蛮族女王の娘《プリンセス》 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第83話 追い込まれていく4人

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「そんなもんで攻撃されたら一環の終わりだな」

 若きジャスティーナの言葉にゴドウィンは手にした拳銃を見つめる。
 まだ20代なかば頃であるにも関わらず頭髪が真っ白な彼が手にした拳銃は、試射したばかりで熱を持っていた。

「まあ、至近距離からいきなりズドンとやられたら避けるのはほぼ不可能だな。ただある程度の距離があれば絶対に避けられないほどではないぞ」

 そう言うゴドウィンの言葉にジャスティーナは疑わしげにまゆを潜めた。

「目に見えないほど速い弾をどうやって避けるんだよ」
「そりゃ発射してから避けるのは人間の反応速度ではとても無理だ。だが実際にこいつを使ってみると、動いている的に当てるのは相当難しいことが分かる。ほんの少し射線を動かすだけで弾の軌道きどうはズレるからだ。しかも撃つ直前に相手に動かれると命中の確率は格段に下がる」

 その話にジャスティーナは感心したようにうなづいた。

「なるほどな。ってことは銃を持った相手にねらわれた時はとにかく動けばいいんだな?」
「ただ動くだけじゃ駄目だめだ。規則性を看破されればねらわれる。不規則に動くんだ。それと半身の体勢で体を小さく見せろ。的が小さいほど命中難度が上がる。おまえさんみたく大柄な女は当てやすいから注意しろよ」

 そう言うとゴドウィンはのどを鳴らしてクククッと特徴的な笑い声をらすのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

(弾切れ! ここだ!)

 オニユリの銃撃が止まった。
 拳銃の弾には限りがある。
 教会での戦いでジュードがオニユリから奪った拳銃には、6発の弾丸が装填そうてんできるようになっていた。
 その情報通り、オニユリは左右の拳銃で合計12発撃ったところで射撃を中断し、新たな弾丸を拳銃に装填そうてんし始めたのだ。 
 そのすきにジャスティーナは一度に2本の矢を短弓につがえた。

「くたばれっ!」

 2本同時の射撃だった。
 矢はそれぞれオニユリの頭と足をねらっている。
 ジャスティーナの得意技だった。

 オニユリの弾丸の装填そうてんは間に合わない。
 矢は吸い込まれるようにオニユリに向かっていく。
 だが……そこで発砲音が響いた。
 ジャスティーナの放った矢はオニユリに命中する前に空中でへし折られてしまう。

「チッ!」

 ジャスティーナは舌打ちをすると前方に目をやる。
 すると岩橋の向こう岸にいる白髪の男らのうち、拳銃を2丁構えている男が銃口をこちらに向けていた。
 その男が放ったなまり弾がジャスティーナの矢をへし折ったのだとすぐに分かった。

(……あの男も相当な腕前だ)  

 ジャスティーナは重苦しい気分になる。
 目の前のオニユリを倒せたとしても奥にはあの男をふくめた3人がひかえている。
 そして後方ではチェルシーを相手にプリシラがたった1人で戦っている。
 状況はこちらが相当に不利だった。
 それでもジャスティーナは気持ちをふるい立たせる。

(後方にひかえている白髪の連中は銃を撃ってこない。おそらくジュードとエミルのことを生かしたまま捕らえるつもりだ。殺すのは私1人で十分ってことか。だが、それならまだやりようはある)

 敵が全員で一斉に撃ってこないのは、後方でプリシラと戦うチェルシーに流れ弾が当たるのを恐れてのこと。
 ジャスティーナの足元をねらって来ないのは、すぐそばで身をせているジュードとエミルに弾が当たるのを避けるため。
 そうなるとジャスティーナをねらってくる箇所は頭や上半身におのずと限られてくる。

(3人には悪いがこの状況を利用させてもらう)

 ジャスティーナは引き続き円盾えんたてを構えて短弓に2本の矢をつがえる。
 矢筒に残る矢の数は残り13本になった。
 幾度いくども戦場に立って死線を乗り越えてきたジャスティーナは知っている。
 最後まで生きようと足掻あがく者だけが九死に一生を得るのだと。
 ジャスティーナは小刻みに足を動かし、体を前後左右に揺らす。

(動け。的をしぼらせるな)

 彼女の視線の先ではオニユリが拳銃に弾丸を装填そうてんし終え、再び銃撃を開始した。
 目にも止まらぬ速度で飛ぶ弾はジャスティーナが持つ円盾えんたてに弾かれるが、円盾えんたての表面が衝撃でわずかにけずれ、その破片が飛んでジャスティーナのこめかみを傷つけた。
 ひとすじの血が彼女のこめかみから流れ落ちてほほらす。
 次々と放たれる弾を防ぎ続けて、みがき上げられた円盾えんたてもその表面に多くの傷を刻まれていた。
 そしてジャスティーナの革鎧かわよろいけずられ、弾をかすめた右上腕に熱い痛みが走る。

「ぐっ!」

 思わず苦痛の声をらすジャスティーナだが、ほほを伝い落ちる血をぬぐうこともなく、弓矢を構えたままじっと前方を見据みすえるのだった。
 反撃の機会を逃さないために。

☆☆☆☆☆☆

 聞き慣れない発砲音が響き渡るたびに、エミルは心臓が止まるのではないかと思うほどの恐怖を感じていた。
 彼を守るためにおおいかぶさってくれているジュードの体の下で、エミルは固く目を閉じている。
 だが、発砲音に続いてすぐ近くでけたたましい金属音が響き、次いでジャスティーナがわずかに苦痛の声をらしたのが聞こえてくると、エミルはたまらずに目を開けた。

 彼の目の前の地面に数滴の血が落ちている。
 ハッとして上を見上げると、ジャスティーナのこめかみから流れる血が彼女のほほを伝ってしたたり落ちているのが分かった。
 さらにジャスティーナの革鎧かわよろいは右肩の辺りが銃撃を受けてけずり取られている。
 半身の姿勢により円盾えんたてに隠れた左肩と違い、短弓を持つ右肩はガラ空きとなっているためだ。
 革鎧かわよろいは吹き飛び、その下に見える衣服も破れて赤くれた肌が露出している。

(ジャスティーナ……痛いだろうな。苦しいだろうな)

 彼女はいつも通りの勇ましい表情をくずしていないが、そのひたいには玉のような汗が浮いている。
 エミルは黒髪術者ダークネスとしてこの場に渦巻うずまく様々な感情を感じ取っていた。
 苦痛を感じながらもなお戦意を失わないジャスティーナの気丈な心。
 エミルを守るために自分の身を犠牲にすることもいとわないジュードの優しさ。
 チェルシーとの戦いにほんの少しの恐怖を覚えながらも必死に気持ちをふるい立たせている姉・プリシラの勇気。

 エミルはくちびるんだ。
 皆が苦しい中で自分だけが何も出来ていない。
 その事実がエミルをあせらせる。
 自分を守るためにここまで連れて来てくれた皆の助けになることが出来ない。

(何で僕は……何で僕はこんなに弱いんだ)

 そうしている間にも発砲音は続き、ジャスティーナの血が目の前に一滴また一滴と落ちてくる。
 その血を見ているうちにエミルは腹の奥底で黒いものがうずを巻き始めるのを感じた。
 それは静かな水面にわずかに生じた奇妙なうずだった。

(うぅ……この感じは)

 エミルはひどく落ち着かない気分になり、ふいに思い出した。
 夢の中にいつも現れる黒い髪の女のことを。
 彼女は常にいくつもの強い感情をあわせ持っていた。
 怒り、恨み、悲しみ、喜び。
 
 そうした様々な感情がエミルの胸に表れては消える。
 エミルは戸惑った。
 まるで自分の心が自分のものではないような違和感を覚える。
 エミルはそれが恐ろしくなり、懸命にその違和感を抑え込もうとした。
 しかしうずは小さくなっても、決して消えることはなかった。
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