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しおりを挟む全寮制男子高校というのは特殊な施設だ。クラスメイトが牢獄みたいだと嘆いていたが言い得て妙だと心の中で同意した。陸の孤島だと揶揄されるこの土地は、学校の敷地から離れてしまえば近代的な建物は皆無だ。田んぼ道をバスで30分走ったところにコンビニがあるが、大した品揃えはないので、学生たちの唯一のオアシスは校内のさびれた売店くらいだった。
月明かりに照らされた寮の共用廊下に自身の足音が気怠げに鳴り響く。
「…疲れた」
俺は呟いた。俺の所属する陸上部は、全国大会が来週に控えてるから朝から晩まで練習三昧だ。シャワーを浴びたばかりだから乾き切れてない前髪をくるくると指で弄ってから、ズボンのポケットに手を突っ込む。そこから自室の鍵を取り出して、鍵穴にそれを差し込んだ。
「うん?」
しかし首を傾げた。鍵は開錠特有の音を鳴らさなかった。
「…朝、鍵閉め忘れてたか?」
学生寮は通常三人一部屋だ。しかし俺はスポーツ特待生ということもあり個室が与えられていた。だから鍵が空いてるということは、閉め忘れた犯人は俺しかいない。己の不用心さに呆れていると、隣の部屋からガタンッと音が鳴った。
「おかえりなさい」
その瞬間だった。隣の部屋の扉がゆっくりと開いた。
「今日も遅くまでお疲れ様です、先輩」
「……おう、湊か」
扉から現れたのは清潔感のある黒髪の少年だった。早下湊。俺の一つ下のこの少年もまた特待生で個室が与えられている生徒だ。とは言っても湊はスポーツ特待生ではなく、学力特待、つまりは勉学のほうの特待生である。こんなド田舎の男子高校に何の魅力を感じたのか知らないが、大都会の中学校から入学してきた。なんでも、ぶっちぎりの主席だったらしい。
入寮の挨拶に来たときは驚いたものだ。湊はとても整った容姿をしてる。当時は男子校に紛れ込んだ美少女かと思ったほどだ。人形めいた大きな目は常に濡れたように潤んでいて、血色の良い唇は紅を塗ったように艶やかであり、顎にある黒子が妙に色っぽい。勉強ばかりしてるしてるからだろうか、肌は雪のように真っ白だ。
今日も相変わらず綺麗な顔してんな、と一瞥してから「おやすみ」と部屋に入ろうとすると、「ま、待ってください」と慌てた様子でTシャツを掴まれた。
「………どうした?」
俺は気怠げに返事をする。
実のところ、俺は湊と接するのが少し苦手だ。
湊はこんな容姿だ。ジャガイモみたいな男しかいない、むさ苦しい空間においてアイドルのような存在である。そんなアイドルの隣の部屋というだけで、俺は嫉妬に狂った男たちに散々嫌がらせをされてきた。教室のロッカーの中が荒らされることは日常茶飯事だし、たまに私物まで盗まれてるときもある。盗まれるのは歯ブラシやタオルといった安価なモノだから、教師に相談までしていないが、迷惑であることに変わりはない。
もちろん湊に罪はないことは分かってる。周りの奴らが勝手にしていることだろう。でも湊と関わると碌なことがないのは事実である。だから俺はこの美少年とあまり関わりたくなかった。
湊はTシャツを握ったまま、モジモジと上目遣いをする。
「あの…先輩…僕の作った蜂蜜レモン美味しかった、ですか?」
「…ああ、…美味かったよ。ご馳走様」
心の中で「忘れてた」と呟いた。
今朝だ。朝練に行く際に「先輩、食べてください」とご丁寧にハート型の手紙つきで、蜂蜜レモンがたっぷり入ったタッパーを貰ったんだった。一体どこから材料を調達したのか分からないが、普通に美味そうだったから、ありがたく頂戴した。
「タッパー洗って返すな」
「えっ」
そして再び部屋に入ろうとするが、またもやぐいっとTシャツを引っ張られてしまう。俺は明日朝が早い。だから早く寝たいんだ。しつこく引き止められるので少しイラッとして「なに?」と振り返れば、湊は焦ったような表情を浮かべた。
「だ、だめです…タッパー、そのまま返してください」
「?」
「あ、あ、あのタッパー、特殊な容器なので、普通の洗剤で洗ったら、いけないんです、だから、その」
「…ああ、そうなの?」
ダラダラと睡眠時間が削られていくのが嫌だったので、怪訝に思うが、サッと鞄から空のタッパーを取り出す。そして「サンキュな」と手渡した。
その際腕時計をチラリと見る。もう11時をまわってる。明日は朝練の前に自主トレーニングをしたいから4時起きだ。
…4時間寝れたらいいほうかな
朝が苦手な俺にとって早起きほど憂鬱なものはない。暗い表情の俺に対して、湊はパァッと顔を綻ばせて、「とんでもないです!」とタッパーを受け取った。
「んじゃ、おやすみ」
「…ぁっ。おやすみなさい、先輩」
湊はまだ何か言いたげな顔をしていたが、鈍感なフリをして、絡みつくような視線を断ち切るようにバタンと扉を閉めた。
◆
「ああ、そうそう。テストには出題しないんですけどね」
退屈な世界史の授業だった。独特の喋り方の和田という教師は、教科書を捲りながら思い出したように口を開いた。
「この時代には面白い歴史上の人物がいたんですよ。教科書には載ってませんがね。“斬首の花狂姫”と呼ばれたお姫様で―」
教室には無気力な雰囲気が漂う。俺が所属するスポーツクラスの生徒は、ほぼ全員、朝練疲れで寝てるか、次の英語の小テストに向けて慌てて単語を脳に詰め込んでるかの2択だった。
「彼女は絶世の美姫でね。その美しさと生まれ持った知力を使って、小国の出身ながら大国の王子様との婚約を果たすんですよ。その王子様がたいそうイケメンでしてね。歴史書によると武術は超一流。この時代の女の子たちはみんなその王子様に夢中だったんです」
和田は俺たちが脳筋集団だと理解してるからだろう。そんな生徒相手にまともな授業をする気がないようで、先程から繰り出される話は教科書の内容から脱線しまくってる。
「お姫様はその様子に腹を立ててしまってね。というのも彼女は常識外に嫉妬深かったんですよ。自分以外が王子様に想いを馳せることが気に入らなかったんでしょう。結婚してからは、城下に出回る王子様の姿絵を全て城の宝物庫に回収させ、お姫様自身が管理してたんです。後に発見された城の従者の手記によると、宝物庫のなかには王子様の私物や、汚れた皿なんかもあったとか。恐らく王子様が食事に使った食器をそのまま保管してたんでしょうね」
俺はそんな話を頬杖をついて聞いていた。
「あははは。一つの部屋に無数の姿絵や私物まで保管するなんて、なんだかストーカーじみてますよね。しかし彼女の狂気はここからです。何故、彼女が“斬首の花狂姫”と呼ばれたのか。その答えは、言葉の通りです。彼女は王子様に言い寄った人間を処罰の対象とし、斬首したんですよ」
和田は嬉々として、黒板に《斬首=罪人の首を切ること》とチョークでカツカツと書き記す。
「…怖いですよね。今の時代になぞらえるなら、一人のアイドルに群がるファンを殺し回ってたという感じです。それほどまでに王子様を愛してたということでしょう。まさに狂愛。一部の歴史マニアには有名な話ですが、彼女の遺書には、赤いインクを使ってこう書かれていました」
《愛おしい貴方。来世もお迎えに参ります。》
黒板には、そう書かれる。
「さて、お姫様は次の世でも王子様に会えたんですかねぇ」
和田がやたらと俺を見つめながら話すのは、クラスで俺しか彼の話を聞いていないからだろうか。
その瞬間、タイミングを測ったようにチャイムが鳴り響いた。
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