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一章 四人の勇者と血の魔王
断章 空は堕ち、希望は落とされた
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その世界はただ、存在していた。人族がいて、エルフや獣人がいて、魔族と魔物がいる。
社会という体系が出来てからそれなりの時間は経ったはずだが、獣人差別は無くなる気配を見せず、魔族とは完全に敵対していた。それでも────それが正しい形であるかのように、世界は存在していた。
最初の異分子は『降りてきた』。
天空より現れた【刃の魔王】と呼ばれたその存在は人族もエルフも獣人族も魔物さえも殺し、殺し、殺し尽くさんとしていた。魔族のみを守ると掲げ、魔界へと繋がる大穴を持つ山に、穴を塞ぐように城を建てた。
人々は困惑した。あまりにも強すぎる刃の魔王に太刀打ち出来ない現状は誰にも変えられなかった。
次に絶望した。友人や家族の骸を抱きながら死を待つ日々に。……何も出来ない自分自身に。
二番目の異分子が『召喚された』のはその時代。
とあるエルフは魔法の研究をすべく、旅をしていた。やがて魔王に滅ぼされるであろう世界で何を研究するのかと周囲の目は訝しみ、彼らの理解は得られず、気狂い扱いのエルフの男は偶然立ち寄った村の近くで……あるモノを見かけた。
「なんだ?アレは────魔法陣……?」
銀髪のエルフが次に向かおうとしていた村は山の中にあった。その上空に突如浮かんだ光の輪。
「いや、あのような形のモノは見た事がない。それにアレほど巨大な……まさか魔王による新たな魔法か!?」
ほんの少しの期待を込めて呟いた言葉。
直後─────轟音。
「ッ!!??」
風が吹く。それを浴びると同時に男は濃密な魔力が風に乗っていることに気付く。
(子供なら気を失うレベルの魔力濃度……一体何が─────)
言葉を失うには十分な理由。目の前にあったはずの山が消えていた。
それも『消された』というよりは『破壊された』と理解出来るクレーター。何者かによる攻撃、爆発のようなモノによって村と山が無くなった。
「また魔王の仕業か……」
「もう終わりだ!こんな世界生きていて何になるっ!!」
「あぁ、主人が丁度あそこに……クルト村に……」
スプトという村を出発しようとしていた男は、怯える住民達に当然のごとく引き止められる。
「安心していてください。生存者がいないか、私が確認してきます……これでも魔法には詳しいのでご心配無く」
いくら忠告をされようと彼は止まらなかったのだ。
(私には分かるぞ……アレは『純粋な魔力』をそのまま外に放出した魔法だッ!私が今まで研究し続けてほんの少ししか出せなかったというのに、あれだけの量……行かないという選択肢は無いッ!)
身体強化魔法と魔力瘴気を防ぐための障壁魔法を使用し、一目散に彼は山があった場所に駆け込んだ。
「森の魔物がほとんど死んでいる……素晴らしい、やはり私の不完全な魔法を完成させた者がいる!!」
クレーターの前の森を歩みながら、彼は『魔王がいるかもしれない』場所へと走る。長命種であるエルフの若者……死という概念から遠く、それを常人より嫌う傾向が多いはずの彼だが、気狂いと呼ばれるに相応しい魔法への執着によって突き動かされていた。
「誰もいない……か」
なんとなく予想していた通り、誰もいなかった。濃すぎる周囲の魔力で麻痺しかけていたが、魔王のような強大な魔力反応は感じていなかった故、納得出来るつまらない結果。
が、クレーターの中心部の窪み。そこに彼は見た。
「─────誰かが倒れている?」
助けに行く前にまず目を疑った。
「嘘だろう?まさか生存者……本当にいたのか?アレだけの攻撃を喰らって死なないはずが……」
本格的な考察が始まる前に、彼の良心がそれを止めた。
「うぎゃあああああ落ちるうううううううう!?」
銀髪のエルフは『黒髪の少年』を抱き抱えた後、すっかり暗くなった空を見た野宿を選択した。彼の魔力量は一晩中障壁を張り続けてもあと数日分は眠れるほど余裕があり、わざわざスプト村に戻っても面倒事が多そうと判断した彼が焚き火を魔法で用意しない理由は無かった。
「む……起きたか」
うたた寝から覚め、エルフは少年と目を合わせる。
魔力瘴気の中、障壁も貼らずに呑気に眠っていた、『妙な格好をした』少年。彼の好奇心に対象にならないはずがなかった。興味津々で彼は少年に『何者なのか』を聞こうとした。
「もしかしてアンタが助けてくれた感じ……ですか?」
「敬語はいらない。私はルタイン・アネストフール。君、名前は何と言う?」
「……希坂剣磨。あぁいや────」
苦笑いを浮かべた少年は少し恥ずかしそうに言った。
「どうせこういうのは─────ケンマ・キサカって言った方が的確なんだろ?」
ケンマ・キサカ。後に【剣の勇者】と崇められる英雄。
ルタイン・アネストフール。後に『大賢者』の称号を冠する魔法使い。
無二の友人となる2人が出会ったのは、英雄の墓場となる場所だった───。
「これで信じてくれたか?オレが異世界人だって」
「……っ!」
ケンマと名乗る少年が持っていた、『黒い板』。手に収まるほどの小ささだが───とんでもない情報量や投影した景色が保存されている、とてもではないが当時の技術では再現不可能の代物。
ルタインが驚いたのは、それが魔力を使っている『魔導具』ではなく『機械』という不明の手段によるモノだと言う事。
「あぁ……信じる他あるまい」
奇妙な服装。未知の技術。その上に────現れた際の派手な魔法。根拠は出揃っていた。
「では、さっきの魔法も君が?」
「は?魔法?」
「……む?」
「いやいや……オレは魔法なんて使える訳ないだろ。普通お前らだろ使うのは!」
「……」
嘘を言っているようには見えなかった。だからこそ不可解な点が二つある。
一つ目。『では誰があの魔法でクルト村を破壊したのか?』……魔王以外にあれだけの破壊力を誇る者などいない。魔王と並ぶ『災害』でさえ、大規模な物理的破壊行為はしないのだから。
二つ目。『では何故ケンマに魔力が宿っているのか?』……ルタインは『すまほ』なる機械に気を取られていて気付くのが遅れたが、目覚めてからのケンマは体内に魔力を回復させている。それもとんでもないスピードで。
(……どんどん回復していく。この調子なら余裕で私の魔力量を超えてしまうぞ……?)
唾を飲み、好奇心に支配された彼が口を開く。
「本当に……本当に魔法を使えないのか?」
「そもそも、オレがいた世界には魔法なんて御伽話の中にしかないっつーの」
「では何故君の中に魔力が……」
「……あ、もしかして」
ニヤニヤと腕を組みながら、ケンマは空を見上げた。
「『授かっちゃった』系……かな?」
「……授かる?」
「おう。空に放り投げられる前、誰かと話したような気がするんだよ……神様なのかね」
神。唐突な理論の飛躍にルタインは失笑したいところだったが────既に自分の魔力量を超えてもなお周囲から魔力を吸収し続ける男の前では、常識を疑う事こそ重要なのかもしれないと悟った。
「こういう時はアレだ、そう……【ステータス】!」
「ッ!?」
突如、ケンマの前方に限りなく薄い板のようなモノが現れる。が、触ろうとしても実態はなく、投影用の魔導具で映し出された光のようなモノだとルタインは飲み込んだ。
「ふむふむ……レベル9999に体力も9999、もちろん魔力も9999……これすごいの?」
「……分からん。なんだそれは」
「えぇ!?知らないの!?」
「自身の魔力量を数値化出来る魔法もスキルも存在しない!……待てよ、所持スキルという欄があるぞ」
ケンマがなぞっていく指に誘われ、ルタインは視線を動かして行く。
「えー、【身体能力強化・極】、【魔力放出効率強化・極】、【エンチャント】、【マスタリー・ウェポン】、【自動再生】……多すぎるだろ」
「───────なんだこれは」
膨大なスキルのどこを見てもとんでもない効果を持つモノや初めて見るモノで埋め尽くされている。
「しかもこれ、全部日本語だわ。……あれ?そういえばなんでアンタは日本語が理解出来て────」
「……試しに魔法を撃ってみてくれないか」
「うぇ!?……そんないきなり出来るの?」
「あぁ。きっと……いや、ここまで『神の加護』のようなモノを受けておいて出来ないわけがないだろう」
「それは確かに」
ルタインは半ば無理矢理ケンマを立ち上がらせ、斜め上の上空目掛けて人差し指を伸ばす。
「【氷弾】」
指先で生成される、小さな氷の塊。ルタインが結界を一部解除して穴を開けた瞬間から、魔力によって生まれた氷が彼の指先を離れ────勢いよく飛んで行く。
「うぉおおおおお!すげぇ!!」
「やってみろ。魔力を指先に集中させ、それを氷に変えるイメージを持て。後は唱えるだけだ」
期待と恐怖。揺れ動く二つを内心に留めておきながら、ぎこちない仕草で空に指を向けるケンマを見守る。
「……なんとなく分かるよ。身体中を駆け巡る、よく分かんない温かいのが魔力……だよな?」
「それでいい、後は─────」
ルタインの結界内の温度が明確に下がったのはその時だった。
「─────なん、だと」
「なんかデカくね?ってかオレまだ何も言ってないんだけど……」
直径1メートルはある、巨大な氷塊。ケンマの指先で魔力を纏いながら浮遊するソレは……
「あぁっ、ちょっとまっ────」
ケンマの抵抗も虚しく。『氷の弾丸を飛ばす』という魔法発動時のイメージを遂行するために氷塊は発射される
……結界の穴は通常のサイズに【氷弾】を通すためにルタインが開けたモノ。当然、ケンマの魔法が通る訳は無く─────。
氷が砕ける音に、結界が破壊される音が混ざっていないことにルタインは心から安堵した。
無詠唱で、通常の数倍の出力。
─────そんな事が出来る存在を、ルタインは魔王以外に知らなかった。
(……そうか。神はいたのか)
救いの手は差し伸べられない。誰もがそう確信していたというのに。救世主は……ここに降りてきたのだ。
「うぉあやばい……すまんルタインとやら!マジで力加減が難しすぎて……」
同時にそれが絶望に繋がり得ることを覚悟しながら。飛び散る氷の結晶と魔力が頰に触れ……それを温める涙が流れてしまいそうになるが、感動も嫉妬も自分には不要な感情であると彼の涙腺は判断した。
(ならば神よ。私の役割は……この者を導く事、か)
少なくともこの時はまだ、ルタイン・アネストフールは自身の授かった使命のようなものに前向きだった。
短くも長い旅の終わりに、彼はその使命を放棄し大賢者となる。それがこの世界の歪みを見続けた彼の選択。
「……」
焚き火のパチパチという音が安らぎをもたらすはずだった。エルフの男はもう寝息を立てていて、今ここには異世界人である自分一人しかいない世界。
「……」
充電器の無いこの世界で、残りの充電が60%になったスマートフォンを見る彼の心情を理解出来る者が、一体何処にいるだろうか。
「……」
母。父。妹。彼らの写真をこの目で見れるのはあと何時間だろうか。
「……帰り、たいな」
ステータス欄に書いてあった、『勇者』という天職の名。『魔王を倒す』という具体的な目標がケンマに生まれたのは、そのレッテルに対する期待だった。
明るくも暗い旅の終点に、地球という星に再会できるように──────。
ーーーーーーーー
キリの良いところで過去編を挟んでいきたいと思います。次回は45話で続きに戻ります。
社会という体系が出来てからそれなりの時間は経ったはずだが、獣人差別は無くなる気配を見せず、魔族とは完全に敵対していた。それでも────それが正しい形であるかのように、世界は存在していた。
最初の異分子は『降りてきた』。
天空より現れた【刃の魔王】と呼ばれたその存在は人族もエルフも獣人族も魔物さえも殺し、殺し、殺し尽くさんとしていた。魔族のみを守ると掲げ、魔界へと繋がる大穴を持つ山に、穴を塞ぐように城を建てた。
人々は困惑した。あまりにも強すぎる刃の魔王に太刀打ち出来ない現状は誰にも変えられなかった。
次に絶望した。友人や家族の骸を抱きながら死を待つ日々に。……何も出来ない自分自身に。
二番目の異分子が『召喚された』のはその時代。
とあるエルフは魔法の研究をすべく、旅をしていた。やがて魔王に滅ぼされるであろう世界で何を研究するのかと周囲の目は訝しみ、彼らの理解は得られず、気狂い扱いのエルフの男は偶然立ち寄った村の近くで……あるモノを見かけた。
「なんだ?アレは────魔法陣……?」
銀髪のエルフが次に向かおうとしていた村は山の中にあった。その上空に突如浮かんだ光の輪。
「いや、あのような形のモノは見た事がない。それにアレほど巨大な……まさか魔王による新たな魔法か!?」
ほんの少しの期待を込めて呟いた言葉。
直後─────轟音。
「ッ!!??」
風が吹く。それを浴びると同時に男は濃密な魔力が風に乗っていることに気付く。
(子供なら気を失うレベルの魔力濃度……一体何が─────)
言葉を失うには十分な理由。目の前にあったはずの山が消えていた。
それも『消された』というよりは『破壊された』と理解出来るクレーター。何者かによる攻撃、爆発のようなモノによって村と山が無くなった。
「また魔王の仕業か……」
「もう終わりだ!こんな世界生きていて何になるっ!!」
「あぁ、主人が丁度あそこに……クルト村に……」
スプトという村を出発しようとしていた男は、怯える住民達に当然のごとく引き止められる。
「安心していてください。生存者がいないか、私が確認してきます……これでも魔法には詳しいのでご心配無く」
いくら忠告をされようと彼は止まらなかったのだ。
(私には分かるぞ……アレは『純粋な魔力』をそのまま外に放出した魔法だッ!私が今まで研究し続けてほんの少ししか出せなかったというのに、あれだけの量……行かないという選択肢は無いッ!)
身体強化魔法と魔力瘴気を防ぐための障壁魔法を使用し、一目散に彼は山があった場所に駆け込んだ。
「森の魔物がほとんど死んでいる……素晴らしい、やはり私の不完全な魔法を完成させた者がいる!!」
クレーターの前の森を歩みながら、彼は『魔王がいるかもしれない』場所へと走る。長命種であるエルフの若者……死という概念から遠く、それを常人より嫌う傾向が多いはずの彼だが、気狂いと呼ばれるに相応しい魔法への執着によって突き動かされていた。
「誰もいない……か」
なんとなく予想していた通り、誰もいなかった。濃すぎる周囲の魔力で麻痺しかけていたが、魔王のような強大な魔力反応は感じていなかった故、納得出来るつまらない結果。
が、クレーターの中心部の窪み。そこに彼は見た。
「─────誰かが倒れている?」
助けに行く前にまず目を疑った。
「嘘だろう?まさか生存者……本当にいたのか?アレだけの攻撃を喰らって死なないはずが……」
本格的な考察が始まる前に、彼の良心がそれを止めた。
「うぎゃあああああ落ちるうううううううう!?」
銀髪のエルフは『黒髪の少年』を抱き抱えた後、すっかり暗くなった空を見た野宿を選択した。彼の魔力量は一晩中障壁を張り続けてもあと数日分は眠れるほど余裕があり、わざわざスプト村に戻っても面倒事が多そうと判断した彼が焚き火を魔法で用意しない理由は無かった。
「む……起きたか」
うたた寝から覚め、エルフは少年と目を合わせる。
魔力瘴気の中、障壁も貼らずに呑気に眠っていた、『妙な格好をした』少年。彼の好奇心に対象にならないはずがなかった。興味津々で彼は少年に『何者なのか』を聞こうとした。
「もしかしてアンタが助けてくれた感じ……ですか?」
「敬語はいらない。私はルタイン・アネストフール。君、名前は何と言う?」
「……希坂剣磨。あぁいや────」
苦笑いを浮かべた少年は少し恥ずかしそうに言った。
「どうせこういうのは─────ケンマ・キサカって言った方が的確なんだろ?」
ケンマ・キサカ。後に【剣の勇者】と崇められる英雄。
ルタイン・アネストフール。後に『大賢者』の称号を冠する魔法使い。
無二の友人となる2人が出会ったのは、英雄の墓場となる場所だった───。
「これで信じてくれたか?オレが異世界人だって」
「……っ!」
ケンマと名乗る少年が持っていた、『黒い板』。手に収まるほどの小ささだが───とんでもない情報量や投影した景色が保存されている、とてもではないが当時の技術では再現不可能の代物。
ルタインが驚いたのは、それが魔力を使っている『魔導具』ではなく『機械』という不明の手段によるモノだと言う事。
「あぁ……信じる他あるまい」
奇妙な服装。未知の技術。その上に────現れた際の派手な魔法。根拠は出揃っていた。
「では、さっきの魔法も君が?」
「は?魔法?」
「……む?」
「いやいや……オレは魔法なんて使える訳ないだろ。普通お前らだろ使うのは!」
「……」
嘘を言っているようには見えなかった。だからこそ不可解な点が二つある。
一つ目。『では誰があの魔法でクルト村を破壊したのか?』……魔王以外にあれだけの破壊力を誇る者などいない。魔王と並ぶ『災害』でさえ、大規模な物理的破壊行為はしないのだから。
二つ目。『では何故ケンマに魔力が宿っているのか?』……ルタインは『すまほ』なる機械に気を取られていて気付くのが遅れたが、目覚めてからのケンマは体内に魔力を回復させている。それもとんでもないスピードで。
(……どんどん回復していく。この調子なら余裕で私の魔力量を超えてしまうぞ……?)
唾を飲み、好奇心に支配された彼が口を開く。
「本当に……本当に魔法を使えないのか?」
「そもそも、オレがいた世界には魔法なんて御伽話の中にしかないっつーの」
「では何故君の中に魔力が……」
「……あ、もしかして」
ニヤニヤと腕を組みながら、ケンマは空を見上げた。
「『授かっちゃった』系……かな?」
「……授かる?」
「おう。空に放り投げられる前、誰かと話したような気がするんだよ……神様なのかね」
神。唐突な理論の飛躍にルタインは失笑したいところだったが────既に自分の魔力量を超えてもなお周囲から魔力を吸収し続ける男の前では、常識を疑う事こそ重要なのかもしれないと悟った。
「こういう時はアレだ、そう……【ステータス】!」
「ッ!?」
突如、ケンマの前方に限りなく薄い板のようなモノが現れる。が、触ろうとしても実態はなく、投影用の魔導具で映し出された光のようなモノだとルタインは飲み込んだ。
「ふむふむ……レベル9999に体力も9999、もちろん魔力も9999……これすごいの?」
「……分からん。なんだそれは」
「えぇ!?知らないの!?」
「自身の魔力量を数値化出来る魔法もスキルも存在しない!……待てよ、所持スキルという欄があるぞ」
ケンマがなぞっていく指に誘われ、ルタインは視線を動かして行く。
「えー、【身体能力強化・極】、【魔力放出効率強化・極】、【エンチャント】、【マスタリー・ウェポン】、【自動再生】……多すぎるだろ」
「───────なんだこれは」
膨大なスキルのどこを見てもとんでもない効果を持つモノや初めて見るモノで埋め尽くされている。
「しかもこれ、全部日本語だわ。……あれ?そういえばなんでアンタは日本語が理解出来て────」
「……試しに魔法を撃ってみてくれないか」
「うぇ!?……そんないきなり出来るの?」
「あぁ。きっと……いや、ここまで『神の加護』のようなモノを受けておいて出来ないわけがないだろう」
「それは確かに」
ルタインは半ば無理矢理ケンマを立ち上がらせ、斜め上の上空目掛けて人差し指を伸ばす。
「【氷弾】」
指先で生成される、小さな氷の塊。ルタインが結界を一部解除して穴を開けた瞬間から、魔力によって生まれた氷が彼の指先を離れ────勢いよく飛んで行く。
「うぉおおおおお!すげぇ!!」
「やってみろ。魔力を指先に集中させ、それを氷に変えるイメージを持て。後は唱えるだけだ」
期待と恐怖。揺れ動く二つを内心に留めておきながら、ぎこちない仕草で空に指を向けるケンマを見守る。
「……なんとなく分かるよ。身体中を駆け巡る、よく分かんない温かいのが魔力……だよな?」
「それでいい、後は─────」
ルタインの結界内の温度が明確に下がったのはその時だった。
「─────なん、だと」
「なんかデカくね?ってかオレまだ何も言ってないんだけど……」
直径1メートルはある、巨大な氷塊。ケンマの指先で魔力を纏いながら浮遊するソレは……
「あぁっ、ちょっとまっ────」
ケンマの抵抗も虚しく。『氷の弾丸を飛ばす』という魔法発動時のイメージを遂行するために氷塊は発射される
……結界の穴は通常のサイズに【氷弾】を通すためにルタインが開けたモノ。当然、ケンマの魔法が通る訳は無く─────。
氷が砕ける音に、結界が破壊される音が混ざっていないことにルタインは心から安堵した。
無詠唱で、通常の数倍の出力。
─────そんな事が出来る存在を、ルタインは魔王以外に知らなかった。
(……そうか。神はいたのか)
救いの手は差し伸べられない。誰もがそう確信していたというのに。救世主は……ここに降りてきたのだ。
「うぉあやばい……すまんルタインとやら!マジで力加減が難しすぎて……」
同時にそれが絶望に繋がり得ることを覚悟しながら。飛び散る氷の結晶と魔力が頰に触れ……それを温める涙が流れてしまいそうになるが、感動も嫉妬も自分には不要な感情であると彼の涙腺は判断した。
(ならば神よ。私の役割は……この者を導く事、か)
少なくともこの時はまだ、ルタイン・アネストフールは自身の授かった使命のようなものに前向きだった。
短くも長い旅の終わりに、彼はその使命を放棄し大賢者となる。それがこの世界の歪みを見続けた彼の選択。
「……」
焚き火のパチパチという音が安らぎをもたらすはずだった。エルフの男はもう寝息を立てていて、今ここには異世界人である自分一人しかいない世界。
「……」
充電器の無いこの世界で、残りの充電が60%になったスマートフォンを見る彼の心情を理解出来る者が、一体何処にいるだろうか。
「……」
母。父。妹。彼らの写真をこの目で見れるのはあと何時間だろうか。
「……帰り、たいな」
ステータス欄に書いてあった、『勇者』という天職の名。『魔王を倒す』という具体的な目標がケンマに生まれたのは、そのレッテルに対する期待だった。
明るくも暗い旅の終点に、地球という星に再会できるように──────。
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