その大魔法使いは美しい髪を切り落とす

しもたんでんがな

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記憶を持たぬ大魔法使い

12、唐揚げがトラウマになった話をしよう

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耳を塞ぎたくなるような甲高い鳴き声が辺りに響く。

痛みから逃れようと暴れ回り、タガが外れたように方々を破壊する鶏擬き。その様は、まるでネジがイカれたカラクリのようだった。鉱物の木がベリバリと割れ、宙を舞う破片が儚げな光を飛ばす。目の前で繰り広げられる歪んだ美しい景色。やはりフィクションだと思っている俺が何処かにいた。

「効いて、は、いるみたいだな」

憶測でしかない。自分だったら嫌だという話だ。

内科で綿棒を刺された時に感じた疑似の痛みが俺の鼻奥を刺激した。なんだか申し訳なさがつのる。鼻先を摘みながら一目散に元いた木陰へ逃げ帰った。去り際、何故か楽しそうなアゴヨワと目が合うも皮肉を言う余裕など微塵もなかった。

鶏擬きは鼻穴を塞がれ呼吸が出来ないのか嘴をガクガクと動かし、もがき続けている。どうやら元の世界の鶏と同じ、口呼吸が出来ないようだ。閉じる事の叶わない嘴から霧になれなかった液体がドボドボと溢れ、忽ち芝を鉱物に変える。

好機とばかり首筋に噛み付くアゴヨワ。鋭い牙が食い込む度、羽毛がふわふわと宙を舞う。振り回されるアゴヨワに襲いかからんとする蛇。何故かまだ尾の蛇はピンピンしている。この二匹は痛覚を共有していないらしい。

「アゴヨワっ後ろっ!!」

噛み付いたままのアゴヨワの背後を取る蛇。しかし、不自然なくらいに動きが止まる。

「え"?え"!?」

咄嗟に叫んだ俺の声に反応したのか、仇とばかりに標的を変えた鶏擬き。目は血ばしり、瞳孔が開いている。それは何かを覚悟した目。案の定、アゴヨワに噛み付かれながらも鉱物の木々を派手になぎ倒し、隠れ潜む俺に向かって突進してくる。

「いつもそうなんだよなーーっ!?」

元来た道を全力疾走する俺。踏み込む度にザクザクと地面を散らばった破片が素足に刺さる。痛みで歪む顔。上がる心拍。底が見えつつある体力。俺は逃げ足だけは誰よりも速いと自負している。ゼエゼエと息を切らしながら、この身体もそうであってくれとこい願った。

『ギュビィィイイ"イ"』

少しずつ近付いてくるけたたましい足音と共に、鶏擬きの鳴き声が背後から聞こえる。しかし、現在進行形で死と直面している俺に振り返る余裕など微塵もなかった。

「ま、じで、む、りっ」

転びそうになる度、丈の長い服を呪った。段々と視界がぼやけてくる。脇腹がズキズキと痛み、謎の浮遊感を感じた。胃液が上がってくるのが分かる。こんなことなら、あんなに果物を食うんじゃなかった。走る度に胃の中でタプタプと果実が踊る。今出てきたら良い感じのミックスジュースが出来上がっていそうだ。

「ハァ、も、むっ」

どのくらい走ったか。湖はまだか。

腹を摩りながらも変わらぬ景色を走り続けた。いくら走っても怒り狂った足音は絶えず聞こえ続け、地面を揺らす。すると朦朧とする中、突然何かに真横から体当たりをされた。

「···アゴ、ヨ····っ···」

数刻ぶりに吹っ飛ぶ俺。ぐわんぐわんと脳が揺れる。空から見る反転した森は悲惨としか言いようがなかった。

「い"っ」

『ガルッ』

乱雑に腹から硬い背に乗せられ、干された布団にでもなった気分に襲われる。アゴヨワの背中に思い切り大事な場所を打ち付けた俺には当然抗う術もなく、それは見事なミックスジュースがカラフルな道筋を永遠とつくった。

「い"だ、だだっ」

アゴヨワの胴からはみ出た足が、硬い地面に物凄い速さで引き摺られる。普通に物凄く痛い。しかし此処でまた何かを言ったら、今度は頭を引き摺る事になりそうだ。仕方なしに地面を見つめていると、嫌な視線を感じ合うはずのない目が合った。

「えっ何咥えてんのっ!?」

あの蛇だ。

よく見ると、アゴヨワがそれはそれは満足そうに2mは優に越すあの尾を咥えている。本当に蛇だ。アゴヨワの長い牙が、深紫色の鱗を無理矢理突き破り、胴を貫通させていた。

「いっ生きてんじゃんっ」

驚く事に、畝うねと蠢く鶏擬きの尾は生きていた。凄い生命力だ。見つめる先、尾先をちぎられ吐血をしながらも蛇のその瞳には、まだ鋭い闘志が宿っている。

今にも噛み付かれそうな距離。牙をこちらに向け威嚇さえしてくる。そんな蛇も俺と同様、構わず駆けるアゴヨワによって胴を地面に引きずられている。その状態でも土埃を起こしながらも何とか逃げ出そうと画策している様は格好良くさえ見える。俺とは生物としての根本が違う。その生き様には尊敬の念さえ感じた。

「おいっそれっ」

俺と蛇の事など完全無視。数刻、共に引き摺られているからか、もう少ししたら妙な友情が芽生えそうだ。

「あっアゴヨワっそれ、捨て、てっ!!」

勢いで、舌を噛みそうになる。

『····ッ···』

「それ持ってるから、アイ、ツ追って来るん、じゃないのっっ!?」

振り返ると、怒りで頭に血が登っているのか、己をも傷付け追ってくる鶏擬きがいた。嘴から漏れる体液が通った道を容赦なく鉱物に変えていく。きっとあれが霧の正体なのだろう。

蛇の尻尾が居た筈の傷口からはドス黒い血が噴き出し、鉱物を溶かしている。どうやら鶏擬きの血液には溶解効果があるらしい。微かに見えた森の奥。そこには花一つ残されていなかった。泥々に溶けた植物達。正に更地と化している。段々と迫って来る足音が言われぬ恐怖を煽った。

こんなの森を殺す化け物じゃないか。

『こうして死の森ができあがったのである』と語り継がれてもおかしくない地獄絵図がそこにはあった。

「お願いだから、言う事聞いてぇぇぇぇ」

知っている。聞いてくれるはずもない。

木々が減り、やっとの事で視界が開ける。

「帰って来れたーーっ!!」

急いで筏擬きに飛び乗り、岸壁を蹴り上げる。来た時とは比にならない、文字通りの死にものぐるいで床板を漕いだ。段々と騒音のような鳴き声が遠くなる。恐る恐る振り返ると、湖の周りをあの鶏擬きが土煙を上げ、物凄い勢いで駆け回っていた。

「もう俺、唐揚げ信仰しないわ·····」

アゴヨワの牙に突き刺さったままの蛇が湖に浸かり、苦しそうにもがき溺れている。あまりにも不憫で胴を抜いてやろうとするも、まるでビクともしない。せめて苦しまずに逝かせてやろうと思ったが、肝心の包丁は本体の鼻の中だ。

あぁ、この表情は一生忘れられないだろう。

静かに確定している結末を見守った。

「·····憎悪」

初めて生き物を殺した。そのきっかけを作った。ぐったりと湖を漂う蛇。それは、生き物が物になった瞬間だった。今日ほど動物の感情が分からなくて良かったと思う日はきっとこの先こないだろう。

悲しみなどは感じていない。一歩踏み出し、崖から落ちた感覚。もう這い上がれない。俺は、やがてそれに慣れ、何も感じなくなるのだろう。

「お前は、何を思ってるんだ?」

当然、何も答えない。

アゴヨワはあの時、蛇を好んで狩っていた。帰ってから食うのだろうか。せめて余すことなく土に還って欲しいと思う。

「お前っそれっ!」

床板を漕ぎ続け、森が見えなくなった頃。ようやく焦りが消え、思考が晴れた。そして即座にただならぬ異変に気付く。アゴヨワの左耳が琥珀色の鉱物になっていたのだ。鶏擬きの霧をくらった事が原因なのは一目瞭然だった。

「よく見せてくれっ」

どんなに近くで観察しようとも、どうやって元に戻せるのかがまるで分からない。平然としているアゴヨワ。感覚はあるのだろうか。傷付けないようそっと撫でると、硬く冷たかった。

森での出来事を思い出す。もし粉々に砕け散った生き物に意思があり、痛覚があったと思うと恐ろしくて堪らない。途端に擬似の痛みが俺の全身を駆け巡り、堪らず自身を抱きしめた。

「薬草かっ薬草だったら治せるのかっ!?」

こんなに一緒にいたのに何で気が付かなかったんだ。

逸らされ続ける顔を無理矢理覗き込むと、若干呼吸が荒い。そもそも何でも石にする怪物を牙に刺したままにしているのだ。毒が身体に廻ってもなんら不思議じゃない。胴の毛を割って地肌に触れると、かなりの熱を持っていた。

「抜かせろ、アゴヨワっ」

ぐらつく筏擬きに立ち上がり、腹に力を入れ思い切り下へ引っ張る。

「ぜ、全然抜け、な、いー」

スミロドンが絶滅した理由が分かった気がした。狩りをする度にこれじゃ、たまったもんじゃない。

『·······』

「もっと、口を開けて、く、れっ」

踏ん張る程に、顔の温度が上がっていくのが自分でも分かった。全体重を掛け少しづつ外していく。

「あと、ちょっ、とっ」

ドボーーンッ

こうなる事は分かっていたさ。今日だけでもう何回水に落ちただろうか。もういっそ、湖で生活するのも視野に入れた方が気が楽かもしれない。

やっとの思いで抜けた蛇。胴にぽっかりと空いた空洞が湖の底を写す。せめてもと思い、開いたまま固まった瞼を静かに閉じた。尾を中心に深紅のマーブル模様が辺りを漂う。

「痛かったよな」

水面に浮かぶ長い尾に浮き輪のように抱き着く。プカプカと浮かんでいると、まるでラッコになったようだった。

「異常耐性、毒、麻痺、硬化······マグネシウム」

どうしたらアゴヨワを治せるだろう。固体が柔らかくなるイメージが全く湧かない。それこそ魔法でもあれば。取り敢えずエリクサーが架空の薬品では最強というイメージがある。果たしてあの小屋にあるだろうか。

そもそも硬化って、肌が爪になる原理と似ているような?それとも結石と同じ原理か?この世界でアルカリ性の食べ物って何だろうか?

湖畔に漂いながら喋っていたせいか、コプコプと口内に水が入り込む。

「わかめー、キノコー、ほうれん草ー」

獣医が居れば話が早いのだが。テムオの主治医を思い出す。

もう、緑っぽいの食わせまくって様子をみるしかないか。

結局、考えたところで答えなど出てこなかった。

「お前、この蛇絶対食わせないからなーしばらく野菜だけで過ごしてもらうぞー」

『·······』

「あぁ帰らなきゃなんだよな~」

思わず漏れる本音に、筏擬きの上のアゴヨワが目をジトリとひそめた。




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