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己を知らぬ大魔法使い
31、いつか知るエクリュの話をしよう
しおりを挟む一過性の流行だと考えられていたエクリュだったが、いつしか一つの文化として根付こうとする兆しを見せた。
いつまでも消えない大きな影。圧倒的とも言える、かの者の存在感。
元は名も無い傭兵でしかない高貴で下賤な末裔達は、たちまち憧憬と嫉妬を拗らせた。
時が流れるにつれて、王の権利が徐々に弱まる中、大貴族であるリマインダーの勢いが増した事を脅威に感じたワイトホープ王国、12代国王、ジャカート=ペチカ=ワイトホープは、現リマインダー公爵家当主、アスペル=リマインダーの祖父であるオックス=リマインダーが当主になった直後、掌を返したように『禁色令』を下した。
かつての戦友との決別。課した使命の放棄。
多色が混ざり合った結果が『奪う』という、何とも傭兵の末裔らしい皮肉な選択だった。
名指しこそ避けたにせよ、それは王国から『白』を排除し、王室の誇示を目論んでのゲバルトだった事は明白だった。槍玉に挙げられたリマインダーはいち早く、多くのエクリュを取り上げられる。その後、リマインダーへの牽制は至る所で粛々と遂行され、国王派の貴族達はリマインダーの富を削る事に躍起となった。一方的な弾圧は12代国王が崩御するまで続き、一時主要な商業ギルドを手放す寸手のところまで追い込まれる。混乱の中、難を逃れたエクリュも今では両手で数えられる程しか残っておらず、当時の経済損失は計り知れない。12代国王が瀕死のリマインダーを生かしておいた理由はただ一つ。潜み隠れる他の貴族派閥に対する見せしめの為だった。
失ってしまった筈の『白』が人の目に宿る。
冷淡で悪意の篭った目は、当時のリマインダーに付き纏った。
同時に『貝紫色』が見せつけるように国色として指定され、王都の主要な道や施設には名前のどこかに『パープル』が付くようになる。しかし、それら施設はリマインダーの納税金で建てられたと言っても過言ではない。周知の事実に、大貴族派はこれらの施設を『パープルカラー』見せかけの紫と密かに呼んだ。
そして見えざる反発は思わぬ形を招く。
対抗するように比較的裕福な貴族達は、見えにくいジャケットやドレスの裏地を凝りはじめた。その流れは瞬く間に社交界での定番となる。中には、ポケットのラペル見返しやドレスのまつりにわざわざエクリュの生地を用い、礼服を仕立てる上級者まで現れ、貴族達は競うようにその身を主張した。
当然、抑制された事により人々は更にエクリュを求めた。いつぞやのベリーファニーでの教訓が舞い戻る。
その結果、表地は紺や黒など無難な色で忠実な犬を装いながらも、隠れた裏地で自身お気に入りのエクリュをふんだんに使い贅を尽くす、なんともタチの悪い肥えた狸が量産された。
気付きにくい裏だからこそ叶う表現の自由。それは一種のステータス誇示と度胸だめしの手段となる。
真っ向からでは到底抗えない主君の目を掻い潜り、ギリギリを攻めるスリル。センターベントや見返しからチラリと覗くエクリュを見逃さずに気付ける者が『通』とされ、逆をつきわざとエクリュをひけらかす者が『野暮』だと笑われる。
『粋』は貴族達によって都合よく解釈され、その中の選ばれし『通』が有象無象の『野暮』を嘲笑う現実。
『主君に抵抗し、己の意志を通す様』に酔いしれる貴族達。しかしやっている事は王と何ら変わりない。かと言ってそれを指摘する者は存在しなかった。
高貴なお貴族様には、粋な反骨精神こそが、お洒落の達人の条件であり、己がワイトホープの気質を持っているという一種の歪んだ承認欲求でもあった。
裏のお洒落はワイトホープ王国民の気質と思いの外よく合い、貴族の流行が平民まで届くのに、そう時間は掛からなかった。文字通り王の裏をかき、国民は人なりの意地を通す。その背徳感とエロティシズムは多くの者を酔わせ『裏勝り』というファッションスタイルを確立させた。
しかし『勝つ』という言葉も貴族と平民では意味が全く異なる。日常生活に余裕のない平民にとって、エクリュは元より守り神の意味合いの方が強く、普段裏地のない服を着る庶民文化に、お貴族様の裏勝りは当然そぐわなかった。
また、手の届く範囲が極端に限られている多くの平民は日頃より信仰深く、色を慮る『目』には魔除けの力があると信じていた。同時に背縫いの『縫い目』にも背後から忍び寄る魔を防ぐ力があると考えられ、衣類を繕う針子は、合わせの縫い糸にエクリュの糸を使い、着る者の平安を願ったといわれている。また、生地面積の少なく、背中心の縫い目が存在しない子供服には、母親が子供に魔が寄り付かない様、背守りと呼ばれる背中心の縫い目代わりとなる魔除けの守りをエクリュの糸で縫い付ける習慣が生まれた。
一部では下着や小物など、目立たない箇所にこだわる者も存在したが、いずれも守りや願掛けの意味合いの方が強かった。
結果的に『禁色令』は、隠れたところ小さなところに心を尽くす、ワイトホープ王国民独自の美的感覚を芽生えさせる形となった。
その後、禁色令は幾度となく発布され、その度に重い処罰が下される様になった。違反した者は、王都からの追放や、領地や財産の没収、最悪は爵位の返上など、厳しい罰則を設けられ身分問わず厳しく制限されたと言われているが、実際は多くの貴族が保釈金で難を逃れ、寄付と称した賄賂が昼夜問わずどこかしらで右往左往していた。そして、それらは全て暗黙の了解とされている。
人々は、半世紀に渡るこれらの一連の騒動を『エクリュショック』と呼んでいる。
先王である14代国王フィユタージュ=ヘムト=ワイトホープが即位してからは幾分罰則も軟化し、見せしめの様に罰せられる事も少なくなった。そして謝意と共に、正式にリマインダー公爵家のエクリュ保持が認められ、再び使命を全うする事を許された。
しかし、他貴族との均衡を保つというテイで、取り上げられたエクリュは未だ戻らず、その数は千をゆうに超える。配合比率を含めた製造法は、記憶ごと取り上げられ、王宮何処かの魔導具に厳重に保管されるというが、その真意は定かではない。
地下には記憶を取り上げられ、廃人になってしまった者達が一時的に収容される牢屋が存在し、平民や名ばかりの貴族は本来の姿ではまず出る事は叶わない。最終的にその者達の末路は3通りあり『死』『奴隷』『モルモット』言わずもがな、どれも語ることも憚られるものばかりだ。
そしていつの間にか英雄伝は禁書とされ、リマインダー公爵家以外でのエクリュは現在でも、認められていない。
そうした経緯もあり、ワイトホープ王国は『禁色令』以降『白を塗り潰した国』と国内外から呼ばれるようになった。
故にリマインダー公爵家は孤高とされている。
数は少なくなったものの公爵家には代々受け継がれる、その者しか持つ事を許されない『エクリュ』が存在した。当主『月白』白に青2%、赤1%、黒4%を配合したエクリュ。公爵夫人『月下美人』白に黄0.03%、黒0.03%を配合したエクリュ。現在はアスペルとマライヤがそれぞれ引き継いでいる。
普段は認められていないが王国の祭事や公爵家での大切な行事では必ずエクリュの礼装をしなければならない。また、その慣わしは騎士団にも及び、第1から第3部隊の騎士団が全隊正装し整列した光景は圧巻だった。叙任式では毎年他領からの見物客が殺到し、眩しいほどのエクリュは公爵領の顔となっている。
リマインダー公爵家騎士団は位が高い程、礼装とサーコートの色が白へと近づく。その中で白に最も近いが、団長にのみ与えられる『胡粉』白に黄1%が配合されたエクリュだ。また団長以外にも、主要な役職にはそれぞれエクリュが与えられている。
副団長『白練』白に赤3%、黄11%。参謀『魚肚白』白に青7%、黒8%。元師『鉛白』白に青3%、黄3%。軍師『白百合』白に黄5%、黒2%。広報『雪』白に青4%、赤2%、黒5%がそれぞれ配合され、その配合比率は賜った当人でさえ知ることは許されない。
公爵家で働く者には、全てのエクリュを暗唱し、判然できるようになる事がまず最初の大きな課題と言われている。
「{はぁ、旦那様はともかく、ファーター伯爵も、あのポピーもいないというのは、何だか落ち着かないわね}」
「{団長殿も偶には息抜きが必要かと}」
静かな筈の書斎に『{ぐぁはははっ}』豪快な幻聴がこだまする。
冬の肥えた熊よりでかく、周囲の鼓膜を破らんとする漢。騎士団長ノイエス=ファーターその人である。胡粉の制服は何度新調してもぱつぱつになり、屋敷の針子を悩ませる。リマインダー公爵家騎士団、団長にしてリマインダー公爵領、北西に領地を構えるファーター伯爵家当主。公爵からエクリュ『胡粉』を賜ったその漢は、王国一エクリュが似合わないともっぱらの評判だった。
「{奥様}」
普段通りの寡黙な様相をやっと取り戻したカルドネは、分かりきった主の決断を今か今かと待っていた。
「{そうね、今日は色々と乱されてしまったわね私達。カルドネ、貴方は彼、コンマンがどう見えているかしら?}」
「{···率直に申して、あの者は危険だと思います。あの者····コンマン様は、半獣人の私の威圧をものともしませんでした。それどころか目が合った瞬間、呼吸を忘れてしまう程に身動きが取れなくなってしまったのです。あの状態異常は私達、獣人が使う威圧の類ではありません。かと言って、番との遭遇のような確信的なものとも違います。きっと、魔導師どもが使う精神攻撃の類でもないのでしょう。··········もっと何か、こう····大いなる力の休息とでも言いましょうか?}」
唸ったり、考え込んだり、鼻息が荒くなったり、コロコロと表情を変えるカルドネを数年ぶりに見られて、マライアは嬉しくてたまらなかった。
「{ふふっ、貴方がそんなに饒舌なのも珍しいわね}」
「{奥様っ}」
茶化すマライアに対し、心外だとでも言いたげなカルドネ。その光景は、どこか微笑ましく、主従の関係よりもずっと固く結ばれた絆を感じさせる。
「{···えぇ、分かっているわ。貴方の言う、大いなる力と言うものも分かる気がしたのよ。ちょっと笑ってしまうのだけどね、ふふっ、ごめんなさい。貴方とこんなにお話が出来るなんて思ってもいなかったのですもの}」
笑みをこぼしながら、己をペテンと名乗った青年を思い出す。何度も何度も頭を下げ、同じ音を発していた。声変わりをしていない子供の声域。痩せた身体。まるで聞き取れない音を、口をパクパクと動かし必死に伝えようとする様。マライヤにはかつての某執事の幼少期と重なった。
「{私の目線に合わせる為に、何度も何度も頭を下げて}」
最後の方なんて背筋を丸めすぎて、顔が底に付きそうになっていたわ、楽しげなソプラノが書棚の灯りを揺らす。
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