その大魔法使いは美しい髪を切り落とす

しもたんでんがな

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記憶を持たぬ大魔法使い

14、そろそろ国名を知りたい話はしない

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数刻前の出来事が嘘のように綺麗な夕日が孤島一体をオレンジ色に照らす。揺れる芝。軋む髪。傷だらけの身体。日が沈まぬうちに足に刺さった破片を丁寧に抜いていく。

「誰かー、起きて、る子、いないー?」

呼吸が落ち着いた頃、小屋に向かって思い切り駄々をこねる。出来ればもふもふの子が良い。禁断症状のように身体が毛を欲っし、さぶいぼが止まらない。

「なん、かいっぱい、来たあ、あっ」

はじめましてにも関わらず、呼んで来てくれた事に胸が温かくなるも、迎えてくれたのはトカゲに蜘蛛にカエルに毛のない猫。これじゃない感が拭えない。構えていた手が虚しく宙をきる。視界の端に捉えたドアにぶら下がった蛇。出迎えてくれた爬虫類を見ると気まずさが拭えない。

「あ、あれやったのアゴヨワだから」

乾いた笑い声。静まり返る孤島。無意味な言い訳が俺を安くさせる。すると見かねたように毛のない猫、恐らくスフィンクスが、ふてぶてしい顔で近寄り、俺の腹上で丸くなる。傷だらけの肌に綺麗な肌がよく映えた。

「あったけぇ」

アゴヨワとは全く違う触り心地。ぺたっもちっと手のひらに吸い付く新感覚。肌同士が触れ合う感触がなんとも如何わしい香りをさせた。これを言ってしまったらきっと俺の命はないだろう。なんたって腹上の感覚から察するに、この子はレディだ。実物を見たのは初めてだがスフィンクスがこんなに懐っこい性格だとは思いもしなかった。

視界に捉えた猫に見えぬ猫は、何重にも肌の波をつくる。桃色の肌は、薄く血管を浮き立たせ、透けて骨まで見えている。肉球は驚くほどの真っピンクで、静かに俺の腹を捏ねていた。テムオとの違いは、額や首に色とりどりの宝石が埋め込まれている事だろう。煌びやかに光る名も知れぬ宝石は、サンキャッチャーの比ではなかった。そのあまりの輝きに思わずゴクリと息を飲む。

顎下はタプタプと皮膚が溜まり、よりふてぶてしさを演出している。じんわりと腹の上があたたかい。腹上を見つめ続ければゴロゴロとフライング気味に喉を鳴らしはじめ、骨ばった尻尾が俺の脚を擽った。

猫型の魔物には心当たりがあった。

「君はケットシーかい?」

『ニャー』

「スフと呼んでいいかい」

『············』

「そうかいそうかい。嫌なのかい。君の台座は何処にあるんだい?」

ケットシーのスフィンクスなど、なんてややこしいんだろう。筋肉疲労で震える手を静かに添えると、薄い皮膚が手に吸い付き、湯たんぽのように温かい。

「これは······あり、だ」

『ニャー』

ありだ。

水晶玉のように両手でさすさすと触れると、合図をしたように喉元の音が大きくなる。

いや、物凄くありだ。

ケットシーは気品溢れ、魔法が得意だと聞く。勿論、漫画や映画の話だから眉唾ものだが。想像していた『気品』とは少しイメージが違う腹上を陣取る猫。そのふてぶてしさは、かつての飼い猫を思い出させた。

「テムオ元気にしてるかな」

『ニャー』

「そっか、だったら安心だな。君も話せるのかい?」

心を開いてくれたら、俺とも話をしてくれるだろうか。そんな戯言の願っていると、俺は事切れるように、重い瞼を静かに閉じた。





✻ ✻ ✻



陽の光の中、瞼を透かす光で視界が明るく照らされる。金縛りにでもあったのか身体が思うように動かない。目の前のアゴヨワとスフは、じゃれ合っているようにも、憎まれ口を言い合っているようにも見えた。

正直、羨ましいと思った。腹の上にじんわりと伝わる温かさが夢の中にも関わらず強い睡魔が襲う。再び、瞳が段々と重くなり、どう踏ん張っても抗えなかった。

夢か現実か分からない。ふわふわとした感覚の中、聞き慣れない声が脳裏を漂う。


『 (貴方、この子に無理させすぎよ) 』

『············』

『 (ちょっとっ聞いてるのっ!?) 』

『 (静かにしろっ此奴が起きるであろう) 』

『 (何なのよ、本当に自分勝手なんだからっ) 』

『············』

『 (パズス、あなた何でコカトリスなんて捕ってきたの?しかも厄介な胴体なんか) 』

『 (あの鳥擬きに出会したのは偶然だ。尾はズブエクメーネに置いてきた。今頃、野垂れ死んでいるだろうさ。しかし此奴、ククッ) 』

『 (貴方が笑うなんて·····本当、何があったのよ) 』

ここ数日、アゴヨワと呼ばれ扱き使われているパズスに怪訝の表情を崩さないスフと名付けられたキットシー。元から大きな目をさらに大きく見開き、アゴヨワを見つめる。なんだかんだで百年以上の腐れ縁になるが、スフがアゴヨワの笑っている姿を見るのは初めてだった。

最強の悪魔の笑顔を見てしまうなんて、アタシ明日死ぬのかしら。

念話にも似たスフの独り言が雲のようにふわふわと雲一つない空へと飛んでいく。

『 (クククッお前が思っている程、軟弱ではないぞ。此奴、あの鳥擬きの鼻穴にテクパトルを刺しおった······ックク、クハハハハッ) 』

『 (は?ちょっと、何、言ってるの貴方·····) 』

『 (アレは滑稽だったぞ。思い出しただけでも笑いが止まらんっ) 』

『 (ちょっと、ちゃんと教えなさいな) 』

『 (イェルハルドの泣き顔が目に浮かぶわ、フハハッ····此奴も此奴なりに考えたんだろうよ。ククッ····しかし、それは見事な一撃だったぞ。) 』

『 (信じられない····) 』

『 (此奴は、ただのナイフとしか思っとらんだろうよ。あろう事かあの邪刃で土を掘っ·····ククッ。おまけに仙桃の床をも砕いておったぞ···クッ、グハハッ) 』

『 (はぁー、あの訳の分からない穴はこの子のせいだったのね。笑い事じゃないわ、全く。気持ち良く起きたと思ったら、途端に視界が真っ暗になったのですもの) 』

『 (お主っアレに落ちよったかっ···グハハハハッ) 』

興奮気味にスフに詰め寄るアゴヨワ。普段見せない無邪気な表情に思わず頬がほんのり染まり堪らず顔を背けるスフ。

『 (···っうるさいわね。あんなの避けようもないじゃないのっ不可抗力よっ不可抗力!······本当、何なのかしらこの子。肝が据わってるというか、なんと言うか。無知って恐ろしいわね) 』

『 (全くだ) 』

『 (フフッ可愛い子。見てよこの顔。呑気に寝ちゃって。まったくー喰べちゃおうかしら) 』

我が子を見るように日晴をとらえ微笑むその瞳には、薄らと獲物を捕らえようと、虎視眈々と佇む捕食者の揺らめきが見え隠れする。

『 (この子、私の事なんて言ったと思う?スフですって。ねぇ、どうしましょう?この無知で無垢でまっさらなアタシの子。あの忌々しいスフィンクスが由来ってのはちょっと癪だけど。まぁ貴方よりはましよね。ア、ゴ、ヨ、ワ?) 』

『 (·····ッチ···) 』

あの珍事から既に2日は過ぎていた。ゆったりとした空間の中、花の香りを乗せた風が微かにそよぐ。ざわめく芝の上で、無防備に涎を垂らし眠り続ける日晴を見下ろす二匹。その表情は何処か優しげで、あたたかい。

『············』

『 (····何よ、まだ何かあるの?) 』

『 (········諦め、られんのだ) 』

『 (はっきり言いなさいよっ) 』

『 (胴は········) 』

『 (はっきり言いなさいって!) 』

先程のまどろみが嘘のように、どんよりと不穏な空気が辺りを漂う。

『 (あの憎たらしい小僧が出ていって、一体どれだけの月日が経ったと思っている。彼処に転がる鳥擬きの胴はエリクサーの材料なのだ。あとは) 』

『 (·······やめな、さい) 』

『 (お主は願わんのか) 』

『 (アタシは受け入れると決めたの。アタシ、貴方のあんな楽しそうな顔、初めて見たのよ。本当は分かっているのでしょ) 』

『·······』

『 (辛くなるのは私達よ) 』

『 (···黙れ) 』

『 (貴方····あの子はも········) 』

『 (黙れっ) 』

『············』

『 (すまぬ······分か、って、いる···) 』

夢の中、微かに聞き覚えのある話し声が聞こえ続ける。仲間に加わろうにも金縛りにあったかのように、まるで身体を動かせない。ただ耳を掠めるその声音は、どこか冷たく深い悲しみに満ちていた。







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