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プロローグ

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かつて未曾有の大災害から王国を救い、英雄と呼ばれた大魔法使いがいた。




大魔法使いは種族を超え、数多あまたの生物を救い続け世界の平穏を乞い願った。それは慈愛からか、はたまた使命感からか。今となっては誰にも分からない。

大魔法使いは方々から英雄と称賛され、敬われてきた。久方訪れた癒しを伴う時の流れは、ゆっくりとそして確実に人々の笑顔を取り戻し、大魔法使いを神にも並ぶ存在へとのし上げた。

しかし、いつの日か気付く。自身が使える魔法が指折り減っていっているという事に。突如、呼吸を忘れてしまう程の恐怖が大魔法使いを襲った。魔法が使えなくなってしまった魔法使いは何になってしまうのだろう。求められている自身の姿が重りのように伸し掛かり、抗う間も無く心が擦り切れていく。

くうを掬い上げた掌を見るも、そこには何もない。今まで成してきた事が泡のように消えていく。涙が止まらなかった。その大事にすら気付けない自身の無力さに耐える日々。そして知ってしまったのだ。消えているのは魔法だけではない事を。『はやく、早く去ってくれ』ひとり肩を振るわせ、時が流れるのをただ耐えた。全てが去った後の己はきっと安らかでいられるだろう。そう信じて。

最早、何故泣いているのかも分からない。

泣き叫び救いを求めるも、手を差し伸べてくれる者は誰一人としていなかった。

大魔法使いは、忘れてしまったその日から絵日記を付けることとした。

絵日記を見返せば見返すほどに新しい事を知っていく。それは自身の心を弾ませる程にキラキラと眩い色を放ち、魅了する。そして必ず最後に出逢った。決して戻れない数刻前の自身に。その見えない壁は厚く、次元さえも歪ませ大魔法使いを嘲笑う。

一ページ前の自身にさえ歩み寄れない。たちまち途方もない恐怖に襲われた。緩やかに、しかしそれは着実に音もなく自身を浸食しているのだ。赤子のように真っ新になっていく己は大魔法使いにとって、死よりも恐ろしいものだった。

そして最後の瞬間、大魔法使いは最初で最後の欲を零す。

「あたたかさを知りたい」

慣れ親しんだ小屋の中、大魔法使いは一人静かに瞳を閉じ、深く深くへと沈み込んでいった。




前世の記憶を取り戻したのは、厄災が討ち滅ぼされ世界が平和になり数年が経った後だった。

元会社員、副島日晴そえじまはるばる(23)は考える。この転生に果たして意味はあるのかと。人々は微笑み、植物は瑞々しく繁っている。何かを討ち滅ぼす訳でも、癒す訳でもない。外に出て讃えられるも、それは自分ではないのだ。

得体の知れない人間の身体を動かす自分は何者になってしまったのだろうか。

そして街に出て日晴は震え上がる。前世の広場恐怖症がこの世界の身体でも引き継がれてしまったのだ。それは、日晴が前世でどうにかして逃れようとした核そのものだった。

この身体での知識も記憶もない。言葉も分からない。魔法だっててんで使えない。震え上がってまともに外にも出られない。

それは絶望以外の何ものでもなかった。




数年が経つ

かつて大魔法使いと呼ばれた男は今やひとつの魔術しか使えなくなっていた。その唯一も数年がかりで再現させた幻を魅せる奇術のみ。

人は男をペテンと呼んだ。

以前の悠々とした姿は見る影もなく変わり果て、やっとの思いで見つけた過去の産物であろうポーションを薄め、せこせことその日を生きるのにやっとな日銭を稼ぐ日々。あまりにも惨めな自分を呪った。楽になりたかった。

全てを拒絶し悶々とした日々を送る中、もう良いかと思いはじめた時、ベッドの隙間から一冊の本を見つける。

『私』

それは大魔法使いによって綴られた絵日記だった。綺麗な字に反して子供が描いたかのような拙い絵。

ページを捲る程に溢れる恐怖や苦しみ。何気ない幸せを尊む心。ページをめくる度、段々と歪んでいく言葉達。

文字は読めない。しかし、目頭を熱くさせるナニかがこの本には詰まっていた。

『辛いのはお前だけじゃない』突如、数刻前だったら鼻で笑ってしまうような安い言葉が男の脳裏を侵す。

そして最後のページ。水滴で歪み滲んだいびつな文字。

『あたたかさを知りたい』

気付けば、子供のように泣いていた。絵日記の滲んだ文字に自身の涙が合わさった時、日晴は静かに決意する。

今、頬を伝う涙は大魔法使いの為に。

『俺が手を差し伸べる』

『俺を幸せにする』

『一緒に生きよう』

それは、ハルが生まれた瞬間だった。





しかし、その決意も一瞬で破られる。ある無慈悲な男達によって。


この出会いが意味する事とは────────






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