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第一話 僕と主任
僕と主任の関係
いつからこんなことになったのだろう。
僕はシャワーから注がれる熱いお湯を浴びながら思った。降り注ぐ熱いお湯はその熱とは裏腹に、僕の高ぶった身体を冷やして現実に戻してくれる。
ひとしきりお湯を浴びた僕は蛇口を捻り、お湯を止めてバスルームを出た。
洗面台の隣に置いてあるバスタオルに手を伸ばし、髪の毛を多少乱暴に拭く。顔を上げると視界に鏡が入った。
鏡に映った自分の姿は、なんとも頼りなさげな、情けない姿だった。
そんなに大きくない鏡でもすっぽり入ってしまうほどの小柄な身体。眠たげに細められた一重の目。耳に少しかかるほどの黒い髪。
他に特徴のない自分の容姿を一瞥して、僕は備え付けのバスローブに袖を通した。
首にバスタオルをかけたまま、僕はベッドルームに足を踏み入れた。部屋の真ん中に備え付けられたベッドに、布団の中で眠っている人を起こさないように静かに腰をかける。
ベッド傍に置かれたサイドテーブル上に置かれた太縁の眼鏡を掛け、布団で眠る人物を見る。その人は起きている時には考えられない、あどけない寝顔を浮かべて穏やかな寝息を立てていた。
こんな子どもみたいな寝顔の人……主任とこんな関係になって、どれくらい経つだろう。
僕はそっと溜息をついた。
身長が百八十を超える主任が足を伸ばしても余裕のあるダブルベッド。ベッド脇に置かれた白い電話。天井には大仰な証明。
何も映らない真っ黒なテレビを眺めながら再度溜息をついた。
「あれ、起きてたの」
ふと、声がして振り返ると半身を起こした主任の姿があった。起きた拍子にかけられた掛け布団が落ち、細くて引き締まった上半身が露わになって、俺は何となく目を逸らした。
「シャワー先に頂きました」
「ん、そこまで畏まることないのに」
主任がベッドから離れた次の瞬間、グラリと身体が傾いだ。主任に抱かれたのだ、と分かった時には既に僕は主任の腕の中だった。長い指で顎を掬われ、無理やり上を向かせられる。
「君と俺の仲じゃないか」
耳元で囁かれ、ぞくりと背中に震えが走る。
「……っ、僕そろそろ行かないと……」
顔を背けて主任の指から逃れても、主任は何も言わずに腰から手を離した。
「そうだね。俺もそろそろ起きるかな」
主任はベッド脇に脱ぎ捨てられたバスローブを素肌の上に羽織った。
バスルームに入っていった主任を目で送って、僕は眼鏡を外した。そしてバスローブを脱ぎ、ソファに脱ぎ捨てられた自分のスーツを身に着ける。現実に戻すかのように、ゆっくりと。
「あ、そうそう篠原くん」
ネクタイを締めているとバスルームの扉の影から主任が顔を覗かせた。意外と早かったな。
「はい」
「来月から新人が入るから。お世話よろしく」
「新人……ですか」
「うん、そろそろ篠原くんも次のステップに行かないとね」
「しかしまたこんな時期に……珍しいですね」
「んー、まぁ上の言うことだからね」
素肌にバスローブを羽織ったままの姿で、主任はバスタオルで髪を拭きながら僕の隣に立った。
僕は、はぁと返事にならない返事をしてネクタイをきっちり締めた。
「じゃ、俺はそろそろ」
ソファに置いてあった鞄を手にして、僕は主任に背中を向けた。
「篠原くん」
呼び止められて内心溜息を漏らす。嫌々振り返るとすぐ近くに主任が立っていて、びくりと半歩後ずさる。
「次も楽しみにしているよ」
再度主任の腕に抱かれ、僕は反射的に身をすくませる。
「……分かっているね?」
耳元で囁かれ、気付いたら首を縦に振っていた。
逆らっちゃいけない。
真っ白になる頭でその言葉だけがグルグルと回っている。心臓がバクバクと耳の横で暴れているみたいでうるさい。
「その気になれば君なんかすぐ飛ばすことができるんだから」
その言葉でグルグルと頭の中を回っていた言葉がぴたりと止んだ。
それと同時に強張って動かなくなった僕の体を、主任は先程よりも少しの力を込めて抱いた。
しかしそれは一瞬のことで、やがて主任の腕は僕の体を離した。その時に少し長めの髪からシャンプーの匂いが香り、不覚にも胸が高鳴った。
「じゃ、また後で」
僕に背を向けてバスローブを脱ぎ始める主任に何も言わず、僕は鞄を手にして部屋を後にした。
僕はシャワーから注がれる熱いお湯を浴びながら思った。降り注ぐ熱いお湯はその熱とは裏腹に、僕の高ぶった身体を冷やして現実に戻してくれる。
ひとしきりお湯を浴びた僕は蛇口を捻り、お湯を止めてバスルームを出た。
洗面台の隣に置いてあるバスタオルに手を伸ばし、髪の毛を多少乱暴に拭く。顔を上げると視界に鏡が入った。
鏡に映った自分の姿は、なんとも頼りなさげな、情けない姿だった。
そんなに大きくない鏡でもすっぽり入ってしまうほどの小柄な身体。眠たげに細められた一重の目。耳に少しかかるほどの黒い髪。
他に特徴のない自分の容姿を一瞥して、僕は備え付けのバスローブに袖を通した。
首にバスタオルをかけたまま、僕はベッドルームに足を踏み入れた。部屋の真ん中に備え付けられたベッドに、布団の中で眠っている人を起こさないように静かに腰をかける。
ベッド傍に置かれたサイドテーブル上に置かれた太縁の眼鏡を掛け、布団で眠る人物を見る。その人は起きている時には考えられない、あどけない寝顔を浮かべて穏やかな寝息を立てていた。
こんな子どもみたいな寝顔の人……主任とこんな関係になって、どれくらい経つだろう。
僕はそっと溜息をついた。
身長が百八十を超える主任が足を伸ばしても余裕のあるダブルベッド。ベッド脇に置かれた白い電話。天井には大仰な証明。
何も映らない真っ黒なテレビを眺めながら再度溜息をついた。
「あれ、起きてたの」
ふと、声がして振り返ると半身を起こした主任の姿があった。起きた拍子にかけられた掛け布団が落ち、細くて引き締まった上半身が露わになって、俺は何となく目を逸らした。
「シャワー先に頂きました」
「ん、そこまで畏まることないのに」
主任がベッドから離れた次の瞬間、グラリと身体が傾いだ。主任に抱かれたのだ、と分かった時には既に僕は主任の腕の中だった。長い指で顎を掬われ、無理やり上を向かせられる。
「君と俺の仲じゃないか」
耳元で囁かれ、ぞくりと背中に震えが走る。
「……っ、僕そろそろ行かないと……」
顔を背けて主任の指から逃れても、主任は何も言わずに腰から手を離した。
「そうだね。俺もそろそろ起きるかな」
主任はベッド脇に脱ぎ捨てられたバスローブを素肌の上に羽織った。
バスルームに入っていった主任を目で送って、僕は眼鏡を外した。そしてバスローブを脱ぎ、ソファに脱ぎ捨てられた自分のスーツを身に着ける。現実に戻すかのように、ゆっくりと。
「あ、そうそう篠原くん」
ネクタイを締めているとバスルームの扉の影から主任が顔を覗かせた。意外と早かったな。
「はい」
「来月から新人が入るから。お世話よろしく」
「新人……ですか」
「うん、そろそろ篠原くんも次のステップに行かないとね」
「しかしまたこんな時期に……珍しいですね」
「んー、まぁ上の言うことだからね」
素肌にバスローブを羽織ったままの姿で、主任はバスタオルで髪を拭きながら僕の隣に立った。
僕は、はぁと返事にならない返事をしてネクタイをきっちり締めた。
「じゃ、俺はそろそろ」
ソファに置いてあった鞄を手にして、僕は主任に背中を向けた。
「篠原くん」
呼び止められて内心溜息を漏らす。嫌々振り返るとすぐ近くに主任が立っていて、びくりと半歩後ずさる。
「次も楽しみにしているよ」
再度主任の腕に抱かれ、僕は反射的に身をすくませる。
「……分かっているね?」
耳元で囁かれ、気付いたら首を縦に振っていた。
逆らっちゃいけない。
真っ白になる頭でその言葉だけがグルグルと回っている。心臓がバクバクと耳の横で暴れているみたいでうるさい。
「その気になれば君なんかすぐ飛ばすことができるんだから」
その言葉でグルグルと頭の中を回っていた言葉がぴたりと止んだ。
それと同時に強張って動かなくなった僕の体を、主任は先程よりも少しの力を込めて抱いた。
しかしそれは一瞬のことで、やがて主任の腕は僕の体を離した。その時に少し長めの髪からシャンプーの匂いが香り、不覚にも胸が高鳴った。
「じゃ、また後で」
僕に背を向けてバスローブを脱ぎ始める主任に何も言わず、僕は鞄を手にして部屋を後にした。
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