蛮族女王の娘《プリンセス》 第1部【公国編】

枕崎 純之助

文字の大きさ
88 / 101

第87話 決死の特攻

しおりを挟む
「はあっ!」
「うぐっ!」

 チェルシーの繰り出した拳がプリシラの右頬みぎほほとらえた。
 ガツンという衝撃でプリシラは後方にのける。
 鼻の奥にツンとした痛みが走り、プリシラは鼻血が流れ落ちてくるのを感じた。

 先ほどからチェルシーは剣とさやとの二刀流を止め、剣でプリシラの剣を打ち払いながら、プリシラのすきを突いて拳やりで攻撃を加えていた。
 足や腹をられ、顔や胸を拳で打たれてプリシラは傷付いていく。
 
「くっ……」

 重い打撃を浴びたプリシラは、それでも倒れぬよう懸命に足を踏ん張った。
 だがその動きは随分ずいぶんにぶくなってしまっている。
 痛みと疲労が蓄積ちくせきされ、徐々に足が動かなくなってきた。

(つ、強い……負ける)

 チェルシーは容赦ようしゃなくプリシラを打ちのめす。
 先ほどの言葉通り、プリシラの足腰を立たなくして捕らえるつもりだ。
 攻撃を続けるチェルシーの表情は冷徹なままだが、荒々しいその攻撃には彼女の怒りの念が込められていた。
 プリシラは倒れそうになるのを意地でこらえる。
 その時だった。

「プリシラァ!」

 銃声が断続的に響き渡る谷間に、ジャスティーナの大声が反響した。 
 プリシラは反射的に後方を振り返る。
 すると……岩橋の中程で敵の射撃に耐え続けていたジャスティーナが射撃の主であるオニユリに向かって走り出した。
 そしてそれにならうようにして、地面に身をせていたジュードとエミルも立ち上がると駆け出す。
 その決死の行動を見たプリシラは、ほとんど反射的にきびすを返し、チェルシーを振り切るように自らも駆け出すのだった。

 ☆☆☆

「行くぞ!」

 ジャスティーナは気合いの声と共に駆け出した。
 体中傷だらけで痛むはずだったが、決死の覚悟を決めた彼女はひるまない。
 そこでジャスティーナは誰もが予想し得ない行動に出た。
 短弓を惜しげもなく谷底へ放り捨て、空いた右手で左腕にくくり付けた円盾えんたてをむしり取る。
 そしてそれを……オニユリに向かって投げつけたのだ。

「なっ……」

 次の弾丸を弾倉に装填そうてんしていたオニユリは驚愕きょうがくに目を見開いた。
 まさか命綱いのちづなであるたてを放り投げてくるとは思わなかったこと。
 そして……ダニアの女の腕力で投げつけられた円盾えんたてが想像以上に速く宙を飛んでくることにオニユリは唖然あぜんとして、ほんの一瞬だけ反応が遅れたのだ。
 そこで発砲音が再び鳴り響く。

 オニユリの後方にひかえる白髪の男が先ほどの矢を撃ち落とした時と同様に2丁の拳銃を発砲して円盾えんたてを撃ち落とそうとしたのだ。
 だが、ここで男にとっても予想外の出来事が起きる。
 高速で飛ぶ矢を正確に撃ち落としてきた腕を持つ男の放った弾丸は、矢よりもずっと大きい円盾えんたてを外れたのだ。

「なにっ……」

 円盾えんたては表面が大きく損傷し、端部なども欠けていたため、その質量の均衡きんこうくずれて揺れるように不規則な飛び方をしていた。
 そのせいで男の放った弾丸は当たらなかったのだ。
 そして円盾えんたてはそのまま高速で宙を舞って……オニユリの右肩に直撃した。

「きゃっ!」

 オニユリはたまらず悲鳴を上げて後方に倒れ込む。
 それを見たジャスティーナはけもののようなうなり声を上げて、腰帯から短剣を引き抜くとオニユリに一直線に向かっていった。

「うおおおおお!」

 敵を確実に仕留める唯一無二の好機だった。
 オニユリの背後にいる白髪の男が、ジャスティーナを仕留めようと発砲する。
 ジャスティーナは両腕を前にして構わずに特攻した。

 自分が避ければすぐ後ろを続いて走るジュードやエミルに当たってしまう。
 ジャスティーナは肩や足を弾丸でえぐられながらも、それでも足を止めなかった。
 だが……。

「うぅっ!」

 すぐ後ろでジュードのくぐもったような悲鳴と、転倒する音が聞こえてきた。
 ジャスティーナは思わず地面にすべり込むように身をせて後方を振り返る。
 するとジュードが銃撃を受けたようで、左肩から血を流しながら地面に倒れ込んでいた。
 白髪の男がジュードを足止めするために撃ったのだとジャスティーナは気付いて舌打ちをする。
 そして……。

「うわっ!」

 ジュードがいきなり倒れたことにおどろいてバランスをくずし、エミルも足をすべらせて転倒した。
 その小さな体が岩橋の端へと勢いよく転がっていく。

「エミルゥゥゥゥ!」

 一番後ろを走っているプリシラがそれを見て悲痛な叫び声を上げた。
 ジャスティーナは反射的に後方へと駆け出した。
 その背中に白髪の男が容赦ようしゃなく銃撃を浴びせる。 

 ジャスティーナの右肩甲骨の辺りから血が噴き出した。
 それでもジャスティーナは止まらない。
 彼女の目の前で転がったエミルの体が岩橋の端から宙へと投げ出される。
  
「うおおおおおっ!」

 ジャスティーナは声を張り上げて、岩橋から身を投げ出すような勢いで腕を伸ばし、谷底へと落ちていこうとするエミルの腕をつかむのだった。 

 ☆☆☆☆☆☆

 すぐ目の前を走るジュードが突如として転倒した。
 その左肩から血が噴き出している。
 エミルはおどろいて立ち止まろうとしたが、足が地面をすべり、自身も転倒してしまう。

「うわっ!」

 全力で走っていたところを転倒したため、エミルの体は派手に転がり、勢い余って岩橋の上から宙へと投げ出されてしまう。
 突然の浮遊感。
 エミルは自分が谷底へと落ちるのだと感じ、気が遠くなりかけた……だが。

「うおおおおおおっ!」

 その声と共に誰かが自分の手首をガシッとつかんだのだ。
 おどろいて顔を上げると、そこには岩橋のへりから身を乗り出して、エミルの手首をつかんでその落下を食い止めたジャスティーナの姿があった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

性転のへきれき

廣瀬純七
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...