蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第315話 君を守りたい

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「ねえしゃま……こわいよ」
「何よ。エミルはいつも臆病なんだから」

 5歳のプリシラはへびの頭を平然とつかむとそれをエミルに見せた。
 へびはチロチロと赤い舌を出してエミルを威嚇いかくしている。
 まだ2歳のエミルはブルブルと震えて母のブリジットの背後に隠れた。

 父と母と姉と弟。
 家族4人で故郷であるダニアの近くの山に散策に出かけたことがあった。
 まだ寒さの残る春先のことであり、早めに冬眠から目覚めた動きのにぶへびを目の前にして、エミルは足がすくんでしまったのだ。

「こら。プリシラ。弟を怖がらせるんじゃない」

 ブリジットは笑いながらそう言ってプリシラの頭をでた。
 お転婆てんばな姉におとなしい弟。
 ブリジットとボルドの間に生まれた子供たちはいつもこうして姉弟でたわむれている。
 エミルが生まれた時、プリシラはこれ以上ないくらいに弟の誕生を喜んだ。
 その時の嬉しい気持ちを彼女は生涯しょうがい忘れることはないだろう。
 
「もう。仕方ないわね。エミルは。姉様が守ってあげないと何も出来ないんだから」

 そう言うとプリシラはつかんでいたへびを放り捨て、両親の元へ戻る。
 そして母が自分にそうしてくれたように、プリシラはエミルの頭を優しくでるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「エミル。戻って来なさい。エミル」

 暴れるエミルを抱き締めて必死に押さえ込むプリシラの脳裏のうりにふいに幼かった頃の思い出がよみがえった。
 臆病なエミルは世話の焼ける弟だった。
 だが、自分だって決して良い姉ではなかったとプリシラは自省する。
 弟の弱さをうとましく思うこともあり、それを態度に出してエミルに冷たく当たったことだって一度や二度ではなかった。

 冷たく突き放しても、それでも自分の後を付いて歩いてきた幼き日のエミルの事を思うと、今は胸が痛む。
 そしてダニアの都の自宅である金聖宮ゴルダニアの自室に置いてある、エミルが姉のために作ってくれた小さな模型のこともプリシラは思い返した。
 誕生日を迎えた姉のために、苦労して手作りの品をおくってくれるような、そんな優しい弟だった。
 そのエミルがあの共和国領ビバルデの街での曲芸団サーカスの一件から今日まで、運命に翻弄ほんろうされてたった1人、家族の元を離れてここまで流れて来たのだ。

 そんな目にいながらもエミルは生きていてくれた。
 プリシラは苦労してやっとの思いでこうして再び弟に会うことが出来たのだ。
 だというのにエミルがこんなふうに変わり果ててしまった。
 それは誰よりもエミル自身にとって残酷な結果だった。
 
 もしこのままエミルが元に戻らなかったとしたら……そんな残酷な運命をプリシラは到底とうてい受け入れられない。  
 今のエミルを見たら父も母も悲しむだろう。
 そのことを思うとプリシラの胸に深く濃い悲しみが広がっていく。
 エミルは故郷に戻り家族に会って安心したかったはずだ。
 
(それなのに……こんなのエミルがかわいそうだわ)

 弟の悲しみを思うとプリシラは思わずその目に涙をにじませる。
 自分の腕の中でエミルが暴れる力が強いほど、悲しくて涙があふれてくる。
 ほほを伝う涙がこぼれ落ちて、エミルのひたいらした。

「ううっ……エミル……ごめんね……助けに来るのが遅くなって……アタシ……悪い姉様ね」

 プリシラは声を震わせた。
 エミルを押さえつけるためではなく、エミルを包み込むように力を込めて抱き締める。
 すると……暴れるエミルの力が徐々に弱くなっていったのだ。
 プリシラはハッとしてエミルを見た。

「……エミル?」
「……さま……ねえ……さま」

 それはひどく弱々しい声だった。
 細くて消え入りそうな声だが、エミルは確かに姉を呼んだのだ。
 エミルが目覚めようとしているのが分かり、プリシラは思わずアーシュラを見た。

「アーシュラさん! エミルが!」

 だがプリシラがそう言った途端とたん、エミルが再びうなり声を上げて暴れ出す。

「ぐぅぅぅう! がぁぁぁぁぁ!」

 プリシラは必死にそれを押さえ込みながら愕然がくぜんとする。

「そ、そんな……」
「プリシラ様! 油断なさらず! 恐らく今、エミル様の中で自我がせめぎ合っているのです! 完全に元に戻るまで決してエミル様を放さないで下さい!」

 アーシュラの言葉にプリシラはうなづき、必死にエミルを抱き締めて押さえ込む。
 だがそこでさらに事態の悪化を告げる不吉な足音が響き渡ってきた。
 ガイが王国兵らを引き受けて戦っている前方の廊下ろうかとは反対側にあたる、後方からの足音だ。

(ま、まさか……)

 プリシラが予感した通り、反対側から押し寄せてきたのはやはり十数名の王国兵だった。
 ガイは前方の王国兵らに対処するのが精一杯で後方から駆けてくる王国兵らにまで手が回らない。

「くっ! こうなれば!」

 アーシュラは床に落ちている短剣を拾い上げると気絶しているシャクナゲを人質に取るべく立ち上がった。
 だがその瞬間、銃声が鳴り響き、アーシュラが仰向けに吹っ飛んだのだ。
 押し寄せてきた王国兵の中に1人だけ狙撃銃を手にしている者がいた。

 その王国兵による銃撃はアーシュラの右肩をとらえていた。
 革鎧かわよろいを着込んだアーシュラだが、銃弾はかわえぐって彼女の肩に到達しているようで、アーシュラは右肩から血を流し始めた。
 左肩に続いて右肩も負傷したアーシュラは、痛みに顔をしかめて横たわったまま動けなくなってしまう。
 プリシラは悲痛な叫び声を上げた。

「アーシュラさん!」

 狙撃銃を持った王国兵は次にプリシラにねらいを定めた。
 プリシラは息を飲むが、そんな彼女の前にヤブランが立つ。
 彼女はプリシラを守るように王国兵らの前に立ちはだかると、両手を広げた。

 王国兵らの間に戸惑いが広がる。
 同じ王国所属であるココノエの少女が敵をかばっていた。
 てっきり彼女はシャクナゲのそば付きの下女だと思い込んでいた王国兵らは皆、まゆをひそめて声を上げる。

「何をしている? ココノエの娘! そこをどけ!」

 だがヤブランは絶対に引こうとしない。
 緊張で顔を強張こわばらせながらも、両手を広げたままその場に留まった。
 そんな彼女の態度に王国兵らが苛立いらだって声を荒げる。

「おい! その邪魔な小娘をどかせろ!」

 狙撃銃を構えた王国兵のとなりにいる男が足早に歩み寄ってきてヤブランの腕を取る。
 ヤブランは必死に抵抗するが、王国兵は構うことなくヤブランの腕を引っ張った。

「は、放して下さい!」 
「いい加減にしろ!」

 必死にあらがうヤブランに王国兵は感情的になり、少女のほほを平手で打った。

「あうっ!」

 ヤブランは思わず倒れ込みそうになるが、足を踏ん張ってこれに耐えた。
 そして王国兵をにらみ付ける。
 そんなヤブランの態度に王国兵はさらに怒りをつのらせ、再び平手を頭上に上げる。

「今度は反対側のほほなぐられたいのか?」
「やめなさい! そんな女の子に大の大人が手を上げて恥ずかしくないの!」

 プリシラは怒りに思わず叫び声を上げた。
 それがほんの少しだけ……エミルへの注意をらしてしまったのだ。
 あっと声を出す間もなくエミルがものすごい力でプリシラを跳ねのけた。
 
(し、しまった!)

 プリシラはあわてて体勢を立て直し、エミルを追おうとした。
 だがエミルは雷のような速さでヤブランに向かっていく。 
 弟が少女に危害を加えてしまう。
 戦慄せんりつを覚えたプリシラだったが……そうはならなかった。
 エミルはヤブランのすぐそばを通り抜けて、今まさにヤブランに二発目の平手打ちを浴びせようとしている王国兵の顔面に拳を打ち込んだ。

「ごふっ!」

 男は吹っ飛んで後方の壁に激突し、そのまま動かなくなる。
 その光景にプリシラだけでなく、その場にいた全員が唖然あぜんとした。
 そんな中、ヤブランは震えながらエミルの背中に声をかける。

「エ……エミル?」

 エミルは振り返らない。
 その肩が小刻みに震えている。
 ヤブランはそっとエミルに近付くと、背後からその手を握った。

 エミルはビクッと大きく肩を震わせた。
 王国兵をなぐり飛ばしたその拳は赤くれている。
 相当な力でなぐりつけたのだろう。
 
「エミル……守ってくれたんだね。ありがとう」

 そう言うとヤブランはエミルの腰に手を当てて、彼をゆっくりと振り向かせた。
 果たして彼は呆然ぼうぜんとした表情でヤブランを見つめている。

「……ヤブラン」

 エミルはおびえたように強張こわばった表情をしていた。
 だが彼の目には確かな意思の光が宿っている。
 先ほどまでの我を忘れたけもののような表情は消え去り、エミルは本来の自身の顔に戻っているのだった。
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