とした日々を送る中、もう良いかと思いはじめた時、ベッドの隙間から一冊の本を見つける。

『私』

それは大魔法使いによって綴られた絵日記だった。綺麗な字に反して子供が描いたかのような拙い絵。

ページを捲る程に溢れる恐怖や苦しみ。何気ない幸せを尊む心。ページをめくる度、段々と歪んでいく言葉達。

文字は読めない。しかし、目頭を熱くさせるナニかがこの本には詰まっていた。

『辛いのはお前だけじゃない』突如、数刻前だったら鼻で笑ってしまうような安い言葉が男の脳裏を侵す。

そして最後のページ。水滴で歪み滲んだいびつな文字。

『あたたかさを知りたい』

気付けば、子供のように泣いていた。絵日記の滲んだ文字に自身の涙が合わさった時、日晴は静かに決意する。

今、頬を伝う涙は大魔法使いの為に。

『俺が手を差し伸べる』

『俺を幸せにする』

『一緒に生きよう』

それは、ハルが生まれた瞬間だった。





しかし、その決意も一瞬で破られる。ある無慈悲な男達によって。


この出会いが意味する事とは────────






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

贖罪公爵長男とのんきな俺

侑希
BL
異世界転生したら子爵家に生まれたけれど自分以外一家全滅という惨事に見舞われたレオン。 貴族生活に恐れ慄いたレオンは自分を死んだことにして平民のリオとして生きることにした。 一方公爵家の長男であるフレドリックは当時流行っていた児童小説の影響で、公爵家に身を寄せていたレオンにひどい言葉をぶつけてしまう。その後すぐにレオンが死んだと知らされたフレドリックは、以降十年、ひたすらそのことを悔いて生活していた。 そして十年後、二人はフレドリックとリオとして再会することになる。   ・フレドリック視点は重め、レオン及びリオ視点は軽め ・異世界転生がちょいちょい発生する世界。色々な世界の色々な時代からの転生者の影響で文明が若干ちぐはぐ。 ・世界観ふんわり 細かいことは気にしないで読んでください。 ・CP固定・ご都合主義・ハピエン ・他サイト掲載予定あり

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

処理中です...