夜空に花束を

しろみ

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その後の話

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 外は寒い。乾燥した空気が、全身に纏わりつく。まだ春は遠いな、と心の中で呟いた。この時期は不思議だ。暗い感情に呑まれやすい。それは寒さのせいか。太陽が雲隠れするせいか。重い瞼を擦り、マフラーを口元まで上げた。


「お父さんっ」


 改札を抜けたとき、澄んだ声が響く。聞き慣れた声だ。背後からふわりと抱き締められた。少し肩を跳ね上げて、視線を落とす。背筋がぞくりと震えた。白魚のような手が、絡みつく白蛇に見えた。それは腰に回り、臍のあたりで結ばれる。


「菫…」
「今日遅かったね。待ちくたびれた」
「あ、ああ…すまない。仕事が長引いて…」
「ふふふ。いいよ。お父さんだから許してあげる」


 腰に腕を回したまま、ぐるりと正面に現れるのは、制服を着た美しい少年だ。名は菫。私の息子だ。
 彼は私を抱き締める。多少の身じろぎでは振り解けない強さだ。その力強さが重苦しく感じた。
 首筋に顔を埋めた菫は「はあ…」とウットリとした吐息を落とした。


「お父さんの匂い…」


 腰に回った手は、やがて肩まで登る。


「―…大好き…」

 
 頬擦りをされ、仄暗く落とされた声は耳朶に触れた。そのまま、耳に湿った舌が這い、びくっと肩を揺らす。


「…っ…こんな人前で…やめなさい」
「人前じゃなかったら良いの?」
「……それは」


 押し黙る。すると、くすりと笑い声が響く。


「可愛い」


 菫の甘い声が、街の喧騒に溶けていった。

 金曜日の夜だからか、駅前には普段よりも人が溢れている。サラリーマン、学生、家族連れ、カップル…、皆、菫をチラリと見ては、ほおと顔を赤らめる。菫の美貌に見惚れているのだ。しかし次に彼らは顔を強張らせる。


「何あれ…パパ活…?」


 駅からの帰り道。クスクス…と、そんな笑い声が聞こえた。菫は私の腕にしがみつき、肩に頭を擦り付けている。


「おっさん、いくら貢いでんだろ」


 道の喫煙所だ。数人の若者がいた。彼らは嘲笑う。私たち親子を援助交際の仲だと思っているのだろう。それもそうだ、と納得してしまう自分がいた。私たち親子は全く似てない。勿論、正真正銘の親子だ。きちんと血の繋がりがある。しかし驚くほどに私たちは似ていなかった。


「…菫」
「うん?」


 そんな歳の離れた男2人が、カップルのようにべったりとくっ付いて歩いているのだ。怪しい関係…、援助交際と思われるのも無理ない。一方的にくっ付かれていると表現したほうが正しいかもしれないが、どちらにせよ、“美しい少年を侍らす冴えないサラリーマン”という図はどう見ても私がそうさせてるように見えるだろう。


「人が見てる。離れなさい」


 自宅周辺は知り合いも多い。菫が変な誤解をされては可哀想だ。腕を払い、菫から離れようとする。すると菫は「どうして?」と首を傾げた。少し長くなった前髪がさらりと流れて、目元に影を造る。


「離れないよ。約束したじゃん」


 ぐっ、と腕を抱く力が強さを増した。

 菫は横目でチラリと“何か”を見る。目線を辿る。そこには私を嘲笑していた彼らがいた。
 こちらの視線に気づいたのか、彼らはびくりと肩を揺らす。「あ…あれって」「すみれくん…?」「いつもと雰囲気違ったから…」と彼らは青褪める。
 途端、「蛆虫どもが。邪魔すんなよ」と聞いたこともない低い声が響く。耳を疑った。

 今のは菫の声…?そんな荒い口調、聞いたことなかった。


「…お父さん、こっち向いて?」
「え……」
「僕以外見たらダメ」


 甘えるような声だった。縋るように首に回った手。それは私を引き寄せる。菫の形の良い唇が迫り、声を発するより前に口を塞がれた。
 お互いの舌が絡み合う。舌の表面同士が合わさり、ざらりと独特の感覚が脳に伝わる。
 肌が粟立つ。僅かに唇が離れたとき、慌てて言葉を紡いだ。


「す…菫っ…見られて……」
「見せつけちゃお…―僕たちがラブラブな“夫婦”だって」


 美しい黒瞳が妖しく光る。菫はそう囁いて、まるで彼らに見せつけるように、私の唇を貪った。

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