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第311話 呼びかける声
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「エミル! お願いよ! 目を覚まして!」
プリシラの再三に渡る呼び掛けも虚しくエミルの攻撃は止まらない。
エミルの鋭い剣はその力も強く、剣で受ける度にプリシラも歯を食いしばって耐えた。
しかしエミルに攻撃するわけにもいかず防戦一方で、プリシラは疲労ばかりが溜まっていく。
そんなプリシラの様子を見るアーシュラは苦悶の表情を浮かべながらも必死に精神を集中させた。
肩に短剣を刺されて痛手を負っている彼女だが、今やるべきことは明確だった。
(エミル様を……正気に戻さねば)
アーシュラは石弓を構えてシャクナゲを牽制する。
シャクナゲは拳銃をその手に構えていたが彼女は自身の技量ではアーシュラに当てるのは困難だと悟ったようで無理はしなかった。
その顔に冷笑を浮かべながら、傀儡となったエミルに命じる。
「エミル! プリシラを殺したら次はそこの赤毛の女も殺しなさい!」
シャクナゲの声に応じてエミルはプリシラを攻撃しながらもアーシュラをチラリと一瞥した。
その視線を受けてアーシュラはエミルの心に呼びかける。
黒髪術者の力を用いて。
(エミル様。あなたは女王ブリジットとボルドの息子。思い出して下さい。ダニアの都での日々を。厳しくも愛情深い母上を。優しく聡明な父上を。そして強く気高き姉上を。エミル様。皆が待っています。共に帰りましょう。故郷へ)
アーシュラは心を込めてエミルの意識に語りかける。
その魂を揺さぶるような心の声をエミルに届けるために。
それがエミルの胸に響くと信じてアーシュラは必死に声をかけ続けるのだった。
☆☆☆☆☆☆
「くっ……切れない。早く……早くエミルのところに行かないといけないのに」
ヤブランは後ろ手に縛られた手拭いを切るべく、必死に割れた鏡に両手を擦りつけた。
急ぎ過ぎで時折、手拭いを外れて肌を擦ってしまい、ヤブランの肘から下はいくつも切り傷が出来て血が流れ、白い手拭いを赤く染めている。
それでもヤブランは痛みを堪えて必死に手拭いを切ろうと動き続けた。
その脳裏によぎるのは資材室に隠れた際のエミルの様子だった。
部屋に奇妙な香りが漂ってきた途端、エミルがボーッとし始めたのだ。
(エミルは様子がおかしかった……多分あのシャクナゲ様が持っていた香炉のせいだ。あれを……何とかしないと)
エミルはおそらく天空牢に連れ戻されたはずだ。
そんなエミルの元へ駆け付けるべく、ヤブランは歯を食いしばってガリガリと必死に手拭いを削り続けるのだった。
☆☆☆☆☆☆
闇の中に佇むエミルの耳にいくつかの声が聞こえてきた。
耳を塞いでいるためそれはくぐもって聞こえてきたが、聞き覚えのある者たちの声だとエミルにはすぐに分かった。
彼はそっと両耳を塞ぐ手を離した。
【エミル……エミル……俺だ……ジュードだ……気付いてくれ】
【エミル様……アーシュラです。エミル様……どうか戻ってきて下さい】
エミルはハッとした。
ジュードとアーシュラ。
あの2人もプリシラと同様に自分を助けに来てくれているのだ。
【エミル。助けに来たぞ。ジャスティーナも一緒だ。君をダニアに連れて帰るからな。何も心配しなくていい。みんながエミルを待っているからな】
【エミル様。あなたは女王ブリジットとボルドの息子。思い出して下さい。ダニアの都での日々を。厳しくも愛情深い母上を。優しく聡明な父上を。そして強く気高き姉上を。エミル様。皆が待っています。共に帰りましょう。故郷へ】
2人の優しい声にエミルは思わず望郷の念が込み上げてきて、涙で視界が滲んだ。
帰りたい。
心から帰りたかった。
両親や姉や多くの仲間たちの待つダニアの都へ。
(帰りたいよ……でも……でもどうしたらいいのか分からない。僕の体はもう……僕のものじゃないんだ)
エミルの足は鉛のように重く、一歩も動くことが出来ない。
だがそんなエミルの耳にはプリシラの必死の叫びが飛び込んできた。
【エミル! お願いよ! 目を覚まして!】
姉のその声がエミルの背中をグイッと押してくれたように感じる。
そしてまるで地面に根が生えたように動かなかったエミルの足が、1歩だけ前に出たのだ。
(姉様……僕は弱くて、情けなくて、ダメな弟なのに……姉様は絶対に見捨てないでいてくれた。僕を助けるためにここまで来てくれた……)
アーシュラの声やジュードの声も立て続けに聞こえてくる。
2人ともエミルを呼んでくれていた。
彼らの声が聞こえる度に、あれほど重かった足が一歩、また一歩と前に出る。
そして……進む先の前方に……わずかな光が見えた。
(あそこに……あそこに辿り着きたい)
だがその光は近付くほどに朧げなことが分かる。
黒い霧が立ち込めているからだ。
そこから先へは一歩も進めなくなってしまった。
プリシラやジュード、アーシュラの声が響く度に前方の光は強くなるが、すぐに黒い霧によって前方は閉ざされてしまう。
エミルは進みたいのに進めないという歯痒さに苦しみながら黒い霧の中で立ち尽くすのだった。
☆☆☆☆☆☆
ショーナは焦っていた。
チェルシーがいよいよクローディアを追い詰め始めたからだ。
加熱するチェルシーの攻撃を前にクローディアは玉のような汗を額に浮かべながら息を切らし始めた。
一方のチェルシーは疲れ知らずで攻撃を続けている。
一方的な攻守の戦いは技量において上回るクローディアよりも、体力において上回る若きチェルシーに味方した。
結局のところ、チェルシーの凍りついた心を溶かせるのは姉である彼女しかいないのだ。
クローディアならばきっとチェルシーの心を翻意させてくれると信じてショーナは戦況を見守る。
だが、そんなショーナの思いとは裏腹に戦いが進むほどに戦況は悪くなっていった。
ショーナはクローディアならばチェルシーを押さえ込んでくれるものと信じ込んでいた。
だがクローディアはチェルシーの攻撃を受け止めるばかりで一向に自分から攻撃に転じようとはしない。
少しでも妹の恨みを晴らさせてやろうという腹積もりなのか、あるいは妹への贖罪の気持ちでとても攻撃を仕掛ける気にはなれないのか。
何にせよこのままではチェルシーの復讐が果たされてしまう。
(クローディア。そのままじゃ殺されてしまう。チェルシー様が……実の姉を斬り殺してしまう)
ショーナの不安をよそに、チェルシーの苛烈な攻撃は続く。
チェルシーの渾身の一撃を受け止め切れずに後方に押し飛ばされ、クローディアは尻もちをついてしまった。
そのクローディアを追撃してチェルシーは剣を振り上げる。
それを見たショーナはたまらずに駆け出していた。
チェルシーの凶刃が振り下ろされるのを止めるために。
だが……その瞬間、銃声が鳴り響いた。
そしてショーナは背中に激しく焼けるような痛みを覚える。
気付くとショーナはバルコニーの床に倒れていた。
体に力が入らず、血の臭いが鼻を突く。
そしてそんな自分を見てチェルシーが青ざめた顔で声を上げるのを、ショーナは呆然と見つめた。
(チェルシー様……もう……やめましょう……もう終わりに……)
ショーナは意識が急激に遠くなるのを感じ、そんな中で2発目の銃声を耳にするのだった。
プリシラの再三に渡る呼び掛けも虚しくエミルの攻撃は止まらない。
エミルの鋭い剣はその力も強く、剣で受ける度にプリシラも歯を食いしばって耐えた。
しかしエミルに攻撃するわけにもいかず防戦一方で、プリシラは疲労ばかりが溜まっていく。
そんなプリシラの様子を見るアーシュラは苦悶の表情を浮かべながらも必死に精神を集中させた。
肩に短剣を刺されて痛手を負っている彼女だが、今やるべきことは明確だった。
(エミル様を……正気に戻さねば)
アーシュラは石弓を構えてシャクナゲを牽制する。
シャクナゲは拳銃をその手に構えていたが彼女は自身の技量ではアーシュラに当てるのは困難だと悟ったようで無理はしなかった。
その顔に冷笑を浮かべながら、傀儡となったエミルに命じる。
「エミル! プリシラを殺したら次はそこの赤毛の女も殺しなさい!」
シャクナゲの声に応じてエミルはプリシラを攻撃しながらもアーシュラをチラリと一瞥した。
その視線を受けてアーシュラはエミルの心に呼びかける。
黒髪術者の力を用いて。
(エミル様。あなたは女王ブリジットとボルドの息子。思い出して下さい。ダニアの都での日々を。厳しくも愛情深い母上を。優しく聡明な父上を。そして強く気高き姉上を。エミル様。皆が待っています。共に帰りましょう。故郷へ)
アーシュラは心を込めてエミルの意識に語りかける。
その魂を揺さぶるような心の声をエミルに届けるために。
それがエミルの胸に響くと信じてアーシュラは必死に声をかけ続けるのだった。
☆☆☆☆☆☆
「くっ……切れない。早く……早くエミルのところに行かないといけないのに」
ヤブランは後ろ手に縛られた手拭いを切るべく、必死に割れた鏡に両手を擦りつけた。
急ぎ過ぎで時折、手拭いを外れて肌を擦ってしまい、ヤブランの肘から下はいくつも切り傷が出来て血が流れ、白い手拭いを赤く染めている。
それでもヤブランは痛みを堪えて必死に手拭いを切ろうと動き続けた。
その脳裏によぎるのは資材室に隠れた際のエミルの様子だった。
部屋に奇妙な香りが漂ってきた途端、エミルがボーッとし始めたのだ。
(エミルは様子がおかしかった……多分あのシャクナゲ様が持っていた香炉のせいだ。あれを……何とかしないと)
エミルはおそらく天空牢に連れ戻されたはずだ。
そんなエミルの元へ駆け付けるべく、ヤブランは歯を食いしばってガリガリと必死に手拭いを削り続けるのだった。
☆☆☆☆☆☆
闇の中に佇むエミルの耳にいくつかの声が聞こえてきた。
耳を塞いでいるためそれはくぐもって聞こえてきたが、聞き覚えのある者たちの声だとエミルにはすぐに分かった。
彼はそっと両耳を塞ぐ手を離した。
【エミル……エミル……俺だ……ジュードだ……気付いてくれ】
【エミル様……アーシュラです。エミル様……どうか戻ってきて下さい】
エミルはハッとした。
ジュードとアーシュラ。
あの2人もプリシラと同様に自分を助けに来てくれているのだ。
【エミル。助けに来たぞ。ジャスティーナも一緒だ。君をダニアに連れて帰るからな。何も心配しなくていい。みんながエミルを待っているからな】
【エミル様。あなたは女王ブリジットとボルドの息子。思い出して下さい。ダニアの都での日々を。厳しくも愛情深い母上を。優しく聡明な父上を。そして強く気高き姉上を。エミル様。皆が待っています。共に帰りましょう。故郷へ】
2人の優しい声にエミルは思わず望郷の念が込み上げてきて、涙で視界が滲んだ。
帰りたい。
心から帰りたかった。
両親や姉や多くの仲間たちの待つダニアの都へ。
(帰りたいよ……でも……でもどうしたらいいのか分からない。僕の体はもう……僕のものじゃないんだ)
エミルの足は鉛のように重く、一歩も動くことが出来ない。
だがそんなエミルの耳にはプリシラの必死の叫びが飛び込んできた。
【エミル! お願いよ! 目を覚まして!】
姉のその声がエミルの背中をグイッと押してくれたように感じる。
そしてまるで地面に根が生えたように動かなかったエミルの足が、1歩だけ前に出たのだ。
(姉様……僕は弱くて、情けなくて、ダメな弟なのに……姉様は絶対に見捨てないでいてくれた。僕を助けるためにここまで来てくれた……)
アーシュラの声やジュードの声も立て続けに聞こえてくる。
2人ともエミルを呼んでくれていた。
彼らの声が聞こえる度に、あれほど重かった足が一歩、また一歩と前に出る。
そして……進む先の前方に……わずかな光が見えた。
(あそこに……あそこに辿り着きたい)
だがその光は近付くほどに朧げなことが分かる。
黒い霧が立ち込めているからだ。
そこから先へは一歩も進めなくなってしまった。
プリシラやジュード、アーシュラの声が響く度に前方の光は強くなるが、すぐに黒い霧によって前方は閉ざされてしまう。
エミルは進みたいのに進めないという歯痒さに苦しみながら黒い霧の中で立ち尽くすのだった。
☆☆☆☆☆☆
ショーナは焦っていた。
チェルシーがいよいよクローディアを追い詰め始めたからだ。
加熱するチェルシーの攻撃を前にクローディアは玉のような汗を額に浮かべながら息を切らし始めた。
一方のチェルシーは疲れ知らずで攻撃を続けている。
一方的な攻守の戦いは技量において上回るクローディアよりも、体力において上回る若きチェルシーに味方した。
結局のところ、チェルシーの凍りついた心を溶かせるのは姉である彼女しかいないのだ。
クローディアならばきっとチェルシーの心を翻意させてくれると信じてショーナは戦況を見守る。
だが、そんなショーナの思いとは裏腹に戦いが進むほどに戦況は悪くなっていった。
ショーナはクローディアならばチェルシーを押さえ込んでくれるものと信じ込んでいた。
だがクローディアはチェルシーの攻撃を受け止めるばかりで一向に自分から攻撃に転じようとはしない。
少しでも妹の恨みを晴らさせてやろうという腹積もりなのか、あるいは妹への贖罪の気持ちでとても攻撃を仕掛ける気にはなれないのか。
何にせよこのままではチェルシーの復讐が果たされてしまう。
(クローディア。そのままじゃ殺されてしまう。チェルシー様が……実の姉を斬り殺してしまう)
ショーナの不安をよそに、チェルシーの苛烈な攻撃は続く。
チェルシーの渾身の一撃を受け止め切れずに後方に押し飛ばされ、クローディアは尻もちをついてしまった。
そのクローディアを追撃してチェルシーは剣を振り上げる。
それを見たショーナはたまらずに駆け出していた。
チェルシーの凶刃が振り下ろされるのを止めるために。
だが……その瞬間、銃声が鳴り響いた。
そしてショーナは背中に激しく焼けるような痛みを覚える。
気付くとショーナはバルコニーの床に倒れていた。
体に力が入らず、血の臭いが鼻を突く。
そしてそんな自分を見てチェルシーが青ざめた顔で声を上げるのを、ショーナは呆然と見つめた。
(チェルシー様……もう……やめましょう……もう終わりに……)
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