蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第一部【ブリジットの章】

枕崎 純之助

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第23話 侵入者の正体は

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とぎのぞかれた?」

 夜が明けて朝食を終えた後、集まってきたベラとソニアはブリジットの話を聞いてまゆを潜めた。
 ソニアにジロッと見られてボルドは思わず萎縮いしゅくし、そんな様子を横目で見て笑いながらベラは話を続ける。

「ここにいるのはもう現役を退しりぞいたばあさんばっかりだぞ。まあ中にはれてないのもいるんだろうが。それにしたってブリジットの寝室をのぞくなんて考えられねえよ」

 そんなことをすれば懲罰ちょうばつまぬがれないことは、ここにいる誰もが知っている。
 リスクをおかしてやるようなことではない。
 ワケが分からないといった顔でベラがたずねる。

「本当にこの里の人間なのか?」
「可能性は2つ。この里の人間か。そうでない人間か」

 ブリジットが剣をたずさえて外に出た時、すでにそこには人の姿はなかった。
 足跡を追うに月には雲がかげり、十分な明かりもない状況では無理だった。
 ブリジットは早々に追跡をあきらめて周囲の警戒に当たったのだった。

 そして夜が明けて明るくなった後、あらためて足跡を辿たどると、侵入者は最短距離を走って奥の里の外側にある山の急斜面を下っていったのだというところまでは分かった。
 ブリジットは早朝から各方面に指示を出し、現在いなくなっている里の者がいないか、あるいは明け方にかけて戻ってきた者はいないか調べさせている。

「足跡だけで考えるのならば奥の里のことをよく知っている人間だ。動機は分からんが、行動のみを考えればその結論に至る。しかし……つい先ほど聞き取り調査の報告を庭で受けていた時に、別の事実が判明した」

 そう言うとブリジットは全員を庭に連れ出す。
 そこには昨日の襲撃犯である赤毛の女の遺体が台に乗せられ安置されていた。
 すでに検分は終わり、あとは埋葬まいそうするのみだった。

「この女の髪が一房ひとふさ切り取られていたんだ」

 そう言うとブリジットは女の顔を指差す。
 長い髪の一房ひとふさが切り取られているということは、ボルドには一見しただけでは判別がつかなかった。
 だが検分の際に髪の長さも正確に測られていたので、検分役がすぐに気が付いたのだ。

「……分家の手の奴か」

 ベラがその目に剣呑けんのんな光を浮かべながらそう言うそのとなりでは、ソニアが憎々しげに女の遺体を見下ろしている。
 怪訝けげんな表情をしているボルドにブリジットが説明した。

「髪を一房ひとふさ切り取るというのは、それを形見としてこの女の遺族に渡すということだ。そんなことをする理由は他にはない」
「その話の通りなら結構な問題なんじゃねえか?」

 そう言うベラの視線を受けてブリジットはうなづいた。

「かつて交流のあった分家の者たちにも、この奥の里の場所は知られてはいない。だが、知っていたとしても不思議ふしぎはないな。人の交流があったということは、情報がれるすきもあったと考えるべきだろう。だが今は事情が違う。昨日、我々は分家の者に襲われたのだからな」

 ベアトリスの騒動があった後、先代から後を引き継いだブリジットは分家への絶縁宣言を行った。
 こちらから報復に攻め込むことはしない代わりに、そちらからも接触を断つようにとの通達をえて。
 分家との紛争を継続させなかったのは、ブリジットの賢明な判断だった。

 ベアトリスによって分断されたダニア本家は、先代による大粛清だいしゅくせいもあって3割の戦力を失った。
 その状態で分家と紛争を起こせば、たとえ勝てたとしても本家にも大きな被害が発生してさらに戦力はけずられることになる。
 そうなると今までダニアに対して本気で手出しをしてはこなかった公国が、軍を派遣して一気にダニアを壊滅させようと動くかもしれない。
 獲物が弱ったのを見て一気に食らいつく肉食獣のように。
 ブリジットはそれを危惧きぐして分家と手打ちをすることを決断したのだ。

「この数年間、分家はおとなしくしていた。だが、まだ向こうはこっちをねらっているようだな。あきらめの悪い連中だぜ」

 ベラは不愉快そうにそう吐き捨ててブリジットに視線を送る。
 その視線を受けてブリジットは泰然と言った。

「向こうがその気なら今度はやらねばならんな。攻めてくる相手を言葉で説得するのは我らの流儀ではない。剣には剣を、だ」

 その言葉を聞き、ベラとソニアの顔に勇ましい笑顔が浮かぶ。
 彼女たちは闘争心が満たされることを何よりも望むダニアの女戦士だ。
 気骨のある相手と戦えることは無性の喜びだった。
 ボルドには理解のできないことだが、昨日の襲撃時すら彼女たちは楽しそうだった。
 ボルドは怖くて仕方なかったというのに。

「今のこちらの陣容は、3割の戦力を失っていたあの頃とは大違いだ。受けて立つ」

 先代の時代に大きく戦力をがれたダニアの本家だが、この数年で若い女たちが続々と成人し、女戦士としてメキメキ腕を上げている。
 ブリジットの言葉は誇張こちょうでも虚勢きょせいでもなく、実際に当時と比べて遜色そんしょくない戦力がそろいつつあった。

「まずはアタシの寝室をのぞいた不届き者を捕らえねばな」

 そう言うとブリジットは3人を引き連れて別邸べっていへと戻っていく。
 その最中、となりを歩くベラが声を潜めてボルドに言った。

「おいボルド。よろしくやってるところをのぞかれてどうだった? どうせならもっと見せつけてやれば良かったんだよ。我こそがブリジットの情夫なりってな」

 ベラの他愛もない軽口を聞き流していたブリジットだが、ふいに立ち止まりボルドを振り返った。
 その顔は真顔だが、わずかに口が開き、何かを懸念けねんするような色がその目に宿っている。
 ブリジットはわずかに考え込み、それからベラとソニアに視線を送る。

「ベラ。ソニア。本隊が到着したらリネットを呼んでくれ。至急の用件だと伝えてな」

 リネット。
 ボルドには聞いたことのない名前だったが、その名を聞いたベラとソニアの顔にわずかな緊張が走るのを感じた。
 本隊がこの奥の里に戻るのは明後日の予定だった。
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