どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!

枕崎 純之助

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第一章 『堕天使の森』

第3話 ティナの目に映るもの

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 岩山を越えて天国の丘ヘヴンズ・ヒルへと足を踏み入れた俺たちは森の中を進んでいた。
 先頭を歩く俺の後方から小娘2人が着いてくるという奇妙な一行だ。
 ティナと会話しながら歩いているのは、森の中で堕天使だてんしどもの襲撃を受けていたサムライ女のパメラだ。

「パメラさんはよそのゲームから来られた方なんですね」

 俺たちがいるこのアメイジア大陸は天国の丘ヘヴンズ・ヒル地獄の谷ヘル・バレーの二国に分かれている。
 陸地の国境線もあれば、内海を挟んだ国境線もある。
 そしてこのゲームの主な住人は天使と悪魔と堕天使だてんしであり、基本的に人間は住んでいない。
 時折、人間を見かけることがあるが、そいつらは皆、他のゲームから移住してきた転籍組か一時的な旅行者と決まっている。
 このパメラという人間の女もそのどちらかだろう。

左様さよう拙者せっしゃは『ブレード・オブ・ジパング』というゲームからこちらに一時参戦したのでござる。この刀の腕がどこまで通じるか試すために」
「素晴らしい腕前でしたね。堕天使だてんしたちを圧倒して、こう、ズバッっと」

 そう言うとティナは銀環杖サリエルを刀に見立ててガキみてえに振り下ろして見せた。
 そんなティナにパメラは自嘲気味な笑みを浮かべた。

「いや、あのザマでござったから、お2人に助けていただかなければ、今頃はあえなくゲームオーバーとなっていたでござるよ」
「その……肺の病を薬で治すことは出来ないのですか?」

 そう言うティナはつい今しがた、神聖魔法・母なる光マザーズ・グレイスでパメラを回復させた。
 だが、傷やライフを回復させることは出来ても、パメラがその身に抱える肺病までは治せないようだった。
 堕天使だてんしども相手に1人で大立ち回りを見せていたパメラだが、快調な戦いぶりから一転して苦戦したのは、その病のせいだった。 

「この病は拙者せっしゃのNPCとしての初期設定なので、治すことは叶わぬのでござる。薬で発作を抑えることは可能なのでござるが、即効性がないために飲んでから効くまでに時間がかかるのでござるよ」

 発作が出ている間は各種能力値が下がるってことか。
 難儀なもんだ。
 たまにいる。
 病気持ちの設定だったり、初めから片腕の設定だったりするNPCが。

 高い戦闘能力を持ちながら、その能力発揮はっきには一定の制約がかかるタイプだ。
 いわゆる仕様ってやつだな。
 俺が下級種であり、ステータスが一定以上上昇しない仕様はそういう奴らと比べれはマシなほうだ。

「このアメイジア大陸では疲労度が関係する仕様になっているようで、疲労度のゲージが赤く染まると肺病が発症して、まともに刀を振るえぬ体になってしまうでござるよ。情けない限りでござるが」
「そうなんですか……悔しいですね」

 そう言うティナだが、パメラはキッパリと首を横に振った。

「いや、その病のおかげで拙者せっしゃは腕をみがくことが出来たでござる。発作が出る前に戦いを終わらせることに終始してきた結果でござろう」

 短時間で戦いに勝つには攻撃力と瞬発力が重要だ。
 一撃必殺の破壊力で相手に反撃させる間もなく倒してしまう。
 それこそがきもだろう。
 初志貫徹してそうした強さだけを追求し続ければ、そいつは間違いなく強くなる。
 万能ではなくても、自分の得意とする戦いおいてはほぼ無敵と言えるほどに。

 こいつが全力で刀を振るったら、どんな力を見せるんだろうか。
 そのことを想像すると、俺はますます全力でこいつとやり合いたくなってきた。
 強敵とのケンカを前に腕がムズムズする感じだ。
 そんな気持ちが俺の視線に出ていたのか、パメラはあえて俺から目をらしてティナに目を向けると柔らかな口調で問いかける。

「ところで、お2人はどこに向かわれているのでござるか?」
「あてのない旅なので特に行き先はないんです。つい先ほどこの天国の丘ヘヴンズ・ヒルに入国したばかりでして。パメラさんはどちらへ?」
拙者せっしゃはこの森を抜けた先にある開墾地かいこんちの農村へ向かうところなのでござるよ。その村の住民から依頼を受けているのでござる」
「依頼?」

 パメラの話によるとその農村は堕天使だてんしの盗賊集団から度々襲撃され略奪行為を受けていて、困り果てた住民の天使たちは街に盗賊退治をしてくれる用心棒を探しに出ていたらしい。
 そこでパメラに白羽の矢が立ったという話だが……。

「何で天使どもは一介の旅人に過ぎねえおまえに目をつけたんだ?」
「実は……拙者せっしゃが武術大会の出場者だからでござるよ」
「武術大会だと?」

 まゆを潜める俺のとなりでティナはなるほどとうなづいた。

「最近、この天国の丘ヘヴンズ・ヒルでは腕自慢のプレイヤーやNPCを集めた武術大会が活発に開催されているんです。天使だけの大会もあれば、他種族が参加可能な大会もあるんですよ」

 ティナの話にパメラは笑顔でうなづく。

拙者せっしゃはその大会に出場するために、この付近の街に立ち寄っていたのでござるが、天使の農民たちは街で武術大会が開かれるのを知って、腕の立つ大会出場者に用心棒を頼もうと同じ街を訪れていたのでござるよ。そこで拙者せっしゃは声をかけられたでござる」
「そうだったんですか。でも声をかけられるってことは、パメラさんはすごく優秀な成績を収められたのでは?」

 ティナの問いにパメラは面映おもはゆそうに指で自分のほほをかいた。

「一応、優勝することが出来たでござるよ」
「優勝? すごいじゃないですか! ねえバレットさん! 優勝ですって!」

 ティナの奴は目をかがやかせる。
 鬱陶うっとうしい奴だな。

「フンッ。肺病でヘロヘロのくせによく優勝できたもんだな」
「バレットさん! 失礼ですよ! そんな言い方して!」

 ティナの奴が目を吊り上げて金切り声を上げる。
 コロコロと表情を変えるティナのウザい様子にパメラは苦笑しながら言った。

「大会は1ラウンド3分の3ラウンド制で先に2ラウンド取った方の勝利でござるから、拙者せっしゃは肺病の発作が出る前に勝敗を決する戦い方で勝ち抜いたのでござるよ」
   
 ま、そうだろうな。
 そういう試合形式なら、こいつは力を発揮はっきしやすいだろう。

 そこからティナとパメラは大会のことをあれこれと楽しげに話しながら俺の後をついて来る。
 チッ。
 小娘どもが慣れ合いやがって。
 背中がムズがゆくなるぜ。

拙者せっしゃにはあと2日間の滞在許可が下りているのでござる。別の大会に出ようかと考えていたのでござるが、困っている農民たちがいるのであれば力になりたいと思い、依頼を受けることにしたのでござるよ」
「そうだったんですか。すばらしいお考えですね。尊敬します」
「ハッ。天使の農民どもなんざ助けても一文の得にもなりゃしねえだろ」
「バレットさん!」

 馬鹿馬鹿しい会話に鼻を鳴らす俺をひとにらみして、ティナの奴は会話を続ける。

「ところでパメラさん。さっきはどうして堕天使だてんしの集団に追われていたのですか?」

 ティナの言葉にパメラは顔をくもらせた。
 俺はマヌケなティナの質問に鼻を鳴らす。
 
「フンッ。堕天使だてんしどものやることなんざ、金品ねらいの強盗に決まってんだろ。そのめずらしい剣にでも目をつけたんじゃねえのか」
 
 そう言う俺にパメラは自身の腰に下げた刀の白鞘しらさやに手を触れた。

「大会が終わった後、街を後にする頃から何者かに後をつけられている気配を感じていたのでござるよ。おそらく大会の優勝賞金を受け取った拙者せっしゃに野盗どもが目をつけていたのでござろう。まあ金だけでなくこの刀も奪おうとしていたのでござろうな」

 ケッ。
 せこい堕天使だてんしどものやりそうなことだぜ。
 その話を聞き、ティナはパメラが持っている刀に注目した。

「確かにこの国ではあまり見かけないめずらしい剣ですね。それが刀という名前のサムライ・ブレードですか?」

 よほど興味を引かれたのか、ティナはじっとその刀の白鞘しらさやを見つめている。
 そんなティナの視線を受けて、パメラは白鞘しらさやにそっと手で触れると笑顔で言った。

「これは刀の中でも打刀うちかたなという種類のもので、拙者せっしゃのゲームでは標準的な武器なのでござるよ」
「へえ~。刃に緑色の模様もようがあってキレイでしたよね。他のサムライさんたちもこんなキレイな刀を?」

 ティナの言葉に、俺はさっきの戦いの中で見た刀の様子を思い返す。
 白銀の刃に緑色の波模様もようが刻まれた特徴的なものだった。
 
 それにしてもティナの奴。
 こんなに剣に興味を示す奴だっただろうか?
 パメラの刀に妙に食いつくティナに俺は違和感を覚えた。
 パメラはティナの興味津々きょうみしんしんな様子を迷惑がることもなく、ほがらかな笑顔で説明を続けていく。 

「その模様もよう刃紋はもんといって刀を作り出す際に生まれるものなのでござるが、普通は黒や灰色なのでござるよ。この刀は我が家に代々伝わるもので、打刀うちかたなの中でも少々特殊な一振りなのでござる」

 そう言うとパメラは腰帯から白鞘しらさやを抜き取り、さやに記された丸い紋章もんしょうのような模様もようを見せる。

「これは家紋かもんと呼ばれる我が家の紋章もんしょう。この刀が亡き父から受け継いだ先祖伝来の一刀、白狼牙はくろうがであることを示す証なのでござるよ」

 パメラの言うように家紋かもんの下には『白狼牙はくろうが』という文字がられている。

「はくろうが? 刀に名前がついているんですね」
左様さよう。先祖がつけた刀名でござる。白きおおかみが牙をくがごとく白刃が敵の|喉笛のどぶえをかっさばく。そう父上より教えられたでござるよ」
「確かにすごい切れ味でしたもんね」

 そう言うとティナはじっとさやの先端を見つめる。
 そんなティナの視線で俺はようやく気が付いた。
 白狼牙はくろうがとかいう刀のさやの先端部分が、ほんのわずかに揺らいでいることを。
 それはほんの一瞬のことですぐに消えてしまったが、俺には嫌になるほど見覚えのある光景だった。

 バグッてやがる。
 こいつは……不正プログラムだ。
 パメラの持つ刀、白狼牙はくろうがは不正プログラムに感染していた。
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