甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター

第17話 約束の指輪

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「帰ってきて。私のところに帰ってきて。アマタローくん」

 指先ひとつ動かさず、まばたきひとつ見せない甘太郎あまたろうに向かって恋華れんかは自分の思いを口にした。
 その時だった。
 アパートの部屋の様子が一変したのは。
 部屋の外で轟音ごうおんが鳴りひびき、窓から見える漆黒しっこくやみの中に様々な建造物けんぞうぶつ残骸ざんがいただよっている。
 それらはやみ彼方かなたへと消えていこうとしていた。

「い、一体なにが?」

 恋華れんか不審ふしんげにまゆひそめる中、アパートの部屋が一度、大きくれた。

「きゃっ!」

 恋華れんかは悲鳴を上げて咄嗟とっさにテーブルにしがみついた。
 衝撃しょうげきによって部屋がきしむ音を立てる。
 それから一瞬の間を置いて、部屋はバリバリと音を立ててくずれ始めた。

 まず部屋の中の天井てんじょうがれて上空の四方八方へと飛んでいき、次いで四方のかべがボロボロと壊れ落ちていく。
 異様な状況に恋華れんかは目をいて歯を食いしばると、甘太郎あまたろうの両手をにぎり直してテーブルにへばりつくように突っした。
 ものの十数秒でゆかかべもすっかり失われてしまったが、かろうじて恋華れんか甘太郎あまたろうすわ椅子いすの周辺の床板ゆかいただけが残されていた。

「ど、どういうこと……?」

 天井てんじょうかべのなくなった部屋を見回す恋華れんかは、その代わりにガラスの球体が部屋を包み込んで、これ以上の崩壊ほうかいから守っていることを知った。
 恋華れんかは頭上を囲むガラス面を見上げ、その先の上空に消えかけている一人の人影を見つけた。

「あ、あれって……」

 恋華れんかはそれが先ほど商店街で出会った少年甘太郎あまたろうの姿だと気が付いた。
 その姿は今やほとんど消えかけていて、漆黒しっこくやみの中をただよっていた。

「アマタローくん!」

 思わずさけび声を上げる恋華れんかだったが、そこでふいに視線を落とした。
 彼女が固くにぎめていた甘太郎あまたろうの冷たい手が、手の中でピクリと動いたのだ。

「はっ……」

 恋華れんかは目の前にすわ甘太郎あまたろうの顔を見やった。
 そして甘太郎あまたろうの身に起きた変化に恋華れんかは目を見張る。
 つい今しがたまで人形のように無機質で生気せいきの感じられなかった甘太郎あまたろうだったが、今はその顔に血の気がもどり、冷え切っていたその手はいつの間にか温度を取りもどしつつあった。
 恋華れんかはじかれたように甘太郎あまたろうの両手をにぎったまま声を上げる。

「アマタローくん? 私だよ! 恋華れんかだよ! 目を覚まして! アマタローくん!」

 恋華れんかはほとんど絶叫ぜっきょうするほどの声で甘太郎あまたろうに必死にびかけた。
 甘太郎あまたろうは苦しげに目を閉じてうめくような声を上げる。

「ううっ……」

 先ほどまでの無表情で目を見開いたままだった甘太郎あまたろうとは明らかにことなる、人間らしい表情がそこにはあった。
 甘太郎あまたろうの明白な変化に恋華れんかは勇気付けられたように彼へのびかけを続けようとする。
 だが、頭上に気配を感じてふと見上げると、そこには上方から降下してくる人影があった。
 それは今や消えかかっている少年甘太郎あまたろうの姿だった。

 恋華れんかは先ほど商店街で自分を守ってくれたおさないその姿を見て、悲壮ひそうな表情を浮かべる。
 もはや少年甘太郎あまたろうの姿はわずかに細い糸一本でこの世界につなぎ止められていることは見た目にも明らかで、恋華れんかは悲しみをこらえるようにくちびるめる。
 そして降下してきた彼がガラスの球体にれると、はじけるようにしてその姿は霧散むさんして消えてしまった。

「あっ!」

 思わず声を上げる恋華れんかの目の前で、霧散むさんした少年甘太郎あまたろうは黒い粒子りゅうしと化し、ガラス球面を通り抜けて部屋の中へと降りそそいだ。
 キラキラと黒くかがやくその粒子りゅうし甘太郎あまたろうの体に降りそそいだその時、彼は体をビクッとふるわせた。
 そしてその顔を少しだけ上げ、恋華れんかのほうを見つめた。
 甘太郎あまたろうのその目が確かに恋華れんかを見つめている。
 恋華れんかはグッとあごを引いて息を飲み、甘太郎あまたろうの視線をまっすぐ受け止めた。 

「れ、恋華れんかさん……」

 生気せいきの感じられなかった甘太郎あまたろうの目にとうとう意思の光が宿り、その口から自分の名をぶ声を聞いた恋華れんかは、思わず歓喜かんきの声を上げた。

「ア、アマタローくん!」

 そして恋華れんかはたまらずテーブルの上に身を乗り上げて甘太郎あまたろうの首に手を回し、力いっぱいに彼にしがみついた。

「アマタローくん! アマタローくん!」

 甘太郎あまたろうは目を白黒させて恋華れんかのことを抱き止めながら、彼女と自分自身を落ち着かせるように彼女のかたに手を置くと自分の体からそっと引き離した。

「れ、恋華れんかさん。無事で良かった」

 甘太郎あまたろう恋華れんかを確かめるようにその顔と体をすがめ見る。
 恋華れんかは体中あちこち傷だらけで、衣服も破れ、その顔は疲労ひろう困憊こんぱいなのが見た目にも明らかだった。
 甘太郎あまたろうは思わず歯を食いしばると、申しわけ無さそうに頭を下げた。

「すみません。恋華れんかさんが大変なときに一緒いっしょにいられなくて」

 甘太郎あまたろうがそう言うと恋華れんかはうつむいた。
 そのかた小刻こきざみにふるえる。

「ず……ずっと私、ずっとアマタローくんに会いたかったんだよ!」

 恋華れんかは目になみだをためながら赤くまったほほふくらませておこったようにそう言った。
 それはひどく感情的な、そしてあまえるような言葉だった。

「へっ? れ、恋華れんかさん?」
 
 呆気あっけにとられる甘太郎あまたろうの顔を見て、恋華れんかはハッとして赤面せきめんしたままかぶりを振った。

「あ……いや、変な意味じゃなくて。し、心配したんだからね!」

 あわてて取りつくろうようにそう言う恋華れんかに、甘太郎あまたろうこまったように視線を泳がせた。

「あ、ああ。すみません。俺、自分でもワケ分からなくて。フランチェスカに殺されたのかと思ってたら、いつの間にかこんな場所に……」
 
 そう言う甘太郎あまたろうの手を恋華れんかは再びそっとにぎった。

「アマタローくんが無事で良かった。本当に……良かった」

 恋華れんかの言葉は切実なひびきをともなって、甘太郎あまたろうむねに深くきざみ込まれた。
 うれしさと気恥きはずかしさが入りじって甘太郎あまたろうは声を上ずらせながら言った。

「こ、こまかい事は後にしましょう。俺、恋華れんかさんに渡さないといけないものがあります」
 
 そう言うと甘太郎あまたろうはシャツのむねポケットのボタンを外す。
 先ほど深いもやに包まれた世界で甘太郎あまたろうの目の前に置かれていたリングケースは、今確かに彼のふところおさめられていた。
 それを取り出すと恋華れんかに手渡す。

「これは……もしかして」

 おどろいてそう言う恋華れんか甘太郎あまたろううなづいた。

「マッケイガン神父から預かりました。これがあれば恋華れんかさんはフランチェスカに修正プログラムを投与とうよしても、抵抗ていこうプログラムの逆流を防げるはず」

 そう。
 それは切りふだとしてカントルムのイクリシア・ミカエリスが恋華れんかのために用意していた第3の霊具【スブシディウマ(援軍)】だった。
 恋華れんか甘太郎あまたろうからリングケースを受け取ると、開いてその中身を確認する。
 中には確かに緑色の宝石ほうせきをあしらった白銀色の指輪がおさめられている。
 恋華れんかはそのかがやきを確かめると、しばし何かを考えるようにだまり込んだ。
 どの指にはめる指輪かを確かめていのかと甘太郎あまたろうは思ったが、やや時間が長いので彼は首をひねる。

恋華れんかさん? 早くそれを……」

 怪訝けげんな顔でそう言う甘太郎あまたろうの言葉をさえぎり、恋華れんかはリングケースを開いたまま甘太郎あまたろうに突き返す。
 そしてずかしそうに眉間みけんにしわを寄せると、おずおずと申し出た。

「ア、アマタローくんがはめて」

 甘太郎あまたろうは一瞬、何を言われているのか理解できずにほうけた表情を見せたが、すぐに気を取り直して恋華れんかに問い返す。

「え、お、俺がですか? でも俺、指輪なんて女の人にはめてあげたことないし……」

 戸惑とまど甘太郎あまたろうだったが、恋華れんかはもう後には引けないといった様子で決然と言った。

「アマタローくんにはめてほしいの」

 その顔はあまりのずかしさに紅潮こうちょうしていたが、その口調は有無を言わせぬ調子だった。
 そんな恋華れんかの態度を見た甘太郎あまたろうは、混乱こんらんしながらも、これ以上の問答もんどう無粋ぶすいだと思い、覚悟を決めてうなづいた。

「わ、分かりました……」

 甘太郎あまたろう緊張きんちょう面持おももちで息を飲むと、リングケースから指輪を取り出した。
 恋華れんか甘太郎あまたろうに右手を差し出すと、顔を強張こわばらせて口を開く。

「右手の薬指用だから……」

 すでに右手の人差し指に指輪をはめているため、指輪同士がぶつかり合わないようにとの配慮はいりょから、第3の霊具は恋華れんかの右手の薬指に合うよう調整されていた。
 恋華れんかはそっと右手を差し出した。
 彼女のほほは上気して赤くまり、その両目はややうるんでいる。
 そんな恋華れんかの様子をとても見ていられず、甘太郎あまたろうは自らを落ち着かせようと、内心で必死におのれに言い聞かせる。

(べ、別に深い意味はない。ただ指輪を指にはめるだけだ)

 甘太郎あまたろうは意を決すると、右手で指輪を持ち、左手で恋華れんかの右手を取った。
 心臓の鼓動こどうが高鳴り、二人に視線がわされる。
 その時だった。
 二人を包んでいたガラスの球体が大きくれた。

「きゃっ!」
「うおっ!」

 二人は転倒しないよう、咄嗟とっさたがいをささえ合う。
 そしておどろいて上を見上げると、そこには巨大な黒い鳥と化したフランチェスカが、燃えさかつめをガラス球体に突き立てていた
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