その大魔法使いは美しい髪を切り落とす

しもたんでんがな

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記憶を持たぬ大魔法使い

2、テムオが恋しい話はしない

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シーツを引き摺りながらも、自問自答を繰り返し探索を再開する。床に散らばった本は埃を被っているがどれも羊皮紙らしき皮革が使われており、高価そうだ。中には人間の皮では??という物も鍵が掛けられて棚に収まっていたが、3歩歩いたので当然もう忘れた。

こういう時、ハト並の記憶力に産んでくれた事を両親に感謝する。俺は臭い物には高めの瞬間接着剤なんか使っちゃって、ガムテープグルグル巻きにして蓋をするタイプだ。ファンタジー映画を見過ぎたせいか、どの本も開けたら口になって襲ってきそうなので今はそっとしておく事にした。

足元にはいつからそこにあるか分からないメモや切れ端が散らばっていた。その一つをよく見れば、何故か紙の中の文字が踊っている。一瞬ギョッとするも、やはりこの世界で初めて見る意志を示した生物のような物体に視線を逸らさずにはいられなかった。言葉通り、ポンッポンッと紙の中で見た事のない図形のような文字が跳ね、まるでここからとっとと出せと俺に訴えかけているようだった。

なんだか、どいつもこいつも気性が荒そうだ。一つだけ震え紙の端に留まっているものまである。文字の形で性格まで異なるのだろうか。いよいよ分からない。

「お前となら友達になれそうだな」

自分の口からこぼれた呑気すぎる言葉に思わず鼻から笑みが漏れる。分からない事が多すぎると思考をほおり投げてしまう癖は俺が一生付き合っていかなければならない悪癖なのかもしれない。

絶えず動き回る文字達はまるで体力の底が無いようにも見える。

もしや、俺が踏んずけていたから機嫌を損ねたのだろうか。文字に痛覚があっても豚に真珠だと思うのだが。しかし、いくら訴えかけられようとも、出せと言われて易々出す馬鹿などいない。俺はその典型だ。今だったら3日分の食料をチラつかされたら多少心が揺らぐが、メリットがない限り、例え出せたとしても出さない。

それにしても、これは文として成り立っているのだろうか。魔術文か?呪文か?アブラカタブラか?·······ん?文字が動く?という事は·····。

遂に、目を覚ました時から気にはなっていた微かな物音の根源と向き合わなければならない時が来てしまった。ガバッとシーツが風をきる。勢い良く振り返ると、やはり剥製だと思っていた物の一つがガタガタと小刻みに震えていた。

メモの中で動き回る文字と似たような文体が刻まれた台座を見ると『躍動:表の紫から表の赤みの橙 好物:肋の隙間肉』文章を左右と何度、視線を往復しても読む事が出来ない。

しかし突然、鈍痛と共に不思議な感覚が脳を襲う。頭の中に色や何故か、旨そうに骨ばった肉片を頬張る目の前の剥製が現れた。

····いやさっぱり分からん。当然焦るが、全く分からん。

動物で例えるとイリオモテヤマネコの尻尾が異様に長い個体と言えば良いだろうか。要はシュッとしたたぬきが放心した俺を置き去りに、目の前で段々と震えを大きくさせている。

刻まらた文字を部分的になぞれば、頭の中に色や肉片がフラッシュカットのように思い浮かぶ。しかし、やはり文字自体の読み方が分からない。

実に奇妙だ。遠目で剥製全体を見れば、断片的だったそれらが脳内で繋がり、何を言わんとしているかが分かる。まるで単語が文章になる過程を見ている気分だ。

「ポンタは肉食なのかー」

仕方がないので、長椅子に体育座りで見る専と決め込む。脳内で永遠と再生される喰われ続ける肉片も、この空間ではどうせ俺を指すのだろう。喰われても目が覚めるだけだしと、静かに膝をポリポリと掻き、揺れが大きくなるそれをじっと観察した。

ガタッガタガタガタ·····ガタガタッ·····ガタガタガタッ·····

『キュヲオオォォォォォォォォン』

硬直が段々と溶けていくようにブルブルと毛を逆立てたポンタは、ピョンッと高く跳ね飛んだ天井で、見事な一回転をしテーブルへと綺麗な着地をしてみせた。

パチパチパチパチ

思わず拍手を送ってしまう。しかし同時に、不穏な音が耳を掠めた。

「相棒おおおおおおぉぉぉぉっ!!」

止めに入るも時すでに遅し、バリベリと相棒が瞬く間に飲み込まれていく。わななきながらも、人差し指の腹で指一本になってしまった相棒を救い上げた。

「すまないっすまない相棒。きっと花が沢山咲いた場所に弔ってや·····」

『ベロリンッ』

「相棒おおおおおおぉぉぉぉっ!!」

視界には粘液でベトベトになった人差し指。視線を移すと毛繕いをし、ゲフッと満足そうなゲップをするポンタ。顎下の福々としたたるみが、ふてぶてしさを助長させる。演技掛かった身体の震えを抑えながらも、目が合ったそいつは嘲笑ったように口角を上げ、膝が折れた俺を悠々と見下ろす。

「なんて憎たらしいんだっ」

俺の言葉を合図に牙をギラりと光らせ、ポンタは挑発の手を休めない。小さな牙の間には相棒だった物が虚しく挟まっていた。

「ええいっ相棒の仇っ」

『キュヲンッ』

あまりにもやるせない悔しさに、ベトついた指を艶めいた毛皮にズボッと埋め、グリグリと擦り付ける。しかしその悔しさも笑ってしまう程に脆く消え去ってしまう。

「···いやっめっちゃ気持ちい。何君?どしたのこれ?」

あまりの気持ちよさに、思わずテムオに話しかけるような口調になってしまった。因みにテムオというのは小学生当時、拾った近所の河川敷がテムズ川だと思い込んでいたから名付けた黒猫の事なのだが。幼少からの習性で、毛が生えている生物を見ると無意識に俺の可愛がりセンサーが起動してしまう。四本の足を両手で掴み、そのままテーブルにゴロンと仰向けで寝かせると、ポンタが起き上がってしまう前にお腹に顔を埋め、大きく深呼吸をする。

ずううううはああああ。

やっぱりお日様の匂いがする。鼻の中いっぱいに毛が入り込む感覚が、夢であって欲しいと望む空間で堪らなく現実味のある癒しをくれた。下顎を撫でながら、尻尾の付け根をぽんぽんと優しく叩く。暴れないところを見るとポンタも満更でもないご様子。

「フッ」

毛の中で笑い声が掻き消える。気持ち良い場所は生物なら何でも大差ねぇなと、俺はひっそりほくそ笑んだ。

そのままポンタを抱き上げ長椅子へ寝転ぶ。服が無い分、サワサワと肌を撫でる毛が緩やかな眠気を誘う。これまたいつもの癖で、顔にポンタを乗せたまま抱きつき、ヒップリフトを試みる。半身が覆われる分、やはりテムオより重い。1分ほどプルプルと踏ん張っていると、ポンタがムズムズと毛を逆立たせ、俺の胴を容赦なく蹴り上た。瞬く間に逃げられ、腹の上には無数の抜け毛が残される。剥製の筈のポンタ。しかし腹上の抜け毛を払うと、確かに名残惜しい体温が半身に残されている。

「ポンターなんで天井が赤になってるんだー?」

ポンタがいなくなった事で晴れた視界は、唯ならぬ異変を捉える。そう、確か目が覚めた時は青紫だった筈だ。勿論、ポンタは答えない。唸り声を上げ、一人悶々と考える。最初の青紫。ポンタは表の紫から赤みの橙。今の天井は赤。

んー、嫌な予感が拭えない。

動かない剥製に視線を向ける。孔雀のような鳥『躍動:表の緑から表の緑みの青 好物:晴れと雨の間』シャム双生児のようなウサギ『躍動:裏の黄みの橙から表の青緑 好物:熟れすぎたルルベリー』剥製だけではなく、標本を見ても色や様々な植物が頭の中に浮かんだ。あまりの五月蝿さに堪らず目を瞑る。思った通り、脳内の騒がしさが止んだ。やはり一度に沢山の剥製を見るのは控えた方が良さそうだ。

「こりゃ敵わん」

いや····答えが分かったは良いものの·····これはちょっと不味くないか??

「こいつら全員、時間になったら動き出すって事か?」

救いを求めるように天井を見上げる。やはり赤から赤みの橙へと変わりつつあった。

「なんてこったい」

結論を言えば、この空間は色で時間を示していた。12色の色相環図はそれぞれの色で1時間分を受け持っているのだろう。外が明るい事から、ポンタは午前の7時から10時で動き回るということか。

此処にきて生まれて初めて婦人服のバイヤーになった自分を称えた。

入社時、配属された時は相当腐っていたけど、服のシルエットやトレンドの学んだり、生地や様々な素材に触れ、勉強をしたり。知識が増える程に、顧客の笑顔も増え、確かな充実感を感じるようになっていた。

カラーコーディネーターなんて資格も最初は相当サムイと思ったし正直、女性ばっかりの講習会なんて、向けられる視線に耐えられず、地獄だとさえ感じていた。

必要だと思いつつ、心のどっかでは、なんの役にも立たないとさえ思った時もあった。でも············。

「頑張って取っといて良かったわ本当」

夢で役に立っても正直あんまり嬉しくないけど。

「って言うか、なんやかんやで俺、結構仕事好きだったんだな」

後悔にも近い気持ちを感じている自身に戸惑う。しかし視界に入ったポンタは何故か楽しそうだ。

「そうだろ?」

『キュキュッ』

そうらしい。

「今日は好物、諦めてくれないか?」

『キュヲーン』

「ありがとよ」

良いって言ってくれたかは分からない。完全に俺の願望だ。

「あと少してお別れだな」

『キュキューン』

「そうだな、また明日だな。肉なぁ。まぁ、ちょっと頑張ってみるわ」

『キュヲヲン』

「あぁ、じゃあな」

ここで、また疑問に向き合う事になる。これは本当に夢なのか?俺は明日またポンタと会うつもりなのか?そもそも俺は生きているのか?というか俺は俺なのか?

つっても、考えても何も解決しないし、めちゃくちゃ瞼が重い。

まあ全ては目を閉じた後で分かるだろう。俺は沈み込むように意識を手放した。






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