その大魔法使いは美しい髪を切り落とす

しもたんでんがな

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記憶を持たぬ大魔法使い

4、何かが起きそうな話をしよう

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「いやいや全然ねえじゃん。ドーナツ持ってたからすぐ見つかると思ったんだが···」

まず鉄則のようにキッチン周りを探した。蛇口を捻るもびくともせず、まるで反応がない。コンロに至っては、ガスを調整する摘みすらなかった。

目上の棚には食器、シンク下には馴染みの鍋とフライパン。深めのシンクを囲んで、ハーブや調味料のような小瓶がズラっと並べられていた。その間にフェイントのように小動物の標本が挟まり、こっちを見てくる。ちょっと、いや色んな意味で怖い。細々した棚は、取手が歪み、やっとの思いで開いたと思えば、棚ごと取れる始末。中には底の浅いスプーンや刺す部分が長いフォーク。やはり馴染みの箸は無い。

「独り身か?」

食器の類は全部ひとり分しかなかった。家族や恋人は居なかったんだろうか。この雰囲気だと友人も居なそうだ。俺はまた、ちょっぴりしんみりして自分の頭を撫でた。もし、このまま目が醒めなかったら頼れる人は簡単には見付からない事になる。俺は、深めの息をひとつ吐き、折れそうになった心を立て直した。

しかし開ける棚、開ける棚、所々に昆虫らしき標本がほっぽったように入っている。おぞましい。

これ、動き出したらゴキだと思って潰しちゃいそうだな。想像しただけでもゾワりと肌が逆立ち、思わず身震いしてしまう。

「家電が本当にない·····」

正直、外国仕様の棚みたいに開けたら中に家電がある、イージーモードな淡い期待をしていた。冷蔵庫が見つからないのを考えると食糧は完全に無いという事か。そもそも物価が高くて日用品自体が高価な物なのか。あんまり想像したくないが、摩訶不思議な事が平気で起こるこの空間で、魔法が存在すると仮定するならば。

この身体の元の主がアイテムボックスみたいな、なんちゃらポケットを持っていて、そもそも火も水も電気なんかも、もろもろ魔法なんかで出しちゃっていたら·········。

「あぁやだやだっ」

俺、腹減り過ぎたら血迷って剥製食べちゃうかも。

「なーアゴヨワ?」

『ガルガルウゥゥゥ』

「アゴヨワ兄さん、このトゲトゲの実食えるやつだよな」

『ガルルッ』

疑いながらも密かに保険にしていた実を一つ、黄みの橙が広がる床から拾い上げる。完全に見た目はランブータンだ。喉も渇いたし、味もそうだと嬉しいのだが···。意を決し、ジャケットのボタン程の大きさの実を口の中に放り込んだ。

んんーもちゃもちゃもちゃもちゃ。

「バナナっ」

噛めば噛むほど、眉の間の溝が深くなる。

深い後悔に襲われる。これ口の水分持っていくタイプのやつ。しかも皮剥くタイプのやつ。

口の中でパサパサの実が、水分を求めるように口内に纏わり付く。腹は膨れそうだが···。俺がまずすべきは飲み水の確保だったのかもしれない。アゴヨワに助言を求め、熱の篭った視線を送るも、目を細めたまま綺麗なスルーを喰らう。

もうその顔は見飽きたってアゴヨワ兄さん。

「前途多難」

『······』

「あぁー前途多難だぜー」

明日はどうなるか分からんが、当然としてこの実が無くなったら食糧は尽きる。天井が黄色く染まり出すのを見る限り、今が大体にして表の黄色。24時ちょっと過ぎくらいだろうか。ちょっと仮眠してー。

「外なあああああああぁぁ」

『ガルッ』

「アゴヨワ一緒に行かね?」

苦味を含んだ皮をペッと吐き出しながら、若干の不安を隠しアゴヨワに話しかける。唸られはしなかったものの、俺の空元気を見透かすように、アゴヨワはアースグリーンの瞳をギラリと光らせた。その顔は観念しろとでも言っているように俺を諭し、思考にへばりつく底の見えない不安へと容赦なく突き落とす。

「兄さん、本当頼むよ?」

そう、俺には懸念があった。視界に入る扉が急に禍々しく見え、勢い良く遠ざかっていく感覚に襲われる。脈が不規則に速くなり、口の中に気持ちの悪い酸味がじわりと広がった。未知の恐怖と漠然とした恐れに手汗が止まらなくなり、自分に対する情けなさに思わず顔が歪む。

これが一般的な二十三歳!漢!ならばどうって事ないのだろう。しかし違うのだ。

俺は···おれは·····。

「····そっ、ち行っ、て···い?」

荒れる呼吸の中、避難場所を探す。取り敢えず、嫌な顔をするアゴヨワを無視して壁と筋肉質な背の間に潜り込む。僅かな隙間。硬めの毛が全身に刺さり、妙な安心感を感じた。毛の匂いを肺いっぱいに吸い込むと、少し呼吸が楽になる。あやしてくれているつもりなのか、二股の尻尾は優雅にしなりながらペシペシと俺の横腹を叩き、白い肌がほんのりと赤く染まる。俺は、腕の中から聞こえる規則的な呼吸音を確認すると、身体にキツくアゴヨワの尻尾を巻きつけた。

やっぱりアゴヨワは、思った通りのツンデレおじさんだった。絞り出すように「ありがと」と呟き、大きな胴に腕を回す。アゴヨワはフッと鼻で息を吐き、鋭い瞳を静かに閉じた。しかし、数刻で兄貴分のような存在になってくれた獣に申し訳なさを感じながらも、結局俺は一睡も出来なかった。

「······帰りたい」

天井が青くなり始めた頃、カサカサ、ガサゴソと部屋中に何かが蠢く音が響き、キラキラと眩しいくらいの光が差し込む。

しかし、もう俺は気にしない。どうせデジャブだし。



「本当、ごめん。今日だけだから。まじごめん」

『ガルッガルッグルゥゥゥ』

「ごめんっごめんって。今日だけ多分今日だけっ。まじごめん」

本気で嫌がるアゴヨワをガン無視し、ビシッバシッと尻尾でケツを叩かれながらも自分より遥にでかい虎を縦抱きにして、長い脚をズルズルと引き摺る。俺に担がれる大虎は、埃を巻き込みながら、爪を立て抵抗を見せているようだが。今日はっ今日だけは、何としても譲るわけにはいかない。

「行くぞっ俺は行くぞっ行けるぞっ」

大きくアゴヨワの匂いを取り込み息を止めると、今まで開けなかった扉の前に立った。背後はともかく、暴れるアゴヨワは俺にとっては心強い鎧だ。

今日だけは絶対に何がなんでも離さん。

腕にアゴヨワの逆立つ尻尾を無理矢理巻き付かせ、錆び付いた取手に手をかける。力を入れ下に押すと、鉄が擦り合わされる音がギコギコと耳鳴りを誘う。自分の気が変わらないうちにアゴヨワと合わさった全体重をドアへ掛け前へと押す。それはとてつもなく重く、拒絶されているようにさえ感じた。


ギイイイイイイイィィィィ



「·········え?」




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