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己を知らぬ大魔法使い
30、いつか知るこの世界の白の話をしよう
しおりを挟む『エクリュ饅頭』『エクリュストラップ』『エクリュタオル』
活気付き、賑わった城下。ただの手抜きとも思える商品が飛ぶように売れる露店。異様な光景は、他国からの要人を仰天させた。
王国中が、白に近しい色『エクリュ』で溢れかえる珍事に、拍車をかける存在がいた。調色士と呼ばれる色を売る、近年新たに生まれた職業だ。エーテルベスティからなる調色士は、変わり者が多く、魔法を諦められず魔導士組合からあぶれた者が多かった。それでも注文が殺到したのは、偏に万人が白を求めていたからだといえよう。
偏屈な調色士にエクリュをオーダーする時には、身振り手振りを多様し要望を伝えきる必要がある。
『 {ツンケンしたエクリュ} 』『 {エクリュの中の真のエクリュ} 』『 {のっぺりとしたエクリュ} 』『 {花の蜜のようなエクリュ} 』『 {空前絶後のエクリュ} 』
それは、実際は視覚情報でしかない色に、肌触りや香りが生まれた瞬間だった。
エクリュが身近になって以降、白に飢えた者達は堰を切ったかのように、自分なりのエクリュを身につけた。
『白花』『魚肚白』『鉛白』『灰黄緑』『白藤』『雪色』『白百合』『白練』『白梅鼠』『桜』『生成』『白磁』『象牙』『胡粉』『素』『銀白』『卯の花』『白菫』『乳白』『鳥の子』『月白』『藍白』『鉛白』『月下美人』
王都の城下周辺だけでも日々これだけのエクリュが誕生し、貴族を中心に爆発的な進化を見せる。その流行の最先端を駆け抜けたのが、今なお王都に支店を構えるプチバトーブティック・ボンボンだ。
斬新なデザインを得意とするボンボンを皮切りに、貴族御用達ブティックの専用モード誌は、一時期どのスタイル画も軒並み白い、ファッションに興味がない人が見れば勘違いするほどの、見事な塗り絵っぷりで発行され、忽ちゴシップ誌、ベリーファニーの鴨ネギにされてしまった。
風の噂で、王都のブティックに憧れ遥々やって来た、とある田舎貴族令嬢の話が有名になる。
『 {何よ、このファッション誌はっまだ色付けされてない未完成品じゃないっ私に見本帖なんて寄越さないで頂戴っ} 』
『 {お客様、こちらはきちんと発行され、他のお客様にも配布された春夏号になります。ただ今お客様がご覧になっている、こちらが卯の花のイブニング用のフッシュテールドレス。こちらが白百合のカシュクールドレスです。ありがたい事に、既に多くのお客様にご注文を頂いております} 』
『 {貴方何を言っているのっどれもこれも真っ白じゃないっこの私を馬鹿にしているのねっ!?オーナーを呼んで頂戴っ} 』
『 {馬鹿になど、滅相もございません。彼方のウィンドーに飾られた白花のエンパイアドレスなどは、私めが名をお呼びする事も憚られる方々もお召しになっている物でございます} 』
『 {そうっそうなのねっじゃあ、私は特別なエクリュを頂くわ。あーあそこのトルソーに着せられたドレスなんてどうかしら?可憐な私にピッタリだと思うのだけれどっ} 』
『 {お客様、あちらはシーチングのトワル仮縫いにございます} 』
よくも分からないジョークが生まれ、この逸話は既に名のある吟遊詩人達の手によって全3章にものぼる超大作になっている。地方にリュートの音色が轟くのも時間の問題だ。
万を有に超える人それぞれのエクリュは、人口の倍は存在し、全て読み上げると20日は眠れなくなる。中には、手にしたものの、扱いきれず手放す者も現れた。意外と人を選ぶエクリュは、青みや黒みが強いと顔がくすんで見え、黄みが強いと膨張して着膨れして見える。だからと言って赤みが強いと、肌の色を選び、何だかしっくりこない。通称『ワイトエレファント』と呼ばれるエクリュを持て余した者達は一定数存在し、占い師や自称活動家たちの格好の餌食となった。
勿論、万人がエクリュを好んだ訳ではない。中には逆をつき、全身黒尽くめの喪服のような身なりで巷を闊歩する貴族が現れ話題となった。以降、オールブラックのスタイルを、ありきたりな者『ヴァニラ』と総称され、一世を風靡した。
当時を振り返った国民は口々にこう語る。
『 {常軌を逸していた} 』『 {頭が可笑しくなっていた} 』『 {狂っていた} 』
しかし必ず最後にはこう締めた。
『 {でも最高に楽しかったっ!!} 』
ワイトホープ王国の東西南北それぞれの区域を任されている貴族は、この異常事態を鑑み、各地の領による独自の法で規制を掛ける事態に陥った。しかし国民の意地と気迫は領主達が想定していたよりも凄まじく、王国法と領地での法案を掻い潜った、領主と領民のイタチごっこが日々絶えず行われていた。その最たる例が、王国北部に位置するクラッター領による『混色制限』だ。
混色制限とは名前の通り、ある色とある色とを混ぜ合わせ、別の色をつくる事を指す。クラッター領で規制されたのは回転混色と並置混色の二種類の混色方法だ。
回転混色とは、複数の色を回転させて見る事により、その中間の色を表現する混色方法。容易に薄い色をつくれる事から禁止とされたが、一般人に使う機会はほとんどなかった。強いて上げるならば、祭事などでの出店や、特殊な術を用いたごく少数の魔術師だ。その特殊な術の中には、ある貴族御用達の育毛剤の生成法も含まれており、風の噂で混色制限は、一種の政治的牽制の意味合いの方が強いのではと囁かれた。
一方、並置混色は、ブロック状に並べた複数の塊を無数に並べ、異なる色を生み出す混色方法だ。青と黄が渾然一体となって黄緑色に見えるように、点描を得意とする芸術家や、異なる色と素材の糸を織り合わせて作品を作る織物職人などが影響を受ける事になる。実際には、主に製糸、紡糸などを原材料に用い、布地を加工、生産を生業にする織物業を中心に被害を与えた。
しかし混色制限を違反した者は、次年度の徴収が2倍になる事から、大人しく従う領民が多かったと言われているが、その運用の不透明さから6年ほどで見直され、のちに廃止となっている。
そんな様々な法令が下された中で、特に悪法と評されたのが王国西部に位置するベイカー領による『寒い色禁令』だ。なんとも抽象的かつ主観的なこの法律は、ワイトホープ王国で3年に一度国民の功労を表彰する祭典『貝紫祭』にて、ベイカー侯爵領、領主アダムス=ベイカーがその年『ラジーロード』悪い領主の称号を国民から賜るほどの悪評だった。
事の発端は些細なものだった。紫~緑みの青までを規制したベイカー侯爵領、領主アダムス=ベイカーは、最後の白が冷気を放っている事実に着目し『白っぽい色=涼しい』という考えの元、涼しさを感じさせる色を持つ者、つくろうとする者に罰金を課したのだ。
寒色の食べ物が食べられない、身に付けられないという事は、領主が当初想定していたよりも遥かに大きな混乱を生んだ。まず初めに、領地に面したベイカー川には専属魔導士による結界が張られ、遠目で水を見る事が禁止された。次に、晴天を見上げられない領民は、悪天の時を除き、昼間は視界の半分を塞がれる形を強いられる。
領主邸前には日々『これは温かいか?寒いか?』などの同種の意見を求め、重い罰金を恐れた領民が殺到し、領主の仕事を3倍以上に増やす形となった。
そんな領主の気まぐれとも呼べる小さな羽ばたきは、至る所に作用し、特産だった葡萄酒の生産と、サファイアの採掘も一時中止に追いやられる。それは次第に、農業や産業にも影響し、他領や他国との物流にも多大な実害をもたらした。対策が間に合わないほど急激に痩せた領地で、荒作の甘藷も禁じられた領民は、一時極度の栄養失調状態に至り、耐えかねた領民の中には、ベイカー領を出る住民も少なくはなかった。
しかしワイトホープ王国の国民には共通する気質がある。それは、どいつもこいつも『意地っ張り!!』という事。エクスクラメーションマークが2つも付いてしまう程に意地っ張りなのだ。
故に、信じられない事が起こった。『寒い色禁令』はベイカー領で22年もの間、二代の領主に渡り行使されたのだ。
また、悪法と評された反面、新たな文化も齎した。色時計が主流の王国で、時計を持てない事態に陥ったベイカー領民は、ドットと三角を組み合わせ、インデックスを施した時計を新たに生み出し、その視認性の高さから、後に職人や文官などに重宝されるようになった。
そして、この『寒い色禁令』の名残は今でも残り、ベイカー領の領民は『あたたかい色』を好む傾向があり、髪や肌の色に暖色をもつ者が多い。恰幅も他領より大きい者が多く、性格はおおらかな反面、せっかちで沸点が低い者が多い傾向があると言われている。
その後、『あたたかい色』には、人の感情を高揚させる作用をもたらし、血圧が高まり、脈拍や呼吸、自律神経を刺激するため、性ホルモンの分泌を促進、筋肉の緊張の増大、および食欲や空腹感の増進効果があると分かった。また、時間の流れを早く感じるされる効果があると発表された。
また、寒い色にはあたたかい色の逆の効果があると考えられているが、未だどの国でも『あたたかい色禁令』が下された事はないため、真実は明らかにされていない。王国内の学者の中には、囚人で実験をするなどの案を出している者もいるが、予算や倫理観の問題から、ずるずると先延ばしになり廃案も近いという。
結果的にはベイカー領民は意図せず、魔導士や学者達の良いモルモットになってしまった形となった。
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