その大魔法使いは美しい髪を切り落とす

しもたんでんがな

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記憶を持たぬ大魔法使い

11、最初は可愛い生き物に出逢いたかった話をしよう

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「なーアゴヨワ、明日の朝飯は何がいー?」

どのくらい歩いただろうか。もう食い物のネタしかない。何故なら、ここには文明など存在しないから。故に、娯楽が食う事しかない。

緑を掻き分けながら、黄みがかった実を齧ると骨を伝わり、もしゃもしゃと聞いた事のない音が口内から聞こえる。胃袋に収まった殆どが水分を多く含んでいたからか、腹の中でちゃぽんちゃぽんと水気の多い音が鳴る。

「俺は、このオレンジの実が一番美味いと思うんだけどー?」

『·······』

「えー?兄さん、まだ葉っぱなんかが一番美味いとか言ってんのー?信じらんなーい、マジ時代遅れなんですけどー」

『·······』

「··········はぁ····」

茂みに触れながら歩みを続ける。丸みのある柔らかい葉が、さわさわと手の平を撫で俺を慰めてくれた。

『·······』

「兄さんは俺の事、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い·······」

あまりにもアゴヨワがつれなさすぎて、花占いが始まる。タンポポで占って永遠に終わらなかった事がトラウマになって以来のそれは、幼少の思い出と共に静かに俺の胸をくすぐった。

「自然はかーい」

摘んだ花弁をアゴヨワの毛に埋め込んでいく。覗く横顔は完全に何かを諦め、アースグリーンの瞳は若干の濁りを見せた。どうやら、もう嫌がってもくれないらしい。

帰る頃にはきっとカラフルタイガーが出来上がっているぞ。

しめしめと思いながら、次の花を摘もうとした時には既に異変は起きていた。

「石だ」

石の花が咲いている。

一輪だけではない。目の前の花々は、硝子細工のようにキラキラと輝いている。そのどれもが、まるで生花を氷に閉じ込めたように精巧だ。恐る恐る爪で触れると、コツンと微かに音がする。どれもとても綺麗だ。しかし、何故かその様に底知れぬ不安を煽られた。

「····アゴッ」

呆気にとられた隙に見失ったアゴヨワを探す。森の中に現れた無機質な空間。陽の光が花々に反射し、無数の光が色をつくった。

『ガル』

どこからか聞こえた、聞き覚えのある鳴き声に緊張の糸が少し緩む。すると突如として鉄琴を弾いたような音が辺りに鳴り響いた。

「なんだこれっ」

質量のある何かが雨のように降り注ぎ、パリンッパリンッと切なげな音を放つ。岩陰に隠れながらも少しずつ近寄ってみると、それは深緑をした鉱物の塊だった。

何でこんな物が。空から降ってきたのだろうか。疑念が疑念を呼ぶ。

頭に当たったら即死だぞ。

手で頭を覆いながら見上げると、青い空を濁すように真紅の大鳥が長い尾を泳がせ、それはそれは優雅に飛んでいた。

「アイツが原因かっ!?」

思っていたよりも大きな声が出てしまった。

俺の声に反応したように、頭上の鳥と視線が合う。鋭い嘴に鱗のような羽根。やってしまったと思った時には既に遅かった。突如、不自然な突風が木々を揺らす。

「何でこっち来るんだよっ」

そらせない視線に思わず後ずさる。頭上の大鳥は何を血迷ったのか、狙いを定めたように芥子色の瞳をギロりと光らせた。

瞬きも待たず、風を斬りながら物凄い速度で俺めがけ急降下してくる。視界に捉えるそれは、完全に捕食者の目だった。

同時に、辺りに地を這うような唸り声が響いた。やっと見つけられたアゴヨワは、大きな幹の上に佇み、絶えず威嚇を続けている。

どうやら大鳥を焼き鳥にする気らしいアゴヨワ。数日の付き合いだが、こんなに鋭い顔つきは今まで見たことがなかった。やはり肉食の獣なんだと、俺は若干の面をくらう。睨み合う両者。互いを獲物だと思っている。ピリピリと油断のならない緊張感が辺りを覆った。

置いてきぼりの俺。素直に怖いと思った。とても俺の領分じゃない。

「お、おいっ」

愈々ぶつかると思い、堪らず目を固く瞑る。

「え?」

しかし、いつまで経っても予感していた衝撃が起きない。俺は、涙の滲んだ目をゆっくりと開けた。突如の静寂の中、視界の先には確かに俺を狙っている鳥がいる。

「え?え?」

どうも様子がおかしい。何故か目を見開き、苦しそうに喉をヒクヒクと鳴らしている。そして次の瞬間、真紅の鳥を薄紫妖しいモヤが襲う。それを合図に、断末魔のような鳴き声を上げ、そのままその場で急降下した。

『ギヨエエエェェ』

バリンッ

「ひっ」

それは、ずっと聞こえ続ける鉄琴の音色と同種のものだった。横目を見ると、臨戦態勢だったアゴヨワも面食らった表情をしている。俺は逃げ出したい気持ちを抑え包丁を構えながら、鳥が落ちた方向へと駆け寄った。

音がした方へ近付くにつれ、悪寒が酷くなる。まるで周囲全てが氷で覆われているような不思議な錯覚に襲われた。あまりの寒さに肌を撫でる手に力が入る。出来てしまった凹凸がまるで治まらない。

不気味に生える無数の芝が、足裏を静かに刺激する。

「なんだ、これは」

辿り着いた先、そこに大鳥など存在しなかった。だからと言って死骸がある訳でもない。ましてや、何か生物がいる気配すらない。あるのは粉々に砕けた真紅の鉱物のみ。割れてできた多角に、日光が反射し、光を増幅させている。恐る恐る近寄り大きな塊を掴んでみる。太陽に翳すと幻想的に様々な色が見え隠れし、浅い記憶を呼び起こす。

「········サン、キャッ、チャー」

小屋で無数に見た·······。

真紅輝く鉱物を見直す。足元に転がる砕けた破片の中で唯一、嘴だけが辛うじて原型を留めていた。あぁ。

「·······花が石に、なったんだ················」

疑念をいだきながらも目を見開き、辺りを見渡す。岩だと思い込んでいた全て、木も葉も花も昆虫も、全てが鉱物に化けている。

しかし、何故か地面に生える芝のみが青々と茂っていた。あまりにも奇妙な光景。体温が急激に冷えていくのを感じる。脚の震えが治まらない。

脳が『逃げろ』と言っていた。

「·······ッ···」

突然、アゴヨワが再び激しく唸り出す。それは王者の眼。狙っていた獲物を横から奪われ、治まりがつかなくなっている捕食者の眼。剥き出しになった牙が鋭く光り、ひ弱な俺を牽制する。

「なっ、なんか居るんだな」

アゴヨワほど視力が良くない俺には、なんのこっちゃ分からない。おまけに濃い薄紫の霧が、俺の視界を益々悪くする。

しかし、霧の色にハッとした。

前触れもなく、心臓がヒュッと縮こまる。よく見えぬ先、ゆらゆらと確実に大きな何かが蠢いていた。しかもこの辺りを覆う薄紫は、数刻前に鳥が鉱石になった時にも漂っていたものだ。

きっとアイツが元凶だ。俺たちは既に霧に触れている。毒かは分からないが、このままでは思う壷だ。

乏しい単語を繋ぎ合わせ、ようやく答えを導き出した俺とは違い、アゴヨワは既に飛びかかる一歩手前だった。

「あっアゴヨワ 、逃げるぞっ」

絶えず唸り続ける獣に耳打ちをするも、全く聞こえていないようだ。完全に目がイッている。

「おいっ聞けよ」

四方で別種の恐怖が襲う。粘っこい嫌な予感。いつの時代もこういう時の勘はよく当たるのが相場と決まっている。

「おっおいっ!?」

声をかけた時には既に数メートル先を駆けていた。

「霧に直で当たるなよっ!!」

軽快に鉱物を踏み台にして駆け上がっていくアゴヨワ。視線こそ合わないが『お前に言われるまでもない』絶対に思っているだろう。

置いて行かれ、ただへっぴり腰で行く末を見守り続ける事しか出来ない俺。しかし、どうにかなるだろうと思い込んでいる俺。きっとアゴヨワがどうにかしてくれるだろうと確信している俺。

なんの根拠もないのに。

双方、凄まじい勢いで暴れているからか、あれほど濃かった霧が段々と晴れていく。そして同時に、鮮明になった光景を見て唖然とした。

アゴヨワが唸り声を上げながら喰らい付いていたのは、とてつもなく大きな鶏だった。

「なっ」

クリスマス10年分を賄えそうな大きな鶏が、嘴から絶えず薄紫の霧を吐いている。やはり元凶はコイツだった。晴れた先、よく見ると尻尾の先には生きた蛇の頭が付いている。鶏の尾は、剥き出した鋭い牙から毒々しい液体を吐き、今にもアゴヨワを噛み殺さんとしていた。

「気持ち悪っ」

モンスターだ。見たこともない奇形の生き物。想像の範疇を超えないモンスター味に思わず面食らい、視線をそらせない。震える身体は正直だ。無意識に一歩二歩と後ずさる。

やはり違うのだ。

俺は頭のどこかで『元の世界と対して変わらない世界』だと思い込みたかったのかもしれない。だから植物ばかりを採り続けて、無意識に生物との接触を避けていた。

『だって、多分絶対何やかんやでこの夢は醒めるから』

何がどうなったってどうでも良い。

『だって、この世界は俺が来たいと思って来た場所じゃないから』

俺はどうせ助かる。

交差点で宣伝を見ているような。ニュースでスポーツを見ているような。知らない何かが起きている。それは得体の知れない根拠を持った虚像。

所詮は他人事だ。

今もほら、どうしても俺にはフィクションにしか見えなかった。

立ち尽くすだけの俺。鉱物を巻き上げた突風が乱暴に肌を撫であげ、切り傷に赤を挿す。痛みを感じているのに、何も思っていない。ありもしない分厚い壁が、俺と目の前の乱戦とを区切る。今この瞬間もどちらのとも分からぬ鮮血が舞っているというのに。

「いたっ」

破片で血だらけになった足裏の激痛が情けない俺の頬を殴った。

「ふざけんなよ」

苦しそうに息を荒らげるアゴヨワ。

「俺がアゴヨワを此処に連れて来たんだろうがよっ」

俺が決めて此処に居るんだろうが。アゴヨワの傷をつくってるのは俺だろうが。

今のまま突っ立っていてもアゴヨワの邪魔にしかならない。しかし、加勢しなければならない場面で自分の浅はかさと対峙し、震えた足がもつれ、絡まる。

「どぅどうし····」

肉や魚を食べていたが、自分の手で生き物を殺した事など一度もない。しかし今、見てしまっている現実はきっとそれを許さない。壊され崩れ、辺りがキラキラと様々な色の輝きを飛ばす中、視界いっぱいに暴れ回るアゴヨワと鶏擬き。けたたましい唸り声の中、どちらのものか分からない鮮血が青い空を染め上げる。

殺さないと殺される。弱い奴が殺され食われる。

「殺される覚悟なんてねぇよっ!!」

息が荒くなり堪らず叫ぶも、たちまち爆音でかき消された。この光景はきっとアゴヨワか鶏擬きが死ぬまで終わらない。胸を押さえるとバクバクと激しい鼓動が絶えずこだまする。

「お前はこれを見ていたいのか」

見ているだけなのか?関係がないのか?怖い、分からないを言い訳にするのか?········また、逃げるのか?

「そんな訳がねぇだろうがっ」

殺される覚悟なんてある訳がない。だからと言って殺す覚悟もない。痛いのも苦しいのも嫌だ。ましてや気持ち悪い鶏なんて見たくもない。

「逃げた先が救える道だったら良いだけの話だ」

二択しかない訳じゃない。何も出来ない訳じゃないんだ。嫌々着いて来てくれたアゴヨワが好きだ。ちっこい葉っぱをむしゃむしゃ食べてるアゴヨワが好きだ。だったらアイツを助ける覚悟だけをすれば良い。

バチンっ

頬をぶっ叩く。ジンジンと鈍い痛みが頬を伝い、手の平に血液が巡っていく。

あぁこれが痛みだ。

「あ"ぁーーっ」

鉱物が砂のように舞い上がる。呻く鶏擬き。胴で繋がっているとは言え、二対一とは些か卑怯だ。アゴヨワも二追を交わしてはいるが、霧で間合いを積められずにいる。何か打開策はないものか。

「湖で使った超パワー使えよーっ!!」

目が『黙れ』と言っている。

咄嗟に岩陰へと隠れ、地面に生えている青々とした芝を、顔や身体全体に擦り付ける。鶏に嗅覚があるのかは分からないが、出来る限り体臭を消した。同時に避難訓練を思い出しながら服を頭から被り、口と鼻を慣れない手つきで覆う。

あれ霧って水分だよな?重いんじゃないか?

突如湧く根本的な疑問。しかしコンマ5秒で答えを導き出せる脳を俺は持っていなかった。

まぁ、霧も煙も対して変わらないだろう。

背を限界まで縮めて静かに、しかし迅速に地面を這うように鶏擬きに近づいた。

「当たれ当たれ当たれ当たれっ」

砕けた鉱石に隠れ、敵陣を伺う。狙いは遥か上、視線を上げるとマンション2階くらいの高さの先にある芥子色。息を整え、震える手を落ち着かせる。握った冷や汗混じりの包丁をダーツのように構え、絶対当てると信じて疑わない。

狙いは勿論、100ポイントのギラつく眼だ。

「当たるーっ!!」

『ギュピイイイイィィ』

鶏擬きが一瞬怯み、僅かな空白が生まれた。渾身の一撃とばかりに投げ飛ばした包丁は、鋭く肉片に突き刺さり、轟くような悲鳴が時の音を告げる。

しかし、それは俺の望んでいた結果ではなかった。

「何で鼻なんだよっ!?」

『ギギュビイイイイ』

「俺ってやつはよーー!!」

鼓膜を裂かんとする鳴き声が辺りの空気を揺らし、鉱石を薙ぎ倒す。




     
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