甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

文字の大きさ
105 / 105
最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター

最終話 また会う日まで

しおりを挟む
 ポルタル・レオニスでの大騒動そうどうから3日がぎた。

 傷だらけになりながら日本に帰国した恋華れんか甘太郎あまたろうは、共に談合坂だんごうざか医院で3日間の入院を余儀よぎなくされていた。
 外傷がいしょうとしては骨折こっせつなどの大きな怪我けがはなく打撲だぼく程度だったが、神気じんき魔気まきの飛びう激しい戦いの連続で、二人共に体力・気力をいちじるしく消耗しょうもうしていたためだ。
 だが、談合坂だんごうざか幸之助こうのすけ八重子やえこの霊的な治療ちりょう甲斐かいあって、恋華れんか甘太郎あまたろうもこの短い入院期間で日常生活に支障ししょうがない程度には回復することができた。
 
 日本での任務を終えた恋華れんかはカントルム本部のある米国へもどるべく、帰国のにつくこととなった。
 フランチェスカがとりいていた女性の身柄みがらはすでにアメリカのカントルム本部に移送されており、ブレイン・クラッキングのシグナルの解析かいせきが進められている。
 その解析かいせき次第しだい恋華れんかの両親を治療ちりょうする方法が見つかるかもしれない。
 恋華れんかはすぐに帰国してカントルム本部への報告義務を果たすとともに、両親のそばについていてあげたいと言った。
 八重子やえこ甘太郎あまたろうはそんな彼女を見送るため、空港を訪れていた。

「じゃあ搭乗とうじょう手続きしてきちゃうね」

 そう言うと恋華れんか甘太郎あまたろう八重子やえこをその場に残し、チェックイン・カウンターへと向かった。
 休日の昼間とあって新東京国際空港は人でごった返している。
 恋華れんか搭乗とうじょう手続きの列にならぶのを見ながら、八重子やえことなりに立つ甘太郎あまたろうにボソッと声をかけた。

「今回、かなり危なかったみたいね。これでもう現場の仕事なんてりたんじゃない?」

 そう言う八重子やえこ甘太郎あまたろうは苦笑しながら言葉を返す。

「あのな八重子やえこ。現場に出るとな、新たな発見があるんだよ」

 フランチェスカとの戦いの顛末てんまつ恋華れんかから聞いた甘太郎あまたろうは自分の体が持つ力について知り、それを今後にどうかしていくのか考えるきっかけを得ることが出来た。
 彼にとってこの上なく貴重きちょうな体験だったと言える。
 何より恋華れんかと共に歩んだ今回の騒動そうどう苦難くなんの道のりであったはずなのに、甘太郎あまたろうにとってはかがやかしい記憶きおくとしてむねきざみ込まれていた。
 間違まちがいなく生涯しょうがい忘れることのない冒険譚ぼうけんたんだった。

「そんなこと言って毎回死にそうになってたら世話ないわね。おとなしくつくえの上で電卓でんたくたたいてるほうが身のためよ」
馬鹿ばか言え。危険の代償だいしょうとして今回の報酬ほうしゅうは相当なもんだったろうが。やめられねえよ」

 そう言う甘太郎あまたろうあきれた様子で八重子やえこはため息をつく。

「はぁ。何とかは死ななきゃ治らないって言葉知らないの?」
「何とか? 商売人のことか?」

 そう言ってとぼける甘太郎あまたろう脇腹わきばら八重子やえこひじで突付くと、せき払いを二度三度として、あくまでも自然な感じをよそおって彼に問いを投げかけた。

「ところで甘太郎あまたろう。まさかとは思うけど、恋華れんかさんに何かちょっかい出してないでしょうね?」

 唐突とうとつ八重子やえこの言葉に甘太郎あまたろう仰天ぎょうてんして目を丸くした。

「は、はぁ? ちょっかいって何だよ? 別に何もしてないぞ」

 そう言う甘太郎あまたろう脳裏のうりにポルタス・レオニスでの恋華れんかとのさまざまな出来事がよみがえる。
 もっとも鮮明せんめいに覚えているのは恋華れんかの指に指輪を通した時のことだった。
 自分の行動を思い返して甘太郎あまたろうは思わず頭をかかえそうになる。
 まともに女子と交際した経験もないというのに、まさか年上の女性の指に指輪を通すような真似まねをするとは自分でも信じられない思いだった。

「本当に?」

 八重子やえこすような視線にわれに返った甘太郎あまたろうは、あせまじりの引きつった笑顔で応じた。

「な、何なんだ一体。俺がそんなことをする男だと思ってんのか?」
「……ふ~ん。なら別にいいけど」

 そう言うと八重子やえこはどこか釈然しゃくぜんとしない思いをむねにしまい込んだ。
 ポルタス・レオニスから帰ってから恋華れんか甘太郎あまたろうを見る視線にある変化が起きていることを八重子やえこは目ざとく感じ取っていた。
 熱っぽい視線とでもいうのが適当てきとうだろうか。
 同じ女だから、いや、八重子やえこだからこそ感じ取れたとも言うべきか、恋華れんか甘太郎あまたろうを見る目に明らかな温度変化を感じ取っていた。
 八重子やえこの頭にある種の警報が鳴りひびき始めていた。
 ちょうどそこに搭乗とうじょう手続きを終えた恋華れんかもどってきた。
 搭乗とうじょう時刻のアナウンスが流れ、彼女の乗る便の離陸りりく時刻が近いことをげていた。

「そろそろ行かなくちゃ。本当に二人には色々とお世話になりました。ありがとね」

 そう言って恋華れんか八重子やえこ握手あくしゅを求める。
 八重子やえこはこれに応じて、恋華れんかの差し出してきた手をにぎった。

「こちらこそ。ご両親のお早い回復をおいのりしてます。先輩」
「どうもありがとう。八重子やえこちゃんも高校生活がんばってね。後輩」

 そう言って八重子やえこの手を放すと、恋華れんか甘太郎あまたろうに目を向ける。
 甘太郎あまたろう恋華れんかに微笑を向けた。

恋華れんかさん。色々と危ない目にわせちゃったけど、また俺と仕事してくれるか?」

 そう言う甘太郎あまたろう恋華れんかうれしそうな顔を見せた。

「すごく心強かったよ。アマタローくんが守ってくれて……うれしかった」

 そう言うと恋華れんか甘太郎あまたろうにそっと抱きついた。

「ほ、ほえっ……」

 甘太郎あまたろうおどろきの声を上げ、こおりついたようにその場に立ちくす。
 そのとなりでは八重子やえこも同様に表情をこおりつかせていた。

「アメリカに着いたら連絡するね。両親のこと落ち着いたら、また日本に来るから。アマタローくんに……会いに来るから」

 耳元でそう言う恋華れんかに、甘太郎あまたろうは少し落ち着きを取りもどし、彼女のかたに軽く手をえながら答えた。

恋華れんかさん……。楽しみに待ってるよ」

 恋華れんか名残なごりしそうにほんの数秒の間そうしていると、やがて身をひるがえしてゲートへと向かっていった。
 一度だけこちらを向いて手を振ると、恋華れんかは人ごみの中へと消えていった。
 甘太郎あまたろうは彼女の姿が見えなくなるまで見送ったが、すぐとなりからにじり寄る無言のプレッシャーを感じて横を向いた。
 すると甘太郎あまたろうとなりでは八重子やえこが横目で彼にジトッとした視線を送っていた。

「……ちょっと甘太郎あまたろう
「……はい。何でしょうか」

 八重子やえこは冷たくするどい視線を容赦ようしゃなく甘太郎あまたろうびせながら、底冷そこびえのするような声で言う。

「何で私には握手あくしゅで、あんたにはハグなわけ?」
「ま、まあアレだな。アメリカの人には挨拶あいさつみたいなもんだろ……イテッ!」

 そう言って誤魔化ごまかそうとする甘太郎あまたろうの耳を八重子やえこは力まかせにつかむ。

「あらそう。挨拶あいさつなら何で私にはしないのよ。だいたい恋華れんかさんはそういうフランクなタイプじゃなかったわよね。じっくりと話を聞きましょうか。二人の間に何があったのか。事と次第しだいによってはあんたの保護者代わりでもある私の父に話さないとね。甘太郎あまたろうはクライアントの女性に手を出すケダモノだということを」

 そう言うと八重子やえこ甘太郎あまたろうの手を引いて大股おおまたでズンズンと空港の出口へと向かう。

「ひ、人聞きが悪すぎるっ! っていうか八重子やえこオマエ、いい年こいて父親に言いつけるとかそんなのアリかよ」

 文句もんくを言う甘太郎あまたろうにもかまわず、八重子やえこは鼻息もあら甘太郎あまたろう一喝いっかつする。

「うるさいっ! さぁ。家に着くまでの間に必死に弁解して私を納得させなさい。さもないと今夜は家族会議よ。題して『甘太郎あまたろうの不純な性的欲求をいましめる会議』ってとこね」
「やめてくれ! 精神的に殺す気か! 鬼っ! 悪魔っ! 勘弁かんべんしてくれぇぇぇぇ!」

 必死にゆるしを甘太郎あまたろうにかまわず、八重子やえこは鬼の形相ぎょうそうで彼を引っぱって空港の出口から外に出る。
 彼らの頭上では、どこまでも青くみ渡る空に、翼を広げた飛行機が次々と飛び立っていくのだった。
                                     
~ 終わり ~
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

2021.08.26 枕崎 純之助

ありがとうございます!
励みになります!

解除
2021.08.18 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

2021.08.26 枕崎 純之助

応援ありがとうございます!
これからもがんばります!

解除

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。