だって僕はNPCだから 2nd GAME

枕崎 純之助

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第三章 光の聖女ジェネット

第16話 朝焼けの空に

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 地平線から太陽が顔を出す。
 聖岩山せいがんざんの山頂に夜明けが訪れようとしていた。
 無差別な破壊を続けるセクメトに向かってジェネットが決死の特攻を仕掛ける中、日の出のまぶしさに僕は目をしばたかせた。
 その時だった。

「ワクチン・プログラム投与完了なのです~」

 僕の背後で仕上げの作業に取り掛かっていたアビーが声高に叫びを上げた。
 だけど僕は後ろを振り返ることが出来なかったんだ。
 なぜならジェネットが突撃した先でセクメトに信じがたい変化が起きたからだ。
 朝日を背にしたセクメトの全身はもやに包まれ、その姿が今まで以上に大きく揺らいだかと思うと、彼女は弾けて霧散してしまった。
 その途端だった。
 セクメトのいた場所から激しい突風が吹き、そのあまりに凄まじい勢いに一番近くにいたジェネットがたまらず吹き飛ばされた。

「くあっ!」

 こちらに向かってまっすぐ飛んでくるジェネットの体を僕は受け止めようとしたけれど、それは突風なんて生やさしいものじゃなくて衝撃波だった。
 ジェネットの体を抱き止めた僕はその勢いに自分も吹き飛ばされ、僕らは背後にある巨大樹に叩きつけられた。

「うぐっ!」

 僕はジェネットを抱き止めたまま背中を巨大樹に強く打ち付け、息が詰まって目の前が真っ暗になる。
 一瞬で意識を刈り取られた僕はおそらくわずかな間、気を失ってしまっていた。
 ハッと目を覚ますと僕の腕の中ではジェネットが同じように気を失っていたけれど、幸いにしてひどいケガはしていないようだった。
 僕はわずかに安堵あんどして前方を見つめた。
 セクメトの姿はどこにもなく、彼女によってメチャクチャに破壊された山頂の無残な様子だけが朝の光の中に浮かび上がっていた。

「セクメトは……消えたのか? 一体何だったんだ」

 嵐が去った後のような徒労感を覚えて僕は大きく息をついたけれど、すぐにハッとして顔を上げる。
 
「そ、そうだ。ミランダとアビーは……」

 僕はジェネットを静かに草地に横たえてから、背後を振り仰ぐ。
 するとすぐ背後の巨大樹に一人の少女が背中を預けて座り、眠っていた。

「ミ、ミランダ……」

 そう。
 それは元の大きさに戻ったミランダだった。
 彼女は目を閉じて静かに寝息を立てている。
 その顔は安らかだった。

 も、もう治ったってこと?
 それにしてもアビーの姿がどこにもない。
 まさか、さっきの衝撃波で吹き飛ばされてしまったんじゃ……。
 僕は心配になって慌てて周囲を見回した。
 それでも見当たらないアビーに僕は焦って声を張り上げようとした。

「アビ……」
「……アルフレッド様~」

 どこからか聞こえるアビーの声にホッと安堵あんどを覚えながら、僕はふと頭上を見上げた。
 するとそこにはまるでドラゴンのような巨体となった犬型のアビーがいた。
 彼女は僕らに覆いかぶさるようにして、そこに立っていたんだ。
 ア、アビーの犬型はこんなに大きくなることも出来るのか。

「ア、アビー? その姿は?」

 驚いてそうたずねる僕だったけれど、アビーはどこか力を失ってしまったような表情で口を開く。
 その声はかすれ、だけど切羽せっぱつまったような緊迫感をはらんでいた。
 い、一体どうしたんだ?
 
「アルフレッド様~。ご無事でよかったのです~。よく……聞いてほしいのです~」
「ア、アビー? どうしたの?」

 戸惑う僕だったけれど、アビーは構わずに話を続ける。
 その様子から、ただごとではないことは僕も理解した。

「ミ、ミランダさんのウイルスは~完成したワクチンによって全て除去できたのです~。今はミランダさん自身がシステムを再構築中ですので~それが終われば目が覚めるのです~」

 アビーの話に僕は思わず喜びが湧き上がるのを感じて興奮の声を上げた。

「そ、そっか! 良かったぁ。アビー。僕、何とお礼を言ったらいいか……アビーのおかげで本当に助かったよ。ありがとう」

 僕がそう言ってもアビーは力なく笑みを浮かべるだけだった。
 そこで僕が気が付いたんだ。
 空から拳大の奇妙なモザイクのちりが大地に降り注いでいることに。
 それはセクメトが放っていたモザイクだった。

 そう。
 消滅したセクメトの体は無数のモザイク粉に変化してこの大地に降り注いでいた。
 まるで雪のように降り注ぐモザイク粉が草原を削り、少しずつ消滅させていく。
 
「あ、あのモザイクは……」
「あのモザイクは~もう……そろそろ止むのです~」
「ア、アビー?」

 僕が空を見上げるとアビーの言う通り、モザイク粉はわずかに降っているだけで今にも止もうとしているところだった。
 だけど、顔を上げて初めて気付いたその光景に僕は愕然がくぜんとした。
 僕らの頭上に立つアビーの背中にモザイク粉が降り注ぎ、それによってアビーの体は少しずつ削り取られて今にも消えそうになっていたんだ。
 ま、まさか、アビーは僕らのために?

「そ、そんな……アビー。僕らを守るために……」

 巨大な犬の姿に変化したアビーは降り注ぐモザイク粉から僕とジェネット、そしてミランダを守るために自らの体を張って、僕らの傘になってくれていたんだ。
 背中に無数のモザイク粉を浴びて、その大きな体がユラユラとゆがむ。
 こ、これじゃあアビーが……アビーが消えてしまう。
 僕はアビーに何かを言おうとしたけれど、くちびるが震えてうまく言葉にならない。

「ア、アビー。ど、どうして……ぼ、僕らのために」
「……そ、そろそろ限界なのです~。アルフレッド様……シスタ~を……どうかシスタ~をよろしくお願いするのです……」

 そこまで言うとアビーは静かに微笑んだ。
 その体はついに全体がモザイクに包まれて、そして消えていってしまった。
 それはゲームオーバーとは明らかに異なる事態だった。
 ライフがゼロになったキャラクターのステータス・ウインドウには【GAME OVER】の文字が記される。
 だけどアビーはステータス・ウインドウそのものが消えてしまっていた。

 受け入れがたいその状況に僕は思わずへたり込む。
 そんな僕のすぐ近くに何かが落ちてきた
 それは……アビーがしていたエメラルド色の首輪だった。
 僕は震える手でそれを拾い上げる。
 
 かたわらで横たわったまま意識を失っているジェネットはまだ知らない。
 彼女がかわいがっていた大事な仲間のアビーが無残な最期を迎えてしまったことを。
 僕は手にしたアビーの首輪を握りしめて声を絞り出した。

「アビー。僕、ジェネットに何て説明すればいいんだ。君を巻き込んで、そんな目にあわせてしまって……」
 
 ミランダを救うためにここまで一緒についてきてくれたアビー。
 困難な仕事にも嫌な顔ひとつせずに力を尽くしてくれたアビー。
 そんな彼女が無情にもこの世界から消えてしまった。
 愛らしいアビーを襲った悲劇に、僕は胸の奥からこみ上げる感情を抑えきれずに涙があふれ出た。

「ア……ア……アビーィィィィィ!」

 大地をむしばむ無数のモザイク粉は降り止んだ。
 そして朝焼けに染まる山頂の空に、僕の叫び声だけがむなしく響き渡った。
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