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目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
真っ白な壁。カーテンの閉じられた大きな窓。高級ホテルのような内装。けれど、窓や扉に内鍵が無数に取り付けられ、自分が異様な空間にいることにすぐ気づいた。
「……陽太…?」
名前を叫ぶと、数秒後、扉が開いた。
「少し期待しましたが……。そこで呼ぶのはまだあの男なんですね」
現れたのは、李海だった。白いワイシャツに三揃スーツを着ていて、きちんと整えられた髪。まるで別人のような――いや、これが本来の姿なのだろう。そこには「貧しい画家」など、どこにもいなかった。
「お前……」
「これからは僕を呼んでくださいね。貴方の世界にはもう僕だけしかいないのだから」
李海は微笑みながら、俺が寝ているベッドのもとへ歩み寄る。
俺は立ち上がろうとするが、その瞬間、ジャリと金属の擦れる音が響き、その音を目で辿った俺は「ひっ」と悲鳴をあげた。
鎖だ。俺の両足首には革ベルトが装着され、ベッドの柱に繋がれていた。
「おまえ、何考えて――っ」
「雪さん。……僕のこと、少しだけ聞いてもらえませんか」
李海は穏やかに言った。けれど、その目はあまりにも光がない。
李海の瞳は、病み人のそれだった。
「僕の名前は、 郝李海。麗華グループの後継者です」
「―……麗華?…あの……海外の財閥の?」
「はい。僕は、麗華グループの“次期会長”として紹介されることがすでに決定してます」
俺は眉をひそめた。数々の企業を傘下に持つ世界的巨大財閥、麗華グループ。その名前はニュースで嫌でも耳にする。金融、医療、エネルギーといった基幹産業を世界規模で牛耳り、莫大な富を築く傍ら、噂によれば各国の反社会組織とも強いパイプがあるという。その噂を肯定するように、近年、国際的な捜査機関が進めていた大規模な麻薬密売組織の摘発があったが、麗華グループの関与が内部告発された途端、捜査は突如中止された。これをきっかけに、世間ではこう囁かれるようになった。
――麗華グループはどのような上位組織であっても平伏される存在。世界を真にコントロールしているのは彼らだ、と。
その御曹司が、今、俺の目の前に立っている。
「驚きましたか?」
李海は口元にだけ笑みを浮かべた。だが、その目は笑っていない。
「……別に。どうでもいい」
俺の声は我ながら冷えていた。そんな事よりも、「早く陽太を助けに行かないと」という焦りが強いからだ。
「そっけない反応だ。しかし、やはり思った通りだ。雪さんは僕の肩書きを知ったところで目の色を変えない」
そう言った李海の声は、やけに悦びに染まっていた。
「僕は、金にしか価値を見出せない人間たちに、ずっと辟易してたんです。誰も僕自身を見ていない。みんな僕の金と名前に群がって、薄っぺらい愛を差し出してくる。……そんなもの、いらなかった」
李海は、ベッドの端に腰を下ろし、俺に手を伸ばす。
「だから、行動に出たんです。地位を偽って……本当に“人を愛せる”人を探した。見つからなければ死ぬつもりでした。そんな世界なら生きてる意味もないですし。…でもね、そしたら、出会ったんです。雪さんに」
俺は沈黙して目の前の狂人を睨みつける。
「雪さん、貴方は素晴らしい。あんな無名で、才能もない貧乏画家のために全貯蓄を投資して支えるなんて、普通はできません。貴方の愛は本物だ。どうかその愛を僕にください」
李海はたまらなそうに囁く。その表情には、慈しみと、狂気が同居している。
「雪さん、貴方は何もかもが僕の理想なんです。貴方は中身だけでなく、容姿もとても美しい。正直なところ、僕は“人を愛せる”人なら、どんなに醜い容姿の者でも受け入れるつもりでした。…しかし…雪さんはそんな妥協もさせないと言わんばかりに麗しく可愛らしい……。その綺麗な瞳で見つめられると、胸が高鳴りどうにかなってしまいそうです。雪さん、貴方は、完璧です。少し怖いくらいに……。しかし、それこそが運命というもの。きっと僕がこの世界に生まれたのは、貴方と結ばれる為だったのでしょう」
俺の頬に手を添えた李海は、熱い吐息を零す。そのまま顔を寄せてくるから、俺は吐き捨てるように言った。
「誰と誰が結ばれるだって?俺が愛してるのは陽太だけだ」
「……」
すると李海の目からすうっと熱が引く。その目に宿るのは静かな怒りだとすぐに分かった。
「雪さんが愛した男はもうこの世にいませんよ」
「…ッ…お前!?」
俺は反射的に拳を握りしめた。
「陽太に何をした!?まさかお前!?」
「ご安心ください。命まで奪ってませんよ。ただ、陽太くんは早速“対価”を払っているようでしてね、私の知り合いは違法薬物を使った性行為を好むのです。その快楽を一度知ってしまえば、正気に戻ることは難しいでしょう」
「は……?」
そうして計算されたように、部屋の壁に掛けられたスクリーンに映像が流れ始める。
俺は目を見開いた。
そこには全裸の陽太が映っているのだ。
《ああっ…きもちぃ…そこすきっ…すきいっ》
《おやおや、純粋そうな顔をして随分と淫乱なんだねぇ。すごい締め付けだ。誰に開発されたのかね?》
《うっぅう…ん…っ……そんなのどうでもいいじゃんっ……はやく気持ちいいことしてっ…おちゅうしゃっ…もういっかい…おちゅうしゃして…っ…それ…もっとちょうらいっ…》
絶句した。目の前に流れる動画の中で、裸の陽太は、スーツを着崩した中年男とベッドの上で体を重ねていた。その周りには、使い捨てられた注射器、そして錠剤のような固形物が無数に散らばっている。
「ああ、そういえば、雪さんってタチだったんですね」
「……」
「嬉しいです。ではナカはまだ誰も触れたことがないってことですよね。ふふ」
その声は、もう聞こえてなかった。
俺は、スクリーンを見続ける。
陽太は、中年男の陰茎を受け入れて「気持ちいい気持ちいい」「もっともっと」と涎を垂らしながら腰を振る。そんな大胆な姿は、俺との行為中見たことなかった。
俺の心から日差しが奪われた瞬間だった。
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