蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第312話 我を忘れて

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 ショーナが銃で撃たれたのを見たクローディアは、チェルシーが動きを止めるのを感じて駆け出していた。
 バルコニーの後方に建つ王城の別棟の4階部分からショーナをねらう銃口が篝火かがりびに揺れて光るの見たからだ。
 彼女の人並み外れた視力はとらえていた。
 黒髪の男がショーナをねらって窓から拳銃を構えている姿を。

 クローディアはショーナの元へ駆け寄ると、そのまま身を投げ出して彼女の上におおい被さった。
 2発目の銃声が鳴り響く。
 途端とたんにクローディアは脇腹に焼けるような痛みを覚える。
 自分が被弾したのだと知り、クローディアは歯を食いしばった。

 クローディアはショーナを知っている。
 まだ王国に所属していた頃に幾度いくどか見かけたことがあるからだ。
 母である先代クローディアに最後に会った時も、ショーナはその場にいてまだほんの1歳のチェルシーをあやしてくれていた。
 そして今回、ショーナからの手紙を受け取りクローディアは知ったのだ。
 ショーナがずっと姉代わりとしてチェルシーを見守ってくれていたことを。

(この子を死なせるわけにはいかない。チェルシーのためにも)

 クローディアは痛みをこらえてショーナの上におおい被さったまま後方を見やった。
 するとどういうわけかショーナを銃撃したとおぼしき黒髪の男が4階の窓から転落していくのが見えた。
 銃撃が止む。
 クローディアは必死に身を起こして、自分の体の下に横たわるショーナを見やった。
 
 心臓の位置からはずれているが、左胸の下辺りに弾丸が命中している。
 傷口からは出血が始まっていた。
 クローディアは剣を放り出すと、腰袋こしぶくろから手拭てぬぐいを取り出してそれでショーナの傷口を押さえる。

(血を……止めないと)

 自分も撃たれて出血しているはずのクローディアはそれでも懸命けんめいにショーナの止血をはかる。 
 ショーナは浅い呼吸を繰り返して苦しげにあえいでいるが、ほとんど意識を失いかけていた。
 そんなショーナの傷口を押さえるクローディアの背後にチェルシーが立った。
 チェルシーは我を失ったかのようなうつろな表情をしている。

「チェルシー! 協力して! 血を止めないとショーナが死んでしまうわ!」

 そう言うクローディアにチェルシーはくちびるふるわせた。 
 自身が負傷してそれでもなおショーナを助けようとする無防備なクローディアに対して、チェルシーは剣を振り上げる。

「クローディア……これを終わりよ!」

 鬼の形相ぎょうそうでそう言うとチェルシーは勢いよく剣を振り下ろすのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「ショーナ。おまえが死ねば俺が隊長だ。ついでにクローディアも殺してやろう。エミルを取り戻しに来てえなく討ち死にか。銀の女王も大したことはないな」

 そう言って笑うとヴィンスは発砲した。
 ショーナがすきを見せるのを待っていたが、ついにその時が来たのだ。
 ショーナは何を血迷ったか、チェルシーとクローディアの戦いに割って入ろうとしている。
 ヴィンスはそのすきねらった。
 
 シャクナゲからゆずり受けた拳銃を夜な夜な地下で練習していたため、ヴィンスの射撃の腕は相応に上達していたのだ。
 ショーナは血をまき散らして倒れ込んだ。
 ヴィンスはさらに彼女の体に銃口を向ける。

「トドメだ。さようなら。隊長殿」

 そう言うとヴィンスはもう一度、引き金を引いて弾丸を放った。
 だがその瞬間にクローディアがショーナを守るように飛び込んできて弾丸はクローディアに当たったのだ。
 ヴィンスは思わず忌々いまいましげに表情をゆがめる。

「チッ! 余計なことを」 

 ヴィンスは夢中になって拳銃の撃鉄をさらに引き、3発目の弾丸を放とうとした。
 だが……。

「はぐっ……」

 背中にズブリという嫌な衝撃を受けたかと思うと、ヴィンスの胸を赤くれた刃が突き破った。
 呼吸が出来なくなり、ヴィンスは苦しげに震える。
 声も出せない。
 そんなヴィンスの耳元で何者かがささやいた。

「心の声は口に出さないほうがいい。おかげで貴様が不埒ふらち者だとすぐに分かった。躊躇ためらいなく殺すことが出来る」

 若い男の声だった。
 それが誰であるか確かめることもヴィンスには出来ない。
 なぜなら刃が胸から引き抜かれた後、ヴィンスの体は持ち上げられて4階の窓から投げ落とされたからだ。
 刺し貫かれた胸の激痛と落下の恐怖、そして地面に叩きつけられた衝撃が、ヴィンスが人生で最後に味わった感覚だった。

 ☆☆☆☆☆☆

 ガイは無言で窓の下を見た。
 黒髪の男が地面の上に横たわっている。
 首があらぬ方向に曲がっていることからも、男が死んでいることは一目瞭然いちもくりょうぜんだった。

 エミルを救うという青狐隊ブルー・フォックスの任務を達成するために天空ろうへ向かう途中で、階段のおどり場の窓から拳銃で下をねらう黒髪の男を見つけたのだ。
 黒帯隊ダーク・ベルトの男だと一目で分かり、なおかつその口かられた言葉から男が敵であることが判別できた。
 そしてガイは即座にその男の心臓を背中から一突きにした。
 さらに男が振り向く間もなくその体をつかむと窓の外へ放り投げたのだった。

 ガイは窓からバルコニーを見下ろす。
 数十メートル離れたその場所には今、3人の銀髪の女が立っていた。
 共和国の諜報ちょうほう部隊である青狐隊ブルー・フォックスのガイは3人とも顔を知っている。

(チェルシーにクローディア……そしてブライズか)

 彼女らが一堂に会していることにはおどろいたが、これと言った感慨かんがいは抱かなかった。
 どうやらクローディアとチェルシーが争っているようだ。
 黒髪の女が1人倒れていた。

(俺の出る幕ではないな)

 ガイが果たすべきはエミルの救出だ。
 城内ではここまで1人で戦い続けてきたため、彼は体のあちこちに傷を負っている。
 それでもガイは青狐隊ブルー・フォックス最後の生き残りとして、任務を果たすために天空ろうへと向かうのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「ふふふ。順調ね」

 そう言うとシャクナゲは手にした黒い香炉こうろ悪夢ナイトメア』からき出る薄く黒いけむりにフッと息を吹きかけて廊下ろうかの中にけむりを拡散させた。
 このけむりがエミルをより忠実な戦士に変えてくれるのだ。
 彼女はエミルの戦いぶりや従順な姿を見て手応てごたえを感じていた。

(これなら私のために働く兵士をもっと増やせるわ。この実験が上手くいけば私直属の近衛このえ部隊も作れる。陛下へいかにおねだりしなくちゃ。これからの王国は私のものよ。私の天下が来るわ。白い髪の不気味な一族とさげすんでいた連中が全員、私の前にひざを着くのよ。楽しみだわ)

 シャクナゲはつかの間、そんな夢想をした。
 ココノエでは妾腹しょうふくとはいえすめらぎであるカグラの娘としてちょうよ花よと育てられ、周りは皆、彼女にかしずいてきた。
 それをこの王国でも再現できるのだと思うとシャクナゲは自然と笑みがこみ上げてくる。
 そんなことを考えていたから気付かなかったのだ。
 背後から忍び寄る者の存在に。

「えっ……」

 シャクナゲが手にしている香炉こうろ悪夢ナイトメア』を何者かがサッと奪い取る。
 それは……白い髪の少女だった。
 シャクナゲは一瞬、呆気あっけに取られた表情で同族の少女を見る。

「ヤ、ヤブラン……あなたどうしてここに……そ、それを返しなさい!」

 そう言ってヤブランに手を伸ばすシャクナゲだが、ヤブランは黒い香炉こうろ容赦ようしゃなく窓の外に放り投げた。
 シャクナゲは悲鳴にも似た声を上げる。

「あああああっ! な、何をしているの! あなたは!」

 怒りの形相ぎょうそうでシャクナゲはヤブランに拳銃を向ける。
 それを見たアーシュラは石弓でシャクナゲをねらって矢を放った。
 その矢はエミルが剣で叩き落とす。
 しかしアーシュラはそれを見越して同時に左手で短剣を投げていたのだ。
 左肩に先ほど短剣を突き刺されて負傷しているにもかかわらず、ヤブランが左手で投げた短剣は正確にシャクナゲの二の腕に突き刺さった。

「きゃあっ!」

 シャクナゲは悲鳴を上げてたまらずに拳銃を落としてしまう。
 それを見たヤブランは拳銃を即座に拾い上げて、その銃口をシャクナゲに向けた。
 シャクナゲは恐怖を感じて声を上げる。

「エミル! この小娘を殺して! ヤブランを今すぐ殺しなさい!」

 シャクナゲの悲鳴じりの声を聞いたエミルはすくに命令を果たそうとしたが、そこでヤブランが叫んだ。

「エミル! シャクナゲ様の言いなりになんかならないで! エミルは自分の人生を生きて!」

 その声にほんの一瞬だけ、エミルの動きが止まった。
 プリシラはそれを見逃すことなく、自身の剣の腹でエミルの手首を打つ。
 その衝撃でエミルの手から剣がこぼれ落ちた。
 それを見たプリシラは、自分も剣をその場に放り出してエミルに思い切り抱きつくのだった。
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