どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!

枕崎 純之助

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第三章 『地底世界エンダルシュア』

第6話 仲違い

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「バレットさん! どうして彼を見捨てたんですか!」

 ティナが顔を真っ赤にして怒声を上げながら俺に詰め寄ってきた。
 この地下道に逃げ込む前に助けを求めてきた新式NPCの男を見捨てて、とびらを閉め切った俺に怒っていやがるんだ。
 今、とびらの外には無数の住民たちが押し寄せて来てドンドンと鉄製のそれを叩いていやがるが、分厚い鉄とびらを破って入って来ることは出来ないだろう。
 
「あいつを助けようと飛び出していったら、今頃おまえはこのとびらの外にいる住民どもにモミクチャにされて死んでいただろうよ」
「だ、だからって助けを求めている人を見捨てるなんて!」

 そう言ってキツイ非難の視線を向けてくるティナを俺はにらみ返した。

「あ? おまえの知ってる俺は誰かに助けを求められたらすぐにでも駆けつける男だったか? 違うだろ」
「で、ですが先ほどは襲われていたクラリッサさんを助けてあげてたじゃないですか」
「あれは孫娘を助けることで市長に恩を売って情報を引き出すためだ。そんなことくらいおまえだって分かってるはずだぞ」
「で、ですが……」

 愕然がぐぜんとしつつなおも食い下がろうとするティナに、俺はうなるような低い声で言った。

「いい加減にしろよ。おまえの仕事は何だ? 不正プログラムを持つ奴を捕まえることだろ。それが出来なくなっても構わねえってのか?」
「に、任務の遂行すいこうは大事ですが、だからって困っている人を見捨てていいことにはなりません!」 

 俺とティナは互いににらみ合う。
 俺はさっきから感じている苛立いらだちを我慢できずに吐き出した。

「フンッ。ヒルダの奴が旧式のNPCだけを操って、新式のNPCどもをそうしなかったのは何でだか分かるか? 新式のNPCどもが襲われるのをおまえは放っておけねえだろ。その正義感がおまえにとっての足枷あしかせなんだよ。おまえのその生ぬるい性格と行動傾向がヒルダに読まれてるんだ。付け入るすきを見せてんじゃねえぞ!」

 俺の怒鳴り声にティナは目に涙をためて肩を震わせる。
 そのくちびるを震わせながら反論の言葉を探すティナに、俺はさらにまくしたてた。

「感情で突っ走って、さっきの男のところに駆けつけたところでおまえに何が出来た? 天井に押しつぶされるか周りの奴らに取り押さえられるかしかねえ。状況判断するならすぐにとびらを閉めるしかなかったはずだ。違うか?」
「……確かにバレットさんの言う通りです。状況判断するならこれしかなかったと思います。でもそれはバレットさんの頭の中に最初から彼を助けるという選択肢がなかったからすぐに反応できたことでしょ? 私は出来ることなら彼を助けたかった。それは私の甘さですけど、私の生き方でもあるんです」

 そう言うとティナは両手で涙をぬぐいながら続ける。

「前回の戦いでバレットさんは何だかんだ言っても私を助けてくれましたよね。私、嬉しかったんですよ。バレットさんが私の相棒パートナーとして一緒に戦ってくれることが。だから私、思い違いかもしれないし自惚うぬぼれかもしれないけれど、バレットさんはそんな私の甘い思いをみ取ってくれると勝手に期待してました」

 そう言うとティナは泣きながら情けない顔で無理に笑って見せる。
 ……ムカつく顔だ。

「前に言ったよな。悪魔のことを信用するなと」
「私は悪魔じゃなくてバレットさんを信用したんです。バレットさんだから……」
「もうやめろ。俺はおまえの信用なんて必要としていないんだよ」

 ティナの言葉をさえぎってそう言う俺に、ティナはすっかり意気消沈して黙り込んだ。
 気付かないうちに俺とティナとの間に生ぬるい空気が流れていたようだな。
 不正プログラムを持つ敵を倒す。
 俺とティナは同じ目的を持っているように見えるが、そこに至るまでのアプローチがまるで異なるんだ。

 俺はとにかく強敵やムカつく敵を倒して自分の力を上げることに主眼を置いているが、ティナは自分が信じる正義を果たすために行動している。
 だからその過程でこうした軋轢あつれきが起きるのは当然のことだった。
 この先も行動を共にするならそうした衝突を避けては通れねえ。
 俺とこいつの間には、埋めることの出来ない深くて暗い川がある。
 それは今さら言うまでもないことだったんだ。

「……ティナ。この戦いが終わればコンビ解消だ」
「……えっ?」

 俺のその言葉にティナはビクッとして目を見開き、凍り付いたような表情で俺を見る。
 俺はその顔に苛立いらだちを覚えた。
 チッ。
 
「おまえはこれからも困っている奴を助けたがるだろう。俺は他人がどうなろうと構わねえ。変わらねえよ。俺もおまえも」

 この平行線は交わることは無い。
 それを無理に交わらせようとすれば、俺たちの関係は今回のようにきしんで不快な音を立てるだろう。
 だから線引きをしておく必要があるんだ。

「けどな、今こうして戦いに臨んでいる以上、必ずヒルダとロドリックを倒すところまでは完遂させるぞ。おまえには任務を果たす責任があるんだろ」

 ガキみてえな主張は引っ込めろ、とは言わなかった。
 ティナが即座にうなづいたからだ。

「……この地下道は製鉄所のすぐ近くにある公園まで延びています」

 ティナは涙にれた赤い目をゴシゴシとこすり、わずかにしずんだ声でそう言った。
 その表情は色の失われた花のようにくすんでいた。

「市長様からいただいた地図マップをバレットさんにも移譲します」

 そう言うとティナはメイン・システムを操作してマップをコピーし、俺が起動したメイン・システムにそれをペーストした。
 俺は改めて今自分が立っている地下通路の中を見回した。
 地下とはいえ、整備された街中のそれは証明が完備されていて明るかった。

 どうやらここは資材運搬用の坑道らしい。
 おそらく製鉄所と物資のやり取りをするために作られたんだろう。
 広めの通路の中央に鉄のレールが設置してあるのは、物資を車輪付きの箱か何かで運ぶためだと推測できる。

 とにかくここを進めば製鉄所の近くまで行ける。
 だが、ここはせまく逃げ場のない地下だ。
 ティナの修復術を奪われ、この閉ざされたネフレシアに落とされ、さらにはせま苦しい地下道に追い込まれた。
 ムカつくが着々と追い詰められている気がする。

「地上は……どうなっているんでしょうか。市庁舎は天井に押しつぶされてしまったんじゃ……」

 ティナは暗くしずんだ声でそう言う。
 チッ。
 鬱陶うっとうしい。

「さあな。今の俺たちにそれを確かめるすべはねえよ。それに他人を気にしている場合じゃねえ。俺たちはもうかなりヤバいところまでヒルダに追い詰められちまってるんだからな」

 俺はメイン・システムでティナから受け取った地図マップを確認する。
 南の方角へ延びているこの地下通路から製鉄所まではほんの3キロメートルほど先だった。
 そう遠くない。
 だが、どう考えても俺たちがここをただで進めるとは思えねえ。
 今この瞬間にもヒルダは俺たちを取り押さえようとするはずだ。

「おいティナ。えねえツラしてねえで考えろ。俺たちは追い詰められちゃいるが、まだ死んでねえ。それに気になることがある」
「気になること……ですか?」
「そうだ。ヒルダはその気になりゃ今すぐに俺たちをひねつぶせるはずだ。こっちは虎の子の修復術を取り上げられちまってるんだからな。なのにヒルダはなぜ俺たちをここまで放っておく?」
「いえ、放っておかれてはいないかと……」

 ティナは首をかしげるが、俺は違和感を消し去れずにいる。
 狂乱するNPC、降下する天井。
 ハッキリ言って生ぬるい。
 もっと本気で俺たちをつぶすつもりなら、ここで天井、壁、地面を操作して一瞬で俺たちを押しつぶしてミンチにするはずだ。

「もしかしたら……それをしたくない理由があるのかも」
「あるいは今すぐには不正プログラムの力を振るえない状態にあるってことも考えられる。狂ったNPCどもにしろ降下する天井にしろ、それを俺たちにけしかけているようにも見えるが、事前に用意したものが発動しているだけに過ぎないのかもしれねえ」

 もちろん安心はできねえが、ヒルダにも何か事情があるんだろう。
 とにかく俺たちは一刻も早くティナの修復術を取り戻さなきゃならねえ。

「ティナ。とにかく進むぞ。ヒルダがいつまでも何もしてこないわけはねえからな」

 時間が惜しい。
 俺はティナが付いてこれる程度の速度で走り出した。
 後からついて来るティナは先ほどから変わらず口数は少ない。
 ま、いつもはペラペラとうるさい奴だから、このくらいでちょうどいいぜ。

 そんなことを思いながらも俺は、妙な沈黙がどこか居心地悪く感じられる。
 俺自身もこいつがいることに少しずつ慣れちまったのかもな。
 悪い傾向だ。
 俺は自分の思考を振り払うように足を早めた。

「ティナ! スピードを上げるぞ」 

 俺が速度を上げると、ティナの奴は走ってついてくるのが辛くなったようで、黙って翼を広げて天井の低い通路を低空飛行し始めた。
 だが、そこからほんの1分も走らないうちに異変はやってきた。
 天井からパラパラと石のカケラが舞い落ちてきたかと思うと、俺たちの頭上の天井がいきなりくずれてきやがったんだ。
 立ち止まっていたら間に合わねえ!

「ティナ!」
「きゃっ!」

 俺は咄嗟とっさの判断で、すぐ後ろを飛んでいたティナの腕を反射的につかむと、猛ダッシュで前方にすべり込む。
 頭上から落ちてくる瓦礫がれきをギリギリのところで避けた俺たちだが、背後に落ちた瓦礫がれきの中から異様な姿の化け物どもが姿を現しやがった。
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