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記憶を持たぬ大魔法使い

15、今がいつか分からない話をしよう

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芝の上で目を覚ます。さんさんと登る太陽が欺くように時間をぼかし、呆けた俺を容赦なく照らした。唇はカサつき、髪はポマードをつけたように四方へ固まっている。 ゆっくり身体を起こすと、頭にぼーっとモヤの掛かったような感覚が俺を襲う。大きな影、見ればライオンのような鬣がそれは見事に出来上がり、水面に写し出された。

赤に黄色に青。痣にもこんなに種類があるのかと感心してしまう。白い肌がていのいいキャンパスに成り果てる。方々に様々な色が挿し、花が咲いたようだ。心地の良いそよ風の中、身体を少し動かそうものなら、途端に鈍い痛みが走った。これは紛うことなき満身創痍だ。

「どのくらい寝てたんだ·····」

『ニャーニャーニャー』

「え?」

『ニャーニャーニャー』

「スフじゃん、ずっとそこにいたのか?じゃあそんなに経ってはない····か?」

俺の腿の上を陣取る毛のない猫。確かスフと気を失う前の俺が名付けた気がする。後ろ足で頭を掻くスフ。ほんの少しの悪巧みが顔を出す。爪先を手のひらで覆い、代わりに少しずらした耳の後ろを掻いてやる。

『·····ッ··』

かつての飼い猫だったテムオもそうだが、これをやると猫は何処が痒かったか分からなくなるらしい。髭をフニフニと動かし、とてつもなく微妙な顔をするスフを見上げる。俺はこのなんとも言えない表情を見るのが好きだった。

「そうなんだよなー全身痒くなっちゃうよなー」

『ニャー』

「ははっもう訳わかんないよなー。可愛いなー」

『ニャー』

「俺どんくらい寝てたかな?」

独り言のようにポツリと呟くと、スフが俺の腹を捏ね、返事をする。

『ニャーニャーニャー』

「え?30分?····そんなもんか」

『········』

「ん?じゃあ3時間」

『········』

「え?3日な訳はないよな?」

『ニャー』

「····まじかよ『ニャー』食い気味かよ」

確かに起き上がろうとした時、骨が軋む音と共に背中が物凄く痛かった。代わり映えのしない景色。時の流れが止まったかのような孤島。しかしよく見れば、服やシーツでとっ散らかり俺が生きているという証を残す。

至る所に出来た痣や乾いたカサブタを見た途端、時間の流れを確かに感じた。

「今日も俺は俺なんだな~」

胡座の中心を陣取るスフ。癖になってしまったペタリとした新感覚を求め、そっと丸まる背中に両手を添える。さながら、占い師にでもなった気分だ。

「今日の運勢は~~」

『ニャー』

「そうかーっ最悪かー」

脇を掴み、スフを持ち上げる。猫は持ち慣れている筈なのに毛がない分、何故だか罪悪感を感じた。ぶらぶらとなすがままに持ち上げられ、俺の両手にぶら下がるスフ。思いのほか長い。長ねぎくらいはありそうだ。カッパー色の瞳に目線を合わせる。昼だからか黒目が縦長だ。

「以外に重いねーー」

素っ裸の一人と一匹。同じ格好で見つめ合う。

「やっぱり寒そうなんだよなー」

鬱陶しいだけの長い髪をマフラーのようにスフに巻き付ける。正直ちょっと、毛を分けてやりたい気分に苛まれた。

「肩にお乗り」

散らばった服とシーツを回収すると、厚紙のようにカピカピに乾燥している。これは本当に3日は経っていそうだ。シーツに入れたままにしていた、若干ベチョッとした水色が怪しい果物を齧り、忘れかけていた蛇を探す。

「おーいたいた」

ちょうど良い具合に、開けっ放しにしていたドアに引っかかっていた。見た感じは干からびているが。これで血抜きは罷るだろうか?今更、処理したところで遅いとは思うが。まぁ食うのはアゴヨワだし。所詮は他人事だ。

「なー?」

『ニャー』

「見てこれべー」

果実でブルーハワイ色になったであろう舌をスフに見せびらかす。眉ひとつ動かさず肩の上で微動だにしない様は、とてつもなく見覚えがあった。

『········』

「お前とアイツ似てるな。さぁーっお前の台座を探そうなー」

久方ぶりの小屋に足を踏み入れる。軋む床。何処からか聞こえる物音。歩く度に埃が舞い上がり息が詰まる空間は、俺に妙な安心感を与えた。『帰ってこれた』俺は確かにそう感じている。

「たっただいまー」

狭くてどんよりとしたこの部屋はやはり落ち着く。

「天井の赤紫」

薄暗い天井を見る。今では無意識に時間を確認する癖が出来ていた。苦い後悔が頭をよぎる。

この作業は自分への戒めにしよう、決意新たに俺は息を一つ飲んだ。

『ニャー』

「あーはいはい、行きますよー。え?スフはずっとそこにいたのか?」

『ニャー』

呼ばれるがままに着いて行った先、スフの台座は本の表紙になっていた。積み上がった本の上、俺の身長より遥かに高い本の上。埃を被ったボトルシップを蹴り上げ、見せびらかすように跳ね上がると、音も立てず軽やかにそこへ着地する。小窓から差す光が、無数に埋め込まれたスフの宝石をキラキラと照らす。優雅だ。

「綺麗」

『ニャー』

誘うようにゆっくりと瞬きをするスフ。その様『当たり前でしょっ』とでも言っているようだ。骨張った尻尾を一振し、そのままスフは俺を見下ろし鎮座した。

「····また明日な」

合わさる視線に熱がなくなる。カッパーが影り、置物になった生物。途端に一人きりの世界になった。






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