甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター

第18話 フランチェスカの猛攻

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 恋華れんかの指に指輪をはめ込もうとしていた甘太郎あまたろうは、突然の大きなれにおそわれて顔を上げた。 
 その表情が戦慄せんりつこおり付く。
 ガラス張りの球体の向こうにせまり来る巨大な黒鳥の姿があった。

「な、何だ? あれは」

 甘太郎あまたろうにとってそれはあまりにも常識をはずれた光景だったためだ。
 確かに彼は異界貿易士ぼうえきしとしてこの世と別の世とを結ぶ闇穴やみあなあやつり、人ならざる者との取引を行う。
 ただしそれはあくまでも人の姿をした者たちを相手にした商売だった。
 今、彼の目の前にいる巨大な黒い鳥は、およそ人の常識でははかり切れない人智じんちえた存在であり、その禍々まがまがしくも畏怖いふに満ちた姿を目の当たりした甘太郎あまたろうの受けた衝撃しょうげきは決して軽いものではなかった。
 そんな彼にしがみついて転倒をまぬがれた恋華れんかはその顔をいかりにめて言う。

「落ち着いて。アマタローくん。あれはフランチェスカよ。あれが本当の姿なんですって」

 恋華れんかの言葉におどろきを禁じ得ず、甘太郎あまたろうは両目を大きく見開いて目の前の巨大な鳥のおぞましい姿を見上げた。

「そ、そんな。俺、こういうやつは初めて見ましたけど、恋華れんかさんは見慣れてるんですか?」

 未知のバケモノを眼前にして甘太郎あまたろうはとても平常心ではいられなかったが、それでもつとめて普通の口調で話そうとした。
 そうしなければ恐怖きょうふに押しつぶされてしまいそうだったからだ。
 ただし口の中はカラカラにかわいていて、その声はいつもより数段弱々しかったが。

「いいえ。悪魔にかれた人は何百人も見てきたけど、悪魔そのものってのはこれが初遭遇はつそうぐう……きゃっ!」

 そこでフランチェスカによる激しい攻撃が球体を容赦ようしゃなくらし、今度こそ二人は立っていられずにゆかに転倒してしまった。
 怪鳥かいちょうフランチェスカは燃えさかつめで文字通りガラスの球体を鷲掴わしづかみにする。
 途端とたんすさまじい熱が球体のガラス表面を焼き、白煙はくえんが立ち上る。

『ぬううううっ!』

 普通のガラスであれば一瞬で溶解ようかいしてしまいそうなほどの高温にもかかわらず、その球体はフランチェスカの炎のつめにもえている。
 フランチェスカはいかりの声を上げながら、つめでそのガラス球体をにぎつぶそうとしたが予想外に頑丈がんじょうなその球体はこれにもえて、すぐには破壊はかいされなかった。

『どこまでも忌々いまいましい! 人の身の分際ぶんざいで!』

 たけくるうフランチェスカはつめで押さえつけた球体に真紅しんくくちばし幾度いくども突き立てた。
 ガツン、ゴツンと重く硬質こうしつな音が鳴りひびく中、ガラス球体の中にいる恋華れんか甘太郎あまたろうは激しいれにおそわれて立ち上がることもままならない

「く、くそっ! このままじゃ、ただやられるのを待つだけだ!」

 そうさけぶと甘太郎あまたろうゆかいつくばったまま、フランチェスカに向けて指でいんを組む。
 この奇妙きみょうな世界でも自分の力が使えるのか不安だったが、やれることなど他にはない。
 フランチェスカの巨体を押さえ込むには相応の大きさの闇穴やみあなが必要。
 そう考えた甘太郎あまたろうは力を集中させた。

(ん? 何だ?)

 だがすぐに甘太郎あまたろうは内心で首をひねる。
 闇穴やみあな穿うがついつもの感覚に違和感いわかんを覚えた。
 それでも甘太郎あまたろうはなお力を集中させ、暴れくるう巨大な黒鳥の足首を捕らえるべく闇穴やみあなを発生させた。
 普段ふだん闇穴やみあなの向こう側はやみに包まれた中間世界であるのだが、この奇妙きみょうな浮遊空間の中で穿うが闇穴やみあなの向こう側には色あざやかな景色けしきが広がっていた。
 それは先ほどまで甘太郎あまたろうがいたポルタス・レオニスの地下街であることがうかがい知れる。

(ここは闇穴やみあなの中なのか……? それにしては魔気まき濃度のうどが低い)

 魔気まき濃度のうどは確かに高いが、それでも甘太郎あまたろうが知る闇穴やみあなの中に比べると格段に低い。
 神気じんき寄りの性質を持ち、魔気まきに弱い恋華れんかがこの場にいられることが何よりの証拠しょうこだった。
 そこで甘太郎あまたろうは先ほどの不思議ふしぎな庭園での来訪者との会話を思い返した。
 かつて暗黒炉あんこくろを持つ母の甘枝あまえは、自身の暗黒炉あんこくろの中におのれの心象世界である庭園をきずき上げた。

(だとするとここは俺の暗黒炉あんこくろ……俺の体の中か?)

 自分の体内にいるかもしれないと思うと奇妙きみょうな心持ちを禁じ得なかったが、しかしそれでも甘太郎あまたろうは今の状況を冷静に判断した。
 この場所が本当に暗黒炉あんこくろの中かどうかは分からないが、先ほど開けた闇穴やみあなの向こうに現実世界があったのは確かだった。

(だとすれば俺は、いつもとは反対側からあなを開けたってことだ。どちらにせよ空間の狭間はざまに相手をはさみ込めるはずだ)

 甘太郎あまたろうはそう思いながら、力を集中させて闇穴やみあなを広げ、巨大なフランチェスカの足首を拘束こうそくしようとした。
 だが、フランチェスカの足首を捕らえたはずの闇穴やみあなはすぐにはじけて消えてしまった。

「なっ……」

 思わぬ失敗に甘太郎あまたろうは表情をゆがめておどろきの声を上げるが、対照的にフランチェスカは余裕の態度を見せた。

おろか者め。この身は貴様ら人間どもの世界では存在し得ぬ。闇穴やみあなの向こう側が人間の世界である以上、この空間において我が身をしばるのはかなわぬことと知れ』

 フランチェスカの言葉に甘太郎あまたろう愕然がくぜんとした。
 その言葉が真実であれば、甘太郎あまたろうはフランチェスカに対抗たいこうする手段を失ってしまったことになる。

(そんなはずはない!)

 甘太郎あまたろうは再度、闇穴やみあな穿うがとうとするが結果は同じだった。
 闇穴やみあなは開いてすぐに消え、それを幾度いくどり返すばかりだった。
 甘太郎あまたろう悪足掻わるあがきをさげすむように見下ろしてフランチェスカはのどを鳴らしながら笑う。

『ククク。気が済んだか? おろかな人間よ。貴様に出来ることなどもはや何もない。全ては徒労とろうと知れ。そして絶望にまみれて死ね』

 フランチェスカはそのまま真紅しんくくちばしで球体を攻撃し続け、ついにはガラスに亀裂きれつしょうじさせた。
 ピシッ、メリメリッと音を立ててガラスの亀裂きれつが広がっていく中、恋華れんか甘太郎あまたろうは激しい振動しんどうゆかの上を転がるばかりで何も出来ない。

「れ、恋華れんかさん!」

 甘太郎あまたろうはせめて恋華れんかに指輪を手渡そうと手をばす。
 彼の手にはまだ指輪型霊具【スブシディウマ(援軍)】がにぎられていた。
 だが、そこで彼はおどろいて動きを止めた。

「な、何だこれ?」

 そう言うと甘太郎あまたろう困惑こんわくして自分の手を見つめた。
 彼の手は二のうで辺りまで黒い液体でれていた。
 それを見た甘太郎あまたろうはつい先日、アパートで自分の体が魔気まきけむりに包まれた一件を思い返した。
 そしてまるで重油のようなそれは甘太郎あまたろうの手からしたたり落ちて、ゆかに数滴のあとを残す。
 するとその液体がゆかみ込んでいき、ひび割れたゆかをわずかに修復した。
 それを目にした甘太郎あまたろうは直感的にある考えを得ていた。
 
(まさか……)

「アマタローくん! スブシディウマを!」

 そう言うと恋華れんかは目一杯うでばした。
 恋華れんかの声にハッと我に返り、激しいれにおそわれる中で甘太郎あまたろううようにして恋華れんかに手をばす。
 だがその時、フランチェスカがそのくちばしで決定的な一撃をガラス球体に加え、ヒビだらけだった球体はついに粉々こなごなくだけ散ってしまった。

「きゃあっ!」
「うおっ!」

 二人の間をくようにしてゆかが真っ二つに割れ、恋華れんか甘太郎あまたろう漆黒しっこくの浮遊空間へとはじき飛ばされてしまった。
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