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記憶を持たぬ大魔法使い
18、サブスクがちゃんと解約されてるのか気になりすぎる話はしない
しおりを挟む「すげーっ」
チャポチャポッ
ネジがイカれたように同じ言葉しか出てこない。水面を滑るように駆け抜けた大馬は、本当に簡易時計の色が変わらないうちに森へと俺を運んでしまった。しかも、俺が目標にしてた黄みの橙の刻にだ。出だしから順調すぎてなんだか逆に怖い。横目を見ると、あんなに怖かった大馬が水晶のように棲んだ瞳を爛々と輝かせている。これは見返りが大きそうだ。
「すごっ本当に凄いよっ」
湖を切り裂くように泳ぎついた先。数日前、トラウマを植え付けられた地に再び舞い戻る。
「すげーなー」
結局、口に挟まって運ばれる事を甘んじて受け入れた俺は、三度びちょ濡れになる事となった。
「本当にありがとなっ。水、ちゃぽちゃぽって叩いたらまた来てくれるか?」
前足を真似して、ふやけた足で水面を鳴らす。
『ブルルルッ』
大馬は鼻を思い切り鳴らすと静かに湖に沈み込み、こちらを伺っていようだった。
「なんか、緊張してきた」
数日ぶりの森を見渡す。前回襲ってきた鶏擬きや土が荒れた跡はない。どうやら前回とは別の場所に降り立ったようだ。そよぐ風が挨拶をするように俺の肌を撫であげる。あわよくば、置き去りにしている包丁を回収したかったが、多くは望めない。きっとまたの機会になりそうだ。
『ブルルッ』
頭に巻いていた服をもごもごと着直し、鼻息荒い大馬にしばしの別れを告げる。
「じゃあ、土産楽しみにしてろよー」
今日はシーツしか持ってきていない。汚れが落ちきらず泥や汗で生成がかったシーツの中心に、落ちてた小ぶりな岩を入れ簡易武器を作った。今はこれしか身を守るものがない。足の裏に土のごわつきを感じながら深い森へと一歩、足を踏み入れた。
「ん?」
微かな気配を感じ元来た道を振り返ると、帰った筈の大馬が頭だけをちょこんと水面から出し、念を押すようにこちらを見張っている。
「大丈夫だって、ちゃんと土産は忘れないよーっ」
俺が去るのを待っているのが分かると観念したように、奥底へと潜っていった。気配が消え、漂う泡が見えなくなった頃、俺は再び森へと歩み出した。
✻ ✻ ✻
「あぁーっ何なんだよっやってらんねー。ちくしょー」
代わり映えしない木々をすり抜け、道でない道をただ進んでいく。上がる息が血液を廻し、身体の体温が高くなる。おぼつかない足で下っては上りを繰り返すうち、若干の酔いが回った。
「はぁっ」
杖代わりの枝で線を引きながら今まで進んできたが、正直どこまで役に立つかは分からない。川や目印になりそうな場所を見つけられれば良いのだが。
「はぁはぁっクソっ」
どのくらい歩いただろうか。鳥の囀りが微かに聞こえる。すると、脳裏にへばりつくトラウマに反射的な鳥肌が全身を走った。
正直、鳥はしばらく見たくない。
「は"ぁー」
胸元の首飾りを見ると床板が緑を放っている。気が付けば、時刻は床の時間を廻っていたようだ。
「腹減ったー大体何で俺がこんな森の中彷徨うわなきゃいけないんだ??」
湧き上がる不安と焦り。何故か愚痴のような独り言しか出てこない。代わり映えのない景色の中、木々のざわめきが神経を逆撫でし、無性に苛立ちを誘う。不思議とどうしようもく気持ちが抑えられなかった。湧き上がる衝動が抑えられない。ただ、何かに当りたくて仕方がなかった。
「あ"あー」
地団駄を踏むように地面を揺らし、降って湧いた負の感情をどうにか抑えようと、転がっていた小石を蹴飛ばす。
「クソっクソっあ"あーっ」
何故こんなに苛立っているのかが分からず、その出口の見えない事実にさえも途方もない苛立ちを感じる。視線を上げると、変わらぬ蒼が広がり俺を嘲笑っているように見えた。体内のモヤを吐き出すように深く息を吐き出すも吸い込んだ瞬間、再びモヤに侵される。微かな違和感を感じつつ、ただ進む事でしか解決出来ない事は鳥頭な俺にも分かっていた。
「ッ"~~い"ってぇ~」
裸足で蹴飛ばした小石が、仕返しと言わんばかりに中指の爪を剥がす。赤がこびり付いた小石は綺麗な曲線を描き、緑深い茂みの奥へと吸い込まれるように消えていった。
『ブギャーーッ』
茂みの先、悲鳴にも似た獣の鈍い鳴き声が空気を揺らす。見なくても俺が元凶だと瞬時に分かった。
ガサゴソと茂みを乱雑に掻き分け現れたのは、角が無数に生え、額から血を流した猪。深い影を纏う飴色の瞳には確かな殺意を宿している。
「あ"ぁ?何なんだよっ」
小石を入れただけのブラックジャックでは大猪に勝てる訳もない。俺には選べる選択肢など、はなから与えられていなかった。
「ざっけんなっ」
怒りをはらんだ苛立ちで頭に血が上り、視界が歪む。『当たったお前が悪い』その時の俺は本気でそう思い込んでいた。
幾層もの茂みを突っ切り、ただ逃げる。走る度、鋭い枝や葉先が肌を傷つけ、微かな鮮血を木々に残した。逃げても逃げても、追ってくるのは臭いで俺の赤を辿っているからか。はたまた己の額に傷をつくった元凶を消し去りたい一心なのか。
「うわぁっ」
走り抜けた先、空洞のように突如現れた急斜面を転がり落ちる。抵抗虚しく、脚を踏ん張っても、土に腕を突っ込んでも止まれない。落ち葉や土がまとわりつき、地面に身体を叩きつける度に新たな傷が増えていく。潰されてた臓が呼吸を阻み、転がりながらも俺は大いなる自然の片鱗に掠ってしまった自分の無力さを痛感した。
「·····がはっ」
どうやら大猪は俺を追うのを止めたようだ。宙を見上げた視界の端、木漏れ日の中に小さく鋭い光がゆっくりと去っていくのが見える。リスクを負ってまで追う価値は無いと判断したのか、落ちた先へ回り道しようとしているのか、纏まらない思考の中では無情に与えられる痛みと怒りを受け入れる事で精一杯だった。
湿気を放つ木々にぶつかり続けた先、視界が急に開け明るくなる。俺はそのままの勢いで拓けた山道に転がり込み、無抵抗の身体はただモノのように土道を転がった。
「ぐはっう"ぅー」
「{キャッ}」
突如、弾力のある何かが、鳴き声と共に転がる俺の勢いを殺した。
「う"わぁっ」
「{ちょっと、何なのよっ}」
「痛"ってー」
すると、ゼロ距離で甲高い声が耳を劈く。頭痛を伴う思考の中、また訳の分からない生物と遭遇したのかと鬱々視線を上げると、人型の生物が俺と同様、尻もちをつき道の真ん中に倒れ込んでいた。
「{何なのよっ。痛っーい、ちょっとっ謝りなさいよっ}」
ギャンギャンと至近距離で発せられた雑音に顔が歪む。同時に、全身を鈍器で殴られたような、後引く痛みが身体中を駆け巡った。
「···ッ···に」
しかし、痛みを優に勝る途方もない怒りが消えない。その恩恵か、皮肉にも神経を侵されているような激怒は、幾分俺の痛覚を鈍くさせているように感じた。
「に、にん、げん」
簡素な鶯色のワンピースを身に纏い、顔を歪ませる少女。俺を睨みつける瑠璃色の円な瞳は、涙を滲ませながらも怒りと警戒で満ち、赤茶のカールがかった短い髪が俺を威嚇するように毛を逆だたせる。
「{聞いてるのっあんたっ!?}」
「おまえっお前!人間かっ!?」
訳の分からない言語を話す少女。聞いた事のない発音は右から左に流れ、俺に構うことなく通り過ぎていく。
「{あんた、さっきから何なのっ!?何言ってるか全然分からないしっ。ちょっと!あんたっもしかして脱走奴隷じゃないでしょうねっ!?}」
目に見えて怒りを露わにする少女。
「その肌、耳、服·····っやっぱり人間なのかっ」
「{ちょっと、何なのっ触らないでよっ気持ち悪いっ}」
無意識に伸ばした手を思い切り叩かれる。行き場を失い、宙を舞った青白い手に、ヒリつく赤が良く栄えた。視界に捉える少女は、キッと鋭い睨みを効かせ、罪人を捕らえるように俺から視線を離そうとしない。
「{名乗りなさいっ。あんたっただじゃおかないわよっ}」
「あ"ぁ···ッ····あ"あ"ああぁぁッ」
「{何か言いなさいよっ}」
激怒、憎悪、悲嘆、驚愕、恐怖。
数日、見続けてきた美しい世界が、黒く醜く塗り潰されていくのを感じる。
あぁ。
「·······お、れは、また··············」
「{ちょっと、あんたっ}」
「········」
もう、嫌だ。
魂を抜かれたように倒れ込む俺を横目に、目を見開いた少女が焦った様子で俺の服を乱暴に掴み、幾度もなく揺らす。
「{ちょっと!·····死んだのっ?······息は、してる。もうっどうしろって言うのよっ。ったく、何で謹慎になった日に限ってこんな面倒臭い事に巻き込まれなきゃいけないのっ。しかもコイツ、不吉の白だしっ。あぁーっもうっ私に運べる訳ないじゃないっ}」
遠ざかる意識の中、どす黒い絶望が容赦なく俺を襲う。数刻の怒りをはらんだ苛立ちが、自分の感情ではなかった事に安堵するも、同時にそれは『業』深い絶望を意味していた。
あぁ、やっと自分と向き合えだせたのに。俺は、また俺を失うのか·······。
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