蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第314話 青き風

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 王城のバルコニーでは銀髪の姉妹の戦いが中断されていた。
 2人の戦いを見守っていた黒髪術者ダークネスのショーナが同じ黒髪術者ダークネスの男から銃撃を受けて倒れたのだ。
 そしてそんなショーナをかばい、自身も銃撃を脇腹に受けて負傷ふしょうしながらもクローディアは、ショーナの傷口を必死に手拭てぬぐいで押さえて止血をはかる。
 だがそんなクローディアの背中に、容赦ようしゃなくチェルシーの剣が振り下ろされた。

「クローディア!」

 しかしそこに割って入るように飛び込んできたのはブライズだ。
 ブライズの鉄棍てっこんがチェルシーの剣を受け止め、激しい金属音が鳴り響いた。
 持ち前の腕力と強靭きょうじんな足腰は健在で、ブライズはチェルシーに押し負けぬよう必死に歯を食いしばっている。
 そして怒りに声を上げた。

「チェルシー! いい加減にしろ! クローディアはショーナの命を救おうとしているんだぞ! そのクローディアに剣を向ける奴があるか! ひとりの武人として恥ずべき行為だぞ!」

 ブライズの言葉にチェルシーはハッと我に返ったような顔をした。
 だがすぐその顔を怒りにゆがめる。

「恥ずべき行為? 甘い戯言ざれごとね。今は殺すか殺されるかの瀬戸際せとぎわだと分かっていないの?」

 チェルシーは力でグイグイとブライズを押し込むが、ブライズも負けじと押し返す。
 そしてブライズは鋭く口笛くちぶえを鳴らした。
 すると篝火かがりびに照らし出された夜のやみの空から、複数の鳥が舞い降りてきたのだ。
 獣使隊の創設者であるブライズはけものや鳥の扱いにけている。
 この王都に向かう際も多くの鳥たちを引き連れてきていた。
 
 今、舞い降りてきているのは夜行性の鳥である夜鷹よたかだ。
 獣使隊隊長のアデラによって厳しく訓練された夜鷹よたかは、次々とチェルシーに襲い掛かる。
 しかしチェルシーは後方に飛び退すさってブライズから距離を取ると、たくみに剣を振るって襲い来る夜鷹よたかを的確に斬り捨てた。
 それでもブライズは連続で口笛くちぶえを吹いて夜鷹よたかを呼び寄せ続ける。
 そして前を向いたまま背後のクローディアに声をかけた。

「どうするんだ! クローディア! 時間かせぎもそう長くは出来ないぞ!」 
「ショーナを見捨てられない! ブライズ! 彼女の止血を交代して! ワタシがチェルシーの相手をするから!」
「相手をするって言ったって、こっちから攻撃できないんじゃ結果は同じだぞ! しかもおまえも脇腹を撃たれているだろ! いずれ殺されるぞ!」

 そう言うブライズにクローディアはくちびるむ。  
 だがすぐに決然と声を上げた。
 
「ワタシが……チェルシーを取り押さえるわ!」
「やれるのか?」
「やるわ。このままショーナが死んでしまえばチェルシーはますます心を閉ざしてしまう」

 そう言うクローディアにブライズは腰袋こしぶくろから取り出した手拭てぬぐいを手渡す。

「分かった。おまえもこいつで止血しろ」 

 そう言うとブライズはクローディアに変わってショーナの傷口を押さえる。
 クローディアは受け取った手拭てぬぐいを自身の腰にきつく巻いた。
 脇腹に被弾した弾丸は幸いにして貫通している。
 クローディアは痛みをこらえてチェルシーに呼びかけた。

「チェルシー。刃は受けてあげられないけれど、あなたの思いを全て受け止めるつもりでここに来た。でも時間が無いわ。すぐにショーナを手当てしなければ死んでしまう。ショーナはあなたにとって大事な存在でしょう? 死なせていいわけがない。お願いだから剣を引いて」

 そう言うクローディアだが、憎しみと怒りに駆られたチェルシーが聞き入れるはずもない。
 妹をこのようにしてしまったのは自分だという自責の念にさいなまれながらクローディアは覚悟を決める。
 チェルシーの剣技は強く速いが、技量という点では付け入るすきがないわけではない。
 だがそれもクローディアが万全の状態であればこそだ。
 
 脇腹を銃撃されて負傷し、疲労も蓄積ちくせきされている今の自分にチェルシーを押さえ込めるかどうか分からない。
 それでもやるしかないのだ。
 妹が多少の怪我けがを負うことになったとしても制圧する。
 そのためにクローディアは心を鬼にして剣の柄を強く握りしめるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 王城の天空ろう近くの廊下ろうかではプリシラが必死にエミルに組み付いて押さえ込み、アーシュラとヤブランがエミルを正気に戻そうと懸命に呼び掛けている。
 そんな状況の中で、王国軍の兵士が多数押し寄せてきたのだ。
 この状況ではアーシュラがたった1人で戦うしかないが、そのアーシュラも肩に短剣を刺されて負傷している。
 とても1人では対処し切れないだろうが、それでも自分が戦うしかないと覚悟を決めたアーシュラは石弓に矢をつがえて構えた。

「死んでもここは通しません!」

 もう自分の命は捨てるつもりでアーシュラは石弓を放つ。
 鋭く飛んだ矢は突っ込んで来る先頭の兵士ののどを正確に貫いて倒した。
 だが、次の矢をつがえる間もなく他の兵士が突進してくる。
 アーシュラは石弓を放り捨てると、腰帯から短剣を抜き放った。
 その決死の姿を見たプリシラが叫び声を上げる。

「アーシュラさん! 無茶よ! その子を連れて逃げて!」

 プリシラは悲痛な叫び声を上げるがアーシュラに逃げるつもりはない。
 自分が逃げればプリシラとエミルだけが取り残される。
 プリシラもエミルも自分が守らなければならないのだから。
 最初に向かってくる相手の首目がけてアーシュラが短剣を突き上げようとするその瞬間だった。
 すぐ背後からフワッと風が吹いたかと思うと、目の前に迫って来た王国兵の首が飛ぶ。

「なっ……」

 アーシュラは驚愕きょうがくに目を見開いた。
 自分のすぐ脇を通り抜けた1人の若い男が鋭く剣を振り抜いて王国兵の首を切断したのだ。
 その男は立て続けに剣を振るい、次々と敵兵の首を刈り取っていく。
 それはまるで旋風つむじかぜのような戦いぶりだった。
 その男を見てプリシラが声を上げる。

「ガイ!」

 ガイ。
 アーシュラはその名を記憶の中から呼び起こす。
 アーシュラだからこそ知っているのだが、それは共和国の諜報ちょうほう部隊の中でも精鋭である青狐隊ブルーフォックスの中で最も若い隊員の名前だ。

青狐隊ブルーフォックス。現れないから全滅したものと思っていたけれど、こうして駆け付けてくれたのですね。それにしても……)

 アーシュラは唖然あぜんとする。
 ガイは若い剣士だが、その剣技にすきはない。
 そして彼の湾曲した刀は異様に鋭い切れ味で、まるで紙でも切るかのように軽々と4~5人の兵士を斬り殺していく。
 ガイの体はあちこち傷だらけであり、ここに到達する前に多くの激戦をくぐり抜けてきたことがうかがえた。 

 幾多いくたの戦いをて傷付き疲れているはずのガイだが、それでも1人で7人8人と王国兵を斬り殺していく。
 そのすさまじい剣の腕は王国兵らを大いにひるませ、その勇猛な戦いぶりはダニアの女に勝るともおとらない。  
 アーシュラは目を見張った。

(これほど強い若者が青狐隊ブルーフォックスに……ワタシの情報網じょうほうもうもまだまだですね) 

 ガイはすでに10人の王国兵を斬り捨てて、なおもその剣は加速する。 
 だが楽観視は出来ない。
 なぜなら廊下ろうかの後方からはさらに10人ほどの王国兵が押し寄せてくるからだ。
 いくらガイの剣が鋭くとも、このまま何十人でも斬り倒せるわけではない。
 必ず限界は訪れる。

 とにかくガイが時間をかせいでくれている間にエミルの状態を正常化しなければならない。
 そうしなければプリシラも動くことが出来ず、戦うことも逃げることもままならないだろう。
 アーシュラは若者の戦いを見守りつつ、黒髪術者ダークネスの力で必死にエミルに語りかけた。

【エミル様。戻って来て下さい。みんな待っていますよ。みんなあなたを待っているのです】

 ガイの奮戦を信頼し、アーシュラは目を閉じて全ての神経をエミルへの呼び掛けに傾けるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 立ち込めていた黒いきりは相変わらずエミルの行く手をはばんでいる。
 だがきりが今以上に濃くなることは無かった。
 逆に前方の光が強くなっていく。
 そしてそちらから聞こえてくるのは親しい者たちの声だった。

 アーシュラやジュードの声が聞こえてくる。
 中でも最も大きく聞こえるのは姉であるプリシラの声だった。
 プリシラなどはなかば怒ったような声で自分を呼んでいる。
 相変わらず足は重いが、それでもエミルは一歩ずつ進んでいった。

(みんなが……呼んでる……みんなに……会いたい) 

 エミルは自分がどれだけ周囲の人たちに愛されてきたのか今だからこそ理解できる。
 そしてもう一つ、自分がいかに周囲の人たちを愛してきたのかも今はしっかりと自覚していた。
 そんなエミルの耳に少女の声が届く。

【エミル……私と友達になってくれてありがとう。あなたを閉じ込めることになったのは私のせいなのに、それでも私を嫌いにならないでいてくれた。エミル。私……あなたが大好きよ。これからもあなたと友達でいたい。だから……戻ってきて。お願い】

 白髪の少女の声だ。
 今まで周囲の人たちから守られてばかりだったエミルが、生まれて初めて誰かを守りたいと思った。
 それが……ヤブランだったのだ。

(そうだ……ヤブランを……守らないと)  

 そう思った途端とたん、エミルの足に力が戻ってきた。
 1歩また1歩と歩み出すその足が力強くなっていく。
 エミルは前方に手を伸ばした。
 そこに見える光をその手でつかみ取るために。
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