その大魔法使いは美しい髪を切り落とす

しもたんでんがな

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記憶を持たぬ大魔法使い

16、開き直るしかない話をしよう

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「一人がこんなに寂しいなんて思わなかったよ」

この世界に来てから定期的に孤独に触れる。忘れた頃にそれはやってきて軽く会釈をたかと思うと去っていく。剥製達もいなくて本当に一人きりだったら、俺はきっと本やテーブルを友にしていただろう。

「一人か····」

傍から見ると、今の俺も孤独に見えているかもしれない。何故なら剥製も所詮モノでしかないから。いくら意思疎通出来たと思っても時間がくれば動かなくなる。ましてや、前の世界では動物も法律ではモノとして扱われていた。

「俺にはモノといる方が合ってるな」

人間と触れ合わないと孤独なのか。動物や植物、いわゆるモノと触れ合う俺はこの世界でも可笑しい存在として扱われるのだろうか。満たされているのに、満たされていないとみなされるのは何だかやるせない。

「なんだかなーー」

乾いた溜め息が床穴の暗闇へ吸い込まれる。





✻ ✻ ✻




今日はやりたい事がいっぱいある。

小屋の前の芝を乱雑にむしって作った焚き火場で、火を起こす。放りっぱなしにしていた枝がちょうど良く乾燥していた。数日前まで映像でしか見た事のなかった火起こしも、もう慣れたものだ。キッチンに唯一あった鍋で湖の水を何杯も沸かし、少しぬるい風呂に入る。

「はぁ~文明に感謝ぁ~」

今日だけは自分を労い、贅沢にオレンジ擬きを浮かべちゃう。手のひらいっぱいに湯を掬うとほのかに香り、緊張がほぐれていく。バシャバシャと顔を洗うと体温が上がり、頬がほんのり桃色に染まる。深い深呼吸が水面を揺らすと、久方ぶりの安堵に酔いしれた。

ほんわりと広がる柑橘の香りがなんとも心地良く狭い浴室に広がっていく。贅沢とは言っても、結局後処理をするのは俺だが。砂糖があればジャムでも作りたいが、畑の草と煮るのが関の山だろう。

「ふはぁ~~」

声にならない声が思わず溢れる。こんなに気を抜いてしまって良いのだろうか。鉱物の森。蛇の尾を持つ鶏擬き。耳が鉱石になったアゴヨワ。断片的に思い出されるそのどの場面も体験した筈なのに信じられない。なんだか全部夢みたいだ。

「なんという贅沢~」

深呼吸が溜息に変わる。小屋に風呂とトイレがあったのは本当に有難い。風呂場の水の出し方はさっぱり分からなかったが、トイレは天井にぶら下がった紐を引っ張れば流れてくれた。それでもちょっと心配なので定期的にタンクに水を足すようにはしている。

しくった。風呂に入ってからタオルがないと気付く。

「まず、生地とナイフを調達してだなー」


バァンッッ

今後のあれやこれやを考えていると、不意打ちのように風呂場の扉が開かれた。湯気で溢れた浴室に突如、冷えた空気が入り込む。反射的に肩が跳ね上がり、風呂の湯が踊った。引くつく口角。湯に入っているのに沸き立つさぶいぼ。困惑を隠しきないまま、堪らず音の方へと振り返る。

「え"?」

おっさんだ。

薄ら晴れる視界の中、そこには可愛らしい花冠を着けた子供程の小さなおっさんが仁王立ちで立っていた。突然の人型の生命体との遭遇。上裸に花冠の異質なメルヘン味。ぽっこりと出っ張った出べそが元の世界の父を思い出させた。

わさわさと葉が擦れる音が地を這う。乱雑に巻かれた枯葉で作られた腰布は、しんなりと湯気で湿める。あまりにも不釣り合いな格好。胸の中の困惑が何重にも濃くなり、喉奥を引き攣らせた。

この世界は今、春なのか??春だから湧いてきたのか??

「え?え?え?え?」

空いた口を塞ぐ間もなく、無言でこちらに向かってくるおっさん。歩く度に冠の花がこぼれ落ち、風呂場のタイルを彩る。少しづつ近づく恐怖。揺るがない足元。その堂々とした歩みには信念のようなものが感じられた。振動で湯が微かに揺れる。波たった湯に写る、両腕で全身を覆い隠す俺。我ながら情けない。

何が起こってるんだ。

ザブーーーーーーンッ

「はっは、は、はっ」

入ってきたっ。

かさの増した風呂の湯が滝のように流れ零れていく。この小屋の風呂は俺の身長で脚を少し折らなければ全身浸かれない程の大きさしかない。浮かべていた無数のオレンジ擬きが湯の上で跳ねた。

「ひっ」

未知との遭遇を感じる。この世界に来て数日。今まで様々な奇怪な生物と出会ったが、その中でも断トツで怖い。きっとピエロを怖がる子供の心理と同じだろう。恐らく目の前のおっさんは、人間のようでいて人間ではない。

「っ腰が抜けそうだよ」

得体の知れないおっさんと至近距離で向かい合う。呼吸が浅くなり、潔癖症ではないのに鳥肌が止まらない。あたたかい湯の中、ぞわりと悪寒が背筋を走った。

「はじめまして、彩商事株式会社で婦人服のバイヤーを担当しております。そ·····え···は、はる····副島晴日と申します。」

『······』

無意識に誰とでも意思疎通が出来る魔法の言葉を詠唱する俺。自分の名前が一瞬出てこなかった事に焦るも、現状を打破する方が最優先だ。体育座りをしたまま微動だにしない目の前のおっさんは、物音ひとつ立てず俺を見つめる。

どうやら渾身の詠唱は全く効いていないようだ。きっと、おっさんの方が魔力量が多いのだろう。両者無言が続く中、ゆっくりと膝小僧が合わさる。少し動いただけで湯が零れ、開かれたままのドアからは大量の湯気が逃げていく。本当に小さなおっさんだ。しかし、その身体は子供程の大きさとは言っても、2人で湯船に入ったら余分なスペースなど存在しない。

「······」

『······』

知りたい事が多過ぎて無になる俺と、はなから無のおっさん。

「ど、どちら様ですか?」

『············』

近い。近すぎる。互いに膝を抱えてはいるが、後ろにも前にも逃げられない。得体の知れない物が無数に浮かぶ湯船。そこに避けるスペースなど存在しなかった。残された選択肢は上のみ。必然的に深く重なり合う4本の脚。不意に変な声が出そうになるのをぐっと堪えた。数秒前まで、俺の唯一の癒しスポットだったのに······パーソナルスペースなんてありゃしない。

知らないおっさんと見つめ合う謎イベント。心の中で頭を抱えた。よくよく観察すると、向かい合っている筈なのに、その黄色く濁った瞳に俺は写っていない。頭から生える小さな角が鳥の巣のようになった髪の隙間から微かに見える。髪は傷んでいるのか、酷く縮れていた。

「あ、あの?」

立派に蓄えられた顎髭がぷかぷかと水面を漂い、一体何年前に絡まったのか分からない無数の落ち葉が必死そうに髭にしがみついていた。

「おや?」

焦っていて見落としていたが、耳はエルフのように尖り、改めて人間ではない事だけがはっきりと分かった。

「その花冠素敵ですね?シロツメクサですか?もう春ですかー。いやー本当、一年って早いですよねー」

いくら話しかけても目が合っているのに焦点が合わない。それどころか、おっさんの中で俺などはなから存在していないように風呂に浮かべていたオレンジ擬きを食っている。

『何で今、食えるんだ』とか『オレンジが好きなんだ』とか『髪の毛洗った方が良いよ』とか『何で態々人が入っている時に入りたかったんだ』とか。疑問が疑念を呼び、グルグルと頭の中で花冠の妖精がマイムマイムを踊っていた。

確信的に分かったのは『この孤島に安息の地などない』という事だった。

「じゃあっ俺、逆上せてきたんでっお先、失礼しますねー。ごゆっくりどうぞー」

よし、逃げよう。

鶏擬きの時とは違う。これは意義のある逃げだと自分に言い聞かせ水よりぬるい、ぬるま湯から出た。

「 (あ"ぁー怖かった怖かったー) 」

声に出してはいけない言葉をパクパクと口を動かし消化する。風呂場を出ても、まだ心臓がバクバクいっていた。冷や汗の混ざった滝のような水滴が、長い髪から肌を伝い床の溝に滴り落ちる。

「おっさん置いて来ちゃった」

やはり、気にはなる。

「あのおっさん、タオルどうすんだろ?」

水満たしの床がひんやりと冷たい。もくもくと湯気が漏れる元いた風呂場を見つめる。焦点が合わなかった事も気にはなる。あれは迷いもなく湯船に突っ込んできた様子だった。しかし、この小屋で人型の剥製など見ていない。

湖か森の住人だろうか。それとも座敷わらし的な存在か。うろ覚えの貧乏神も人型のおっさんだった気がする。

しかし、俺自身が未知への恐怖しか感じなかった事を考えると人間ではないのだろう。剥製達が騒いでいないのを見ても、合わせるべきは俺な気がする。

「俺が邪魔してたのか」

ひとしきり考えて、その結論に辿り着く。まず、入る時間を変えて様子をみよう。ついでに石鹸を手に入れたら髪も洗ってもらおう。

テーブルに散らかしたメモに『風呂のおっさん:天井の赤、恐らくオレンジ好物』と書き込み、水滴で滲んだ字を眺める。二度目があるのかは分からないが、気には止めておくべきだろう。

そもそも、あのおっさんが風呂に入る事に意義を感じているのか、はたまた空の浴槽に入る事に意義を感じているのかも分からない。毎回、落ち葉だらけになった浴槽を掃除するのも骨が折れそうだ。

「本当、どうにでもなれって感じだわ」

まだ濡れた髪を雑巾のように搾り、水気を追い出す。持て余した産物をカピカピに乾いたシーツに巻き付け、日向に当たった。

まったく、重くなった髪が邪魔で仕方ない。毎日のように梳かしてドライヤーをしてトリートメントまでしていた母は本当に凄いと思った。俺にはこのポテンシャルの良すぎる髪を捌ききる能力がない。しかし、今の自然乾燥任せの現状もどうにかしたいところだ。

「やっぱり綿が良いよなー」

脳内は既にまだ見ぬ生地の事でいっぱいだった。

麻も良いなー。シルクなんて贅沢は言わない。そしたら古いシーツをハタキと雑巾にして大掃除なんかしちゃってだなー。

悶々と世界が広がっていく。

良い。今のテンションは面倒臭い事をするのに凄く良い。

勢いづいたままテーブルの上に上がり、天井のヒビ割れを涙目になりながら肘で思い切り砕く。ハラハラと落ちてきた破片を目で追うと、今一瞬、開いたばかりの天井穴から、ナニカが視界を掠めた気がしたが、俺は何も見ていない。

「見てなーーい」

2つの破片を集めフォークの先を思い切り突き刺し、穴を開ける。シーツを裂いた紐を通せば、あっという間に簡易時計の完成だ。これを首に掛けておけば、この前のアゴヨワのようにはならないだろう。時計が完成した頃、恐る恐る静まり返った風呂場を覗くと、そこは既にもぬけの殻だった。

「皮まで食ってったんかっ」






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