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第41話 銀髪のバーサ
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夜が明けて雨が止んだ。
先ほどまでの激流が嘘のように小舟は緩やかな流れを下っていく。
ボルドは気分の悪さから船の上で横たわりながらゼェゼェと苦しげに息を吐いた。
「船酔いか? フンッ。ひ弱な男だ」
そう言ってボルドを見下ろすのは頭巾を被った女だ。
リネットからボルドの身柄を受け取ったこの女は、奥の里の防壁を超えて斜面を谷底まで駆け下りた。
その谷底に流れる川には小舟が着岸していて、櫂を手にした小船の漕ぎ手ともう1人の女戦士が待っていた。
その2人はともに赤毛に褐色肌というダニアの特徴をそのまま持った女たちだった。
頭巾の女はボルドを連れて彼女らの小舟に乗り込んだ。
そしてボルドを乗せたその小船は渓流を下っていったが、流れはすぐに激しくなり、小船はほとんど跳ねるようにして激流を滑って行った。
ボルドは口に当て布をされていたおかげで舌を噛むことはなかったが、あまりに激しい揺れにすぐに気分が悪くなってしまった。
「奥の里の圏外に出ました。追手もここまでは来ないでしょう」
小船の前後で操船している女戦士のうち、後方の女がそう言う。
彼女たちの態度や先ほどからの振る舞いを見るに、頭巾の女は分家の中で高い地位にあるらしいことはボルドにも理解できた。
(やっぱりこの人は……)
やがて川岸の木々が途切れ、そこから朝日が差し込んでくる。
雨雲の切れ間から差し込む陽光が川の水面をキラキラと輝かせるのを見ると、女は頭巾を外して素顔を晒した。
美しい銀髪が風になびく。
その首元の白い肌が朝日に赤く染まっていた。
女はボルドを見下ろすと、ニヤリと笑みを浮かべる。
「我が名はバーサ。正統ダニアの女王クローディアの従妹に当たる血族だ」
そう言うとバーサはボルドの口から当て布を外した。
ようやく言葉を発することが出来るようになったボルドはバーサを見上げる。
「あなたはベアトリスの……」
「ほう。母の名を知っているか。そうだ。ワタシはベアトリスの娘さ」
かつて分家から本家へと派遣され、先代ブリジットの片腕として働いたベアトリス。
分家の女王クローディアの実妹だった彼女は、ダニア本家の転覆を画策して失敗し、先代の怒りを買って片腕を失った。
ベアトリスのその後の消息は分からなかったが、その血脈はこうして受け継がれているのだ。
先代クローディアの実妹ベアトリスの娘にして、当代クローディアの従妹。
そんな重要人物が本家の集落である奥の里へこうして直接出向くということは、今回の襲撃にかける分家の意気込みの表れだった。
それが恐ろしくてボルドは声を震わせる。
「私を攫うために、あのような襲撃を……」
「そうだ。貴様が第一目的さ。だが、それだけじゃない。ふてぶてしくも本家を名乗り、我らを分家などと軽んじる奴らに、ひと泡吹かせてやろうと思ってな。我らの力を見せつけるための襲撃、といったところか。こちらにも多数の死者は出たが、あちらにも相応の損害を与えたはずだ」
バーサは満足げにそう言うとボルドの黒髪に手で触れる。
ボルドがそれを嫌って頭を振ると、今度は無造作に力を込めてその黒髪を掴んだ。
頭皮に痛みが走り、ボルドは歯を食いしばってこれに耐える。
「わ、私を人質にしてブリジットに何かを要求しようとしても無駄です。たかが情夫のためにブリジットは不当な要求を飲んだりはしません」
「ほう。奴隷上がりと聞いていたが、ブリジットは貴様をきちんと教育したようだな。一丁前の言葉遣いじゃないか」
そう言うとバーサはボルドの全身を舐め回すように視線を這わせ、目を細める。
「情夫になってまだ日が浅いというのに、ブリジットからたいそうな寵愛を受けているそうだな。貴様を奪われて今頃、ブリジットはさぞかし心乱れ怒りに震えていることだろうよ。いい気味だ」
バーサはダニアの内部情報をかなり掴んでいる。
リネットが情報を漏らしていたからだ。
そう考えてボルドは唇を噛んだ。
「貴様の言う通り、情夫1人のために一族を振り回すほどブリジットは愚かではあるまい。だが、今回の襲撃を受けて黙っていられるほど腑抜けでもあるまい」
そう言うとバーサはニヤリと笑みを浮かべる。
ボルドはその笑みに凍りつくような寒気を感じずにはいられなかった。
「あなたは……ダニア同士で戦争をするつもりなのですか」
「そう。戦争さ。ダニアは2つもいらない。我ら正統ダニアのみが新たな歴史を紡ぐのだ」
バーサは傲然とそう言い放つのだった。
先ほどまでの激流が嘘のように小舟は緩やかな流れを下っていく。
ボルドは気分の悪さから船の上で横たわりながらゼェゼェと苦しげに息を吐いた。
「船酔いか? フンッ。ひ弱な男だ」
そう言ってボルドを見下ろすのは頭巾を被った女だ。
リネットからボルドの身柄を受け取ったこの女は、奥の里の防壁を超えて斜面を谷底まで駆け下りた。
その谷底に流れる川には小舟が着岸していて、櫂を手にした小船の漕ぎ手ともう1人の女戦士が待っていた。
その2人はともに赤毛に褐色肌というダニアの特徴をそのまま持った女たちだった。
頭巾の女はボルドを連れて彼女らの小舟に乗り込んだ。
そしてボルドを乗せたその小船は渓流を下っていったが、流れはすぐに激しくなり、小船はほとんど跳ねるようにして激流を滑って行った。
ボルドは口に当て布をされていたおかげで舌を噛むことはなかったが、あまりに激しい揺れにすぐに気分が悪くなってしまった。
「奥の里の圏外に出ました。追手もここまでは来ないでしょう」
小船の前後で操船している女戦士のうち、後方の女がそう言う。
彼女たちの態度や先ほどからの振る舞いを見るに、頭巾の女は分家の中で高い地位にあるらしいことはボルドにも理解できた。
(やっぱりこの人は……)
やがて川岸の木々が途切れ、そこから朝日が差し込んでくる。
雨雲の切れ間から差し込む陽光が川の水面をキラキラと輝かせるのを見ると、女は頭巾を外して素顔を晒した。
美しい銀髪が風になびく。
その首元の白い肌が朝日に赤く染まっていた。
女はボルドを見下ろすと、ニヤリと笑みを浮かべる。
「我が名はバーサ。正統ダニアの女王クローディアの従妹に当たる血族だ」
そう言うとバーサはボルドの口から当て布を外した。
ようやく言葉を発することが出来るようになったボルドはバーサを見上げる。
「あなたはベアトリスの……」
「ほう。母の名を知っているか。そうだ。ワタシはベアトリスの娘さ」
かつて分家から本家へと派遣され、先代ブリジットの片腕として働いたベアトリス。
分家の女王クローディアの実妹だった彼女は、ダニア本家の転覆を画策して失敗し、先代の怒りを買って片腕を失った。
ベアトリスのその後の消息は分からなかったが、その血脈はこうして受け継がれているのだ。
先代クローディアの実妹ベアトリスの娘にして、当代クローディアの従妹。
そんな重要人物が本家の集落である奥の里へこうして直接出向くということは、今回の襲撃にかける分家の意気込みの表れだった。
それが恐ろしくてボルドは声を震わせる。
「私を攫うために、あのような襲撃を……」
「そうだ。貴様が第一目的さ。だが、それだけじゃない。ふてぶてしくも本家を名乗り、我らを分家などと軽んじる奴らに、ひと泡吹かせてやろうと思ってな。我らの力を見せつけるための襲撃、といったところか。こちらにも多数の死者は出たが、あちらにも相応の損害を与えたはずだ」
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ボルドがそれを嫌って頭を振ると、今度は無造作に力を込めてその黒髪を掴んだ。
頭皮に痛みが走り、ボルドは歯を食いしばってこれに耐える。
「わ、私を人質にしてブリジットに何かを要求しようとしても無駄です。たかが情夫のためにブリジットは不当な要求を飲んだりはしません」
「ほう。奴隷上がりと聞いていたが、ブリジットは貴様をきちんと教育したようだな。一丁前の言葉遣いじゃないか」
そう言うとバーサはボルドの全身を舐め回すように視線を這わせ、目を細める。
「情夫になってまだ日が浅いというのに、ブリジットからたいそうな寵愛を受けているそうだな。貴様を奪われて今頃、ブリジットはさぞかし心乱れ怒りに震えていることだろうよ。いい気味だ」
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リネットが情報を漏らしていたからだ。
そう考えてボルドは唇を噛んだ。
「貴様の言う通り、情夫1人のために一族を振り回すほどブリジットは愚かではあるまい。だが、今回の襲撃を受けて黙っていられるほど腑抜けでもあるまい」
そう言うとバーサはニヤリと笑みを浮かべる。
ボルドはその笑みに凍りつくような寒気を感じずにはいられなかった。
「あなたは……ダニア同士で戦争をするつもりなのですか」
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バーサは傲然とそう言い放つのだった。
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