4 / 105
第一章 ブレイン・クラッキング
第4話 1級感染者
しおりを挟む
「う、後ろだ!」
機長がそう叫び、反射的に恋華は自分の背後を振り返った。
そこに立っていたのは先ほど操縦室の扉を開けて出てきた副操縦士だった。
ただしその顔からは先ほどまでの理性は失われ、まさしく悪魔じみた狂気を孕んでいる。
「くっ!」
恋華は慌てて左手を副操縦士の前に突き出すが、副操縦士はその手を払いのけると一気呵成に恋華に飛びかかる。
そして伸びてきた副操縦士の2つの手が恋華の白くて細い首を締め上げた。
がっしりとした大きな手が恋華の首元にがっちりと食い込んでいる。
「くはっ……うぎぅ……」
気管を締め上げられ、息も絶え絶えに声を漏らす恋華の耳元におぞましい声が響く。
「忌々シイ神気ヲ撒キ散ラス神ノ使イヨ。死ネ……」
(い、1級感染者。しまった……予言はあくまでも【操縦室前】だった……のに)
恋華は土壇場で自分が判断を誤ってしまったことに今さらながら気がついた。
先ほどの正気に見せかけた副操縦士のその表情こそ罠だったのだ。
だが後悔してもすでに遅く、首を絞められて酸欠状態の恋華は抵抗する力を失った。
懸命に副操縦士の手をつかんでいた彼女の両手が力なくガクリと下ろされる。
(こ、こんなところで……)
恋華の目の前が暗くなりかけた。
だが、彼女の意識が遠のきかけたその瞬間、操縦席ら立ち上がった機長がとっさに副操縦士に体当たりを浴びせた。
そのはずみで副操縦士は機長とともに倒れ込み、恋華はその両手から解放されて床に倒れ落ちる。
二人の男は床の上で激しく格闘していた。
彼らの手足が計器に当たってけたたましい音を立てる。
だが、副操縦士のほうが体格も大きく力も強い。
機長は幾度も顔や腹を殴られて徐々に劣勢になっていく。
その音と争う声にハッと我に返った恋華は激しくむせ返った。
「ゲホッ! ゲホゲホッ! はぁっ……ふぁ」
急激に肺の中に空気が満ちていき、欠乏していた酸素が血液の中を一気に駆け巡る。
頭がクラクラして、ぼやけた視界の中、次第に焦点が合っていく。
気がつくと恋華は操縦室の床に倒れていた。
呼吸はまだ荒く、締められた首はひどく痛むが、恋華は目の前で副操縦士が機長を打ちのめすのを見て歯を食いしばった。
副操縦士は恋華が立ち上がったことに気がつき、機長を振り払うと恋華に飛びかかってくる。
「ウガァ!」
「きゃっ!」
副操縦士は恋華の肩をつかみ、操縦席の椅子に力任せに押し付けた。
「ソノ首ヒネリ潰シテクレル」
そう言うと片方の手を再び恋華の首にかけようとした。
その時、殴られて顔面を血に染めた機長が反対側の操縦席で自動操縦システムを解除して操縦桿を力いっぱい押し込んだ。
途端に機体が急下降し、恋華を押さえ込んでいた副操縦士が体勢を崩して計器板に顔を打ちつける。
(今だ!)
恋華はこの隙を見逃さなかった。
彼女は副操縦士の後頭部に左手を押し付ける。
調査官の名を冠する左手の指輪【スクルタートル】が赤い光を放ち、電気信号が恋華の体を駆け巡って彼女の脳に到達する。
ほんの一瞬の間に彼女の脳が情報を処理し、目の前にいる男の中に巣食っていた悪しきプログラムの解析が進んでいく。
わずか1秒に満たない間に、恋華の脳はその解析処理を行った。
その間、副操縦士は恋華の左手をつかんでこれをひねり上げようとする。
だが、恋華の反応のほうがほんのわずかに早かった。
「解析完了よ」
そう言うと恋華は素早く男の頭に今度は右手で触れた。
医師の名を冠する右手の指輪【メディクス】が青い光を放つと、彼女の脳内で解析された信号が修正プログラムとなり、彼女の右手を通して再び副操縦士の脳内へと戻っていく。
ほんのわずかな沈黙の後、副操縦士は目をカッと見開いたまま、けたたましい悲鳴を上げた。
「ウガァァァァァッ!」
それも刹那のことであり、すぐに副操縦士は一切の体の力を失って
床に崩れ落ちた。
恋華は相手の最後を見届けると静かにつぶやいた。
「どこの誰だか知らないけど、あなたが悪魔なんかじゃないことは分かってるわ。ブレイン・クラッカー。あなたは必ず私が修正してあげる」
ようやくこの空の上の騒動は決着を見た。
恋華に襲い掛かっていた副操縦士は床に突っ伏したまま動かなくなったが、息はある。
機長は何が起きたのか分からず呆然とした表情を浮かべていたが、仕事への使命感からすぐに操縦席に座り直すと操縦桿を握り締めた。
すっかりと黒い霧が晴れた操縦室で、機長による管制塔へのエマージェンシーコールが発せられる中、恋華はようやくその目に安堵の色を滲ませた。
だが、彼女の所属する組織【カントルム】の指示により恋華が日本で行うべき仕事はまだ始まったばかりであった。
恋華を乗せた飛行機は彼女の生まれ故郷である日本の地へと降り立とうとしていた。
機長がそう叫び、反射的に恋華は自分の背後を振り返った。
そこに立っていたのは先ほど操縦室の扉を開けて出てきた副操縦士だった。
ただしその顔からは先ほどまでの理性は失われ、まさしく悪魔じみた狂気を孕んでいる。
「くっ!」
恋華は慌てて左手を副操縦士の前に突き出すが、副操縦士はその手を払いのけると一気呵成に恋華に飛びかかる。
そして伸びてきた副操縦士の2つの手が恋華の白くて細い首を締め上げた。
がっしりとした大きな手が恋華の首元にがっちりと食い込んでいる。
「くはっ……うぎぅ……」
気管を締め上げられ、息も絶え絶えに声を漏らす恋華の耳元におぞましい声が響く。
「忌々シイ神気ヲ撒キ散ラス神ノ使イヨ。死ネ……」
(い、1級感染者。しまった……予言はあくまでも【操縦室前】だった……のに)
恋華は土壇場で自分が判断を誤ってしまったことに今さらながら気がついた。
先ほどの正気に見せかけた副操縦士のその表情こそ罠だったのだ。
だが後悔してもすでに遅く、首を絞められて酸欠状態の恋華は抵抗する力を失った。
懸命に副操縦士の手をつかんでいた彼女の両手が力なくガクリと下ろされる。
(こ、こんなところで……)
恋華の目の前が暗くなりかけた。
だが、彼女の意識が遠のきかけたその瞬間、操縦席ら立ち上がった機長がとっさに副操縦士に体当たりを浴びせた。
そのはずみで副操縦士は機長とともに倒れ込み、恋華はその両手から解放されて床に倒れ落ちる。
二人の男は床の上で激しく格闘していた。
彼らの手足が計器に当たってけたたましい音を立てる。
だが、副操縦士のほうが体格も大きく力も強い。
機長は幾度も顔や腹を殴られて徐々に劣勢になっていく。
その音と争う声にハッと我に返った恋華は激しくむせ返った。
「ゲホッ! ゲホゲホッ! はぁっ……ふぁ」
急激に肺の中に空気が満ちていき、欠乏していた酸素が血液の中を一気に駆け巡る。
頭がクラクラして、ぼやけた視界の中、次第に焦点が合っていく。
気がつくと恋華は操縦室の床に倒れていた。
呼吸はまだ荒く、締められた首はひどく痛むが、恋華は目の前で副操縦士が機長を打ちのめすのを見て歯を食いしばった。
副操縦士は恋華が立ち上がったことに気がつき、機長を振り払うと恋華に飛びかかってくる。
「ウガァ!」
「きゃっ!」
副操縦士は恋華の肩をつかみ、操縦席の椅子に力任せに押し付けた。
「ソノ首ヒネリ潰シテクレル」
そう言うと片方の手を再び恋華の首にかけようとした。
その時、殴られて顔面を血に染めた機長が反対側の操縦席で自動操縦システムを解除して操縦桿を力いっぱい押し込んだ。
途端に機体が急下降し、恋華を押さえ込んでいた副操縦士が体勢を崩して計器板に顔を打ちつける。
(今だ!)
恋華はこの隙を見逃さなかった。
彼女は副操縦士の後頭部に左手を押し付ける。
調査官の名を冠する左手の指輪【スクルタートル】が赤い光を放ち、電気信号が恋華の体を駆け巡って彼女の脳に到達する。
ほんの一瞬の間に彼女の脳が情報を処理し、目の前にいる男の中に巣食っていた悪しきプログラムの解析が進んでいく。
わずか1秒に満たない間に、恋華の脳はその解析処理を行った。
その間、副操縦士は恋華の左手をつかんでこれをひねり上げようとする。
だが、恋華の反応のほうがほんのわずかに早かった。
「解析完了よ」
そう言うと恋華は素早く男の頭に今度は右手で触れた。
医師の名を冠する右手の指輪【メディクス】が青い光を放つと、彼女の脳内で解析された信号が修正プログラムとなり、彼女の右手を通して再び副操縦士の脳内へと戻っていく。
ほんのわずかな沈黙の後、副操縦士は目をカッと見開いたまま、けたたましい悲鳴を上げた。
「ウガァァァァァッ!」
それも刹那のことであり、すぐに副操縦士は一切の体の力を失って
床に崩れ落ちた。
恋華は相手の最後を見届けると静かにつぶやいた。
「どこの誰だか知らないけど、あなたが悪魔なんかじゃないことは分かってるわ。ブレイン・クラッカー。あなたは必ず私が修正してあげる」
ようやくこの空の上の騒動は決着を見た。
恋華に襲い掛かっていた副操縦士は床に突っ伏したまま動かなくなったが、息はある。
機長は何が起きたのか分からず呆然とした表情を浮かべていたが、仕事への使命感からすぐに操縦席に座り直すと操縦桿を握り締めた。
すっかりと黒い霧が晴れた操縦室で、機長による管制塔へのエマージェンシーコールが発せられる中、恋華はようやくその目に安堵の色を滲ませた。
だが、彼女の所属する組織【カントルム】の指示により恋華が日本で行うべき仕事はまだ始まったばかりであった。
恋華を乗せた飛行機は彼女の生まれ故郷である日本の地へと降り立とうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる