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記憶を持たぬ大魔法使い
3、夢から醒めなかった話をしよう
しおりを挟む結論を言えば、目が覚めても夢からは醒めなかった。
「えぇ、何でぇ」
ドライアイで開きにくくなった目蓋をムズムズと開くと、目の前には相変わらずの葉っぱ。しかし、その奥にあるはずの天井は無かった。いや厳密に言えばあるのだが、満天の星っ!!
「わぁーきれー」
気付けば子供のようにはしゃいでいた。
だって!こんな綺麗な空、デスクトップの背景でしか見た事ねえもん。
自分に言い訳をしながらも、星しか見えない目の前の景色に、不思議と祖母の家に行った時のような妙な安心感を抱く。祖母の家はかなりの山奥の田舎だったが、それでもこんなには星が見える事は無かった。そういえば、ビルや電線で塞がれていない空なんていつぶりに見ただろうか。
「あっ今の流れ星じゃね!?」
そのうち、オーロラなんかも見えちゃったりして。折角だしいつか見た青春ドラマみたいに大の字になって見上げたかったが、案の定そんなスペースはこの部屋に無い。
「どっこらしょ」
床をしならせ、重い半身を起き上がらせると、視界に入った足元は赤かった。本当に見事なまでの赤だ。
一瞬の思考停止をくらうも、すぐに我に返り血痕かとギョッとする。しかし、いくら撫で上げてもそれが手に付く事はなかった。どうやら夜、つまり午後だと床に色が写し出されるらしい。小屋全体がでかい時計だという事だ。あまり意味があるとは思えんが。まあなんか、諸々綺麗だし何でも良いか。
「でも、国の違いで空に大差なんてないわな」
静まり返った空間、夜空の星だけが部屋を照らす。
「ガハハッ」
わざとらしく陽気に笑うと、腰にビリリと打ち付けたような痛みが走る。恐らく、寝相が悪過ぎてベットから転げ落ちたのだろう。落ちた勢いでなのか、足元を見ると、俺の桃色息子も露わになっていた。いや、これも厳密に言うと俺のではないんだが。
「アイタタタッ」
そんなに俺、寝相悪い覚えないんだけどなぁ。
最早、俺の服と化したシワだらけのシーツを引き寄せようと力むも、びくともしない。何の気なしに元いた硬めのベッドを見やる。そして静かに目を閉じた。
どうやら、寝相のせいではなさそうだ。
「んんーどうしようかなー」
『ガルルルウウゥゥゥ』
「いやっいやー」
『ガルガルガルルウゥゥゥ』
「いやだからっお前に言ったんじゃねえんだよ。せっかく見なかった事にしようとしたのに何なんだよ。俺が何したって言うんだよ」
『ググルグルガルルルゥゥ』
「うわわああ、ごめんなさい調子に乗りました。本当にごめんなさい完全に当たってましたわ今。······でもさぁ?ベッドから落とす事なくない?」
『ガルッ』
「つうか、牙ベッドにブッ刺さってんじゃん」
あのケツを沈ませた不自然な穴はお前のせいか。目の前の冗談みたいなRPG情景は、ろくにゲームにハマらなかった俺でも知っていた。スミロドンだ。別名は確か·····サーベルタイガーだったか。幼少、誕生日に貰った恐竜図鑑に恐竜でない生き物が大きく載っていたのでよく覚えている。詰まるところ虎なのだ。畳み掛けて詰まると、喰われるという事だ。起きて早々に雑なデジャブを食らい、何とも言えない微妙な気分になる。
「はっハーイ?」
俺をベッドの上から悠々と見下してくる大虎は、三色の毛並みを月の光で輝かせ、白い牙をわざと俺へと向けてくる。どうせ、警戒するまでもないと思っているのだろう。いくら動物園で虎を見た事があると言っても、実物をこんな至近距離でまじまじと見た事は無い。
剥製なんて今じゃ禁止されてるしなっ。
しかし、ベッドから余裕で胴がはみ出しているのを見る限り、俺が知っているそれより遥かにデカいのではないだろうかと疑念を持つ。毛並みの艶も相まって相当な威圧を感じた。縮こまった俺を鼻で笑うように、二股に別れた尻尾がピシバシと地面に叩きつけ、わざとらしく埃を舞立たせた。
「ゲホッゴホッ」
この動作には見覚えがあった。テムオが苛ついた時の仕草だ。まあ要はデカい猫だから大差は無いだろう。何も分からないまま喰われたくもないし。しばらくの間、俺は沈黙を決め込む事にした。サンキャッチャーから取り込まれる月の光が大虎に加勢して、なんだかやけに神々しい。錯覚か、ラスボスの登場っぽい後光さえ見えはじめた。南無南無。
「でもお前らって絶滅したんじゃねえの?」
『ガルガルッ』
「へーふーん」
いや、何て言ってるかは、さっぱり分かんねえよ?
しかし昨日のポンタの反応を見ても思ったが、どうやら向こうには俺の言っている事が分かるらしい。
「そう思っといて良いのか?」
『ガルルッ』
そうらしい。
「取り敢えず、アゴヨワで良いよな。まずはお前と俺の飯だ。茶も飲みてえな。お前の台座はどーこだー」
大きな獣は滅茶苦茶不服そうに俺を見つめていた。だってお前らみんな顎弱いから絶滅したんじゃんっと視線で返したら、フンッと鼻息で返事をされる。
なんか···こんなん言ったら喰い付かれそうだけど、近所によくいるツンデレのおっさんって感じだな···。こういう人って実はめっちゃ面倒見良いんだよなー。
なんつって。
「アゴヨワはいつもそこのベッドで寝てるのか?」
『ガルルッ』
「俺がそこで寝てたら毎回落とす?」
『ガルルッ』
「マットレス持ってったら怒る?」
『ガルッ』
さも当然だろうと目を細め、冷めた視線を送ってくるアゴヨワ。元のこの身体とはどう付き合っていたんだろう。構ってくれるあたり憎からず、多少なり好いていたのではないだろうか。
「なぁ」
だとすると、俺が今まで傷つかなかったのも、単に見知った人間の身体のよしみで襲われなかっただけの話しだったのではないだろうか。だとしたら·····。
「この身体の中身が違う事は気付いてるか」
『ガルルッ』
「なんか、ごめんな···」
『ガルガルル』
「お前は······いや」
『·····』
「実は···まだ自分がどんな姿してんのか見れてないんだよ俺。もしアゴヨワが良かったら瞳を少し見せてくれないか?」
『····ガルッ』
「···ありがとうな」
ゆっくりと艶めく毛皮に近づく。ギシリとベッドが軋む音と共に、アゴヨワの喉が大きく動く。夜目で黒目が大きくなったアースグリーンの瞳。
写し出された男は、とても、とても美しかった。
「はぁ」
腰ほどある白髪とも言えぬ色素の薄い髪が、ゆらゆらと揺れる。形の良い眉がキリリと伸び、溝の深い二重に綺麗に上を向いた睫毛。綺麗なカーブをつくる彫りに、程よく骨っぽさを主張する鼻筋。女の子みたいな色付いた唇に反し、長い首から控えめに見える喉仏が、この者を男だと証明している。
語彙力が無い俺にはこれ以上、説明するのは無理だ。
ギブギブ!
「はぁ、どうしたらいい」
常々、モテてみたいチヤホヤされてみたいと絵空事のように空想していた。そんな俺でも、この男を簡単に格好良いだとか綺麗だなどと、存在する言葉で片付けてはいけない事は分かった。
「いやぁ格好良いんだけどさぁー」
海外に一度も行った事がなく、のっぺり一重の典型的なエキストラ配役の俺からしたら、異国の美の基準は点で分からないし、なんならミーハーすぎて外国人ってだけで格好良く見えてしまう。くっきり、はっきりした顔ってだけで羨ましささえ感じてしまうが、それでもこの顔は······純粋に生きていくのに苦労しそうだなと感じた。
「これは夢なのか?」
『ガルルルゥゥ』
「···俺は何なんだ」
淡く緑に染まった男は静かに泣いていた。全く感情を読みとれない、こんな石膏像のような表情を一体誰がさせてしまっているのだろうか。
口角を上げようと試みるも、ビクともしない。
「作り笑いってこんなにむずかったっけ」
音もなくポロポロと溢れた涙が俺の痛覚を優しく刺激する。得体の知れない感覚のちぐはぐさに、堪らず鼻の奥がツンとなった。
「アゴヨワ、この男は生きているのか」
『·····』
「この男が好きか?」
瞳の中の男がキラリと揺れ、儚く消えた。視界の先には、静かに目蓋を閉じたアゴヨワがいる。
『ガルガルルッ』
「そうか········大好きかっ」
言っている事は分からない。本当に分からないんだ。
「·······そうか」
柄にもなく、しんみりしてしまった。膝元には相変わらず俺が嵌っていた漆黒が口を開けている。時空の穴のようにここからピュンって帰れるっ!!もう、そんな呑気な事はとてもじゃないが思えなかった。いっその事、ここを寝床にしてしまおうかとも考える。
「はぁ」
床と戯れていると、テーブルの下からようやくアゴヨワの台座を見つけた。そもそも昨日の時点でこんなにデカい獣が居たらすぐに気が付く筈なんだ。『躍動:裏の赤から裏の青緑 好物:ネルトの新芽』俺は目をガバッと見開き、アゴヨワに鋭い疑念をぶつけた。
「いやっ!お前その成りで草食なのかよっ!?」
『ガル』
ドゴッ
脳内で再生される広大な雑草畑に勢い余ってテーブルの腹に頭をぶつける。どうやら相当好きらしい。頭を抱える俺に追い討ちをかけるように、昨日怪しんでいたトゲトゲの実が上からぽとぽとと降ってきた。
同時に脳内に浮かぶ様々な色の波。アゴヨワはポンタよりも稼動時間が長いようだ。という事は昨日、俺が騒いでたのをどっかでただ見てたのか、こいつは····?
「あったた、あ?やっぱり肉も好きなの?」
『ガルルッ』
「欲張りさんかよー、まぁ良いや。飯だ飯ー!食いもん探すぞー!」
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