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第四章 下級兵士アルフレッド
第1話 砂漠へ急げ!
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朝の光が大地を照らす中、僕とジェネット、そしていまだ眠り続けるミランダは早馬の馬車に揺られていた。
ジェネットがあらかじめ手配してくれていたこの馬車は昨日、闇の洞窟から聖岩山までの往路に利用したものと同じだった。
馬車を引っ張る4頭の馬たちの手綱を御者台に座って握っているのは、無口な御者のオジサンだ。
オジサンと馬たちは僕らが登山している間は麓で一晩中待機してくれていて、今度は僕らを砂漠都市ジェルスレイムまで送ってくれることになっている。
幌で覆われた荷台の中、僕とジェネットは口数も少なく座り込んでいた。
右腕を失った僕は、ジェネットが緊急に用意してくれた旅人のローブをスッポリとかぶっていた。
これからジェルスレイムに向かうけど、街中で右腕がなかったらビックリされるからね。
そして僕のすぐ隣には眠ったままのミランダが横たわっている。
僕らの背後には先ほど下山したばかりの山が遠ざかっていく様子が見えていた。
あの山に登った時には4人だったけれど、今はアビーを欠いた僕ら3人だけ。
その事実が悲しくて僕は黙り込んだままじっとミランダの寝顔を見つめていた。
ウイルスによって機能停止に近いビジー状態に陥っていたミランダを助けるために力を尽くしてくれた獣人犬族の少女アビーは、僕らを守るために自らを犠牲にして消えてしまった。
でも以前からアビーと親交のあったジェネットは僕なんかよりも遥かに悲しいはずだ。
そんなジェネットは今、悲しみを堪えて自分のメイン・システムから運営本部に報告を行っている。
内容は夜明け前に山頂で起きた事件についてだ。
結局、山頂に突然現れたあのセクメトという女性が何者だったのかは分からない。
ただ、あまりにも常軌を逸したその攻撃は明らかにこのゲームの範疇を超えていた。
セクメトの放つ奇妙なモザイク攻撃は、大地を削り、フィールドを消滅させ、僕の右腕とそしてアビーという少女の存在をも消し去ってしまった。
それはもはやゲームそのものを破壊するような危険な存在に思えて仕方ない。
僕が山頂での出来事を思い返していると、作業を終えたジェネットが顔を上げて僕に声をかけてくれた。
「運営本部への報告が終わりました。今までこうした事例はないそうです。先ほどの山頂に人を派遣して被害の状況を検分するとのことですので、いずれ事態は解明されるでしょう。アル様の右腕の件、報告しておきました。メンテナンスで修復できるかもしれないとのことですが、患部を診てみないと何とも言えないようです」
「お疲れさま。ありがとう。今はメンテナンスの時間がないからこのままでいいよ。それより、あの……ジェネット大丈夫? アビーのこと……」
大丈夫なはずはないんだ。
ジェネットは何だかんだ言ってアビーのことを大事に思っているようだったから。
彼女の手には小さな首輪が握られている。
それはアビーが身につけていたもので、消えてしまった彼女が唯一残していったものだった。
ジェネットは慈しむようにそれを手にしたまま目を伏せていたけれど、やがて顔を上げると気丈に頷いて見せた。
「アビーのことは残念ですが、彼女のキャラクター・データを復旧してもらえるよう運営本部にお願いしました。きっとアビーは私達の前に戻ってきてくれるはずです。私はそう信じています」
自分自身を勇気付けるようにそう言うジェネットの言葉が、僕を慰めてくれた。
「そうだね。絶対にアビーは戻ってくるよ。僕、彼女にちゃんとお礼も言えてないし、戻ってきたら恩返ししたいんだ」
「ええ。とにかく今はジェルスレイムに急ぎましょう。このノンキな眠り魔女を刻限までに送り届けないと、せっかくのアビーの自己犠牲も無駄になってしまいますからね」
そう言ってようやく笑顔を見せるジェネットは、眠り続けるミランダを呆れたように見下ろした。
アビーがウイルスを駆除してくれたため、今のミランダの体は再起動に向けて自らプログラムを再構築している最中だった。
1~2時間で目覚めるということだったけれど、本当にギリギリの状況だ。
タイムリミットは午前9時。
その時間がミランダによる砂漠都市ジェルスレイムの襲撃イベントの時刻であり、何としても間に合わせなければならない。
間に合わなければペナルティーとしてミランダは無期限の謹慎処分となりキャラクター・データを凍結されてしまう。
そして闇の洞窟のボスの座も剥奪されてしまうんだ。
そんなこと……僕は受け入れたくない。
「約束の時間までに必ずミランダをジェルスレイムまで連れて行きますよ。アル様」
そう言うジェネットと僕は互いに顔を見合わせて頷き合った。
落ち込んでいるヒマはない。
僕らは後ろを振り返るのはやめ、進む先である砂漠の都のある方角をじっと見据えた。
それから馬車は進み続け、時刻は午前8時を過ぎていた。
タイムリミットの9時まであと1時間。
だけど何とか期限までには間に合いそうだ。
早馬4頭が引っ張る馬車は本当に速く、しばらく走るともう砂漠地帯が見えてきた。
今いる場所は砂漠の西側手前で、砂漠都市ジェルスレイムはここから見ると砂漠の東端に位置している。
ちょうど反対側にあたり、広大な砂漠地帯を横断する必要があるんだけど、そこには馬車が通れるよう砂漠の街道が整備されていた。
前にミランダと一緒に徒歩で向かった時は、砂漠から見て南方にある闇の洞窟から向かったから距離的には比べ物にならないくらい近かったんだけど、それでも徒歩で砂漠を渡るのは本当にキツかった。
今回は馬車だから助かるなぁ。
そもそも徒歩だったら絶対に時間までにジェルスレイムにたどり着けないしね。
僕がそんなことを考えているとジェネットがアイテム・ストックから小さなスタンプを取り出した。
「ジェルスレイムに着いてからのことも考えないといけませんね。アル様の次の目的は魔道拳士アリアナを元に戻すことですから」
ジェネットが手にしたそれは消えてしまったアビーが僕らに残してくれたアイテムだった。
アビーはミランダを正常化させるワクチンをそのアイテムに入れて残してくれたんだ。
それはスタンプ型の注射器で、相手の皮膚に押し付けてワクチンを注入する。
ウイルスに感染している疑いが濃厚なアリアナを正常化するための切り札だった。
ちなみに一度ワクチンを取り込んだミランダの体内には抗体が存在するため、二度目の感染はないということだった。
その原理を利用して僕とジェネットはあらかじめワクチンを予防接種しておいた。
これで僕らも双子のウイルスに感染することはない。
ワクチン・スタンプは僕とジェネットがそれぞれ一つずつ持っていて、複数回分のワクチンが込められている。
「問題はアリアナにどうやって接近して、これを押し付けるかだね」
アリアナは接近戦では無類の強さを誇る。
下手に敵意を持って近づけば致命傷を負わされるのはこちらのほうだ。
「襲撃イベントは決闘戦ではなく多数入り乱れての乱戦になりますので、我先にミランダを倒そうと彼女の元にプレイヤーたちが殺到するでしょう。私たちもそこに紛れてアリアナに近づきます。接近できれば私が多少強引にでもアリアナに組み付いてスタンプを押し付けます」
「そうか。僕は何をすれば?」
「もしアリアナが警戒して暴れたら私が少しの間、何とか抑え込みます。その時はアル様がアリアナにスタンプを押して下さい。二段構えでいきましょう」
腕力の強いアリアナを押さえ込むとなると、いくらジェネットでも持って数秒だろう。
その間に僕がアリアナにワクチンを投与する。
かなり力技だけど、相手に直接接触しなければならない以上、他に手はなかった。
「双子が妨害してきたらどうしようか」
「双子もこちらの動きを十分に警戒しているでしょうが、公然と私たちに攻撃を仕掛けてくることは出来ないでしょう。多くの人の目がありますから」
確かにそうだ。
双子は今回のイベントで注目を浴びる存在だ。
その2人が僕らに攻撃を仕掛けてきたら、多くのプレイヤーたちは彼女たちがアリアナにミランダを倒させるため、他者を妨害していると思うだろう。
そう考えると双子も下手な動きは出来ないはずだ。
「それにジェルスレイムにはすでに多くの支援者たちが集まってくれています」
「そうなの? 懺悔主党の人たち?」
僕がそう尋ねるとジェネットは力強く頷いた。
ジェネットのクラスタである懺悔主党には多くのプレイヤーやNPCが所属していて、前回の王城の戦いでも彼らが援軍として駆けつけてくれたおかげで僕らは命拾いしたんだ。
「彼らが見張ってくれている以上、双子はおいそれと謀略をめぐらすことは出来ないでしょう」
僕はあらためてジェネットの力を頼もしく思った。
彼女個人が実力者であることはもちろんのこと、その背後には神様を頂点とした組織力がある。
それはキャラクター個々が持つ力よりも遥かに大きなものだった。
双子の背後にいる運営本部の人が神様を脅威に感じて必死に排除しようとしているのは、そういうわけなんだろう。
僕はそんなことを思いながら傍らで眠り続けるミランダを見下ろした。
それにしてもミランダなかなか起きないなぁ。
スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てていて、傍目にはグッスリ眠っているようにしか見えない。
でもその様子が僕を安心させてくれた。
ミランダはもうすぐ目覚めてくれるだろう。
僕がミランダの寝顔を見つめていると、ふいにジェネットが声を上げた。
「アル様! 前方を!」
ジェネットの緊迫した口調に僕は弾かれたように顔を上げる。
そして馬車の向かう先である砂漠に目をやり、思わず息を飲んだ。
もうそう遠くない位置に見える砂漠には巨大な竜巻が発生し、砂を巻き上げて壮絶な砂嵐と化していたんだ。
「な、何てこった……」
僕は愕然として言葉を失った。
砂嵐は天空に届くかと思うほど大きな竜巻となって、砂や灌木を巻き上げながらこちらに向かってくる。
4頭の馬たちが動揺したように嘶きを上げ、御者のオジサンが懸命に手綱を引き締めて馬たちをなだめる。
「このままの進路では危険です! 南の方角に見える森に避難して下さい!」
ジェネットがそう言うと、オジサンは頷いて進路を変え、ここからやや南に見える砂漠手前の森の方角へ馬を走らせた。
砂漠の街道からは遠ざかってしまうけれど、このまま前に進めば砂嵐に突っ込んでいくことになってしまう。
僕らは砂嵐から逃れ、大きく迂回して避難のために森へと向かっていく。
しばらくすると森の入口に差し掛かり、御者のオジサンはジェネットの指示を求めて振り返った。
ジェネットは冷静に状況を見極めてオジサンに指示を出す。
「森の入口から少し踏み込んだところで、出来れば木の間に待機して下さい」
それから僕らは森の木々の間に停まった馬車の中でじっと息を潜めて砂嵐が通り過ぎるのを見守った。
強い風が幌を煽る中、木々の間から見える前方の砂漠の中を砂嵐が通り抜けていく。
僕の隣で様子を窺っていたジェネットは何やら難しい顔をしていた。
砂嵐を見つめながら腑に落ちないような表情を浮かべているんだ。
「ジェネット?」
「あの砂嵐……いえ、もう少し見守りましょう」
そう言うジェネットに頷いて僕は再び前方に目をやる。
距離的にはかなり離れているはずなのに、その強風の影響で馬車がギシギシと音を立て、吹き付ける砂を嫌がって馬たちが落ち着きなくたたらを踏む。
それから10分ほどの間、僕はビクビクしながらその行方を目で追っていたけれど、幸いにして砂嵐は砂漠の彼方へと消えてくれた。
「ふぅ。ようやく行ってくれた。少し時間をロスしちゃったね」
「そうですね。ですが馬にとっても休養になりましたから、プラスに考えましょう。とにかく先ほどのルートに戻らなければ。このまま砂漠の道を進めば10分ほどでジェルスレイムに着きますので十分間に合います」
ジェネットはそう言って微笑んだ。
それから僕らを乗せた馬車は元来た道を戻り始め、砂漠の街道へ向かうルートをひた走った。
だけど運命は僕らを歓迎してくれなかった。
「そ、そんな……」
馬車で砂漠を通るための生命線である整備された街道。
砂漠の入口までたどり着いた僕らの前にあるはずのその街道は、砂嵐によってすっかり砂の中に埋もれて消えてしまっていたんだ。
ジェネットがあらかじめ手配してくれていたこの馬車は昨日、闇の洞窟から聖岩山までの往路に利用したものと同じだった。
馬車を引っ張る4頭の馬たちの手綱を御者台に座って握っているのは、無口な御者のオジサンだ。
オジサンと馬たちは僕らが登山している間は麓で一晩中待機してくれていて、今度は僕らを砂漠都市ジェルスレイムまで送ってくれることになっている。
幌で覆われた荷台の中、僕とジェネットは口数も少なく座り込んでいた。
右腕を失った僕は、ジェネットが緊急に用意してくれた旅人のローブをスッポリとかぶっていた。
これからジェルスレイムに向かうけど、街中で右腕がなかったらビックリされるからね。
そして僕のすぐ隣には眠ったままのミランダが横たわっている。
僕らの背後には先ほど下山したばかりの山が遠ざかっていく様子が見えていた。
あの山に登った時には4人だったけれど、今はアビーを欠いた僕ら3人だけ。
その事実が悲しくて僕は黙り込んだままじっとミランダの寝顔を見つめていた。
ウイルスによって機能停止に近いビジー状態に陥っていたミランダを助けるために力を尽くしてくれた獣人犬族の少女アビーは、僕らを守るために自らを犠牲にして消えてしまった。
でも以前からアビーと親交のあったジェネットは僕なんかよりも遥かに悲しいはずだ。
そんなジェネットは今、悲しみを堪えて自分のメイン・システムから運営本部に報告を行っている。
内容は夜明け前に山頂で起きた事件についてだ。
結局、山頂に突然現れたあのセクメトという女性が何者だったのかは分からない。
ただ、あまりにも常軌を逸したその攻撃は明らかにこのゲームの範疇を超えていた。
セクメトの放つ奇妙なモザイク攻撃は、大地を削り、フィールドを消滅させ、僕の右腕とそしてアビーという少女の存在をも消し去ってしまった。
それはもはやゲームそのものを破壊するような危険な存在に思えて仕方ない。
僕が山頂での出来事を思い返していると、作業を終えたジェネットが顔を上げて僕に声をかけてくれた。
「運営本部への報告が終わりました。今までこうした事例はないそうです。先ほどの山頂に人を派遣して被害の状況を検分するとのことですので、いずれ事態は解明されるでしょう。アル様の右腕の件、報告しておきました。メンテナンスで修復できるかもしれないとのことですが、患部を診てみないと何とも言えないようです」
「お疲れさま。ありがとう。今はメンテナンスの時間がないからこのままでいいよ。それより、あの……ジェネット大丈夫? アビーのこと……」
大丈夫なはずはないんだ。
ジェネットは何だかんだ言ってアビーのことを大事に思っているようだったから。
彼女の手には小さな首輪が握られている。
それはアビーが身につけていたもので、消えてしまった彼女が唯一残していったものだった。
ジェネットは慈しむようにそれを手にしたまま目を伏せていたけれど、やがて顔を上げると気丈に頷いて見せた。
「アビーのことは残念ですが、彼女のキャラクター・データを復旧してもらえるよう運営本部にお願いしました。きっとアビーは私達の前に戻ってきてくれるはずです。私はそう信じています」
自分自身を勇気付けるようにそう言うジェネットの言葉が、僕を慰めてくれた。
「そうだね。絶対にアビーは戻ってくるよ。僕、彼女にちゃんとお礼も言えてないし、戻ってきたら恩返ししたいんだ」
「ええ。とにかく今はジェルスレイムに急ぎましょう。このノンキな眠り魔女を刻限までに送り届けないと、せっかくのアビーの自己犠牲も無駄になってしまいますからね」
そう言ってようやく笑顔を見せるジェネットは、眠り続けるミランダを呆れたように見下ろした。
アビーがウイルスを駆除してくれたため、今のミランダの体は再起動に向けて自らプログラムを再構築している最中だった。
1~2時間で目覚めるということだったけれど、本当にギリギリの状況だ。
タイムリミットは午前9時。
その時間がミランダによる砂漠都市ジェルスレイムの襲撃イベントの時刻であり、何としても間に合わせなければならない。
間に合わなければペナルティーとしてミランダは無期限の謹慎処分となりキャラクター・データを凍結されてしまう。
そして闇の洞窟のボスの座も剥奪されてしまうんだ。
そんなこと……僕は受け入れたくない。
「約束の時間までに必ずミランダをジェルスレイムまで連れて行きますよ。アル様」
そう言うジェネットと僕は互いに顔を見合わせて頷き合った。
落ち込んでいるヒマはない。
僕らは後ろを振り返るのはやめ、進む先である砂漠の都のある方角をじっと見据えた。
それから馬車は進み続け、時刻は午前8時を過ぎていた。
タイムリミットの9時まであと1時間。
だけど何とか期限までには間に合いそうだ。
早馬4頭が引っ張る馬車は本当に速く、しばらく走るともう砂漠地帯が見えてきた。
今いる場所は砂漠の西側手前で、砂漠都市ジェルスレイムはここから見ると砂漠の東端に位置している。
ちょうど反対側にあたり、広大な砂漠地帯を横断する必要があるんだけど、そこには馬車が通れるよう砂漠の街道が整備されていた。
前にミランダと一緒に徒歩で向かった時は、砂漠から見て南方にある闇の洞窟から向かったから距離的には比べ物にならないくらい近かったんだけど、それでも徒歩で砂漠を渡るのは本当にキツかった。
今回は馬車だから助かるなぁ。
そもそも徒歩だったら絶対に時間までにジェルスレイムにたどり着けないしね。
僕がそんなことを考えているとジェネットがアイテム・ストックから小さなスタンプを取り出した。
「ジェルスレイムに着いてからのことも考えないといけませんね。アル様の次の目的は魔道拳士アリアナを元に戻すことですから」
ジェネットが手にしたそれは消えてしまったアビーが僕らに残してくれたアイテムだった。
アビーはミランダを正常化させるワクチンをそのアイテムに入れて残してくれたんだ。
それはスタンプ型の注射器で、相手の皮膚に押し付けてワクチンを注入する。
ウイルスに感染している疑いが濃厚なアリアナを正常化するための切り札だった。
ちなみに一度ワクチンを取り込んだミランダの体内には抗体が存在するため、二度目の感染はないということだった。
その原理を利用して僕とジェネットはあらかじめワクチンを予防接種しておいた。
これで僕らも双子のウイルスに感染することはない。
ワクチン・スタンプは僕とジェネットがそれぞれ一つずつ持っていて、複数回分のワクチンが込められている。
「問題はアリアナにどうやって接近して、これを押し付けるかだね」
アリアナは接近戦では無類の強さを誇る。
下手に敵意を持って近づけば致命傷を負わされるのはこちらのほうだ。
「襲撃イベントは決闘戦ではなく多数入り乱れての乱戦になりますので、我先にミランダを倒そうと彼女の元にプレイヤーたちが殺到するでしょう。私たちもそこに紛れてアリアナに近づきます。接近できれば私が多少強引にでもアリアナに組み付いてスタンプを押し付けます」
「そうか。僕は何をすれば?」
「もしアリアナが警戒して暴れたら私が少しの間、何とか抑え込みます。その時はアル様がアリアナにスタンプを押して下さい。二段構えでいきましょう」
腕力の強いアリアナを押さえ込むとなると、いくらジェネットでも持って数秒だろう。
その間に僕がアリアナにワクチンを投与する。
かなり力技だけど、相手に直接接触しなければならない以上、他に手はなかった。
「双子が妨害してきたらどうしようか」
「双子もこちらの動きを十分に警戒しているでしょうが、公然と私たちに攻撃を仕掛けてくることは出来ないでしょう。多くの人の目がありますから」
確かにそうだ。
双子は今回のイベントで注目を浴びる存在だ。
その2人が僕らに攻撃を仕掛けてきたら、多くのプレイヤーたちは彼女たちがアリアナにミランダを倒させるため、他者を妨害していると思うだろう。
そう考えると双子も下手な動きは出来ないはずだ。
「それにジェルスレイムにはすでに多くの支援者たちが集まってくれています」
「そうなの? 懺悔主党の人たち?」
僕がそう尋ねるとジェネットは力強く頷いた。
ジェネットのクラスタである懺悔主党には多くのプレイヤーやNPCが所属していて、前回の王城の戦いでも彼らが援軍として駆けつけてくれたおかげで僕らは命拾いしたんだ。
「彼らが見張ってくれている以上、双子はおいそれと謀略をめぐらすことは出来ないでしょう」
僕はあらためてジェネットの力を頼もしく思った。
彼女個人が実力者であることはもちろんのこと、その背後には神様を頂点とした組織力がある。
それはキャラクター個々が持つ力よりも遥かに大きなものだった。
双子の背後にいる運営本部の人が神様を脅威に感じて必死に排除しようとしているのは、そういうわけなんだろう。
僕はそんなことを思いながら傍らで眠り続けるミランダを見下ろした。
それにしてもミランダなかなか起きないなぁ。
スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てていて、傍目にはグッスリ眠っているようにしか見えない。
でもその様子が僕を安心させてくれた。
ミランダはもうすぐ目覚めてくれるだろう。
僕がミランダの寝顔を見つめていると、ふいにジェネットが声を上げた。
「アル様! 前方を!」
ジェネットの緊迫した口調に僕は弾かれたように顔を上げる。
そして馬車の向かう先である砂漠に目をやり、思わず息を飲んだ。
もうそう遠くない位置に見える砂漠には巨大な竜巻が発生し、砂を巻き上げて壮絶な砂嵐と化していたんだ。
「な、何てこった……」
僕は愕然として言葉を失った。
砂嵐は天空に届くかと思うほど大きな竜巻となって、砂や灌木を巻き上げながらこちらに向かってくる。
4頭の馬たちが動揺したように嘶きを上げ、御者のオジサンが懸命に手綱を引き締めて馬たちをなだめる。
「このままの進路では危険です! 南の方角に見える森に避難して下さい!」
ジェネットがそう言うと、オジサンは頷いて進路を変え、ここからやや南に見える砂漠手前の森の方角へ馬を走らせた。
砂漠の街道からは遠ざかってしまうけれど、このまま前に進めば砂嵐に突っ込んでいくことになってしまう。
僕らは砂嵐から逃れ、大きく迂回して避難のために森へと向かっていく。
しばらくすると森の入口に差し掛かり、御者のオジサンはジェネットの指示を求めて振り返った。
ジェネットは冷静に状況を見極めてオジサンに指示を出す。
「森の入口から少し踏み込んだところで、出来れば木の間に待機して下さい」
それから僕らは森の木々の間に停まった馬車の中でじっと息を潜めて砂嵐が通り過ぎるのを見守った。
強い風が幌を煽る中、木々の間から見える前方の砂漠の中を砂嵐が通り抜けていく。
僕の隣で様子を窺っていたジェネットは何やら難しい顔をしていた。
砂嵐を見つめながら腑に落ちないような表情を浮かべているんだ。
「ジェネット?」
「あの砂嵐……いえ、もう少し見守りましょう」
そう言うジェネットに頷いて僕は再び前方に目をやる。
距離的にはかなり離れているはずなのに、その強風の影響で馬車がギシギシと音を立て、吹き付ける砂を嫌がって馬たちが落ち着きなくたたらを踏む。
それから10分ほどの間、僕はビクビクしながらその行方を目で追っていたけれど、幸いにして砂嵐は砂漠の彼方へと消えてくれた。
「ふぅ。ようやく行ってくれた。少し時間をロスしちゃったね」
「そうですね。ですが馬にとっても休養になりましたから、プラスに考えましょう。とにかく先ほどのルートに戻らなければ。このまま砂漠の道を進めば10分ほどでジェルスレイムに着きますので十分間に合います」
ジェネットはそう言って微笑んだ。
それから僕らを乗せた馬車は元来た道を戻り始め、砂漠の街道へ向かうルートをひた走った。
だけど運命は僕らを歓迎してくれなかった。
「そ、そんな……」
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