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第三章 トロピカル・カタストロフィー
第23話 銀髪の修道女
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動乱のポルタス・レオニス。
神父に別れを告げた甘太郎は地下道を懸命に走り続けていた。
あと数百メートルも進めば、全ての地下通路につながる地下街のメインコートに出るはずだった。
そこまで行けば恋華とも会えるはず。
甘太郎はそう考えた。
だが、甘太郎は前方に見える曲がり角の手前十数メートルのところで不意に足を止める。
行く先の曲がり角から突如として一人の人物が現れたためだ。
緩やかなウェーブのかかった銀髪を背中に垂らした浅黒い肌の女性がそこに立っていた。
「あ、あんたは……」
そう言いかけて甘太郎はじっとその女性を見つめ、静かに息を飲んだ。
女は修道女の服装をしており、甘太郎にニコリと微笑みかけて口を開いた。
「お急ぎのようね。でもこの先は行き止まりよ」
現地人らしき外見とは裏腹に、彼女の口から発せられたそれは澱みのない日本語だった。
甘太郎はつい先ほどマッケイガン神父から聞いた銀髪の修道女の話を思い返した。
その女がマッケイガン神父を襲った危険人物であるということ。
そして恐らくブレイン・クラッキング現象を巻き起こした張本人であるということ。
今、目の前にいるのは十中八九、その危険人物にして黒幕の女であることを悟り、甘太郎は身を固くした。
(この女か……)
女の目の焦点は合っており、正気を失っている様子は見えない。
少なくとも感染者ではないようだった。
(ということは、やっぱりこの女が本丸の主犯か)
緊張感で全身の毛が逆立つような感覚を覚えながらも、甘太郎は努めて冷静な口調で修道女に話しかけた。
「とうとうお出ましか。悪の親玉ってのは暗黒の塔の頂上で待ち受けてるもんじゃないのか?」
甘太郎がそう言うと女は目を細めて妖艶な笑みを浮かべる。
「私、行動派なの。相手が上がって来るのを待ってるだけなんてつまらないわ。下までお出迎えに行って、直接この手で叩き潰してあげたいわ。特にあなたのことは」
そう言うと女は優雅な仕草で一歩前に出て、警戒する甘太郎に語りかけた。
「不思議な力を持っているのね。それ、どこで手に入れたのかしら? 酒々井甘太郎くん」
薄笑みを浮かべてそう言う修道女の言葉に甘太郎は不快感を覚える。
女の声が、自分の奥底まで見透かそうとするかのようなその視線が、甘太郎を無意識のうちに怯えさせていた。
それでも甘太郎はその怯えを顔に出さないようにして軽口を叩いた。
「それは秘密だ。あんたも秘密にしていることがあるだろ? たとえば人様の脳に土足でズカズカと入り込む図々しい女だってこととかな。そんな罰当たりな格好をして神様に怒られるぞ」
甘太郎はそう言うと、女が何かを返答する前に素早く両手で印を組む。
即座に修道女の足元に直径2メートルほどの闇穴が開き、女は穴に吸い込まれていった。
そして甘太郎の制御により、修道女は首の辺りで固定され、例によって床から頭だけを出した状態となる。
甘太郎はしゃがみ込むと鋭い視線を投げかけて女を咎める。
「ダメだぜ。お姉さん。あんたのやってることは最悪の犯罪行為だ。罪を償ってもらうぞ」
だが、女は表情ひとつ変えずに涼しい顔で口を開いた。
「不細工な闇穴ね。しかも手で印を組まないといけないなんてスマートじゃないわ」
女の言葉に目を見開いた甘太郎の足元に、突如として漆黒の穴が出現する。
「うおっ?」
急に足場が消えてしまい、甘太郎は驚きの声を上げながら穴の中に吸い込まれていく。
そしてつい今しがた甘太郎が修道女をそうしたように、彼自身が首から上だけを残して床に固定されてしまった。
代わりに修道女を固定していた闇穴が術者である甘太郎の意思とは無関係に開いていき、修道女の体は全て床の上に露出して解放される。
「なっ……?」
身動きを封じ込まれた甘太郎は、愕然として女を見上げる。
「立場が逆転したわね」
修道女はしっかりと地に足をつけて立つと、甘太郎を見下ろして余裕の表情でそう言った。
神父に別れを告げた甘太郎は地下道を懸命に走り続けていた。
あと数百メートルも進めば、全ての地下通路につながる地下街のメインコートに出るはずだった。
そこまで行けば恋華とも会えるはず。
甘太郎はそう考えた。
だが、甘太郎は前方に見える曲がり角の手前十数メートルのところで不意に足を止める。
行く先の曲がり角から突如として一人の人物が現れたためだ。
緩やかなウェーブのかかった銀髪を背中に垂らした浅黒い肌の女性がそこに立っていた。
「あ、あんたは……」
そう言いかけて甘太郎はじっとその女性を見つめ、静かに息を飲んだ。
女は修道女の服装をしており、甘太郎にニコリと微笑みかけて口を開いた。
「お急ぎのようね。でもこの先は行き止まりよ」
現地人らしき外見とは裏腹に、彼女の口から発せられたそれは澱みのない日本語だった。
甘太郎はつい先ほどマッケイガン神父から聞いた銀髪の修道女の話を思い返した。
その女がマッケイガン神父を襲った危険人物であるということ。
そして恐らくブレイン・クラッキング現象を巻き起こした張本人であるということ。
今、目の前にいるのは十中八九、その危険人物にして黒幕の女であることを悟り、甘太郎は身を固くした。
(この女か……)
女の目の焦点は合っており、正気を失っている様子は見えない。
少なくとも感染者ではないようだった。
(ということは、やっぱりこの女が本丸の主犯か)
緊張感で全身の毛が逆立つような感覚を覚えながらも、甘太郎は努めて冷静な口調で修道女に話しかけた。
「とうとうお出ましか。悪の親玉ってのは暗黒の塔の頂上で待ち受けてるもんじゃないのか?」
甘太郎がそう言うと女は目を細めて妖艶な笑みを浮かべる。
「私、行動派なの。相手が上がって来るのを待ってるだけなんてつまらないわ。下までお出迎えに行って、直接この手で叩き潰してあげたいわ。特にあなたのことは」
そう言うと女は優雅な仕草で一歩前に出て、警戒する甘太郎に語りかけた。
「不思議な力を持っているのね。それ、どこで手に入れたのかしら? 酒々井甘太郎くん」
薄笑みを浮かべてそう言う修道女の言葉に甘太郎は不快感を覚える。
女の声が、自分の奥底まで見透かそうとするかのようなその視線が、甘太郎を無意識のうちに怯えさせていた。
それでも甘太郎はその怯えを顔に出さないようにして軽口を叩いた。
「それは秘密だ。あんたも秘密にしていることがあるだろ? たとえば人様の脳に土足でズカズカと入り込む図々しい女だってこととかな。そんな罰当たりな格好をして神様に怒られるぞ」
甘太郎はそう言うと、女が何かを返答する前に素早く両手で印を組む。
即座に修道女の足元に直径2メートルほどの闇穴が開き、女は穴に吸い込まれていった。
そして甘太郎の制御により、修道女は首の辺りで固定され、例によって床から頭だけを出した状態となる。
甘太郎はしゃがみ込むと鋭い視線を投げかけて女を咎める。
「ダメだぜ。お姉さん。あんたのやってることは最悪の犯罪行為だ。罪を償ってもらうぞ」
だが、女は表情ひとつ変えずに涼しい顔で口を開いた。
「不細工な闇穴ね。しかも手で印を組まないといけないなんてスマートじゃないわ」
女の言葉に目を見開いた甘太郎の足元に、突如として漆黒の穴が出現する。
「うおっ?」
急に足場が消えてしまい、甘太郎は驚きの声を上げながら穴の中に吸い込まれていく。
そしてつい今しがた甘太郎が修道女をそうしたように、彼自身が首から上だけを残して床に固定されてしまった。
代わりに修道女を固定していた闇穴が術者である甘太郎の意思とは無関係に開いていき、修道女の体は全て床の上に露出して解放される。
「なっ……?」
身動きを封じ込まれた甘太郎は、愕然として女を見上げる。
「立場が逆転したわね」
修道女はしっかりと地に足をつけて立つと、甘太郎を見下ろして余裕の表情でそう言った。
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