甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター

第2話 闇の中の対決

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 真っ黒なきりが立ちこめる中、恋華れんかは中空をただよっていた。
 突如とつじょとして引き込まれた世界に恋華れんかつかの間、自分の置かれた状況を理解できずに困惑こんわくして目を白黒させた。

「な、なに?」

 恋華れんかはむせ返るような魔気まきに思わず顔をしかめたが、それ以上に体を包み込む慣れない浮遊感に戸惑とまどいの声を上げた。
 つい数十秒前まで地下道の廊下ろうかを走っていたはずだったのだが、突然に地面に出来たけ目に引きずり込まれてしまった。
 足首をつかまれたような感覚があったが、見ると身の回りにはだれの姿もない。

「ここは……闇穴やみあなの中?」

 見たことのない奇妙な光景に恋華れんかはどうしようもない不安を覚えてしまう。
 非常に
魔気まきによって息苦しい思いをしながら恋華れんかは何とかここから脱出する方法がないかと周囲を見回した。
 薄暗うすぐらやみがどこまでも広がっている。
 彼女を飲み込んだ空間のけ目はすでに閉じてしまったようで、どこにも見当たらない。
 このままこの空間に閉じ込められてしまうのではないかという恐怖心に恋華れんかが身をふるわせたその時、突如とつじょとして何者かの声が鳴りひびいた。

梓川あずさがわ恋華れんか。私を追ってここまで来たのね」

 その声に恋華れんかはハッとして前方に目をらす。
 するとそこに薄暗うすぐら魔気まきけむりに包まれた人影が浮かび上がった。

「あ、あなたは……」

 恋華れんかの見つめる前方に現れたのは銀髪の修道女しゅうどうじょだった。
 恋華れんか修道女しゅうどうじょの持つ禍々まがまがしい雰囲気ふんいきはだで感じて直感した。

「あなたが……ブレイン・クラッキングのウイルスをばらまいた犯人ね」

 恋華れんかが必死に怒りを押し殺しながらそうたずねると修道女しゅうどうじょ鷹揚おうように両腕を広げてうなづいた。

「ええ。そうよ。私はフランチェスカ。あなたのにくかたき。あなたの両親を抜けがらにして、あなたの妹を亡き者にした女」
 
 フランチェスカの余裕の口ぶりが恋華れんかの怒りをあおり立てる。

「くっ……よくもぬけぬけと」
「ああ。そうそう。あなたのかわいい護衛ごえいぼうやもさっき殺してあげたわよ。死体はどこかに消えてなくなったけど」
「なっ!」

 フランチェスカの言葉に恋華れんかは思わず声を失って両目を大きく見開いた。
 そんな彼女の様子を嘲笑あざわらうかのようにフランチェスカはおどけた口調で言葉を重ねる。

「次々と大事なものがうばわれてどんな気分かしら。くやしい? 悲しい?」
「ふざけないで!」

 恋華れんかはついにこらえきれずに激昂げきこうした。
 だがそんな彼女の怒りにも、フランチェスカはあざけるようにつやっぽいみを浮かべて応じた。

「ふふふ。いやよ。だってこんなのはね、おふざけなの」
「な、なんですって?」
「人間ののうを乗っ取るのも命をうばうのも私にとってはお遊びなのよ。私の趣味しゅみ

 フランチェスカの言葉が理解できないといった顔をして恋華れんかくちびるめた。

「……許せない。あなたのことをこれ以上、野放しには出来ないわ」

 そう言うと恋華れんかは両手の指輪をフランチェスカに向けて毅然きぜんと言い放った。

「あなたのくさった性根しょうねも、人々を不幸にする不条理も、私が修正してあげる!」

 そんな恋華れんかを見るフランチェスカの目にするどい光が宿った。
 獲物えものる喜びに満ちた嗜虐しぎゃくの光だ。

「勇ましいのはけっこうだけど、今のあなたに何が出来るのかしら。氷上ひかみ恭一きょういちを修正しようとしたときのことを忘れたの? その指輪で私にれたら、あなたののうが焼き切れるかも」
 
 新宮しんぐう総合病院での一件が恋華れんか脳裏のうりをよぎる。
 氷上ひかみ恭一きょういちを修正しようとした恋華れんかは、彼が持っていた抵抗ていこうプログラムによってえがたい頭痛にさいなまれたのだ。
 それを防ぐために恋華れんかの師であるイクリシアが送ってくれた第3の霊具【スブシディウマ】はいまだ恋華れんかの手元にはとどかずじまいだった。
 それでも恋華れんかは負けじと言い放つ。

「上等よ。この身がどうなろうと、命に代えてもあなたを修正するわ!」
「ふふふ。その虚勢きょせいがいつまで続くかしらね」

 そう言うとフランチェスカはむねに下げているネックレスの先についている漆黒しっこく宝石ほうせきをちぎり取り、それを口に放り込んだ。

「忘れないほうがいいわ。ここは中間世界。現世よりも私の故郷こきょうである魔界に近い。私はあなたの世界にいるときと違って、人の形を保つ必要がないのよ」

 そう言うとフランチェスカは少しだけ前屈まえかがみの姿勢しせいをとる。
 恋華れんか警戒けいかいして身構みがまえるが、フランチェスカの身に起きた変容に思わず唖然あぜんとして表情を固めた。
 信じられないことに、フランチェスカの背中から今まさに羽化うかしたかのように一対いっつい漆黒しっこくの翼が大きく飛び出してきたのだ。

「なっ……」

 その様子はさながらギリシャ神話のニケのようだったが、黒い翼が禍々まがまがしさを演出し、フランチェスカの邪悪じゃあく雰囲気ふんいきを増大させていた。
 恋華れんか怖気おじけづきそうになる自分の心を必死にふるい立たせた。
 相手は自分とはちがう。
 人の姿すがた仮初かりそめとしてはいるが、その本性は人智じんちえた存在である悪魔なのだ。
 
「ここでは私の力をしばいましめは弱いのよ。逆にあなたはどうかしら?」

 そう言うとフランチェスカは翼をはためかせて自在にちゅうを舞う。
 一方、足場のないこの空間に浮かぶ恋華れんかは浮遊感にとらわれたまま思うように動けずにいた。

「くっ!」

 覚束おぼつかない動きで必死にもがく恋華れんかとは対照的に、フランチェスカは素早すばやちゅうを舞うとあっという間に恋華れんかに接近する。

(こっちに飛び道具はない。向こうが近づいて来た時だけがチャンスだ)

 そう自分に言い聞かせると、恋華れんかは必死に体勢を立て直して意識を集中させる。

「少し遊んであげる。すぐには殺さないから安心して」

 そう言うとフランチェスカは恋華れんかの頭上から急降下する。
 恋華れんかは自分のすぐ近くまで迫ってきたフランチェスカにタイミングを合わせ、左右の指輪型霊具【スクルタートル】と【メディクス】を装備した両手でこれにれようと手をばした。
 だが、間近まぢかせまったフランチェスカの動きは遠目で見るよりもはるかに速く、恋華れんかの両手はこれをとらえきれずに空を切った。

「痛っ!」

 途端とたん恋華れんかうでに走るするどい痛みに顔をしかめた。
 見ると二のうでの外側に切り傷が出来ていて、血がにじんでいる。

「あら? 痛かった?」

 そう言いながらフランチェスカは恋華れんかの頭上数メートルのところで制止し、恋華れんかを見下ろして小気味よい笑い声を立てる。
 フランチェスカは両手を広げて左右5本ずつの指を恋華れんかに見せた。
 そこには先ほどまでよりはるかにびたするどく黒いつめが生じている。
 フランチェスカがすれ違いざまにそのするどつめで自分のうでりつけたのだと恋華れんかは理解した。
 鋭利えいり刃物はものられたような自分のうでの傷を見て、恋華れんか緊張きんちょうに身をすくめる。

(あれで首をかれたら致命傷ちめいしょうだわ)

 恋華れんかは腹の底からき上がる恐怖を必死に押し殺しながら、フランチェスカと再び対峙たいじする。

「さあ、まだまだ遊びはこれからよ」

 愉悦ゆえつにまみれた表情でそう言うとフランチェスカは再び恋華れんかの周囲を縦横無尽じゅうおうむじんに飛び回り始めた。
 その様子は闇夜やみよに舞う吸血きゅうけつコウモリのような不気味ぶきみさをかもし出していた。
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