どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!

枕崎 純之助

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第二章 『盗賊団のアジト』

第15話 封印の呪い

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「……どこだここは?」

 どこまでも続いて行くように感じられた黒いやみの中を抜けると、俺は柔らかな草の上に落下した。
 そこはまばゆい光に包まれた奇妙な空間だった。
 先ほどまでいたヒルダのアジトと同じく壁と天井に囲まれた閉鎖へいさ的な場所だ。
 一言で言えば洞穴ほらあなだった。

 それにもかかわらず地面には背の低い草がビッシリと生えていて、森の中にいるような香りがただよっている。
 上を見上げたが、天井には光を放つこけがビッシリと群生していて、それがこの場所を明るく照らしている。
 閉塞感へいそくかんを感じないのはこの昼間のような明るさのためだろう。
 目が痛むようなその明るさに俺は思わず目を細める。
 そんな俺のすぐ近くには一緒に落ちてきたティナとパメラの姿がある。

「ティナ殿。大丈夫でござるか?」
「ええ。少し痛みますが、深く噛みつかれる前にバレットさんが助けて下さったので何とか……」

 パメラはティナの首すじに消毒剤を塗り込み、止血用のテープを貼っている。
 さっきまでいた小部屋でいきなりよみがえった堕天使だてんしむくろに襲われたティナは首すじをみつかれていた。
 2人ともとりあえず無事だが、俺と同じくこの状況に目を白黒させて辺りを見回している。

拙者せっしゃらは地下からさらに地下深くに落ちてきたのではござらぬか? この明るさは一体……」
「いえ、おそらくあれは不正プログラムによる空間転移ですので、落ちたというよりもまったく別の場所に飛ばされたのかもしれません」

 戸惑う小娘どもをよそに俺は立ち上がり、目を細めたまま周囲の状況をうかがう。
 雰囲気ふんいきこそ明るいが、そこはしょせん穴蔵あなぐらだった。
 洞窟どうくつと変わりない構造であり、ここが地中であることをうかがわせる。
 パメラは頭上を見上げながらまゆを潜めている。

「しかし、あの堕天使だてんしむくろから飛び出した黒い液体は何だったのでござろうか……」

 俺たちを飲み込んだ黒い液体はどこにも見当たらない。
 あれは間違いなくヒルダのわなだった。
 俺たちは一体どこに落とし込まれたんだ?
 そこでティナが警戒した様子で俺を見上げる。
 パメラによる傷の手当てを終えたティナはメイン・システムを起動していた。

「バレットさん。この場所、外部との通信が出来ません」
「なに?」

 ティナはメイン・システムを通じていつでも天樹の塔やライアンと通信が可能だ。
 だがティナの起動するメイン・システムにはエラー・メッセージが表示され、通信が出来ないことを示している。

「どうやらヒルダのわなにまんまとハメられたらしいな」

 あと一歩のところまでヒルダを追い詰めたと思った俺たちだったが、ヒルダの奴は追跡の手を逃れたのみならず、逆に俺たちをハメやがった。
 俺は苛立いらだつ気持ちをみ殺しながらそう言うと、小娘どもをうながした。

「立て。とにかくこの場所を調べるぞ」

 俺の言葉にうなづき、小娘どもは立ち上がる。
 とっととこの場所を調べ上げて脱出の方法を探らなきゃならん。
 特に重要な役割を担うのは修復術の使えるティナだ。
 俺は自分のメイン・システムを確認したが、すでに天魔融合プログラムの効果は10分間の使用時間を過ぎ、使えなくなっている。

 こうなると不正プログラムへの対処は従来通りティナに任せるほかない。
 今こうして目で見る限りは周囲にバグは見当たらないが……。
 ティナは草の生える地面や壁をくまなく調べ始めようとした。

不具合分析エラー・アナライズ

 だが、そうとなえたティナの手からいつものような青い光が照射されない。

「……えっ? 不具合分析エラー・アナライズ!」

 怪訝けげんそうな顔でそうとなえるティナだが、その手からはやはり何も照射されない。
 ティナは戸惑って俺を見る。
 そんなティナの顔に異変が起きていた。

「バレットさん……」
「ティナ、おまえそのひたい……」

 ティナのひたいには真っ赤な字で【封】と刻み込まれていた。
 どういうことだ?
 ティナはあわてて自分のメイン・システムを操作した。
 そんなティナの顔が見る見るうちに青ざめていく。

「バレットさん。これ、見て下さい」

 そう言ってティナが俺に見せたコマンド・ウインドウには無機質な字でこう記されていた。

【重大なシステムエラー/管理者:ティナ・ミュールフェルト/修復術のプログラム実行に深刻な問題が発生/システム起動不可】

 何だって?
 ティナの修復術が使えなくなったってことか?

「何かの不具合か。自分で直せねえのか?」
「や、やってみます」

 ティナはそこからメイン・システムを相手に四苦八苦し始めたが、その表情は冴えないままだ。
 まずいぞ。
 ここに至ってティナの修復術が使えないのは最悪だ。
 なぜ急にこんなことに……。
 そこでメイン・システムを操作するティナの首すじからいきなりバチッと火花が散った。

「きゃあっ!」
「ティナ殿!」

 咄嗟とっさにティナの肩を支えたパメラは、治療済みのティナの首すじから血がしたたり落ちているのを見ると、ティナをそっと座らせた。
 止血用のテープが血で真っ赤に染まっている。
 こいつは……。

「これはまずいでござる。すぐ治療を」
「す、すみません。パメラさん」

 パメラはアイテム・ストックから応急処置用具を取り出してティナの治療を始める。
 ティナはわずかな痛みに顔をしかめながら俺を見上げた。

「まずいことになったかもしれません。どうやら現時点ではどうやっても修復術は使用できないようです。ライアン様に連絡を取ろうにもここでは手段がありません」

 悄然しょうぜんとそう言うティナの首すじをもう一度止血しながらパメラがいさめる。

「ティナ殿。無理はなさらぬよう。メイン・システムによる復旧はしばらくあきらめるでござるよ」
「はい……」

 俺はティナの首すじの傷を見ながら言った。

「ティナ。さっきの堕天使だてんしみつかれた時、体に違和感はなかったのか?」
「え? ええ。痛いだけで違和感というのは……あれが原因だったのでしょうか?」
「そう考えるべきだろうな。くそっ! ヒルダの奴め。何から何まで用意周到だぜ」

 今のところ俺たちはあの女を上回れていない。
 俺たちをこの場所に落とし込んだのも計算づくの行動だろう。
 だとするとあの女が打ってくる次の手は何だ? 
 俺は苛立いらだちをこらえて目をらし、周囲に異変がないかと観察して回る。

 ティナの修復術が使えない以上、こうして目視、手探りでやるしかねえ。
 出入口がない完全な密閉空間に見えても、どこかに隠しとびらがあったり壁がもろくなっていたりすることもある。
 そう思い、俺は壁をゴツンゴツンと叩きながら歩いていく。
 壁からはところどころ長い草が生えてれ下がっている。

 その草をバサバサと手で揺らしながら歩いていると、俺はわずかに風の流れを足元に感じて立ち止まった。
 見ると足元までれ下がった草の先端が風にそよいでいる。
 それは本当にわずかな風だったが、確かに吹き込んでいた。
 俺はその場にかがみ込むと、注意深く草をかき分ける。

 そして地面に顔をつけるようにしてそこをのぞき込む。
 すると草をかき分けた先のかべに小さなあなが開いていた。
 せいぜい30センチ程度のあなで、その向こう側はここよりも薄暗いが確かに空洞が続いている。
 そしてゆるやかな微風が吹き込んできていた。

「おいっ! ここにあながあるぞ」

 俺が声を上げて小娘どもを呼んだその時、あなの向こう側にいきなり何者かが現れた。
 そいつはおどろいて目を丸くしながら、こちらをのぞき込んでいた。

「チッ!」

 至近距離でそいつと目があった俺は反射的に後方に飛び退いて臨戦態勢を取る。
 後方から俺の元へ駆け寄って来ていたティナは、いきなり後ろに飛び退すさった俺の背中にぶつかって倒れ込んだ。

「アイタッ! な、何なんですかバレットさん! いきなり下がって来ないで……」
あなの向こうからのぞき込んでいる奴がいる。油断すんなよ」

 そう言う俺にティナはあわてて立ち上がり、そのとなりではパメラが白狼牙はくろうがの柄に手をかける。
 そんな俺たちの前から、あなを通り抜け草をかき分けて1人の人物がモソモソとこちら側にい出て来やがった
 俺はそいつを見下ろす。

 小さなあなを楽々と通り抜けてきたそいつは、人間の女だった。
 女といってもまだガキだ。
 ティナやパメラよりも幼く、背丈も小さい。
 まだ10歳ちょっとくらいか。

「……誰だてめえは」

 俺の問いにそのガキは目をパチクリさせ、俺を見上げるとわずかにほほを引きつらせた。
 だが俺の顔を見てビビッているそのガキは、ティナやパメラを見るとわずかにほっと安堵あんどの表情を浮かべた。

「び……ビックリしたぁ。声がすると思って来て見たらほんとに人がいる。キミたちこそ誰? どうしてここにいるの?」

 矢継ぎ早にそんなことを言い出すガキを俺はにらみつける。

「おいガキ。質問してんのはこっち……」
「私たちは天国の丘ヘヴンズ・ヒルから来ました」

 横から俺を押し退けてティナの奴がガキの前にズイッと出やがった。
 そしてパメラは俺の腰をポンと叩いて苦笑する。

「ここはティナ殿にお任せするでござるよ」

 チッ。
 こいつら。
 ナメくさりやがって。

「私は見習い天使のティナ。こちらがサムライのパメラさん。で、後ろの怖い顔のお兄さんが悪魔のバレットさんです。あなたのお名前は?」
「ボクはクラリッサ。このネフレシアの街に住んでるんだ」

 ティナの柔らかな物腰に安心したのか、クラリッサという名のそのガキはそう言うと表情をやわらげて笑顔を見せた。
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