どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!

枕崎 純之助

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第一章 『堕天使の森』

第10話 正常化

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 森に降り注ぐ木漏こもれ日が白刃をかがやかせる。
 ティナが自らの持つ修復術の力を明かした途端とたん、パメラが自慢の刀である白狼牙はくろうがを抜き放ちやがったんだ。

 ついに馬脚を表しやがったか。
 おもしれえ。
 ここで勝負してやる。
 俺は拳を握りしめると、パメラをぶちのめすべく腰を落とした。
 だが……。

「ティナ殿に折り入ってご相談があるのでござる」

 そう言うとパメラは右手で刀のつかを逆手に持ち、左手の上にそっと刃を乗せた。
 身構えていた俺とティナは思わず呆気あっけに取られて、まゆを潜める。
 何だこいつ。
 敵意がないのか?
 パメラは刀をティナに差し出すようにして言った。

「先刻よりこの白狼牙はくろうがが……何やら様子がおかしいのでござるよ。ぜひともティナ殿に見ていただきたいのでござるが」
「へっ? あ、ああ……」

 ティナがほうけた声をらして、構えていた銀環杖サリエルを下ろした。
 だが俺はそう簡単に警戒は解かない。

「パメラ。この際だから腹を割って話そうぜ。おまえがティナの話していた不逞ふていやからだとしたら、さっきの戦いの続きを今ここで俺をやることになる。俺としちゃそのほうが面白いんだが、どうせならその刀の切っ先をこちらに向けてみろよ。まどろっこしいことは無しでな」

 俺が拳を突き出してそう言うと、パメラは何だかよく分からないというように目をしばたかせた。

「せ、拙者せっしゃが? いや、拙者せっしゃは何が何だか……」
「そうか? そこのお人好しの天使はともかく、俺はおまえを大いに疑ってるんだが?」

 俺の言葉にパメラはようやく合点がいったというようにうなづいた。
 そして持っていた刀を地面に置くと、さらに腰に差しているもう一刀の短い刀をも抜き取ってさやごと地面に置いた。
 そして両手を広げて一歩下がる。 

「なるほど……それゆえ先ほどからバレット殿が臨戦態勢を取っておられたのでござるか。ならば拙者せっしゃとしてはきちんと釈明をする必要があるでござるな。バレット殿の見立ては残念ながら外れでござるよ」

 そう言うとパメラはティナに目を向ける。

「ティナ殿がそのようなお力を持っているなら、拙者せっしゃを調べてもらいたいでござるよ」
 
 パメラの言葉に俺とティナは目を見合わせる。
 こいつがクロかどうか見極めるいい機会だ。
 俺はうなづき、ティナはパメラに確認の意を込めて問う。

「パメラさんの大事な刀、私が触ってもよろしいですか?」
「無論でござる。大事な刀なればこそ、ティナ殿に見ていただきたい」

 そう言うパメラにティナは恐る恐る白狼牙はくろうがを拾い上げ、その白刃に目を向ける。
 先ほど森の中の小屋で俺が見たのは刀を収める白鞘しらさやの先端に揺らぐバグだった。
 こうして俺が見る限り、刀身にはバグはないようだが……。

不具合分析エラー・アナライズ

 ティナは右手で持った刀に左手で青い光を照射する。
 すると……刀の切っ先がユラユラと揺らめき出した。
 それはパメラの目にもハッキリとうつったようで、途端とたんにその顔がくもる。

「やはり不正プログラムに感染していますね」

 そう言うとティナは刀を持ったまま、パメラにペコリと頭を下げた。

「ごめんなさい。パメラさん。実はあなたと出会って間もない時に、私はこの異変に気付いていたんです」
「え? そうだったのでござるか?」

 思わず目を見開くパメラにティナは事情を説明した。
 不正プログラムの意図的保有。
 パメラにはその疑いがあったので、ここまでそれに気付きながらだまっていたこと。
 そして馬鹿マジメなティナは律儀りちぎにももう一度パメラに頭を下げた。

「すみません。あらぬ疑いをかけてしまい、試すようなことをしてしまって。おびします」

 パメラは少しの間、目を丸くして言葉を探しているように口を閉じて黙り込んでいたが、やがて落ち着きを取り戻した。

「なるほど……なるほどなるほど」

 そう言うとパメラはすべて納得したというようなスッキリした表情を見せた。

「頭を上げるでござるよ。ティナ殿。あなた方の行動は至極しごく当然のこと。拙者せっしゃがティナ殿の立場でも同じことをしたでござろう。怒ってなどござらんよ。その上でおたずねしたいでござるが、白狼牙はくろうがは直るでごさるか?」
「今から修復術をほどこします。おそらくすぐに直ると思いますが、この刀を修復したらパメラさんのお体を確かめさせていただけませんか? この刀の持ち主であるパメラさんにも不正プログラムの感染があるかもしれませんので念のため」
「お安い御用でござるよ」

 快諾かいだくするパメラの言葉にうなづくと、ティナは白狼牙はくろうがへの修復術を開始した。
 
正常化ノーマリゼイション

 すぐにティナの手から照射された青い光が刀身へと降り注ぐ。
 固唾かたずを飲んでそれを見守るパメラに俺は言う。

「どこで不正プログラムに感染したか、思い当たるフシはあんのか?」

 不正プログラムの感染には一定の法則がある。
 たとえばここに寝転がったままほうけている堕天使だてんしの小僧が頭にこしらえていたバグ。
 あのバグに手で触れたとしてもそこから俺に不正プログラムが感染することはない。
 同じ理屈でバグッた物質に触れてもそこから二次感染することはない。

 不正プログラムはその保持者が明確な意図を持って他者に感染させることが出来る。
 以前、その保持者だったグリフィンは目に見えないほどの小さなダニになり、そのダニに首を噛まれた俺の体は不正プログラムに感染した。
 ということはパメラの持つ白狼牙はくろうがも、不正プログラムの保持者による意図的感染を受けたはずだ。
 俺の言葉にパメラは即答する。

拙者せっしゃが違和感を覚えたのはこちらの世界に来て先刻お話した大会に出場している途中でござる。具体的な時刻や場面までは分からぬが、決勝戦に進出する時にはすでに違和感に気付いていたでござるよ。刀を振るう時の軌道が拙者せっしゃの意図に反してわずかにブレるように感じたでござる」
「大会に出る前に刀で誰かを斬ったか?」

 俺の問いにパメラは静かに首を横に振る。

「こちらの世界に来てすぐに大会にエントリーして会場に向かったので」
「なるほどな。ってことは大会の最初の試合から準決勝までの間に感染したってことだな」

 ということは大会の出場者の中に不正プログラムの保持者がいたってことか。
 それもこのパメラと対戦した人物である可能性が高い。
 そこでティナが白狼牙はくろうがの正常化を終えた。

「無事に正常化できましたよ。念のため、さやも正常化しておきましょう」

 そう言うとティナは白狼牙はくろうがをパメラに返し、引き替えにさやを受け取った。
 パメラは刀のつかを握りながら、感動の面持おももちで刀身をじっと見つめる。

「確かにバグが消えているでござる。ティナ殿。感謝するでござるよ」

 俺はそんなパメラに話の続きをうながした。

「で、おまえはその大会で何試合したんだ?」
「予選会から含めると5試合でござるよ。対戦相手は全員データに残っているでござる」

 パメラはメイン・システムを起動させると、大会での対戦相手をすべて開示した。
 決勝で戦ったのは天使の戦士。
 準決勝までは悪魔や人間と戦ってるな。
 いずれもパメラが3分以内に勝利している。
 だが……。

「この初戦に当たったロドリックとかいう相手。開始30秒で途中棄権きけんってどういうことだ? 腹でも下したのか?」

 俺の言葉にパメラは顔をくもらせた。

「それが……拙者せっしゃもよく分からぬのでごさるよ。かなり強い相手だったにもかかわらず、二度三度と攻防を繰り返したところで急に戦うのを止めて、棄権きけんを宣告したのでござる」

 何かしらの不具合が生じたってことか?
 不具合……どうもにおうな。
 パメラはメイン・システムを操作しながら不可解な表情を見せた。

「正直、決勝まで戦ってみて思ったのでござるが、このロドリック殿が最も手強てごわい相手だったと思うのでござるが……」

 そう言ってパメラが映し出したのはロドリックの写真だった。
 それは顔の上半分を覆う仮面をかぶった悪魔の男だった。
 その男の露出した口元を見た俺は、ふと目を凝らした。

 ん?
 こいつ……どこかで見たことがあるか?
 俺は何となく見覚えがあるようなロドリックのつらを凝視したが、仮面をかぶっているせいか、いつどこで見たかはさっぱり思い出せない。
 ロドリック。
 その名前を聞いてもピンと来ねえが、似た奴を見たことがあるだけかもな。
 俺が頭をひねっている間に、ティナの奴がさやの正常化を終えた。

「パメラさん。全て正常化しました。もうバグは除去されましたので、ご安心下さい」
「かたじけない。本当に感謝するでござるよ。ティナ殿」

 嬉しそうに何度も頭を下げるパメラにティナは笑顔を返す。

「ではパメラさん。今度はあなたの体のチェックを」
「お願いするでござる」

 そう言うとパメラは腰帯に手をかけて、そこで動きを止める。
 そしてなぜだか気恥ずかしそうに俺の方を向いた。

「バ、バレット殿は後ろを向いていて下さらぬか?」
「あ? 何でだ?」
「いえ、拙者せっしゃも……乙女おとめゆえ、殿方に肌を見せるのは……」

 ほほを赤らめてモジモジするパメラをティナがあわてていさめる。

「ぬ、脱がなくていいですから! 着衣のままでいて下さい!」
「へっ? そ、そうだったのでござるか。拙者せっしゃ、何という勘違いを……」

 何やってんだコイツらは。
 小娘どもの馬鹿馬鹿しいままごとに付き合いきれずに、俺は堕天使だてんしの小僧を見下ろした。
 こいつにはまだ聞くことがある。
 
「おい小僧。なぜもっと遠くに逃げずにこんな場所でコソコソしてやがった。この辺りはヒルダの縄張りだとあの女自身が言ってやがったぞ」

 縄で縛られたまま項垂うなだれていた小僧は、消え入りそうな声で言った。

「今夜23時きっかりにうちの部隊があの村を襲撃するだよ。オラ、それを村の天使たちに伝えたくて……」

 堕天使だてんしの野盗が襲撃相手である村の天使どもに危機を事前に教えるだと?
 その不可解な話の裏には、小僧の生い立ちが関係していやがった。
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