蛮族女王の娘

枕崎 純之助

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第8話 とらわれの女たち

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「うぅ……」

 目が覚めるとプリシラは自分が馬車に乗せられているのだとすぐに気が付いた。
 車輪が地面をんで進む振動と音。
 ほろ馬車を引いて走る馬の息づかい。
 土埃つちぼこりにおい。

 プリシラはハッとして身を起こす。
 顔には麻袋はかけられておらず、なぐられた後頭部がズキリと痛んだ。

誘拐ゆうかいされた……エミルは?) 

 そう思ってプリシラは周囲を見回す。
 ほろで囲まれた同じ馬車の荷台には、自分以外に4人の若い女性が乗せられていた。
 それは先ほど天幕の中で見かけた、腰にくさりを巻かれた女たちだ。
 片腕が無かったり、両足のひざから下を失っていたりと、五体満足な者は1人もいない。
 そしてどうやら見張りの男は乗っていないようだった。

(エミルがいない……)

 同じ馬車内に弟の姿はなかった。
 引き離されてしまったのかとあせるプリシラだが、そんな彼女に若い女性の1人が言った。

「弟さんなら後続の馬車に乗せられていますよ」

 彼女の言葉にプリシラは身じろぎする。
 だが両手両足を鉄ごしらえの拘束こうそく具で封じられており、それが幌馬車の柱にしっかりとくさりくくりつけられていた。
 そのため馬車の後方に移動することは叶わない。

(無理やり引きちぎれるかどうか……)

 だが、さすがに鉄ごしらえの拘束こうそく具を引きちぎるのはプリシラの腕力を持ってしても不可能だろう。
 しかも、ご丁寧ていねい拘束こうそく具には鈴が付けられていて、無理に引きちぎろうとすれば音が鳴って周囲にバレてしまう。
 プリシラは仕方なく女を信じ、彼女にたずねた。

「弟はケガでもしていなかった?」

 プリシラの問いに彼女より5歳ほどは年上に見える女はおずおずとうなづいた。

「はい。団長が丁重ていちょうに扱えと用心棒たちに言っていました。黒髪の子供は高く売れるからって……」

 その言葉にプリシラはくちびるむ。

「あの男……やっぱり人身売買だったのね。反吐へどが出るわ」

 そう言うとプリシラは女に顔を向ける。
 女は左腕を肩から失っていたが、それ以外は少しせ気味というくらいだった。

「あなたたち……自分たちの行く末は分かっているの? あの背丈の小さな老人があなたたちは幸せだなんて言ってたけど、本当は違うんじゃないの?」

 プリシラの問いに女はうつむいた。
 その他の女たちも同様に暗い顔をしている。
 それが答えだった。

「そう……あなたたち、ここから逃げて行くアテはあるの?」

 その言葉に皆は一様に重苦しい表情で首を横に振る。
 その顔には一片の希望もない。
 彼女たちはどんなに辛くとも、降りかかる運命に身をゆだねるしかないのだ。

 おそらくは先ほどのあの天幕に集まっていたような貴族や豪商に買われ、なぐさみ者となる。
 そのことが分からないほどプリシラは子供ではない。
 この世に残酷で冷たい一面があることは、母から教わり知っている。
 だがプリシラはそれを仕方のないことと切り捨てることは出来ない性分だった。

「とにかく逃げることをあきらめないで。あんな最低な奴らにいいようにされていいはずがないわ。あの男にはきちんと報いを受けさせないと」

 プリシラはそう気勢を上げる。
 だが女たちはそんな彼女をただ沈んだ顔で見つめながら言った。

「あなたは……すごく強いですよね。でも私たちは弱いから……逆らわないことで自分を守って来たのです」
「逆らった子たちは……団長たちによってたかって……口ではとても言えないようなひどいことをされて……もうこの世にはいません」

 声を震わせながら口々にそう言う女たちにプリシラは思わず言葉を詰まらせた。
 彼女たちが自分に向ける暗い目が、強気な自分を非難しているように思えたからだ。
 すっかり絶望に飲み込まれて希望から目を背けた者の視線は、それを見る者すら絶望のうずに飲み込もうとする。

「逆らわなかったから、私たちがお金になる商品だから、団長たちは私たちに手出しをしなかったんです」

 そう言った女の目はハッキリと告げていた。
 あなたは私と違う、と。
 その目はプリシラに幼い頃の悲しい記憶を思い出させるのだった。
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