蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第一部【ブリジットの章】

枕崎 純之助

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第88話 天命の頂

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 天命のいただきという場所がある。

 奥の里のある山の中腹から頂上に向かって移動すること1時間。
 周囲の山々の中でもっとも標高の高い山頂に位置するその場所は、ダニアの者たちにとってむべき場所だった。
 なぜなら罪人を処刑するための処刑台と、処刑された者を埋葬まいそうする合同墓地があるからだ。

 普段、天命のいただきを訪れる者はない。
 使うのは処刑の時だけ。
 そんな場所に今、ボルドはいた。

 ブリジットの私室で昼食をとった後、数人の女戦士らに連れられ、いつもの側付きの小姓こしょうたちと共に山道を登ってこの場所までやってきたのだ。
 木々が切り倒され開かれたこの山頂は意外に広く、数百人の者らが集まれるほどの面積がある。
 その山頂の最奥部に罪人を処刑するための舞台があった。
 処刑台のすぐ背後には切り立ったがけがある。

 白木で作られたその処刑台を見てボルドは思わず息を飲んだ。
 ここに来るまであまり考えないようにしていたが、数時間後には自分はあそこで処刑されるかもしれないのだと思うと、本能的な恐怖で身がすくむ。
 処刑台には拘束こうそく具のついた椅子いすが一つだけ置かれていた。
 ダニアの処刑方法は罪人が苦しまぬよう、斬首と決められている。

 そして一族の者を処刑する際、断罪の刃を振るうのは必ずブリジットだ。
 罪人が外部の者の場合は別の者が手を下すが、一族の者が罪を犯した場合はおさとしてブリジットが責任を持って断罪するのがおきてなのだ。
 それがどんなに親しい相手でも例外はない。
 ゆえにブリジットの父である情夫バイロンの処刑も、先代ブリジットが行わねばならなかった。

 残酷なおきてだとボルドは背すじが冷えるのを感じながら、その処刑台から少し離れた場所に建てられた簡易的な天幕の下で日暮れまでの時間を過ごした。
 ボルドが逃げぬよう女戦士らは見張り、一方でボルドが出来る限り心穏やかに裁判の結果を待てるよう小姓こしょうたちは茶や菓子を用意してくれるなど、あれこれと世話を焼いてくれた。
 だが、彼らはボルドとは積極的に会話を交わそうとしなかった。
 処刑されるかもしれない自分に何と声をかければいいのか、分からないのかもしれないとボルドは思った。

「時間だ」

 日が暮れ始めると女戦士らは天幕からボルドを連れ出し、松明たいまつがいくつもかれて照らし出された処刑台へとみちびいた。 
 そこでボルドは処刑に使われる椅子いすに座らされ、拘束こうそく具で身動きを封じられる。
 座ってみて分かるが、重厚な鋼鉄の椅子いすは重く、さらに4本の脚が処刑台の四隅の支柱にくさりで結びつけられていて動けないようになっている。
 罪人が屈強くっきょうな女戦士である場合に、処刑への恐怖で暴れても抜け出せないようにするための措置だろう。
 斬首の際に暴れて刃の当たりどころが悪ければ、痛く苦しい思いをすることになる。

「このままブリジットを待つように」

 女戦士の言葉にボルドは神妙な顔でうなづいた。
 少し前にブリジットら一団が奥の里から出発したとの知らせがふくろう便によって知らされた。
 判決結果は分からない。
 無罪ならばボルドはブリジットの手でこの拘束こうそく具から救い出されるが、有罪ならば……。
 ボルドは思わずうつむいた。

 死ぬのは怖い。
 だがブリジットの剣ならば痛みも感じることなく一瞬で死ねるだろう。
 それでも……ブリジットに自分を殺させてしまうことはもっと怖い。
 彼女に母である先代と同じ苦しみを味わってほしくない。
 自分が逆の立場だったらと考えるだけで、恐ろしくて嫌な汗が出てくる。
 ボルドは不安を追い出す様に頭を振った。

(信じよう。ブリジットは必ず裁判に勝って迎えに来て下さると)

 そしてボルドはその後のことに思いをせた。
 今までのように彼女の寵愛ちょうあいに甘えているだけではダメだ。
 ダニアの皆に認めてもらえるよう、ブリジットの情夫として恥ずかしくない男にならねばならない。
 そのためにどうするべきか、もっと真剣に考えるべきだ。

 ボルドは今まで運命に流されるまま生きてきた。
 どうせ自分の命は他の誰かによって左右されるのだから、自らの生き方などどうでもいいと考えていた。
 だが彼は生まれて初めて、意欲的に自分を変えたいと思うようになっていた。
 ブリジットのためと思えるようになったことで、初めて自分の命に意味があるように感じられるのだ。
 
「来たぞ」

 それからしばらくして、女戦士たちがそう言い合う声にハッとしてボルドは顔を上げた。
 するとこの天命のいただきへと続く山道をいくつもの松明たいまつかかげた大勢の人間が登って来るのが見えた。
 先頭を歩いているのはブリジットだ。
 夕闇ゆうやみの中、遠過ぎてその表情はうかがえない。

 だがブリジットの姿が見えただけでボルドは反射的に自分の心に喜びが満ちるのを感じた。
 その姿を見る目が喜び、その声を聞く耳が喜び、その手に触れられた肌が喜ぶ。
 ボルドはもうすっかり彼女を愛してしまったのだと自分でもあきれてしまうほどだった。
 一歩また一歩と近付いて来る愛しい女性の姿をボルドはじっと見つめていた。

 ふいに夕闇ゆうやみの中に吹く夜風がボルドの首すじをそっとでていく。
 思わぬその冷たさにボルドは身をすくめた。
 季節はすっかりもう春だが、山頂を吹き抜けていく風はまだ冷たい。
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