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第一章 『堕天使の森』
第9話 若き堕天使
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木々の陰から陰を俺は素早く移動していく。
足音を立てず、息を殺して。
そうして100メートルほど進んだ先に、そいつはいた。
太い幹を回り込むと、そこに隠れていたのは1人の堕天使だ。
俺の姿に気付いたそいつは仰天して目玉が飛び出るんじゃないかと思うほど目を見開く。
俺はそいつが声を上げる間もないほど素早く首根っこを押さえ、その腕を後ろ手に捻じり上げて地面に押し倒した。
「うげえっ!」
「黙れ。声を上げたら今すぐ殺す」
「ひっ……ひぃ……」
「おっと。声を上げるなよ。おまえの細い首なんざ簡単にへし折れるんだからな」
俺の言葉にその堕天使は途切れ途切れの息を漏らすのが精一杯となり、無抵抗となった。
俺が押さえ込んでいたのはまだ若い堕天使の小僧だった。
こいつ……見覚えがあるぞ。
「てめえ……」
そうだ。
こいつは最初にパメラと出会った森で、俺が見かけた小僧だ。
パメラを襲っていた堕天使どもの中で一番若い奴だった。
そういえばこいつは仲間の堕天使どもが俺にぶっ飛ばされると、一目散に逃げ出しやがったな。
「おい。俺の顔を覚えてるか? おまえの仲間をブチのめした男だ」
「お、覚えてるだよ。こ、殺さないでくろ……」
小僧は恐怖で嘔吐しそうな声でそう言った。
ハッ。
まがりなりにも盗賊団に所属してるってのに情けねえガキだ。
「おい。こんな場所で何をしてやがる? 天使どもの村を襲撃するための下見か?」
「ち、違うだよ……」
随分と訛りの強い言葉を口にして小僧は必死に俺の言葉を否定する。
フンッ。
「くだらねえ嘘をつくな。別に責めてるんじゃねえよ。悪魔の俺には天使どもの村がどうなろうと関係ねえからな。てめえら堕天使は盗み・追剥が稼業だろうが。仕事でここに来たんだろ? てめえらの女親分はどこだ?」
そう言うと俺は小僧の首を握る手に力を込めた。
小僧は恐怖が頂点に達したのか、情けなく泣きベソをかきながら命乞いをし始めた。
「う、嘘じゃねえだよ。許してくろ。オラ、死にたくねえだよ。本当のことを喋っから命だけは助けてくろ」
「おまえが死なずに済むかどうかは、その本当のことっていう話の内容次第だ。さあ吐け! ヒルダはどこだ!」
堕天使の小僧は目からポロポロと涙をこぼしながら必死に言葉を絞り出した。
「オラ。ヒルダの姐御に殺されそうになって……逃げて来ただよ」
「……ああ?」
ヒルダに殺されそうになった?
どういうことだ。
こいつはあの女の部下だろう。
ヒルダはトチ狂って部下に手をかけようとしたってことか?
「バレットさん?」
そこで俺に後方から声がかかる。
農村から戻って来たティナだった。
俺は堕天使の小僧に注意を向けたまま、チラリと背後を振り返る。
「おう。用事は済んだのか」
「え、ええ。その人は?」
農村から戻って来たティナとパメラは俺が堕天使の小僧を捕まえているのを見て目を白黒させた。
「こいつはヒルダの手下だ。おまえらが訪問した農村をコソコソ見張ってやがったんだよ」
「ええっ?」
「ち、違うだよ! オラ……オラ……」
泣きベソをかく堕天使の頭を俺はバシッとはたいた。
「泣いてんじゃねえ。ガキが。さっき言ってたことを答えろ。ヒルダに殺されかけて逃げ出してきたってのはどういうわけだ」
俺の言葉にティナとパメラが驚く中、小僧は震えた声で事情を話し始める。
「あんたに襲われて逃げ出した後、オラ1人でアジトに戻っただよ。仲間たちは誰も戻って無くて……そしたらヒルダの姐御が1人で戻ってきただよ」
そこで小僧はパメラを追っていた部隊が全滅したことを恐る恐る伝えたのだが、ヒルダの反応は意外なものだったという。
「ヒルダの姐御にメチャクチャ怒られるってビクビクしてただが、姐御はオラの報告にまるで上の空みたいにウンウン頷くだけだっただよ。それからオラのことを自分の部屋に呼び出しただ。今までそんなことなかったからオラ、ワケが分からなくなっただよ」
小僧の話によればアジトの中にあるヒルダの自室にはヒルダしか入れないらしく、部下を入れることなど一度もなかったようだ。
ましてや小僧は盗賊団の中でも一番下っ端らしく、そんな自分が親分であるヒルダの部屋に呼ばれることに違和感を通り越して恐れを覚えたそうだ。
「だども呼ばれたからには行かねばなんね。したらヒルダの姐御の部屋に見たことのねえ悪魔の男がいただよ」
「悪魔の男?」
「んだ。フードを被っていたから顔はよく見えねかったけど、あれは確かに悪魔の男だった。男は姐御と何やら話をし始めたんだども、部屋に入ったオラをチラリと見て言っただよ。ちょうどいい奴がいるじゃないか、って」
「ちょうどいい奴? どういう意味ですか?」
ティナの問いに小僧は首を横に振る。
「オラにも分かんね。けど、その言葉を聞いたヒルダの姐御が虫を、おっかねえ毒ムカデをオラにけしかけてきただよ」
「ムカデ……虫を?」
首を傾げるティナに、小僧はその時の光景を思い返したのか、震えながら答えた。
「あ、姐御は蟲師だよ。虫を操る能力があるだよ。恐ろしい毒虫を使って敵を暗殺したりするだよ」
その言葉に俺とティナは視線を交わす。
あの戦闘時に突如として現れた鬼蜂や紫色の蝶。
そしてヒルダの周囲にいた奇妙な羽虫ども。
あいつは確かにその虫どもに不正プログラムを使って操っていたはずだ。
だというのにヒルダの名前は不正者のリストに記載がない。
そしてそれ以外にも俺には腑に落ちないことがあった。
「おい小僧。それでどうしておまえは殺されずに済んだんだ。その状況でおまえみたいなガキが逃げ延びれるとは思えねえな。適当な話をしてるなら、その目を焼いてやるぞ」
そう言うと俺は自分の指先に炎を灯す。
小僧が恐怖で青ざめた顔をしながら慌ててまくし立てた。。
「オ、オラ、アジトの外の見回りが仕事なんだども、アジトのそばには虫が多いもんでいつも虫除けの香草袋を身に着けてただよ。姐御の毒ムカデが頭にまとわりついてきた時、怖くて必死に袋を振ったら、首から下げてた袋が破けて香草の粉が部屋中に舞い散っただ。それで……」
舞い散る粉で視界が悪くなったその隙に部屋から逃げ出そうとしたところ、騒ぎを聞きつけた小僧の同僚が入れ違いに部屋に入って来たらしい。
小僧はそいつとぶつかって互いに倒れ込んだが、即座に立ち上がって逃げ出した。
振り返らずに走り続ける小僧の後方からは、先ほどの同僚の悲鳴が聞こえてきたという。
どういうことだ?
失態の罰を与えるなら小僧だろ。
他の手下を腹いせに殺したってことか?
そうだとするとヒルダと一緒にいたという悪魔の男の「ちょうどいい奴」という言葉の意味が分からねえ。
俺は小僧を詰問する。
「おい。ヒルダは本当におまえを殺そうとしたのか? 何か別のことをおまえにしようとしたんじゃねえのか?」
「わ、分からねえだよ。ヒルダの姐御の考えることなんてオラには……」
「脳みそ使って考えろ。さもねえと頭を握りつぶすぞ!」
「ひぃぃぃっ!」
そこでティナの奴が邪魔をしやがった。
「バレットさん! もうそのへんにしてあげて下さい! 彼は本当に何も知らないんですよ」
ティナは目を吊り上げてそう言うと、俺が組み伏せている小僧の傍に膝をついて声をかける。
「大変でしたね。でもこれ以上の悪事を働かないと約束するのであれば、私たちはあなたを傷つけません。安心して下さい。今しばらくおとなしくしていてくれますか」
ティナの言葉に小僧はブルブルと震えながら何度も頷いた。
そんな小僧に甘っちょろい微笑みを向けたティナは、顔を上げて俺を見る。
「バレットさん。そのまま彼を押さえていて下さい。必要以上に力を入れて痛めつけないようにお願いします」
「フンッ。甘いんだよオマエは。どうするつもりなんだ?」
「ヒルダと一緒にいた悪魔の男性が言っていた、ちょうどいい奴がいる、という言葉からすると、単純に彼を殺害しようとしたのではないように思えます」
そう言いながらティナは堕天使の小僧の頭をじっと見る。
そしてヒルダのけしかけた毒虫がまとわりついたというその頭の上に手をかざした。
それからティナは俺の目を決然と見つめた。
俺はティナが何をしようとしているのか即座に理解して無言で頷き、注意をティナの後ろのパメラに向ける。
パメラの反応を見るためだ。
ティナの手が青い光を放つ。
「不具合分析」
ティナの手から照射された青い光に照らされた途端、小僧の頭頂部がユラユラと揺らめき始めた。 それは明らかに不正プログラムによるバグだった。
俺は左手で小僧を押さえながら左足で体重をかけて固定し、アイテム・ストックから取り出した縄を右手に握る。
そしてそれで手早く小僧の両手首を後ろ手に縛って体の自由を奪うと立ち上がった。
今からこの両手を自由にしておく必要があるかもしれねえからな。
「やはり……そういうことでしたか」
「だろうな」
「この人は単なる感染者ですね。感染してからまだ1~2時間ほどしか経っていません」
「おい小僧。おまえがヒルダに襲われたのは1~2時間前のことか?」
俺の言葉に小僧は怯えながら頷いた。
俺とティナは互いに視線を合わせる。
状況が理解できずに目を白黒させているのは縄で縛られた小僧と……もう1人。
「こ、これは一体……」
パメラは小僧の頭に揺らぐバグを見て目を剥いてやがる。
その反応を見る限り、不正プログラムのことを知らなさそうだが、どうだかな。
驚きに満ちたその目を俺はじっと見つめた。
そこに殺気や不穏な色は感じられない。
俺はじっとパメラの感情の動きを注視したまま、話を切り出す。
「パメラ。おまえには話してなかったがな、ティナは俺とは違って特殊なNPCなんだ。こいつはゲーム内のNPCでありながら、この世界に生じた不具合を修正することが出来る」
俺がそう言うとティナは再び修復術を試みる。
自分の力を実演してみせるかのように。
「正常化」
ティナの手から再び照射された青い光が小僧の頭のバグに降り注ぎ、それがバグを即座に修復して元通りに戻した。
揺らぎは消え、不正プログラムによってバグッた小僧の頭が修復されたことを示していた。
そして小僧の額に『戒』の字が刻み込まれる。
感染者から不正プログラムを除去した証だ。
「これでコイツはブタ箱行きってことか」
ティナの修復術を受けてバグを除去された不正プログラムの感染者は仮にゲーム オーバーとなってもコンティニューはされず、そのキャラクター・プログラムは運営本部に囚われることになるんだ。
ちなみにこの状態で小僧がおとなしく恭順の意思を示すなら、ティナが小僧のメイン・システムにアクセスして強制的に小僧を運営本部に即時送還することが出来る。
要するに自首ってことだな。
固唾を飲んで一部始終を見守っていたパメラは感嘆の声を上げる。
「ティナ殿にそのような力が……」
「この世界には先ほどのバグを意図的に生じさせる不正なプログラムを行使する不逞の輩がいます。彼らが行った悪行を正し、世界を正常な道へと戻すことこそが、私に与えられた使命なのです」
「何と……」
ティナがその話をしている間、俺はじっとパメラの挙動から目を離さずに体内で魔力を高めた。
もしこいつがティナの言う不逞の輩だったとしたら、今すぐに刀を抜き放ってティナを排除しようとするかもしれねえ。
それはそれで面白え。
パメラと本気の殺し合いが出来るかもしれねえからな。
すぐにでも戦闘に入れるよう呼吸を整える俺の前で、神妙なツラをしたパメラがティナに問う。
「ティナ殿の力は人のみならず、物質のバグをも正すことが出来るのでござるか?」
「ええ。このゲーム世界に生じたありとあらゆるバグを修正することが可能です」
ティナがそう言ったその時だった。
パメラが腰に下げた白鞘から、いきなり白狼牙を抜き放ちやがったんだ。
足音を立てず、息を殺して。
そうして100メートルほど進んだ先に、そいつはいた。
太い幹を回り込むと、そこに隠れていたのは1人の堕天使だ。
俺の姿に気付いたそいつは仰天して目玉が飛び出るんじゃないかと思うほど目を見開く。
俺はそいつが声を上げる間もないほど素早く首根っこを押さえ、その腕を後ろ手に捻じり上げて地面に押し倒した。
「うげえっ!」
「黙れ。声を上げたら今すぐ殺す」
「ひっ……ひぃ……」
「おっと。声を上げるなよ。おまえの細い首なんざ簡単にへし折れるんだからな」
俺の言葉にその堕天使は途切れ途切れの息を漏らすのが精一杯となり、無抵抗となった。
俺が押さえ込んでいたのはまだ若い堕天使の小僧だった。
こいつ……見覚えがあるぞ。
「てめえ……」
そうだ。
こいつは最初にパメラと出会った森で、俺が見かけた小僧だ。
パメラを襲っていた堕天使どもの中で一番若い奴だった。
そういえばこいつは仲間の堕天使どもが俺にぶっ飛ばされると、一目散に逃げ出しやがったな。
「おい。俺の顔を覚えてるか? おまえの仲間をブチのめした男だ」
「お、覚えてるだよ。こ、殺さないでくろ……」
小僧は恐怖で嘔吐しそうな声でそう言った。
ハッ。
まがりなりにも盗賊団に所属してるってのに情けねえガキだ。
「おい。こんな場所で何をしてやがる? 天使どもの村を襲撃するための下見か?」
「ち、違うだよ……」
随分と訛りの強い言葉を口にして小僧は必死に俺の言葉を否定する。
フンッ。
「くだらねえ嘘をつくな。別に責めてるんじゃねえよ。悪魔の俺には天使どもの村がどうなろうと関係ねえからな。てめえら堕天使は盗み・追剥が稼業だろうが。仕事でここに来たんだろ? てめえらの女親分はどこだ?」
そう言うと俺は小僧の首を握る手に力を込めた。
小僧は恐怖が頂点に達したのか、情けなく泣きベソをかきながら命乞いをし始めた。
「う、嘘じゃねえだよ。許してくろ。オラ、死にたくねえだよ。本当のことを喋っから命だけは助けてくろ」
「おまえが死なずに済むかどうかは、その本当のことっていう話の内容次第だ。さあ吐け! ヒルダはどこだ!」
堕天使の小僧は目からポロポロと涙をこぼしながら必死に言葉を絞り出した。
「オラ。ヒルダの姐御に殺されそうになって……逃げて来ただよ」
「……ああ?」
ヒルダに殺されそうになった?
どういうことだ。
こいつはあの女の部下だろう。
ヒルダはトチ狂って部下に手をかけようとしたってことか?
「バレットさん?」
そこで俺に後方から声がかかる。
農村から戻って来たティナだった。
俺は堕天使の小僧に注意を向けたまま、チラリと背後を振り返る。
「おう。用事は済んだのか」
「え、ええ。その人は?」
農村から戻って来たティナとパメラは俺が堕天使の小僧を捕まえているのを見て目を白黒させた。
「こいつはヒルダの手下だ。おまえらが訪問した農村をコソコソ見張ってやがったんだよ」
「ええっ?」
「ち、違うだよ! オラ……オラ……」
泣きベソをかく堕天使の頭を俺はバシッとはたいた。
「泣いてんじゃねえ。ガキが。さっき言ってたことを答えろ。ヒルダに殺されかけて逃げ出してきたってのはどういうわけだ」
俺の言葉にティナとパメラが驚く中、小僧は震えた声で事情を話し始める。
「あんたに襲われて逃げ出した後、オラ1人でアジトに戻っただよ。仲間たちは誰も戻って無くて……そしたらヒルダの姐御が1人で戻ってきただよ」
そこで小僧はパメラを追っていた部隊が全滅したことを恐る恐る伝えたのだが、ヒルダの反応は意外なものだったという。
「ヒルダの姐御にメチャクチャ怒られるってビクビクしてただが、姐御はオラの報告にまるで上の空みたいにウンウン頷くだけだっただよ。それからオラのことを自分の部屋に呼び出しただ。今までそんなことなかったからオラ、ワケが分からなくなっただよ」
小僧の話によればアジトの中にあるヒルダの自室にはヒルダしか入れないらしく、部下を入れることなど一度もなかったようだ。
ましてや小僧は盗賊団の中でも一番下っ端らしく、そんな自分が親分であるヒルダの部屋に呼ばれることに違和感を通り越して恐れを覚えたそうだ。
「だども呼ばれたからには行かねばなんね。したらヒルダの姐御の部屋に見たことのねえ悪魔の男がいただよ」
「悪魔の男?」
「んだ。フードを被っていたから顔はよく見えねかったけど、あれは確かに悪魔の男だった。男は姐御と何やら話をし始めたんだども、部屋に入ったオラをチラリと見て言っただよ。ちょうどいい奴がいるじゃないか、って」
「ちょうどいい奴? どういう意味ですか?」
ティナの問いに小僧は首を横に振る。
「オラにも分かんね。けど、その言葉を聞いたヒルダの姐御が虫を、おっかねえ毒ムカデをオラにけしかけてきただよ」
「ムカデ……虫を?」
首を傾げるティナに、小僧はその時の光景を思い返したのか、震えながら答えた。
「あ、姐御は蟲師だよ。虫を操る能力があるだよ。恐ろしい毒虫を使って敵を暗殺したりするだよ」
その言葉に俺とティナは視線を交わす。
あの戦闘時に突如として現れた鬼蜂や紫色の蝶。
そしてヒルダの周囲にいた奇妙な羽虫ども。
あいつは確かにその虫どもに不正プログラムを使って操っていたはずだ。
だというのにヒルダの名前は不正者のリストに記載がない。
そしてそれ以外にも俺には腑に落ちないことがあった。
「おい小僧。それでどうしておまえは殺されずに済んだんだ。その状況でおまえみたいなガキが逃げ延びれるとは思えねえな。適当な話をしてるなら、その目を焼いてやるぞ」
そう言うと俺は自分の指先に炎を灯す。
小僧が恐怖で青ざめた顔をしながら慌ててまくし立てた。。
「オ、オラ、アジトの外の見回りが仕事なんだども、アジトのそばには虫が多いもんでいつも虫除けの香草袋を身に着けてただよ。姐御の毒ムカデが頭にまとわりついてきた時、怖くて必死に袋を振ったら、首から下げてた袋が破けて香草の粉が部屋中に舞い散っただ。それで……」
舞い散る粉で視界が悪くなったその隙に部屋から逃げ出そうとしたところ、騒ぎを聞きつけた小僧の同僚が入れ違いに部屋に入って来たらしい。
小僧はそいつとぶつかって互いに倒れ込んだが、即座に立ち上がって逃げ出した。
振り返らずに走り続ける小僧の後方からは、先ほどの同僚の悲鳴が聞こえてきたという。
どういうことだ?
失態の罰を与えるなら小僧だろ。
他の手下を腹いせに殺したってことか?
そうだとするとヒルダと一緒にいたという悪魔の男の「ちょうどいい奴」という言葉の意味が分からねえ。
俺は小僧を詰問する。
「おい。ヒルダは本当におまえを殺そうとしたのか? 何か別のことをおまえにしようとしたんじゃねえのか?」
「わ、分からねえだよ。ヒルダの姐御の考えることなんてオラには……」
「脳みそ使って考えろ。さもねえと頭を握りつぶすぞ!」
「ひぃぃぃっ!」
そこでティナの奴が邪魔をしやがった。
「バレットさん! もうそのへんにしてあげて下さい! 彼は本当に何も知らないんですよ」
ティナは目を吊り上げてそう言うと、俺が組み伏せている小僧の傍に膝をついて声をかける。
「大変でしたね。でもこれ以上の悪事を働かないと約束するのであれば、私たちはあなたを傷つけません。安心して下さい。今しばらくおとなしくしていてくれますか」
ティナの言葉に小僧はブルブルと震えながら何度も頷いた。
そんな小僧に甘っちょろい微笑みを向けたティナは、顔を上げて俺を見る。
「バレットさん。そのまま彼を押さえていて下さい。必要以上に力を入れて痛めつけないようにお願いします」
「フンッ。甘いんだよオマエは。どうするつもりなんだ?」
「ヒルダと一緒にいた悪魔の男性が言っていた、ちょうどいい奴がいる、という言葉からすると、単純に彼を殺害しようとしたのではないように思えます」
そう言いながらティナは堕天使の小僧の頭をじっと見る。
そしてヒルダのけしかけた毒虫がまとわりついたというその頭の上に手をかざした。
それからティナは俺の目を決然と見つめた。
俺はティナが何をしようとしているのか即座に理解して無言で頷き、注意をティナの後ろのパメラに向ける。
パメラの反応を見るためだ。
ティナの手が青い光を放つ。
「不具合分析」
ティナの手から照射された青い光に照らされた途端、小僧の頭頂部がユラユラと揺らめき始めた。 それは明らかに不正プログラムによるバグだった。
俺は左手で小僧を押さえながら左足で体重をかけて固定し、アイテム・ストックから取り出した縄を右手に握る。
そしてそれで手早く小僧の両手首を後ろ手に縛って体の自由を奪うと立ち上がった。
今からこの両手を自由にしておく必要があるかもしれねえからな。
「やはり……そういうことでしたか」
「だろうな」
「この人は単なる感染者ですね。感染してからまだ1~2時間ほどしか経っていません」
「おい小僧。おまえがヒルダに襲われたのは1~2時間前のことか?」
俺の言葉に小僧は怯えながら頷いた。
俺とティナは互いに視線を合わせる。
状況が理解できずに目を白黒させているのは縄で縛られた小僧と……もう1人。
「こ、これは一体……」
パメラは小僧の頭に揺らぐバグを見て目を剥いてやがる。
その反応を見る限り、不正プログラムのことを知らなさそうだが、どうだかな。
驚きに満ちたその目を俺はじっと見つめた。
そこに殺気や不穏な色は感じられない。
俺はじっとパメラの感情の動きを注視したまま、話を切り出す。
「パメラ。おまえには話してなかったがな、ティナは俺とは違って特殊なNPCなんだ。こいつはゲーム内のNPCでありながら、この世界に生じた不具合を修正することが出来る」
俺がそう言うとティナは再び修復術を試みる。
自分の力を実演してみせるかのように。
「正常化」
ティナの手から再び照射された青い光が小僧の頭のバグに降り注ぎ、それがバグを即座に修復して元通りに戻した。
揺らぎは消え、不正プログラムによってバグッた小僧の頭が修復されたことを示していた。
そして小僧の額に『戒』の字が刻み込まれる。
感染者から不正プログラムを除去した証だ。
「これでコイツはブタ箱行きってことか」
ティナの修復術を受けてバグを除去された不正プログラムの感染者は仮にゲーム オーバーとなってもコンティニューはされず、そのキャラクター・プログラムは運営本部に囚われることになるんだ。
ちなみにこの状態で小僧がおとなしく恭順の意思を示すなら、ティナが小僧のメイン・システムにアクセスして強制的に小僧を運営本部に即時送還することが出来る。
要するに自首ってことだな。
固唾を飲んで一部始終を見守っていたパメラは感嘆の声を上げる。
「ティナ殿にそのような力が……」
「この世界には先ほどのバグを意図的に生じさせる不正なプログラムを行使する不逞の輩がいます。彼らが行った悪行を正し、世界を正常な道へと戻すことこそが、私に与えられた使命なのです」
「何と……」
ティナがその話をしている間、俺はじっとパメラの挙動から目を離さずに体内で魔力を高めた。
もしこいつがティナの言う不逞の輩だったとしたら、今すぐに刀を抜き放ってティナを排除しようとするかもしれねえ。
それはそれで面白え。
パメラと本気の殺し合いが出来るかもしれねえからな。
すぐにでも戦闘に入れるよう呼吸を整える俺の前で、神妙なツラをしたパメラがティナに問う。
「ティナ殿の力は人のみならず、物質のバグをも正すことが出来るのでござるか?」
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