序列学園

あくがりたる

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学園戦争の章《転》

第115話~その男、割天風~

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 男は世界に絶望していた。
 争いを無くすために結ばれた『銃火器等完全撤廃条約じゅうかきとうかんぜんてっぱいじょうやく』という大層な名前の条約は、争いを失くすどころか、破壊・略奪・虐殺をさらに生み出しただけだった。
 若い頃から様々な武術を身に付けた男は、俗世を捨て出家した。こんな世界に未来は無い。ならばいっそのこと世界を捨ててしまおう。そう思った男は、新たな名を『割天風かつてんぷう』と名乗り、修行僧の身ながら日々あらゆる武術を独学で鍛錬していた。
 身を守る為に武術を磨いているわけではない。ただ、そうしていると何もかも忘れられたのだ。そうだ。今思えば現実逃避だったのだ。
 割天風が50歳の頃、解寧かいねいという老僧に出会った。解寧は『慈縛殿体術じばくてんたいじゅつ』という独自の武術を創設し、人里離れた巨獣が蔓延る青龍山脈の山中で弟子達と暮らしているという。

「この世界に未来はない。争いはなくならず、やがて互いに殺し合い人類は絶滅する」

 解寧は当たり前の事を言った。

「そんな事は分かっている。だから私は俗世を捨て仏の道に生きる事を誓ったのだ」

「結局は無意味に死ぬ事になるのだぞ?  それに、お前は何の為に武術を磨く?  その力、試そうとは思わんのか?  若造」

 解寧の言葉に割天風は首を傾げた。割天風の事を若造と呼ぶ程に解寧は老けていた。

「力を、試す?」

「お前1人の力では確かに何も出来ん。だが、お前のような思想を持った武人が大勢いたとしてみろ。想像しただけでも未来は捨てたものじゃなかろう?」

 解寧はにやりと笑った。
 自分はそこら辺の奴らよりは個人的な力は優れていると自負している。世界に対する疑念も持っている。しかし、解寧の言ったような事を今まで考えた事がなかった。
 割天風は顎を指で撫でた。

「このままその人生を続けたいのならそうするが良い。私はお前に力を見出した。世界を変える力だ。もし、世界を変えたいと望むなら、私に就いて来い。慈縛殿体術を教えてやろう」

 解寧は背を向け歩き出した。
 割天風は一瞬だけ考えた。しかし、この老僧は只者ではないということは会った時から感じていた。その感覚を信じるしかない。
 割天風は一瞬の逡巡だけで解寧に就いて行く事を決めた。

 解寧との修行は厳しかったが割天風にとって耐え難いという事はなかった。慈縛殿体術とはどのようなものなのか。様々な事を解寧は割天風に教えてくれた。
 割天風の他にも何人か修行僧がいたが、7年間の修行を終え、慈縛殿体術を極めた者は割天風ただ1人だった。後は途中で逃げ出したか修行で死んだ。
 解寧はこれ以上教える事はないと言うと割天風を慈縛殿から追い出した。

 それからは世界を旅して回った。武術を披露すると僅かだが金になったので食えないという事はなかった。

 そして、割天風が60歳の時、最果ての孤島に辿り着いた。そこには浪臥村ろうがそんという小さな村があるだけで後は山が聳えているだけだ。
 浪臥村で武術を披露していると、村長の男から、「行く場所がないならこの島の用心棒として雇わせてくれ」と申し出があった。どうやらこの島は、海賊が度々略奪に訪れ、村の自警団では歯が立たないらしい。
 割天風は承諾した。そして、その翌日から早速海賊共はのこのことやって来た。30人程の海賊だったが、割天風は1人で撃退した。それを見た村長を初めとした村人達は大いに喜び、割天風にこの島の山頂の土地を与えた。そして永住するよう望まれた。
 その時、割天風の頭には解寧の「力を試そうとは思わんのか?」という言葉が去来した。

「そなたに頂いた土地に学園を築こうかと思うのじゃ。孤児を集め武術を教える学園。その孤児達はやがて、村を守る戦士となる」

 そう告げると村長はさらに大喜びして割天風の申し出を快諾した。
 村長を騙したつもりはない。力を試すのも悪くはないと思っただけだ。
 学園は初め、村の男達で作った簡素なものだった。割天風は最初の生徒として、かつて弟子として稽古を付けてくれと頼まれた事がある5名の男達に招待状を送った。1度は弟子入りを断ったのだが、この招集には喜んで5名とも集まった。年齢は皆30代の若者だった。
 最年長の袖岡そでおか太刀川たちかわは剣が得意だったので徹底的に剣を教えた。次に若い東鬼しのぎ南雲なぐも大甕おおみかには槍や薙刀等を叩き込んだ。南雲と大甕は元々馬術が達者だった。その点に関しては割天風をも上回る腕前を持っていた。

「先生。先生のお陰で生きる事が楽しくなりました」

 東鬼は槍を担ぎ、おにぎりをもりもりと食べながら言った。

「ほう。それはどうしてじゃ?  東鬼」

 割天風は笑顔で聞いた。

「武術というのは修行すればするだけ上達します。私が先生に出会ったのは10年程前でその頃は私は海賊をやっていました。剣を振り槍を突き、ただ生きる事に必死でした。ただそれを繰り返す日々。何も変化のない苦痛な日々。楽しい事なんてありませんでした」

 割天風はただ頷いて聞いていた。
 他の生徒達も軽食を摂りながら東鬼の話に耳を傾けていた。

「でもその時、先生が私を武で圧倒して頂いたお陰で武術の素晴らしさに気付いたのです。そして海賊からも足を洗い、今は毎日が楽しいと感じます。武を極める事。槍を極める事。私は日々強くなっている事を実感します。槍での勝負では、先生以外には負けなくなりました。私はそれが嬉しくてたまりません。また修行をすればさらに強くなる。そう思うと、明日が待ち遠しくなるんです。この喜びを私は他の身寄りがなく生きる事に絶望した子供達に教えたい。だから、先生。私は先生に認められたらこの学園の武術師範になります!」

「ははは!  武術師範か!  それはまた面白そうだな! 俺もやってみたいな。割天風先生も、この学園を今後も続ける為にはまた新たに生徒が必要でしょう。そうなると師範も必要。俺も、剣なら教えられそうだしな」

 東鬼の話に同調して袖岡も笑顔で言った。他の生徒達もその気になって言った。

「馬鹿者共が。そういうことは、儂を倒してから言うものじゃ。この中の誰1人として、儂を倒すどころか傷1つ負わせることは出来ていないじゃろう」

「こりゃ厳しいなぁ」

 東鬼が頭を掻きながら言うと皆声を上げて笑った。

「いい機会だから、お前達に話しておこう。この学園を作った目的じゃ」

「目的?」

 割天風の話に皆耳を傾けた。

「儂はこの学園で無敵の武術を身に付けた者達を育て、そしてその者達と共にこの世界に反旗を翻したい」

 突然の大きな話に皆目を丸くして絶句していた。

「今の世界を作ったのは現存する世界各国の政府じゃ。そやつらがこの世界を牛耳っている限りこの世界は終焉を迎える。ならば、誰かが変えなければならぬ。誰が変えるか?  『圧倒的な力』を持つ者じゃ。その要素を持つ人間だけを育て世界を作り替える。儂の理想とする世界に。その為の礎として、儂はこの学園を作ったのじゃ」

 皆口を開けたま割天風を見ていた。
 最初に沈黙を破ったのは東鬼だった。

「なるほど!  それは名案ですね!  確かにこのまま放っておけばいずれ世界は崩壊して人類は滅亡します。だったら先生のような方が世界を作り替えた方が良い!!  従います!!  私は先生に拾われた身。先生のお力になれるよう尽力致します!!」

 東鬼の目は輝いていた。まるで神でも見るかのような目だった。
 その場には異議を唱える者はおらず、皆賛同した。
 自分の目は間違っていなかった。割天風はそう思った。

 そして数年が経ち、新たに神々廻かがまえという弓使いの女と重黒木じゅうくろきという体術使いの若い男が生徒に加わった。そして栄枝さかえだという医師も割天風の思想に共感して加わった。同じ時期に鵜籠うごもりという不気味な男も現れた。この男だけは割天風の思想に共感したのではなかった。ただの殺し屋だ。割天風はそんな立場の男が1人くらいいても良いだろうと思い、金で鵜籠を雇う事にした。生徒達には、鵜籠を付き人として紹介していた。

 月日は流れ、学園にもこの島に流れ着いた子供や、学園の噂を聞いてやって来た子供が集まって来た。中には割天風直々に迎えに行くといった事もした。栄枝が若い女の医者の御影みかげを連れて来たのもこの頃だった。
 学園はやがて現在の7人の師範勢と40人の生徒達の体制が築き上げられた。浪臥村とはお互いに共存し合う関係を保ち、村を守る約束を守る為に新たに村当番という制度を創設した。
 割天風は7人の師範勢と栄枝以外には重要な事項は教えない方針を取った。本当に信頼出来る者が真実を知っていれば良い。
 例え、生徒の内の何人かが犠牲になろうとも、当初の目的は遂行せねばならない。その為に長い人生を生きてきたのだ。解寧との出会いがなければ割天風は一介の僧侶としてつまらない人生を送っていただろう。

 しかし、今は、信頼してきた師範達全員が最後まで自分の味方に就いていてくれた。
 その反面、今いる大半の生徒達が自分に背いたことには理解が出来なかった。何が失敗だったのか。この者達にはやはりどこかで甘さがあったのか。
 思えば、澄川すみかわカンナを学園に招き入れてから歯車は狂い始めていたという気がする。あの女が来てからまだ数ヶ月しか経っていない。
 澄川カンナは劇薬だったか。


    ****

 割天風は執務室から窓の外を眺めた。
 反逆者の教え子達は割天風が信頼した師範達に突っ込んで行った。

「なんと愚かな事を」

 割天風は1人そう呟くと、厳つい禅杖を杖のように突いて部屋を出てゆっくりと階段を降りて行った。腰には古めかしい刀が下げられている。
 誰もいない校舎の中には不気味な金属音が鳴り響いていた。
 
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