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一章 四人の勇者と血の魔王
第26話 神心無想は剣を選ぶか?
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(……さて、10代目岩の勇者ロクト・マイニングは歴代の勇者達と大きく異なる特徴を持つ)
小屋のドアに寄りかかり、腕を組んだルタインは金髪の男に冷たくも熱い視線を送る。
(それは『戦闘能力が高くない』事。調査によれば今代の『黒の勇者』も戦闘に適した天職ではないようだが、それでも帝国トップの実力者だ。反対にロクトという男は本当にただの採掘師だったのだが……歴代と異なる点はもう一つある)
ポケットから取り出したのは、透明な板が取り付けてある四角の鉄の塊。数値のようなものが表示されているその魔導具とロクトを交互に見る。
(─────聖剣の『同調率』だ)
聖剣の適合に強弱は無い。だが────『どれだけ聖剣と通じ合っているか』の数値を、ルタインは長年の研究で聖剣から発せられる魔力から計測した。
だが。同調率が高ければ高いほど、聖剣の力を引き出しやすい……という訳ではない。
(個人としての実力が伴っていないロクトでは、岩の聖剣のユニークスキルを全て使用するのは厳しいだろう)
同調率が影響するのは別の点だ。
(聖剣と勇者。二つの意思が混ざり、合わさり、一つになった時に生まれるスキル───それを私は『ユニオンスキル』と呼んでいる)
同調率が高いほど、ユニオンスキルを習得出来る確率が高い。
(ロクトの同調率は55%。他の聖剣も含めた歴代の勇者達の中では……第9位に入る。そうだ、普通に高いのだ!だが─────)
不敵な笑みを浮かべたルタインは、柄にもなく心が躍っている自分がいる事に気づきながらも、装置をしまい戦いに集中した。
(その55%という同調率は『ロクトが自分を勇者であると受け入れる前』のデータ。なら、今の同調率は────?)
計測結果は、戦いに後にと……彼はポケットにも期待を膨らませた。
ー ー ー ー ー ー ー
「ワタシ、賢者なんだけど」
「あぁ」
「今結構頭に来てるんだけど」
「あぁ」
「アナタは絶対に勝てないと思うんだけど」
「あぁ」
「だから勇者というアナタの立場を譲って欲しいんだけど」
目の前の女はメラメラとサヴェルへの執着心を燃やしている。この要求もサヴェルと一緒にいたいって欲望がダダ漏れ。もしそうなったらゴルガスが死ぬほど気まずい空間に居続けなければ行けない地獄を味わうことになるから絶対に勝つ。
「ごめん、適当に返事してたから聞いてなかった!なんだって?」
「あー……大丈夫、今からアナタを殺すって話」
笑みを浮かべたテラちゃんの背後に────魔法陣が展開される。
「【炎弾】──────×1000」
……めっちゃくちゃ膨大な量の。
「多重詠唱のテラ、とか聞いた事無いかしら。教養無さそうだから聞くのは初めてでしょうけど」
一つ一つはなんて事無い炎魔法でも、さっき1000つったよな?積もれば山となるどころじゃねえぞこれ。
まぁ、負けても何度も挑めば良い話だ。存分に戦ってやろうじゃねえか。
「まぁそんなつもりは無ェけどな!!賢者テラちゃんよぉ、この岩の勇者ロクト様が────」
俺は手のひらに魔力を込め、聖剣を握る。
「一撃で倒してやるぜ」
「……は?」
「【次元穴】」
次元の穴に岩の聖剣をしまい───俺は構える。
「……ほう、帝国式の」
「おっと流石は大賢者。知ってるか、『イアイ』を」
「け……初代勇者もよくやっていたからな、その『居合』は」
俺は剣聖である先生から教わった。帝国で普及している刀で使う事のある抜刀術で、鞘から抜いた後の流れるような動きは魅了される魔力のようなものがある。
俺は刀を岩の聖剣で。鞘を【次元穴】でやろうとしているわけ。本当はカッコいい鞘を腰元に付けたりしたい所だけど……俺の腰についているのはポーチとか小袋だけだ。
(【彼岩の構え】……違う。【仙岩鎧】……これも違う。【戒岩せし蛇龍】……俺にゃ無理。色々ユニークスキルはあるみたいだが、今は慣れない事を試す時じゃない)
俺と岩の聖剣の、紡いできた信頼に身を任せる方が早い。
「何かと思えば、くだらない」
「油断してると足元を掬われるぜ?」
「油断っていうか、はぁ……サヴェルくんがやってたのを見た事がないのかな」
「あ?」
テラちゃんはこちらに手を伸ばし──────
「魔法の強制解除────出来るの、知らない?」
「ッ!!」
次元の穴は消失し、俺の手元から聖剣の柄が消える。強制解除された時に穴に吸い込まれた……!
「……うん。終わり。良いんですよね?やっちゃって。回復魔法は師匠がお願いしますよ」
「あぁ、別に良いが─────」
「よそ見はしない方が良いぞ」
大賢者のその助言はちょうど良かった。ちょうど良く、その言葉がテラちゃんに聞こえたとしても─────俺の攻撃はもう終わっている頃合いだ。
「は……え…………?」
岩を纏い、少し長くなった岩の聖剣をテラちゃんの無防備な白い首元に突きつける。
「勝負あり、だな」
パチンとわざとらしく指を鳴らしたルタイン。直後にテラちゃんの背後の1000の魔法陣全部が消失した。
「ど……」
「どうして【次元穴】は解除したのに岩の聖剣を出せるのか、って?」
まだ混乱中のテラちゃんから岩の聖剣を話し、地面に刺す。
「俺ってさ、中途半端な勇者だったから。聖剣の恩恵はあれど、隠すための次元魔法も中途半端だったんだよ。……自分の近くの、少しの範囲しか繋げられないんだ」
【次元穴】は何も無い次元の空間に通じる穴を開く魔法ではなく、空間と空間を繋ぐ穴を開く魔法。
俺はその空間の距離がめちゃくちゃ狭い。
「じゃ……」
「じゃあどこに聖剣をしまってたのかって?簡単だよ……」
俺は────腰につけた小袋をパンパンと叩いた。
「【アイテムボックス『鉱石』】を使ったこの袋に入れていた」
本当に俺が鞘にしていたのは【次元穴】ではなく。身につけている小さな袋。
「ここなら鉱石扱いになる岩の聖剣も隠せる。んでもそれってちょっとダサいっていうか、採掘師の同業者にバレそうって頭を抱えていた俺にサヴェルが提案してくれたのが、【次元穴】であたかも別のどこかに聖剣をしまっているかのように見せるってやつ」
「サ、サヴェルくんが……」
「奇しくも好き好き大好きな奴の案で、お前は負けちまったってわけだ」
テラちゃんはしばらく固まった後に……ポカンとした表情を向けてきた。
「え、負けたの?」
「え」
「ワタシが。アナタに?」
「そうだろ」
「賢者であるワタシが、アナタなんかに?」
「うん、その言い方はサヴェルそっくりだな!やっぱあんたはアイツの姉だよははは」
適当に都合の良さそうなことを言っておくが微動だにしない。
「見事だった、ロクト」
四角い……魔導具みたいな?何かを手に持ったルタインがこっちに歩み寄る。
「君がテラを煽った時点で既に勝負は始まっていた。テラは実力こそあるものの、サヴェルの事になると冷静さを欠くのは今後に影響する。彼女にも良い経験だった」
「なら良かった!……んで、俺は合格か?」
「フフ……」
控えめに微笑んだルタインは眼鏡の高さを調節し、魔導具をポケットにしまった。
「既に勇者である君に、偉そうに私が言うことは何も無い」
「嬉しい事言ってくれるねぇ。……じゃあ」
岩の聖剣を次元の穴にしまいこみ、新たな出会いとの別れを決意する。……またいつか。こんな個性的な奴らとは会いたいな。
「あぁ……いや、待った」
「ん?」
「最後に一つ。頼みを聞いて欲しい」
「……良いけど」
─────こんな人でも。いやこんな人だからこそ……寂しそうな表情が分かりやすいのかな、とか思った。
それを隠すように、ルタインは指で眼鏡の位置を上げながら言った。
「東の勇者。ディグマ・キサカという少年が危機に陥った時────助けてやって欲しい」
「……なるほど?」
「争わなければいけない君達勇者の立場は理解している。それでも頼みたい……理由も、すまないが話せない─────」
「おう。全部任せろ」
俺は拳を突き出す。物憂げな大賢者様に……言ってやる。
「俺は岩の勇者ロクト!世話になった恩は必ず返す!平和主義だから他の勇者とも協力したいって思ってる!ってかまぁ東の勇者だし俺より強いと思うんだけど……それは置いといて」
同じ勇者だ。苦労エピソードとか語れば仲良くなれんじゃねえか?
「とりあえず任せとけよ!」
「……感謝する」
コツン、と優しく拳が触れた。
ー ー ー ー ー ー ー
「ワタシが、ワタ、ワタシが負けた……?」
「もう良い加減期限を直したらどうだ」
「負け……?負けって何だ……ワタシ?タワシ!」
「うむ、駄目みたいだな」
仕方なく自分でコーヒーを淹れようと、ルタインは立ち上がる。
「……」
ふと目に入ったのが、一枚の紙。絵のようなものだが……それは人の手と絵の具によって描かれたものでは無い。
『写した景色をそのまま紙に投影して残す』、とある魔導具を使用したものだ。それは初代勇者が開発した物であり─────彼はそれを『カメラ』と呼んでいたのを、ルタインはよく覚えている。
「この頃の私は……今とあまり変わらないな」
髪は短いが、それ以外は何も変わっていない。
「レナはまだ身長が低い子供の頃だ。ポチなんて子犬ではないか。サクラは……生き返ったようだが、今もこの姿をしているのだろうか」
映った旅の仲間は3人と2匹。中心にいるのは──────
「……剣摩」
黒髪の少年。その屈託のない笑顔はルタインの脳裏に焼き付いている。
「すまない。お前の命を犠牲に生きながらえたこの世界は、未だ醜い。人同士ですら争い……勇者と魔王の戦いは終わらない。お前は判断を間違えた。本当は救う価値なんて無かった──────という私の念を、否定してくれる勇者が現れたかもしれない」
ポケットから取り出した魔導具を撫でる。
「彼は『なぜ大賢者は赤刃山脈に小屋を建てたのか』を聞かなかった。単に疑問に思わなかったのか意図的に触れなかったのか。そして……この圧倒的な同調率を誇りながらユニオンスキルを使用しなかったのも、『出来なかった』のか─────『大賢者に手の内を見せたくなかった』のか……」
『85%』─────初代勇者を除いた歴代勇者の中で、堂々の1位を誇る同調率だ。
「ロクト・マイニング─────この聖剣誑かしを、お前に紹介したいよ」
「あのー……」
「!?」
声。それはテラのモノとは思えない低さで、男性のそれだと見ずに理解出来た。扉の方向から発せられた声の主は───────
「カッコつけて出て行った所悪ィんだけど、こっから魔王城ってどうやって行くの……?」
「……」
「……あの……」
「フフ……フハハハハハッ!」
数ヶ月ぶり、下手すれば年単位で珍しい、ルタインの大きな笑い声だったが─────ロクトに敗北し精神が壊れたテラは、それを聞き逃した。
ーーーーーーーーーーー
魔法協会について
ルタインや賢者達が所属する魔法協会は魔法の研究をしているというイメージが世間一般のものですが、重要視されているのは『聖剣の観測』と『魔剣の製造』です。どちらもルタインが命令し賢者が行なっていますが、その理由を賢者達は知らされていません。サヴェルもルタインに仕事を割り振られていましたが、放棄してロクトと旅をしています。
投稿遅れて申し訳ないです。書き溜めは結構出来たので31話ぐらいまでは1日1話更新していきます。
小屋のドアに寄りかかり、腕を組んだルタインは金髪の男に冷たくも熱い視線を送る。
(それは『戦闘能力が高くない』事。調査によれば今代の『黒の勇者』も戦闘に適した天職ではないようだが、それでも帝国トップの実力者だ。反対にロクトという男は本当にただの採掘師だったのだが……歴代と異なる点はもう一つある)
ポケットから取り出したのは、透明な板が取り付けてある四角の鉄の塊。数値のようなものが表示されているその魔導具とロクトを交互に見る。
(─────聖剣の『同調率』だ)
聖剣の適合に強弱は無い。だが────『どれだけ聖剣と通じ合っているか』の数値を、ルタインは長年の研究で聖剣から発せられる魔力から計測した。
だが。同調率が高ければ高いほど、聖剣の力を引き出しやすい……という訳ではない。
(個人としての実力が伴っていないロクトでは、岩の聖剣のユニークスキルを全て使用するのは厳しいだろう)
同調率が影響するのは別の点だ。
(聖剣と勇者。二つの意思が混ざり、合わさり、一つになった時に生まれるスキル───それを私は『ユニオンスキル』と呼んでいる)
同調率が高いほど、ユニオンスキルを習得出来る確率が高い。
(ロクトの同調率は55%。他の聖剣も含めた歴代の勇者達の中では……第9位に入る。そうだ、普通に高いのだ!だが─────)
不敵な笑みを浮かべたルタインは、柄にもなく心が躍っている自分がいる事に気づきながらも、装置をしまい戦いに集中した。
(その55%という同調率は『ロクトが自分を勇者であると受け入れる前』のデータ。なら、今の同調率は────?)
計測結果は、戦いに後にと……彼はポケットにも期待を膨らませた。
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「ワタシ、賢者なんだけど」
「あぁ」
「今結構頭に来てるんだけど」
「あぁ」
「アナタは絶対に勝てないと思うんだけど」
「あぁ」
「だから勇者というアナタの立場を譲って欲しいんだけど」
目の前の女はメラメラとサヴェルへの執着心を燃やしている。この要求もサヴェルと一緒にいたいって欲望がダダ漏れ。もしそうなったらゴルガスが死ぬほど気まずい空間に居続けなければ行けない地獄を味わうことになるから絶対に勝つ。
「ごめん、適当に返事してたから聞いてなかった!なんだって?」
「あー……大丈夫、今からアナタを殺すって話」
笑みを浮かべたテラちゃんの背後に────魔法陣が展開される。
「【炎弾】──────×1000」
……めっちゃくちゃ膨大な量の。
「多重詠唱のテラ、とか聞いた事無いかしら。教養無さそうだから聞くのは初めてでしょうけど」
一つ一つはなんて事無い炎魔法でも、さっき1000つったよな?積もれば山となるどころじゃねえぞこれ。
まぁ、負けても何度も挑めば良い話だ。存分に戦ってやろうじゃねえか。
「まぁそんなつもりは無ェけどな!!賢者テラちゃんよぉ、この岩の勇者ロクト様が────」
俺は手のひらに魔力を込め、聖剣を握る。
「一撃で倒してやるぜ」
「……は?」
「【次元穴】」
次元の穴に岩の聖剣をしまい───俺は構える。
「……ほう、帝国式の」
「おっと流石は大賢者。知ってるか、『イアイ』を」
「け……初代勇者もよくやっていたからな、その『居合』は」
俺は剣聖である先生から教わった。帝国で普及している刀で使う事のある抜刀術で、鞘から抜いた後の流れるような動きは魅了される魔力のようなものがある。
俺は刀を岩の聖剣で。鞘を【次元穴】でやろうとしているわけ。本当はカッコいい鞘を腰元に付けたりしたい所だけど……俺の腰についているのはポーチとか小袋だけだ。
(【彼岩の構え】……違う。【仙岩鎧】……これも違う。【戒岩せし蛇龍】……俺にゃ無理。色々ユニークスキルはあるみたいだが、今は慣れない事を試す時じゃない)
俺と岩の聖剣の、紡いできた信頼に身を任せる方が早い。
「何かと思えば、くだらない」
「油断してると足元を掬われるぜ?」
「油断っていうか、はぁ……サヴェルくんがやってたのを見た事がないのかな」
「あ?」
テラちゃんはこちらに手を伸ばし──────
「魔法の強制解除────出来るの、知らない?」
「ッ!!」
次元の穴は消失し、俺の手元から聖剣の柄が消える。強制解除された時に穴に吸い込まれた……!
「……うん。終わり。良いんですよね?やっちゃって。回復魔法は師匠がお願いしますよ」
「あぁ、別に良いが─────」
「よそ見はしない方が良いぞ」
大賢者のその助言はちょうど良かった。ちょうど良く、その言葉がテラちゃんに聞こえたとしても─────俺の攻撃はもう終わっている頃合いだ。
「は……え…………?」
岩を纏い、少し長くなった岩の聖剣をテラちゃんの無防備な白い首元に突きつける。
「勝負あり、だな」
パチンとわざとらしく指を鳴らしたルタイン。直後にテラちゃんの背後の1000の魔法陣全部が消失した。
「ど……」
「どうして【次元穴】は解除したのに岩の聖剣を出せるのか、って?」
まだ混乱中のテラちゃんから岩の聖剣を話し、地面に刺す。
「俺ってさ、中途半端な勇者だったから。聖剣の恩恵はあれど、隠すための次元魔法も中途半端だったんだよ。……自分の近くの、少しの範囲しか繋げられないんだ」
【次元穴】は何も無い次元の空間に通じる穴を開く魔法ではなく、空間と空間を繋ぐ穴を開く魔法。
俺はその空間の距離がめちゃくちゃ狭い。
「じゃ……」
「じゃあどこに聖剣をしまってたのかって?簡単だよ……」
俺は────腰につけた小袋をパンパンと叩いた。
「【アイテムボックス『鉱石』】を使ったこの袋に入れていた」
本当に俺が鞘にしていたのは【次元穴】ではなく。身につけている小さな袋。
「ここなら鉱石扱いになる岩の聖剣も隠せる。んでもそれってちょっとダサいっていうか、採掘師の同業者にバレそうって頭を抱えていた俺にサヴェルが提案してくれたのが、【次元穴】であたかも別のどこかに聖剣をしまっているかのように見せるってやつ」
「サ、サヴェルくんが……」
「奇しくも好き好き大好きな奴の案で、お前は負けちまったってわけだ」
テラちゃんはしばらく固まった後に……ポカンとした表情を向けてきた。
「え、負けたの?」
「え」
「ワタシが。アナタに?」
「そうだろ」
「賢者であるワタシが、アナタなんかに?」
「うん、その言い方はサヴェルそっくりだな!やっぱあんたはアイツの姉だよははは」
適当に都合の良さそうなことを言っておくが微動だにしない。
「見事だった、ロクト」
四角い……魔導具みたいな?何かを手に持ったルタインがこっちに歩み寄る。
「君がテラを煽った時点で既に勝負は始まっていた。テラは実力こそあるものの、サヴェルの事になると冷静さを欠くのは今後に影響する。彼女にも良い経験だった」
「なら良かった!……んで、俺は合格か?」
「フフ……」
控えめに微笑んだルタインは眼鏡の高さを調節し、魔導具をポケットにしまった。
「既に勇者である君に、偉そうに私が言うことは何も無い」
「嬉しい事言ってくれるねぇ。……じゃあ」
岩の聖剣を次元の穴にしまいこみ、新たな出会いとの別れを決意する。……またいつか。こんな個性的な奴らとは会いたいな。
「あぁ……いや、待った」
「ん?」
「最後に一つ。頼みを聞いて欲しい」
「……良いけど」
─────こんな人でも。いやこんな人だからこそ……寂しそうな表情が分かりやすいのかな、とか思った。
それを隠すように、ルタインは指で眼鏡の位置を上げながら言った。
「東の勇者。ディグマ・キサカという少年が危機に陥った時────助けてやって欲しい」
「……なるほど?」
「争わなければいけない君達勇者の立場は理解している。それでも頼みたい……理由も、すまないが話せない─────」
「おう。全部任せろ」
俺は拳を突き出す。物憂げな大賢者様に……言ってやる。
「俺は岩の勇者ロクト!世話になった恩は必ず返す!平和主義だから他の勇者とも協力したいって思ってる!ってかまぁ東の勇者だし俺より強いと思うんだけど……それは置いといて」
同じ勇者だ。苦労エピソードとか語れば仲良くなれんじゃねえか?
「とりあえず任せとけよ!」
「……感謝する」
コツン、と優しく拳が触れた。
ー ー ー ー ー ー ー
「ワタシが、ワタ、ワタシが負けた……?」
「もう良い加減期限を直したらどうだ」
「負け……?負けって何だ……ワタシ?タワシ!」
「うむ、駄目みたいだな」
仕方なく自分でコーヒーを淹れようと、ルタインは立ち上がる。
「……」
ふと目に入ったのが、一枚の紙。絵のようなものだが……それは人の手と絵の具によって描かれたものでは無い。
『写した景色をそのまま紙に投影して残す』、とある魔導具を使用したものだ。それは初代勇者が開発した物であり─────彼はそれを『カメラ』と呼んでいたのを、ルタインはよく覚えている。
「この頃の私は……今とあまり変わらないな」
髪は短いが、それ以外は何も変わっていない。
「レナはまだ身長が低い子供の頃だ。ポチなんて子犬ではないか。サクラは……生き返ったようだが、今もこの姿をしているのだろうか」
映った旅の仲間は3人と2匹。中心にいるのは──────
「……剣摩」
黒髪の少年。その屈託のない笑顔はルタインの脳裏に焼き付いている。
「すまない。お前の命を犠牲に生きながらえたこの世界は、未だ醜い。人同士ですら争い……勇者と魔王の戦いは終わらない。お前は判断を間違えた。本当は救う価値なんて無かった──────という私の念を、否定してくれる勇者が現れたかもしれない」
ポケットから取り出した魔導具を撫でる。
「彼は『なぜ大賢者は赤刃山脈に小屋を建てたのか』を聞かなかった。単に疑問に思わなかったのか意図的に触れなかったのか。そして……この圧倒的な同調率を誇りながらユニオンスキルを使用しなかったのも、『出来なかった』のか─────『大賢者に手の内を見せたくなかった』のか……」
『85%』─────初代勇者を除いた歴代勇者の中で、堂々の1位を誇る同調率だ。
「ロクト・マイニング─────この聖剣誑かしを、お前に紹介したいよ」
「あのー……」
「!?」
声。それはテラのモノとは思えない低さで、男性のそれだと見ずに理解出来た。扉の方向から発せられた声の主は───────
「カッコつけて出て行った所悪ィんだけど、こっから魔王城ってどうやって行くの……?」
「……」
「……あの……」
「フフ……フハハハハハッ!」
数ヶ月ぶり、下手すれば年単位で珍しい、ルタインの大きな笑い声だったが─────ロクトに敗北し精神が壊れたテラは、それを聞き逃した。
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魔法協会について
ルタインや賢者達が所属する魔法協会は魔法の研究をしているというイメージが世間一般のものですが、重要視されているのは『聖剣の観測』と『魔剣の製造』です。どちらもルタインが命令し賢者が行なっていますが、その理由を賢者達は知らされていません。サヴェルもルタインに仕事を割り振られていましたが、放棄してロクトと旅をしています。
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